観光一つもできぬまま
突然の手合わせから一夜明けた──翌日の朝。
ミュレイトが命を落とす前に魔石に込めた膨大な魔力と、かの悪神ジジュが気まぐれにミュレイトへ授けていた神力さえ纏う二つの属性を帯びた魔力の爆発。
島一つを揺るがしかねないほどの規模を誇る──というのは比喩でも何でもなく、あの時の爆発は元々この島で暮らしていたり観光に来ていたりする者たち全てに認知されており、あれから四日が経過した今でも彼ら、もしくは彼女らは外出もせず屋内で大人しく。
──とは、なっていなかった。
崩れに崩れた地底湖に繋がる洞窟の前や、その周辺には数多くの野次馬が騒ぎの元となった爆発の跡を興味本位で見に来るだけでは飽き足らず、そこら中に侵入禁止を示すバツ印を模した【土壁】があっても無断で入り込み、『記念に』と落書きまでする始末──。
決して好ましい行為ではないし、シュパース諸島という法や罪に比較的寛容な地でなければ奴隷落ちとなっても不思議ではない、そんな咎人一歩手前な者たちを遠巻きに見ていたスタークとフェアトはといえば。
「──……なーんか、あん時のやつらと似てんな。 お袋が連れてきた死刑囚だの犯罪奴隷だのと、なぁ?」
「……そんなものですよ、人間なんて」
これといって腹を立てているわけでも哀しんでいるわけでもなく、あの辺境の地へ実験台として定期的に連れて来られていた咎人たちと、この連中の違いが分からないと曰う午前中特有の低血圧っぷりを発揮している姉の問いかけに、フェアトは溜息をこぼし踵を返して『視界に入れるのも嫌だ』とばかりに歩き出す。
……全く同じ感情を、フェアトも抱いていたから。
あの辺境の大地にて暮らしていた十五年、聖女レイティアや六花の魔女フルール、そして始祖の武闘家キルファ=ジェノムを除けば双子が接する機会を与えられていたのは少なからず罪を犯した事のある者だけ。
傲慢、強欲、憤怒、色欲、嫉妬、貪欲、怠惰──性別や年齢、種族さえ問わない咎人たちを散々見てきた双子は、おそらく外の世界も同じような者たちがあふれかえっているのだろうと、そう思っていたようで。
(……あの二人、逃げた先で虐げられないといいけど)
もちろん、この世界に住む全ての人々がそうであるとは言わないが、ただでさえ並び立つ者たちの中でも力が弱く脆弱で、おまけに普通の人間として転生しているリャノンとサラは無事に暮らしていけるのだろうか──と、フェアトは今更ながら不安になっていた。
ちなみに、フェアトは先日の騒動の中でミュレイトを殺害した事は明かしても、そこで並び立つ者たちを見逃した事については明かしておらず、ましてや序列一位からもらったメモを渡した事も明かしていない。
どうせ話したところで理解してくれないし、してくれるにしても長い長い時間と説明を要される事は嫌というほど分かっていたから──というのもあったが。
そもそも、アストリットからのお願いを真に受けて並び立つ者たちを見逃したと言ったところで、それを姉が受け入れるかどうかという不安もあったらしい。
──見逃しただぁ!? ふざけんな、あたしが捕まえてやる! 生きて諸島を出られると思うなよ!!──
……とか。
──しかも、メモまで渡したってのか!? 何やってんだ、お前はよぉ! 絶対に逃さねぇからな!!──
……みたいな展開になるかもしれないから。
まぁ尤も、そんな元気は今の彼女にはないのだが。
今、崩落した地底湖への確認を兼ねての朝の散歩をしているのも、スタークが昨日の手合わせでの敗北を思った以上に引きずっていたからで、この散歩が気分転換になればとフェアトは僅かに願っていたものの。
あのような、しょうもない光景を目の当たりにしてしまっては気分転換どころか更に気落ちしてしまうだろうというのは、フェアトにしても想像に難くなく。
(せっかく朝早くから宿を引き払ってまで散歩に誘ったのに……もう少し寝させてあげた方がよかったかな)
結果論とはいえ、どう見ても寝足りない様子の姉の事を本当に労るのであれば、シュパース諸島を発つ予定時刻の昼前まで睡眠を取らせる方が有意義だったのでは──と、そう考えてしまうのも無理はなかった。
その後、洞窟から離れつつ自分たちを見送る為に待ってくれている筈のアルシェの下に向かうべく、この島で最初に訪れた船着場の方へと歩いていると──。
「あぁよかった、ちゃんと来てくれて……心配してたのよ? もしかして何かあったんじゃないかって……」
