炎暑の空から女の子
──何事?
と疑問の言葉が口をついたのは紛れもない事実であるものの、フェアトは即座に冷静になって観察する。
突然の事態に慌てたところで意味はない、むしろ慌てれば慌てるだけ状況は悪化してしまうのだから広い視野で物事を俯瞰する事こそが肝要なのです──と。
かつて、六花の魔女が教えてくれたように──。
(……? いや違うな、ちょっと大きすぎるけど野蚯蚓に見えない事も……? それに、あっちは怒赤竜──)
よくよく見れば、あの蛇のような化け物じみた魔物が過去に資料で見た野蚯蚓の特徴と一致しており、もっと言えば【竜種】の方も少し前に序列十位と戦った際に相対したばかりの怒赤竜ではないかと結論づけ。
(どっちかが並び立つ者たち……? いいや、あの禍々しい咆哮は【竜種】のそれじゃない。 だったら──)
片方は並び立つ者たち序列七位で、もう片方は偶然この戦場に居合わせただけという前提の元に、シルドにダメージを与えるほどの禍々しい咆哮の主が怒赤竜だったとは思えないフェアトとしては、もはや──。
──と、どちらが序列七位かを断定せんとした時。
『! りゅーっ!!』
「……シルド?」
またしても何かに気がついた様子の鳴き声を上げたシルドに対し、フェアトがシルドの首が向けられた方向──怒赤竜の方へと目を向けるも、よく見えない。
彼女が一般的な視力しか持ち合わせていない事もそうだが、そもそも野蚯蚓と怒赤竜との激闘で発生する砂嵐の影響で、フェアトじゃなくとも視界が利かず。
もう直接聞いた方が早いか──と口を開いた瞬間。
「──え、これは……遠眼鏡? 覗け、と?」
『りゅう!』
「……では失礼して──……えっ」
操縦席の一部が『ぐにょん』と音を立てて遠眼鏡に変化し、それの用途をも知っていたフェアトが確認するように問うたところ、シルドが同じ方向に顔を向けたまま肯定の意を示す鳴き声を上げた為、訝しみながらも覗き込んでみると──そこにいた怒赤竜の背に。
どういうわけか、もの凄く頑丈そうで半透明なシェルターのような何かが取り付けられており、それに加えて中には何故かフェアトの姉──スタークがいた。
(何で怒赤竜の背に姉さんが──……そうか! パイクが擬態してるんだ! じゃあ、あっちの野蚯蚓が!)
どうして──と疑問に思ったのはほんの一瞬、即座に『怒赤竜=擬態中のパイク』という式を脳内で構築したフェアトは、やはり先程に自分が断定しかけていた事こそが正解で間違いなさそうだと確信してから。
(……最優先は『姉さんの蘇生』、次点で『序列七位の討伐』──これは揺るがない。 ただ、あの人たちも可能なら助けたい……どうするのが最善か考えないと)
何故、属性不利な怒赤竜に擬態を──と思ったのも事実だが、それはそれとして現状で最も優先するべき事項と次点で優先される事項、可能なら並列して行いたい事項の三つに状況を整理しつつ策を練り始める。
(……パイクに接近して姉さんを回収、水か雷で蘇生してから可及的速やかに野蚯蚓を討伐──これ、かな?)
