旅の目的
「た、旅? どういう事ですか……?」
荒唐無稽にもほどがある母の言葉に、フェアトは全く持って要領を得ない様子でおずおずと問い返した。
「言葉通りよ、フェアト。 貴女たちには、この辺境の地を離れて旅立ってもらう。 拒否権は無いわよ」
しかし、レイティアは先程の自分の発言を訂正する気も拒否させる気もないらしく、手合わせする前の真剣な表情や口調そのままに話を終わらせようとする。
とはいえ、それでフェアトが納得できる筈もなく。
「そ、そんないきなり……! そもそも、お母さんがここで暮らす事を決めたのだって──」
自分たち家族が『この辺境の地で暮らす理由』を知っていたフェアトには、母の発言が破綻しているようにしか思えず、一歩、また一歩と詰め寄っていく。
「……まぁ、あたしは別にいいけど」
「ちょ、ちょっと姉さん!?」
そんな中、いつの間にか大きさを戻していたパイクにもたれかかるスタークが、母の言葉を受け入れる旨の発言をした事にフェアトは目を剥いてしまう。
この十五年、外の世界の人たちとの交流などが全くなかったわけではないものの、ハッキリ言ってスタークはいい加減にこの辺境の地から出てみたかった。
だが、その為の名分も手段もなく、『一生ここで暮らすんだろうか』と半ば諦めていたところに、今まさに母の口から告げられた『旅に出ろ』との言葉。
スタークにとっては、願ってもない事だったのだ。
しかし──それはそれとして。
「それより……さっき言ってた『とある目的』ってのは何だよ。 あたしらに何をさせる気だ?」
母が口にした『目的』とやらを聞かない限りは純粋に旅を楽しめるか、そうでないかが変わってくる。
そう判断した彼女が勇者譲りの真紅の瞳を鋭く光らせて問い詰めると、レイティアは軽く溜息をこぼし。
「……結論から言うわ。 貴女たちには──」
「──【魔族】を見つけて、倒してほしいのよ」
「「……はっ?」」
一拍置いてから至って真面目な表情と声音で二人が求める答えを口にするも、突然の『旅に出ろ』という発言を更に上回る目的に、スタークとフェアトはいかにも双子らしく同時にポカンと口を開けてしまう。
「い……いやいや、おかしいです。 魔族は皆、勇者と聖女とその仲間たちの力で殲滅したんですよね?」
しばらく呆然としていた双子だったが、ハッと我に返ったフェアトが母から簡単に聞かされていた勇者たちの冒険譚を思い返して、『まさか嘘でもないでしょうし』とあわあわしながら確認するように尋ねる。
無論、『勇者一行が魔族を殲滅した』というのは決して嘘や冗談ではなく、この世界にはもう一体たりとも魔族の影も形も残っていない──筈である。
「……えぇ、その通りよ」
そう思っていたからこそ、レイティアも頷いた。
「おいおい、話が噛み合ってねぇぞ。 もうこの世にいねぇ死んだやつらを倒せっつってんのか?」
そんな二人のやりとりを聞いていたスタークは話が長くなってきた為か、いよいよパイクにもたれかかっている部分を柔らかいソファーのようにさせて、そこに腰掛けながら頭の後ろで腕を組み、声をかけた。
スタークもまた、フェアトと同じように母の発言が破綻しているようにしか思えなかったからだ。
「……私だって、初めて聞いた時はそう思ったわよ」
「聞いた……?」
「誰にですか?」
一方のレイティアは、まるで子供の如く口を尖らせて拗ねているような口調で返答し、それを受けた二人は頭に浮かぶ疑問符を増やしつつも再び問い返した。
「地母神様よ。 神託を受けたの」
すると、レイティアがそっぽを向けていた顔を二人に戻してから、自らの信仰する地母神の名を口にしながら『少し前にね』という補足とともに語り出す。
事実……レイティアは数ヶ月ほど前、しばらく音沙汰のなかったウムアルマから『世界各地に魔族と思われる者たちが姿を現した』という旨の神託を受けた。
ウムアルマとしても聖女を再び戦渦に巻き込む事などしたくはなかったが、それでも自分が下界に手を下す事ができない以上、彼女に託すしかなかったのだ。
勇者も、その仲間たちも消えた今……間違いなく世界最強といえる光の使い手、聖女レイティアに。
「まさか……魔王とやらも復活したのか?」