「……すみません、お待たせしたみたいですね」
「うぅん、いいのよ。 気にしないで」
そこには、わざわざ忙しい時間の合間を縫って双子の見送りに来てくれた【魔弾の銃士】、アルシェ=ザイテの姿があり、どうやら待たせてしまっていたらしいと察したフェアトが頭を下げるも、アルシェは至ってにこやかに笑顔を浮かべて首を横に振ってみせる。
そんな彼女に対し、フェアトは『あはは……』と苦笑いで返そうとしたのだが──アルシェの言葉を脳内で反芻した結果、僅かにとはいえ違和感を覚えた為。
「……心配、とは?」
どうして、あの爆発事故──事故ではなかったものの──から四日経過した今、自分たちを心配する事があるのかという疑念を込めて問いかけてみたところ。
「昨日の夜、膨大な魔力を帯びた雷の魔法──多分あれは【雷噴】だったと思うんだけど、もの凄い雷鳴を伴って行使されたのを後始末の途中で見たのよ……」
「「……あー……」」
どうやら、あの時の手合わせの終盤にフェアトがシルドに指示して行使させた【雷噴】は、あの時間帯にも【影裏】の一員としての職務を全うしていた彼女の目と耳に届いていたらしく、それもあって心配していたのだと口にするアルシェに対し双子は同時に唸り。
「一瞬の事だったし、かなりの距離があったから駆けつける事はできなかったの。 なるべく急いで向かったんだけど、もう誰もいなかったのよね──というか」
できるだけ急いで駆けつけたはいいものの、それでも十数分ほどが経過してから到着した時には誰も残っておらず魔法の形跡もなかった為、特定する事はできなかったが──この双子の反応を見た彼女は、ふと。
「……もしかして、あれは貴女たちの仕業?」
「……そう、ですね……」
もしや──いや、もしかしなくても双子が原因なのだろうと半ば確信して問いかけた事で、フェアトは何とも気まずげに肯定の意を示すべく首を縦に振り、それを見たアルシェは露骨なほどに溜息をついてから。
「ただでさえ、あの男が遺した面倒ごとの処理で忙しいのに。 あんな規模での手合わせは、せめて問題にならない程度に離れたところでやるようにするのよ?」
「何から何まで、すみませんでした……」
決して腹を立てているわけではないが、それでも双子がやらかした事を咎めるような物言いとともに、いかにも年長者といった具合でアルシェがフェアトの金色の髪を撫で、それを受けたフェアトが謝罪する中。
「……貴女もよ? スターク」
「……へいへい」
妹と違って反省する素振りが見えないスタークに対しても、アルシェは同じように彼女の栗色の髪に手を置きつつ叱った事で、スタークは不満げに手を払い。
「そ、それじゃあ私たちはそろそろ次の目的地に向かいますから……お見送り、ありがとうございま──」
「──ちょっと待って!」
「「?」」
少し重くなってしまった空気を振り払うべく、フェアトは見送りに来てくれたアルシェに礼を述べてからシルドを、スタークは無言でパイクを竜覧船へと変化させ、すたこらと出立しようとしたのだが──そんな双子を、アルシェの発した制止の声が止めてしまう。
どうしました──と、フェアトが尋ねんとした時。
「もう少しで来る筈なんだけど──……あっ!」
「え?」
「ん?」
何某かが、ここに来るのを待っていたとでも言うような──そういう意味合いにしか聞こえない彼女の呟きに反応するより前に、アルシェが何かを視界に捉えたのか手を振っている先に双子が顔を向けたところ。
「──っ、はぁ、はぁ……お、遅くなりました……」
「……マネッタ、さん? どうして……」
決して速くはない、どちらかといえば遅いくらいの足取りで息を切らして駆けてきたのは、ミュレイトが長を務めていた観光組合の一員である女性のマネッタであり、どうしてここにとフェアトが尋ねると──。
「……あ、あの……この度は、組合長が起こした騒動を鎮めていただき、ありがとうございました……っ」
「……どなたかに聞いたんですか? それとも──」
乱れた息を整えるのもそこそこに、マネッタが勢いよく頭を下げつつ組合長が引き起こした騒動の中心に双子がいたと知っている事を前提とした謝罪と感謝をしてきた事に、フェアトは『少なくとも自分は彼女に話していないのに』との疑問を込めて問いかけるとともに、もしやと別の想像をも脳内で繰り広げていた。
