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攻撃特化と守備特化、無敵の双子は矛と盾!  作者: 天眼鏡


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猛毒携え這い寄る蠍

 ……一匹一匹は、そこまで大きいわけではない。



 フェアトと同じか、それ以下といったところ。



 移動速度も、せいぜいが人間の全力疾走程度。



 二匹や三匹程度なら大した障害とはならない筈。



 だが、それが群れを成していればどうだろうか。



 しかも、すでに四方八方はおろか真上さえも含めて完全に包囲され、とてもではないが逃げられはせず。



 優に五十を超える矢毒蠍やどくさそりたちの、ギラギラと光る八つの眼は目の前の三人をしっかりと捉えていた──。



 外敵──ではなく、『上等な餌(ふってわいたごちそう)』として。



『『『──……』』』


 その証拠に矢毒蠍やどくさそりの口に相当する部位からは絶え間なく涎──のような濃紺の体液があふれ出している。


「──……やっこさん方、相当腹減ってるらしいね」


「んな事言ってる場合か!? フェアトが──」


 そんな大量の魔物たちを目の前にして、ガウリアが両刃斧を構えるついでに腕を鳴らし、さも待ってましたと言わんばかりに橙色の魔力を充填する一方で、そんな事より吹っ飛ばされたフェアトの安否の方が気がかりで仕方ないティエントがそちらへ駆け寄らんと。



 ──した、その瞬間。



「……びっくりしたぁ……」


「「!?」」


 おそらくひたいに何か──何かといっても、まず間違いなく矢毒蠍やどくさそりの毒針だろうが──が直撃した事で、のけぞるくらいの勢いで吹き飛んだ筈のフェアトが、さも何事もなかったように起き上がった事に二人は驚き。


『──……?』


 何なら、フェアトの脳天目掛け猛毒の針を射出した個体でさえ何が起こっているのか分からないといった具合に、その八つの眼をぎょろぎょろ動かしている。


 それもその筈、矢毒蠍やどくさそりたちは自分が有している猛毒の強さも、その猛毒を込めて撃ち出す毒針の速度も充分すぎるほど理解しており、だからこそ分からない。



 間違いなく、あの餌のひたいに直撃させた筈なのに。



 無論、貫通しても不思議ではないほどの速度で。



 なのにも拘らず、どうして猛毒に冒されるどころか傷一つないのかという疑問でいっぱいになっていた。


 もちろん、その疑問を抱いていたのは矢毒蠍やどくさそりだけではなく、フェアトの味方である二人も同じだったが。


「……まぁ、あんな高さから落ちといて無傷なんだから魔物の攻撃なんかで傷つくとも思えないけどねぇ」


 とはいえ先程の、『超高々度からの着地失敗』の衝撃でも傷一つなかった時点で何となく予想がついていたガウリアは、さも呆れたとばかりに溜息をこぼし。


「毒が効かないのも、まぁ分からなくはねぇ……あいつらの体液は【水毒ヴェノム】と殆ど同じらしいからな……」


 ガウリアほど冷静ではなかったものの、ティエントも中層までは潜った事があった為、水の適性を持たずとも矢毒蠍やどくさそりの猛毒そのものは【水毒ヴェノム】に限りなく近いと知っていたがゆえに、フェアトに毒の反応が見られない事についても何とか納得しているようであった。



 ……が、しかし。



 ──じゃあ、こいつは一体どういう生き物だ?



 という大きな疑念が解消されたわけではなく、どちらかといえば本当に人間なのかどうかすら疑わしくなっており、こうなってくると彼女の姉──スタークが星の核を剥き出しにした事も人間業とは到底思えず。


 スタークの救出に助力している今の状況さえも、もしかすると正しい行いではないのかもしれない──などという邪推を二人が二人とも脳内で広げていたが。


(……ここを乗り切らない事にはねぇ……)


(後で──……そう、終わった後で聞こう)


