何とも数奇な運命ですね
時間にして、およそ数分。
「──……っ、よい、しょ……っ!」
どうにかリャノンとサラを──どっちがどっちかは分かってないが──地底湖の浅瀬まで運び、その二体を溺れさせないようにする事だけはできたフェアト。
「……ふぅ……疲れ──てはないか……」
ただでさえ非力な彼女が浮力もあるとはいえ二人の人間を運びきるというのは割と快挙であり、やり遂げた感とともに自分の身体の状態を確認するも、これといった疲労もなければ息一つ切らしてもいない事に。
少しだけ、ほんの少しだけ憂鬱になっていた。
(……やっぱり私、人間じゃないのかな……)
疲れ知らずの体力を持つ──というだけならともかく、およそ十五年の人生で傷を負った事もなければ血を流した事もなく、ましてや疲弊した事さえないという人間がどこにいるのかと改めて思わされたからだ。
もちろん、ここにはいない姉ならば二人を片手で掴んで水の抵抗も気にかけず放り投げたりといった、それこそ人間離れした力を見せていたのだろうが──。
「──……ぅ、ぐ……げほっ」
「!」
そんな中、二人のうち背が高くスラッとした方の体格をした女性が、おそらく胃の中に水しか入っていない状態で咳き込んだからか僅かに饐えた臭いのする胃液と、ほんの少しの石粒を吐き出しつつ目を覚ます。
「……あの──」
一見、中性的な容姿の男性のようにも思える女性に対し、フェアトが声をかけようとした──その瞬間。
「!? ……っあ? あ、あぁ……っ!」
「……?」
群青色の短髪が特徴的な女性はフェアトの声に過剰な反応を見せて、のけぞりつつも倒れないように片腕を伸ばしたところに、ちょうど片割れの女性が倒れていたのを見つけて即座に、されど優しく抱き起こす。
そんな一連の流れを見ても、ハッキリ言って何が何だか分からない彼女は首をかしげるしかできず──。
「サラ……っ! お願い、起きて……僕を一人に──」
「──……ぅ……リャノ、ン……?」
「! よ、よかった……っ!」
「い、痛いよリャノン……」
「あ、ご、ごめん……!」
ここだけ見れば感動の再会の場面としか思えないような、お揃いのピアスを片耳につけた二人の女性がずぶ濡れの状態で抱き合っている光景を見たフェアト。
(……こっちがリャノン、こっちがサラ……で、この二人は多分──そういう関係にある……んだろうなぁ)
とりあえず、どっちがリャノンでどっちがサラなのかという事と、おそらくであり確証は無いものの二人がただならぬ関係にあるのだろう事は分かっている。
若干だが、こういう関係を女性二人で築けている事自体を自分が羨ましがっている事も分かってはいる。
「……あー、ちょっと──」
とはいえ、それ以外の事は何も分からないからこそ二人の間に割って入ってでも話を進めんとした──。
……が、その声は届いていない。
完全に二人の世界に入っているようだった。
「……私たち、どうなったの……?」
「分からない、分からないけど──」
その時、リャノンに比べて更に気分が優れていなさそうなサラが青白い顔を向け、ところどころに石が張りついた艶やかな翠緑の長髪を揺らしつつ何があったのかと問うが、リャノンとしてもサラより少し早く目覚めただけなので何も分かってはいなかったものの。
「──……君が助けてくれたって事でいいのかな?」
「……だとしたら?」
自分たちの石化が解かれ、その解かれた現場に居合わせた謎の少女──とくれば、おそらくどころか間違いなくこの少女が助けてくれたのだろうと判断したリャノンが確認するも、フェアトはどこか素っ気ない。
それも無理はないだろう、どれだけ外面が弱りきった人間だとしても中身は並び立つ者たちなのだから。
「……本当に、ありがとう……! ずっと、あの石像にされたまま一生を過ごすのかと思ってたんだ……!」
「……感謝なんてしなくていいです」
「で、でも──」
しかし、そんな彼女の冷ややかな態度にもめげずにリャノンは頭を下げながら助けてくれた事への感謝を示し、チラッと視界に映ったミュレイトの遺体を睨みつけていたものの、やはりフェアトの態度は一向に変わる事なく、あくまでも『感謝は不要だ』と告げた。