もしや彼女は──知っていたのではないか、と。
すると、マネッタは最初に出会った時のような不気味なほどの笑顔などどこへやら、この世の終わりかの如き影を落とした暗い表情を湛えながら口を開いて。
「……全てではありませんが……『組合長』以外の役職を是が非でも作らず私たちには簡単な役回りばかりを任せてたんです……それに、あの教会に赴く時も必ず一人で何かしらの荷物を運んだりしてまして……」
かねてから、ミュレイトは自分が務める組合長を除いた役職の一切を作らないばかりか、マネッタを始めとした組合員には誰でもできるような仕事しか回す事なく肝心な仕事は全て自分のところで止めていたり。
また、かの悦楽教の古ぼけた教会に赴く際には誰一人の同行も許さず、『それは何だ』と尋ねてもはぐらかされるだけの荷物を運んでいたり──と、こうして見れば怪しさの塊の如き行動を取っていたのだとか。
「役職の方は万が一にも計画に邪魔が入らないようにする為……でしょうね。 で、教会の方は計画に必要な金品を保管庫に運んでいたというところでしょうか」
「……私が、もっと早く気づけていれば……」
それを聞いていたフェアトは、スタークが相も変わらず理解できずに首をかしげているのも構わず、ミュレイトが取っていたという怪しい行動の全てを半ば確信めいて分析し、そんな彼女の分析にマネッタが更に表情を暗くして自分の不甲斐なさを悔いていた一方。
「……なぁ、そんな暗い感じだったか? あんた」
「ちょ、ちょっと……」
何の突拍子もなく、あまりのマネッタの変わりっぷりに実のところ驚いていたらしいスタークの問いかけに、マネッタより先に反応したフェアトが諌めるも。
「わ、私は元々根暗でして……組合長が用意した食べ物や飲み物を食べてから、どうにも気分が……その」
「……ふーん……で?」
マネッタは律儀に頭を下げつつ随分おどおどとした様子で、ミュレイトが用意した【破顔一笑】入りの飲食物を口にしてから気分が異常なほど高揚していたものの、そもそも自分は根暗な方だと告げられた事で納得したスタークは、いよいよ彼女の目的を問い正す。
シュパース諸島を陰ながら救ってくれた事への感謝や謝罪をしたかった──だけには見えなかったから。
「……こ、これからは、しっかりと部署や役職を決めて管理を行き届かせて……ここを訪れる誰もが楽しく安全に過ごせるようにします……! だ、だから──」
すると、これまでとは違い真剣な表情に変わったマネッタは、ぎゅっと胸の前辺りで不安そうな様子で両手を握りながらも観光組合の新たな組合長となった身として、このシュパース諸島を以前のように──以前よりも更に素晴らしい観光地にすると誓うとともに。
「──……また、いつかシュパース諸島に、“ツェントルム島”に来てください……! その時は、きっと楽しんでもらえるようになってると思いますから……!」
「「……」」
いつになるかは分からないが、スタークやフェアトが再び諸島を訪れた時、その時こそは二人が安心して楽しんでもらえるような場所になっているように努めると宣言し、シュパース諸島においての中心地であるところの──ここ、“ツェントルム島”に遊びに来てほしいと告げてきた事で双子は互いに顔を見合わせて。
「……そう、ですね。 全てが終われば、また」
「……! は、はいっ! お待ちしています!」
どちらからともなく頷き合い、そして二人を代表するようにフェアトが右手を差し出しながら、『楽しみにしてます』と微笑みかけたのを見たマネッタは、すぐさま晴れやかな笑顔を浮かべて彼女の手を握った。
それから、およそ数分ほどの会話の後に竜覧船と化したパイクたちに乗り込んだ双子は、マネッタとの別れとアルシェとの美食国家での再会を祈りつつ、この世界でも有数の観光地、シュパース諸島を後にする。
……そんな中、スタークは──ふと思っていた。
(……ツェントルムって名前だったのか、あの島)
……結局、観光一つも満足にできないどころか自分たちが滞在した島の名前すら知らなかったのか、と。
まぁ、観光が目的ではないから別にいいのだが。
並び立つ者たち、残り二十体──。
なお、そのうち見逃した者たちが二体いる為。
残り十八体と言って差し支えない、かもしれない。
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