 とにかく、この状況を打破してから双子が隠しているのだろう何かを聞く事にしよう──と図らずも二人の考えが一致した事により、場面は再び戦場に戻る。



 いや、もう少し正確に言うのであれば──。



『『『──……!!』』』


「っ! ティエント!!」


「分かってらぁ!!」


 彼らが──矢毒蠍やどくさそりたちが、いつまで経っても攻めてこない三人に痺れを切らしたからというのが大きい。


 フェアトに一撃を見舞った個体の疑念は群れ全体に伝播していたが──それが何だとばかりの一斉射撃。


 一匹一匹が三本も番えていた為、百五十近くもの毒針が目にも止まらぬ速度で三人を撃ち抜かんとする。



 しかし、ガウリアもティエントも素人ではない。



 ティエントは中層まで、ガウリアに至っては下層どころか『宝』が眠る最深部まで潜った経験がある事から、ハッキリ言って矢毒蠍やどくさそりの対処法は理解しており。


「まずはぁ──【土壁バリア】!!」


『『『──ッ!』』』


 ガウリアが両刃斧を打ちつけた床が大きく盛り上がり、そこに展開された魔方陣から三人が収まるくらいの半球状の壁が現れ、あっさりと百五十の矢を防ぐ。


 矢毒蠍やどくさそりたちは一様に驚くような仕草を見せてはいたが、これは彼女にとって驚かれるような事でもない。



 ……確かに彼らの放つ毒針は驚異そのものである。



 込められた猛毒は即座に皮膚や肉、骨すら溶かしてしまうほどであるし、その発射速度自体も【ビルド】で強化しなければ少なくとも人間の動体視力では捉えきれず、『触れたら終了』というのはあまりに恐ろしい。


 しかし、その毒針は直線以外の軌道を描く事は決してなく、また毒針自体の強度は自らの甲殻にも劣り。


 いくら真下を除く全方位からの一斉射撃とはいっても、その軌道が発射前に分かっていれば防ぐ事は容易であり、それがガウリアほどの玄人ならばなおさら。


「後は任せるよ! 弱点は分かってるだろうね!?」


「おぉよ! あいつら再装填リロードは遅ぇからな!」


 本来ならば侵蝕し、そして崩壊させるほどの毒性を持つ体液がかかっても、ガウリアの膨大かつ鉱人ドワーフとしては珍しく精密な魔力のお陰で一切の被害はなく、そのまま次弾装填の隙を突けとティエントに指示する。


 それを受けたティエントは彼女の指示通りに魔法弩を構え、ガウリアが展開させた大きな岩壁が崩れると同時に『色のない魔力』を込め、それを前方に放つ。


 色のない魔力──それは魔法弩から発射される矢の速度と強度を底上げする為に必要な属性のない魔力。


 本来、魔法を使う為には必ず属性を纏わせる必要があるが、これは魔法ではなくあくまで仕掛け(ギミック)の一つ。


 これについては魔法銃も同じであり、アルシェも海の魔物たちを討伐する際に同じ事をしていたようだ。



 もちろん、それも使用者の技量ありきなのだが。



 そして、いよいよ発射された矢は──矢と呼ぶには随分と丸っこく、さも小さめの砲弾といったところ。


「え──」


 速度も大した事はなく、フェアトの動体視力でさえ捉え切れるその矢の弾道は、まず間違いなく矢毒蠍の群れへと向かってはいるが、『あれ届くのかな』と抱いて当然の疑問をフェアトが抱いていた──その時。


「そいつはただの矢じゃねぇぞ──はじけろぉ!!」


『『『──ッ!』』』


 にやりと得意げな笑みを湛えたティエントが指を鳴らすやいなや、その矢の先端が大きな破裂音とともに炸裂し、矢毒蠍やどくさそりたちが驚きを露わにするのも束の間。


『『『──……ッ!?』』』


 属性に応じた衝撃を発生させる攻撃魔法、【ショック】に水属性を纏わせたもの──超高圧縮された水を一気に解放させた強い衝撃が放出され、それは二十匹ほどの矢毒蠍やどくさそりたちを襲い、その身を砕きつつ吹き飛ばした。