もちろん、リャノンと同じくフェアトに感謝していたサラも、どうにか感謝の気持ちを言葉だけでも受け取ってほしいとばかりに掠れた声をかけんとするも。
「だって私は──お二人の前世を知っていますから」
「「え──」」
「並び立つ者たち、なんですよね?」
「「なっ……!?」」
突如、何の突拍子もなく自分たちの前世を知っているのだと抜かした少女の言葉に呆気に取られていたのも束の間、少女が前世で自分たちが属していた選ばれし魔族たちの総称を口にした事で二人は目を見開く。
「ど、どうしてそれを……! まさか君も、あの男の手先なのか!? それとも、ジジュとかいう悪神の──」
「落ち着いてください。 そのどちらでもありません」
それからすぐ、リャノンはサラを庇うような姿勢を取りつつ、もしかしなくともミュレイトと悪神ジジュを知ったうえで石像にされたのだろう事を明確にする言葉を吐いており、フェアトはそれを否定してから。
「私は、フェアト。 かつての勇者と聖女の娘です」
「「えっ!?」」
自分の素性を何でもないかのように明かし、それを聞いた二人はまたしても驚き目を剥いていたものの。
「そう言われれば、あの時の聖女様によく似て……」
「あの方の、ご息女なのね……」
「……あの方? ご息女……?」
「……あぁ、実は──」
よくよく少女の姿を見てみると、その金色の髪も空色の瞳も聖女レイティアと瓜二つであり、どういうわけか聖女を敬うような発言をした二人に対し、フェアトが疑念を込めて首をかしげつつ問いかけると──。
二人を代表し、リャノンが過去を語り始めた。
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一度目の生涯──。
二人は、もちろん魔族だった。
しかし、どういうわけか魔族だというのに二人は全くと言っていいほど他種族を滅ぼす気になどなれず。
そればかりか、こっそりと二人で城から出て他種族が暮らす国や街に赴き、そこでリャノンとサラは変装目的も込みで道化の仮面を被って、かねてより練習していた手品や大道芸を披露してお捻りをもらう──。
まさしく旅芸人のように自由な生き方をしていた。
とはいえ、しょせんは素人芸という事もあって最初は大して儲ける事はできなかったが、リャノンたちの目的はあくまでも他種族との交流であった為、途中で観客たちが帰ってしまっても特に気にはしなかった。
いや、ちょっぴり悔しさはあったかもしれない。
そんな二人に目をつけたのが──アストリット。
方向性こそ大きく違えど他種族に興味があるのは同じである事から、アストリットは魔王カタストロに対して『あの二人、使ってみたら?』と進言して──。
それを受けたカタストロは、『ちょうど空きもあるからな、いいだろう』と後の序列一位の意見を了承。
突如、後のXYZに属する三体と自分たちを除いて集められた二十一体の魔族とともに、リャノンには『笑われるのではなく笑わせる為の力』を、サラには『何があっても、その場から動かさない為の力』を与え。
称号と名前をもらった二人は、より一層お互いを強く認識して、まず存分に自分たちが賜った力のほどを確かめてから、さっそく有効活用してみる事にした。
二人の力は絶大で、【破顔一笑】のお陰で観客たちは皆お腹を抱えて笑い出し、その光景に違和感を覚えて帰ろうとした者たちは【常住不断】で足が止まる。
それを見た二人は──こうじゃない、と思った。
これは、ただ無理やり称号の力で面白くもないのに笑わせているだけだし、この場から離れたいのに足や身体を動かせないよう固定しているだけなのだから。
これは自分たちがしたかった他種族交流じゃない。
そう考えた二人は即座に力を止めた──。
──その瞬間。
「──……な、何だったんだ今のは!?」
「大して面白くもねぇのに無理やり……!」
「おい、お前らのせいだろ! 何をしやがったぁ!?」
「とっ捕まえろ!」
「「……!?」」
異変に気がついていた観客たちが一斉に、リャノンとサラが何かをした筈だと決めつけて糾弾し始めた。
もちろん、それに関しては何も間違ってはいない。
二人の力の影響を、しっかり受けていたのだから。
本来なら、リャノンもサラも紛れもなく魔族である為、人間や獣人、霊人などに劣る筈もないが、イザイアスと同じく二人も称号とともに魔法を使えなくなっており、ましてや戦闘も得意ではなかった事により。