結果、『スタークを回収して蘇生、可能であれば姉コンビやあの人たちの手を借りて野蚯蚓を討伐』という策が最善である筈だ──と十秒足らずで思いつき。
「シルド! パイクに接近! 姉さんを回収して──」
早速、策を実行する為に指示を出さんとする一方。
──砂漠の方では生存者たちに危機が訪れていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……さっきから何かが当たっている気がする。
あの煌びやかな真紅の鱗の竜ではなく、それ以外の何かが弱々しいとはいえバカスカ撃ち込まれている。
さっき、ここに居た生き物は食べ尽くした筈だが。
もちろん、それらはガボルに痛痒を与えていない。
それでも鬱陶しいものは鬱陶しいのだ。
耳元で虫に飛ばれるのと同じように。
だから、ガボルはそちらを向いた。
……向いてしまった。
『……!! ギ、ィイ"ィイイイイ……ッ!!!』
そして、そこにいた僅か五人の生存者たちが総じて前世のガボルよりは『美形』だと断じた時点で──。
ガボルのすべき事は──もう決まっていた。
『──ッ、ボォアァアアアアアアアアアアアッ!!』
「!? こ、こっちを向い──……はっ!?」
瞬間、野蚯蚓が『ゴゴゴ』という轟音とともにその巨体を起こして生存者を見下ろすが如き姿勢を取った事により、テオは真っ先に迎撃の為の魔力を剣に込めんとしたが──そんな彼の視界を埋め尽くしたのは。
野蚯蚓の大きな口の前に、ありえないほどの速度で展開された高密度の魔力を秘めた無数の青い魔方陣。
「な、何だい……! あの魔方陣の数と展開速度は!」
「あんなの、どの雷魔法でも相殺するどころか……」
「ばっ、【壁】だ! とにかく防御を──」
それを垣間見た──垣間見させられた五人の中の女性陣、ガウリアとクリセルダが大して魔法を得手としていない自分たちでも分かる目前の光景に絶望する一方、現代の誇り高き冒険者としての意地からか諦めるつもりはないらしいティエントは決して多くない残りの魔力を捧げる勢いで防御魔法を行使せんとするも。
「──……っ、違う!!」
「「「「!?」」」」
突如、僅かにとはいえ魔力が漏れ出してしまうほどの叫びを上げたカクタスに他四人が驚いて振り向き。
「あれは【水拡】だ! おそらく一発一発が【水砲】クラスの威力を持っている筈! 我々の防御魔法など無に帰すほどの範囲と威力だぞ、もう回避する他は──」
そんな四人の疑念に応えるようにして、カクタスは野蚯蚓が行使せんとしているのが水属性の【拡】であり、およそ流星の如く降り注がれるだろう一発一発が、あの膨大な魔力量からなる【水砲】に匹敵してしまうがゆえに防御など何の意味もないと主張したが。
「駄目だ! 分かってるのか!? 私たちの後方に何があるのかを! 元より防ぐしか選択肢はないんだ!!」
「ぐ……っ!」
カクタスの主張は、テオの否定の意を示す必死の叫びによって遮られてしまい、テオが指差した先にある王都アレイナに野蚯蚓の【水拡】の半分近くが向いている事を悟っていたのはカクタスも同じであったようで、いかにも悔しげにしつつ結局は防御態勢に入る。
上空では怒赤竜が攻撃魔法を行使して野蚯蚓を止めようとしているが、もはや間に合うとも思えず──。
そして──【水拡】は無情にも降り注いだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
──視点は、フェアトたちの方へ戻る。
野蚯蚓が上体を起こした事で図らずも接近していたフェアトたちも、その危機的状況は把握できており。
「えっ、ちょっ──……っ、あぁもう! シルド!」
『りゅ、りゅうっ!?』
その魔方陣の術式から【水拡】である事自体は分かっていたものの、それらをあの人たちだけで防げるとは思えないし、もし五人でなく百人くらい揃っていたとしても、あの大きな街までは護れないほどの魔法が行使されると踏んだフェアトはシルドに声をかける。
「数は一つ! あの人たちの前に! あのふざけた数と規模の【水拡】を全て防ぎ切るに足る大きさに!!」
『! りゅ、りゅあーっ!!』
そして、つい先程まで立てていた策を放棄してまで野蚯蚓──もとい並び立つ者たちの討伐と、あの人たちや街の護りを優先する事に決めて、これまでで最も大きな【盾】となれと指示した事でシルドも頷いた。
ああして怒赤竜に擬態してまで姉が戦っているのだから、ここで自分が何もしないわけには──そう判断したからこそ、シルドはまたしても急降下を始める。
『──ッ、グルァ……ッ!?』