「……矢の中に、【水衝ショック】を詰めてたんですね」


「そういうこった──さぁ次だぜ! お前らとは再装填リロードに必要な時間が段違いなんだ、隙なんざねぇぞ!!」


『『『──……ッ!!』』』


 その光景を見ていたフェアトが、やはり構造は魔法銃と変わらないのだという事を前提として声をかけると、ティエントは肯定しつつ次のまとに狙いを定める。



 しかし、矢毒蠍やどくさそりの武器は何も毒針だけではない。



 その毒針を放つ際に少なからず発生する反動を抑えている一対の鋏もまた、かなりの強度と切れ味を両立しており毒針で仕留められなかった獲物を切断する。


 ゆえに彼らは仲間を殺した犬獣人を始め、鉱人ドワーフや人間を含めた三匹の獲物を真っ二つにするべく、その大きな一対の鋏を振り上げ打ち鳴らして特攻し始めた。


 無論、鋏を使った接近戦でも毒針を放つ事はできる為、先程よりも驚異度が増したのは疑いようもない。


 しかし接近するという事は、ガウリアの両刃斧による攻撃の範囲に足を踏み入れるという事であり──。


「やっと近づいてくれたねぇ! こっからはあたいの番ってわけだ! 巻き込まれたくなきゃ離れてなよ!!」


「そりゃいいが──援護はいるか!?」


 基本的に近接戦闘しかできず、さも待ってましたと言わんばかりの笑みを湛えつつ両刃斧をぶんぶんと振り回す彼女に対し、ティエントは援護を申し出たが。


「いらないよ! それよりフェアトを連れて離れな!」


「お、おぅ! 行くぞ、フェアト!」


「は、はい……っ」

 

 余計な茶々を入れるな──とまでは流石に言わないものの、とにかく援護の必要がないくらいの攻撃をするのだろうと察した彼は即座にフェアトを抱え、あらかじめ吹き飛ばしておいた前方への避難を開始する。


 この局面では完全にお荷物だという自覚があったフェアトが、ティエントに抱えられたまま振り返ると。



「あたいにとっちゃあ、あんたらも問答無用で──」



「──素材同然だよ! 【銘名鍛治ネームドスミス】!!」



『『『──……ッ!?』』』



 そこでは、ガウリアが振り回す両刃斧に吹き飛ばされた個体から順に剣、槍、斧、盾──多種多様な防具へ身体が組み替えられていく奇妙な光景が繰り広げられており、これには矢毒蠍やどくさそりたちも驚愕せざるを得ず。


 何とか退避せんとするも、そこまで機動力に優れているわけでもない彼らは止まる事も逃げる事も叶わぬままガウリアの言葉通り物言わぬ素材となっていく。



 ──【銘名鍛治ネームドスミス】。



 一応、鉱人ドワーフに代々伝わる秘技という事になっているものの、あくまで鍛治仕事に利用される技術の一つであり、これを戦闘に応用しているのはガウリアだけ。



 尤も、この秘技を行使する鉱人ドワーフの技量を対象となる相手の強さが上回っている場合は通用しないらしく。



 一概に、『問答無用』とはいかないようだが。



 そういう意味でも、やはりガウリアは異質だった。



「……あの人も大概おかしくないですか……?」


「……否定はできねぇな」



 それをまざまざと感じさせられていたフェアトが疑問を声に出してみたところ、ティエントがそれを肯定しつつも懐疑的な視線を向けた事から、おそらく自分と似たような疑問を抱いているのだろうと分かった。



 あれほどの威力を誇る技を持ち、そして砂漠に大きな扉を創ってしまうほどの実力者だというのに──。



 ──何故、二つ名の一つもついていないのか?











 それは、ガウリアが歴史上で見ても相当に上背の高い鉱人ドワーフであり、そのせいで魔族との乱戦の地では鉱人そうだと正確に認識されず、正体がはっきりしていなかったから──という何とも間抜けな理由からだそうで。











 ──……可哀想。



「──っぶな」


「ん?」


「いえ、何でも」


「……? そうか」



 思わず哀れみの感情を呟きかけて口を噤んだ少女に気を取られたが、『まぁいいか』と彼は視線を戻す。



 ……それどころでは、なかったから。


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