二人は、あっさりと捕らえられてしまった。
このまま公開処刑されるのか──そう思った時。
「──何をしているのですか?」
「「「!!」」」
透き通るような、それでいて確かな力が込められた女声が全員の耳に届き、そちらを振り返ってみると。
「せ、聖女レイティア様……!?」
そこには後にスタークとフェアトの母になる聖女レイティアが立っており、その神々しい姿を見た観客たちは誰からともなく跪いて人類の希望に敬意を示す。
「詳しい事情は分かりませんが……ここは私に任せてもらえませんか? できれば皆様には離れてもらって」
「「「は、はいっ!!」」」
その後、暗に『どこかへ行って』という聖女からの指示に逆らうつもりはない彼らは、リャノンとサラとレイティアを置いて、それぞれの帰途に着いていた。
そして、レイティアはゆっくりと口を開き──。
「──……魔族、よね? 貴女たち」
「「!」」
聖女ゆえか、その正体をあっさりと看破されてしまった事に二人が勢いよく顔を上げると、レイティアは疑っているのではなく確信しているのだと分かった。
「……ここにいるのが私でよかったわね。 リヒトはともかく、あの三人は過激派だからすぐ殺してたわよ」
「……僕たちを、殺さないのかい……?」
「いいえ、どんな理由があろうと魔族は殲滅する。 けれど、そこで苦しませる必要があるかどうかは──」
レイティアは、『はぁ』と浅くない溜息をこぼして勇者の愛称と他三人の仲間について触れ、それを聞いたリャノンは『まさか見逃してくれるのか』と一瞬の希望を抱いたが、もちろんそんな筈はなくレイティアは首を横に振って、されど各々の倒し方については。
「──私が決める事よ。 さぁ、どうするかしら?」
「「……」」
実際に相対した者の自由だ──という一行の決まり事を明かしたうえで二人の選択を待ち、リャノンとサラは互いに顔を見合わせて少しだけ思案していたが。
結局、二人は聖女に殺される事を望んだ。
きっと来世も貴女たちなら一緒になれるわ──そう言ってくれた聖女の言葉が、とても嬉しかったから。
それからは、カタストロの力で二人一緒に何の変哲もない人間へと転生し、とても裕福とは言えないが平穏で幸せな二人だけの生活を送っていたものの──。
数年後のある日、唐突に二人の足下に展開された見た事もない黒い魔方陣により、この地底湖に転移させられた二人の前に現れたのが──ミュレイトだった。
その隣には、『福の悪神ジジュ』と名乗る半透明な少女の姿もあり、リャノンは咄嗟に【破顔一笑】を行使して、どうにかこの場を切り抜けようと試みるも。
どういうわけか、リャノンの力は全く通用しているようには見えず、それを見た彼女は『サラだけでも護らないと』と考えて庇うようにサラを抱き寄せ──。
その姿勢のまま、ミュレイトの【同一】によって。
二人は、物言わぬ石像に変えられた。
これが、リャノンとサラの二度目の生涯の不運。
結局のところ、リャノンとサラは二度も人間に『幸せになる権利』を奪われる事になったのだった──。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「──……何とも数奇な運命ですね」
「……あぁ、本当にね……」
なるだけ簡潔に、されど割と長かったリャノンとサラの過去の話を聞いたフェアトは、その一言に同情や僅かな憤り、もしくは無関心といった様々な感情を乗せ、それを受けたリャノンは苦笑いとともに頷いた。
「けど、どうにか二度目は生き抜く事ができた……これも、サラがずっと一緒にいてくれたからだよ……」
「リャノン……それは、私だって──」
一度目も二度目も散々な目に遭ったのは間違いないが、それでも二度目は何とか命を拾う事ができそうであり、それはパートナーであるサラのお陰だとリャノンは言うが、サラも同じ気持ちだったようで互いの顔が──というより唇が近づいてさえいた、そんな中。
「まぁとにかく……ミュレイトさんも死んだ今、私の目的は貴女たち二人の討伐へと変わったわけですが」
「「……っ」」