言うほど神の存在を信じているわけではないスタークも、他でもない地母神の名を出されてしまうと信用しないわけにもいかず、ゆっくりパイクから離れつつ魔族だけでなく魔王も蘇っているのかどうかを問う。
自分の力に自信がない事はないが、いきなり魔王との戦いに身を投じるなど流石に勘弁してほしい、というのが彼女の本音だったのだが──。
「いいえ、復活したのは──二十六体の魔族よ」
「二十六?」
「何か……こう、中途半端ですね?」
「ふふ、そうね。 でも、ちゃんと理由があって──」
レイティアが口にしたのはスタークの発言への否定と、その疑問に対する確かな答えであり、それを聞いたスタークは首をかしげ、フェアトも『百とか千とかならともかく』と同じように首をかしげている。
そんな二人の息の合い方に苦笑を湛えつつ、『確かにね』と頷いたレイティアが説明を続けんとした。
──その時。
「──っ!」
『『りゅーっ!!』』
突如、レイティアが何かを察知したかのように空を見上げると同時に、パイクとシルドもまるで警戒音かと言わんばかりの甲高い咆哮を辺りに響かせる。
「……何だ? 上に何か──は!?」
「え、どうし──っ!?」
いきなり何事だと思った双子が釣られるように視線を上へ向けると、スタークが先にこちらへと飛来する巨大な何かの存在に気がつき、フェアトは一度スタークへ顔を向けた後で、もう一度空を見てから──。
──それに気がついた。
視界に映すだけで萎縮しかねないほどの緋色の鱗を纏い、ギラギラと光る爪牙を剥き出しにし、その巨体に相応の雄大な一対の翼を広げる──竜の姿に。
「ま……っ!また竜かよ!! もういいわ!!!」
その後、地響きとともに自分たちも立つ地面へと降り立った巨大な緋色の竜を見たスタークが、思わず大声で苦言を呈してしまうのも……無理はない。
何せ、これで本日三度目の竜との邂逅である。
「あれって──“怒赤竜”、ですよね……?」
その一方、フェアトは至って冷静に目の前の竜が属する種族を言い当て、それが適当か否かを母に問う。
怒赤竜──それは、この世に産まれ落ちたその瞬間から途方もないほどの怒りの感情を持ち、もし眼前に親の個体がいれば一も二もなく襲いかかる竜の魔物。
そして、それを本能的に理解しているからか怒赤竜は産んだばかりの卵を適当な魔物や獣の巣に【火移】で転移させて、その巣の主に大切な役割を託す。
──『最初の怒りの矛先』と。
──『最初の餌』という大役を。
しかし、そんなフェアトの言葉を受けたレイティアは、ゆっくりと首を横に振ってから──。
「あれは──怒赤竜であって怒赤竜じゃない存在よ」
見た目は怒赤竜で間違いないが、中身は違う。
そんな風に、事情を知る者でなければ全く理解できない意味深な台詞で返答してみせた──その瞬間。
『──くくっ……くぁーっはっはっは!!! やっと見つけたぜぇ!! 聖女レイティアぁ!!!』
その怒赤竜は鼓膜が割れてしまいかねないほどの大きな笑い声とともにレイティアの名を叫び、あろう事か彼女が聖女であるとも知っているようだった。
確かに、【竜種】と呼ばれる魔物は非常に高い知能を有しており他種族の言語も簡単に使いこなす。
その事は、スタークもフェアトも理解していた。
「「……!!」」
しかし、『レイティアを聖女だと呼んだ事』、そして『先程までのレイティアの話』という二つのピースが当て嵌まった事も重なり、スタークとフェアトがその正体を察するのもまた……一瞬だった。
「……かの魔王カタストロと比肩するほどの力を持つがゆえに、“並び立つ者たち”と名付けられた二十六体の魔族が一体。 確か、序列十位の──」
そんな中、レイティアは少しずつ周辺の精霊を呼び寄せながら聖なる光を纏い、誰に聞かせるでもなく眼前の竜の正体を……魔族の中でも卓越した力を持つという並び立つ者たちの存在とともに明かし──。
『そう! 俺の名は“ジェイデン”!! 魔王カタストロ様より【破壊分子】の称号を賜った魔族だぁ!!!』
そんなレイティアの小さな呟きを聞き流さなかった怒赤竜……もとい、ジェイデンと名乗る元魔族は、今世で得た新たな肉体を惜しげもなく広げつつ──。
まるで、開戦の合図を出すかのように吠えた。
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