『……っ!!』
一瞬だけ目が合ったが──もう一刻の猶予もない。
双子ならではの言葉もいらない意思疎通で何とか伝わってくれれば──そう願いながら姿を変えていく。
『ギュババババババババババババァアアアアッ!!』
「来るぞ!! 構えろぉ!!」
そんな中、野蚯蚓の口から機関銃を連射したような咆哮が轟いたと同時に、およそ億を超える数を誇る超強酸性の水の散弾が放出され、テオとカクタスを先頭とした生存者たちが各々防御魔法を行使する一方で。
「今です! 私の事は気にせず──全力で!!」
『りゅう……っ!!』
自分を砂漠に降ろしてからでは間に合わないと判断したフェアトは、シルドを一瞬だけ指輪に変えてからその指輪を嵌めた左手をかざし、どうせ落ちても死なないと確信しているからこそ【盾】への変形を促し。
本当はフェアトを落とす事などしたくはなかったものの、この状況ではやらざるを得ないと充分に理解していたシルドは覚悟を決めてフェアトから離れ──。
『──……りゅ〜……っ、あーーーーっ!!!』
序列十二位との戦いの中、護る姿へ変化できるようになってから最も大きな半透明の【盾】に姿を変えたシルドは、その神々しいまでの甲高い咆哮とともに生存者と野蚯蚓の前に展開し、【水拡】を押し留める。
……全く以て、シルドに傷はついていなかった。
数が一つの場合は、フェアトの【守備力】と同じくらいの硬度である為、正直に言ってしまうとかなりの余裕があったようだが、あれくらいの速度で割り込まなければ絶対に間に合わなかったのも事実であり、フェアトとシルドの意気込み自体は間違ってはいない。
『ギョオォ……!?』
そんな折、唐突に目の前に出現した巨大かつ半透明な【盾】に驚いた野蚯蚓が疑念を込めた鳴き声を漏らす一方、生存者たちは命を拾った事以上に目の前で起きたばかりの現象に驚きを隠せていないようで──。
「な、何だぁ!? これ、まさか──【盾】か!?」
「【壁】にも見えなくないが──あんたかい?」
ティエントが突然の事に腰を抜かさぬようにと気合いを入れつつ【盾】を指差して叫び、ガウリアが逆に冷静になり『これが魔法か魔導接合によるものだとしたら』と魔法巧者である筈のカクタスに話を振るも。
「……いいや、私じゃない──というより、これは」
こんな芸当が可能であれば、もちろん最初からそうしているカクタスは自分ではないと否定しつつも、この【盾】に──というか、この【盾】から感じる魔力に一種の懐かしさに近い何かを覚えてしまっており。
(いや、まさかそんな筈は……しかし、この【盾】から感じる魔力は……あの時、感じたものと全く同じ──)
あの時──そう、かの天空に浮かぶ魔王城を攻め落とすべく六花の魔女を中心として集まった世界中の魔法使いとともに堅牢な門を突破する為に助力した時。
そして、この世界でも有数の魔法使いたちでも破壊できなかった魔王城の堅牢な護りを、あっさりと一閃してみせた──かの勇者が手にしていた剣と同じ力。
勇竜剣と同じ力を、この【盾】から感じていた。
「……誰が、これを──」
まさか勇者が生きているわけでもあるまいに──と地母神からの神託を信じていた彼が首を振りつつ、では一体どこの誰が護ってくれたのかと思案していた。
──まさに、その時。
「──……ぁあぁああああああああああああ……!」
「「「「「?」」」」」
ふとカクタスを始めとした五人の耳に間違いなく届いたのは、【水拡】が絶品砂海の砂を溶かす音に紛れて聞こえる──おそらく人間の、それも女の子の声。
何で、そんな場違いな声が今──五人の考えが思いがけずに一致し、ほぼ同時に炎暑の空を見上げると。
「──……はっ?」
そこには、もう疑いようもなく女の子がいた。
ここは絶品砂海、汗が流れた先から乾いていくほどの熱砂の大地なのに、どう見ても軽装の女の子──。
──そして、カクタスたちが呆気に取られる中。
その女の子──勇者と聖女の娘の片割れ、フェアトは思い切り息を吸い込んでから力の限り叫び放った。
──助けに来ました!
……とか。
──怪我はありませんか!?
……とかではなく。
「──……う! 受け止めてもらえませんかぁああああああああああああああああああああああああっ!?」
「「「「「……はぁっ!?」」」」」
……全身全霊の、『助けてください』を。
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愛され人形使い!
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