だから何だと言わんばかりに二人だけの空気に割って入ったフェアトが、わざとらしい咳払いの後に元々の目的はミュレイトの計画を止める事にあり、それが達成されたからには次なる目的を果たさなければならないのだと告げた事で、リャノンたちは少女を警戒。
──していたのだが。
「──……この地底湖、北側と南側に二つの出入り口があるそうなんです。 ちなみに、ミュレイトさんや私が足を踏み入れたのは南側なので北はあちらですね」
「……? な、何を言って──」
何の前触れもなく、この地底湖に繋がる洞窟には二つの出入り口があるという、あらかじめアルシェが調査していた事実を彼女から聞いていたらしいフェアトが語り出すも、リャノンは何が何だか分かってない。
無理もないだろう──そもそも先程までの話と今の話には微塵も繋がりがなく、ほぼ無関係なのだから。
「……アストリットを、ご存知ですよね」
「え、えぇ、もちろん……」
そんな風に困惑する二人をよそに、フェアトは二人も属していた並び立つ者たちの序列一位の名を口にして、その名を聞いたサラは当然だとばかりに頷いた。
「あれが、こう言っていたんです。 『もし、この先で戦う意思の無い並び立つ者たちに出会ったら見逃してやってほしい』って。 だから──どうぞ、お好きに」
「「……」」
「……? どうしました?」
すると、フェアトは数週間ほど前にアストリットから言われていた、『戦意が薄い者は、そっとしておいてほしい』というお願いを思い返したうえで二人を見逃すと告げたのだが、どうしてか二人は俯いたまま反応せず、それに違和感を覚えたら彼女が声をかける。
その声に、リャノンとサラは顔を上げてから──。
「……本当に、いいのかい? こう言っては何だが僕たちは紛れもなく人類の仇敵だ。 いくら元とはいえね」
「……そう、よね。 それに、きっと石にされていた間も私たちの力を悪用されていたんでしょうし……っ」
かつての事とはいえ、リャノンもサラも人類に限らず全生物の敵とも称される魔族だったのは言うまでもなく、その事を踏まえなかったとしても今世で自分たちの力を利用されたのは事実であり、それを考えれば自分たちを見逃すのはどうなのか、と主張してきた。
彼女たちは揃って──悔いていたのだ。
その姿は、とても前世が魔族だったとは思えない。
だが、だからこそ──。
「……そういうところですよ」
「「えっ?」」
これまで遭遇した並び立つ者たちは、そこに多少の差異こそあれ自分たちが犯した所業について反省や後悔などしていなかった事も相まって、この二人が善良に見えてしまった──というのが彼女の出した結論。
情報をくれた序列一位へ借りを返す意図もあった。
「大丈夫ですよ、このまま出入り口の方へ向かったとしても絶対に追い討ったりはしませんから──ね?」
「……分かった、ご厚意に甘えるよ」
「本当に、ありがとうね……?」
外で倒れている姉やアルシェの事を考えると、あまり悠長にもできないと判断した彼女が急かすように北の方を指差した事により、サラから決定権を委ねられていたリャノンがようやく受け入れて立ち上がり、サラと肩を寄せ合いながらではあるが北側へと向かう。
どうやって誤魔化そうかな──と、ここにはいない姉に対して並び立つ者たちを見逃した事を言うべきかどうか、フェアトが思考を巡らせていた、その瞬間。
──パキッ、パキッ、パキキッ。
「……え……?」
できる事なら当分は聞きたくなかった小さく小気味良い音が、しかも四連続で聞こえてきた事に驚いたフェアトが緩慢とした動きで首を後ろに向けると──。
そこでは赤、青、緑、橙──要は火、水、風、土の四つの魔石がミュレイトの遺体の手元で砕けており。
「……まさか、事切れる寸前に……」
おそらく死の直前に込めた魔力が今になって解放されたのだろう事を理解したフェアトが、その四つの魔石を触媒に行使される魔法は何かと身構えていた時。
真っ二つになっていたミュレイトの遺体の真下に四色の魔方陣が重なり合うように展開されて、その筋肉質な身体の表面を這うかの如く術式が刻まれていき。
「──時限式の、【爆】……っ!?」
それが四属性の【爆】だと気づいた時には。
──すでに爆発まで秒読みの状態だった。
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