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攻撃特化と守備特化、無敵の双子は矛と盾!  作者: 天眼鏡


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竜覧船の今後と一時の別れ

 海に浮かぶ肉片の回収は、それはもう苦行だった。



 何せ、それらを全て回収しようにも気まぐれな波が肉片を浚い、おまけに飢えた魚たちが御相伴に預かろうと群がり、その魚たちを喰らう為に魔物も集まる。


 この世界は、ヴィルファルト大陸を除くと大陸を囲うように点在する諸島や島国しかなく、その殆どを広大な海原に占められていると言っても過言ではない。


 ゆえに、ひとたび魔物が発生すると百体単位で出現するというのは常通りであり、その勢いは地上に棲まう魔物の異常発生──“魔奔流スタンピード”とは規模自体が違う。



 それこそ津波のように押し寄せる事もあるのだ。



 もちろん、その魔物たちは暴虐の塊かと言わんばかりの先程の三匹とは比較にもならず、この場に居合わせた冒険者ならば問題なく討伐、或いは撃退できた。


 それでも、この一件に関わってしまった者としては傍観者になるのもどうなのか──そう考えたフェアトに倣い、スタークとキルファも協力を申し出た事で。



 およそ三、四時間ほどで作業を終わらせられた。



 本来なら半日はかかっていただろう作業を、だ。



 今、砂浜ビーチには総力を挙げて回収した被害者たちの肉片が一つに集められているが、どう見ても被害者の数と一致せず半分近くが喰われているのは明白だった。


「──……この人たちの遺族は私が責任を持って探すわ。 ここの観光組合が把握してるでしょうしね……」


 だからこそ、こうして回収できた被害者たちの遺体の一部だけでも遺族の元へ返すべく、シュパース諸島を観光目的で訪れた者たちの詳細くらいは把握しているだろう観光組合を後ほど頼る事になる──と判断して、アルシェは不甲斐なさそうに今後の行動を語る。


「俺たちも手伝うぜ! あんた一人じゃ大変だろ?」


「そうよ、アルシェさんだけに背負わせないわ!」


「……えぇ、ありがとう」


 すると、その言葉を聞いた冒険者たちが性別も年齢も問わず彼女へ助力を申し出た事で、アルシェは暗くしていた表情を少しだけ晴らしてから謝意を示した。



 彼ら、もしくは彼女らは別に仲間同士ではない。



 ただ単に同じ国で活動する同業者というだけ。



 しかし、たまにしか行動を共にしないからこそ絆は強く、『面倒だから任せる』とはならないのである。


 一方、戦闘とも訓練とも言えない微妙な労働たる回収作業を終えた双子は、あの戦いの中で救えた唯一の命である竜覧船の今後について話し合っており──。


「──……じゃあ、こいつは借り物なのか?」


『グルルゥ』


 その話し合いの中でキルファが自信を持って断言した、『この竜覧船は借り物だ』という事実を聞いたスタークは、いまいち要領を得ずにそのまま聞き返す。



 仮にも【竜種】という最強格の魔物を借りる──。



 それが、よく分からないというのもあるのだろう。



 神晶竜や怒赤竜どせきりゅうを目の当たりにしていれば尚更だ。



「そうなるな。 この竜覧船の素体は“溯激竜そげきりゅう”って名前の水属性に特化した竜種で、よく長距離航行に引っ張り出されるやつなんだが──ほら、ここ見てみろよ」


「「?」」


 そんな教え子からの疑問に対し、キルファは未だ快調ではなく首をもたげている竜覧船に手を添え、その竜覧船が魔導接合マギアリンクを施される前の素体──溯激竜そげきりゅうという水属性の属性袋プロパタンクから激流が如き息吹ブレスを吐く竜種の名を口にしつつ、その首を覆う紺碧の鱗に紛れて埋め込まれた宝珠のような物を見ろと言われて覗き込むと。


「……“グトライズ旅行代理店”?」


「何だそれ」


 その宝珠には“グトライズ旅行代理店”という文字が浮かび上がっており、スタークはもちろんフェアトも知らなかった為に聞いてみたところ、キルファは『お前らは知らねぇだろうが』と真剣な表情で前置きし。


東西南とうざいなんの三国で旅行者相手に他国や諸島への旅行を企画したり実施したり……もしくは、それこそ観光組合なんかに仲介する店でな。 あたしも今回の休暇で世話になったらどうかって門下生どもにも言われたよ」


 グトライズ旅行代理店──殆ど鎖国状態にあるといってもいい【機械国家】や、レイティア以外の存在に一切の興味を示さない【教導国家】を除く三つの国に幅広く看板を上げる営利団体であり、そこを通して貸し出されたのがこの竜覧船なのだろうと推論を語る。


 キルファ自身も、【武闘国家】で帰りを待つ門下生たちの一部に『休暇先の相談にも乗ってくれるそうですよ』と勧められていた為、馴染み深かったようだ。


(……門下生?)


 そんな中、教え子であるスタークは『門下生』という言葉に引っかかっていたが──それはそれとして。


「なるほど……では、この竜覧船は」


「あぁ、なるだけ早めに返し──」


 すでに、キルファの言いたい事を察せていたフェアトが『この竜覧船は返却しなければならない』という確かな事実を口にしたところ、キルファも首を縦に振りつつ『返してやんなきゃな』言葉を紡ごうとした。



 ──その時。



「──おやおや、これは何事ですかぁ?」


「「「!」」」


 突如、何とも緊張感のない──というより、わざとらしくさえ聞こえる明るい声音で会話に割って入ってきた女声に、スタークたちだけでなくアルシェを始めとした冒険者たちも一様に反応してそちらを向いた。


 すると、そこには双子が他と比べて人気ひとけの少ない船着場に着いた時に、さも待ち構えていたかのようなタイミングで不気味なほどの歓待を見せた観光組合とやらに属しているらしい女性と、その取り巻きがおり。


「貴女……前に見たわね。 確か、観光組合の──」


 アルシェが諸島に着いた時にも顔を見せていた女性に対し、ほんの少し訝しむような視線を向けて彼女が観光組合の者だった筈だと口にしようとしたところ。


「“マネッタ“と申します! まぁ、そんな事より──」


 マネッタ──というらしい菫色の長髪が特徴的な女性は少々やりすぎではないかというくらいにニコニコとした笑みを湛えつつ名乗るも、そのまま彼女はアルシェから砂浜ビーチに集められた夥しい肉片へ視線を移し。


「──()()は、ここにおられる皆様の所業で?」


「「「なっ!?」」」


 あまりに突拍子もなく、その肉片となる前の人間たちを殺したのが自分たちかと問われた冒険者たちが怒るというより困惑からの驚きを露わにしている一方。


(……おい、やっぱこいつら……)


(えぇ、どうにも胡散臭いですね)


 双子は双子で、こそこそと身を寄せ合いながら互いに共通する認識を再確認するように呟き合っていた。


「違うわ! この砂浜ビーチの沖合に凶暴な魔物が三匹も現れたの! この人たちは、その魔物に……喰われたのよ」


「ほぅほぅ。 それは、ご愁傷様で──んん?」


 そんな折、図らずも冒険者たちを代表したアルシェが『やったのは自分たちではなく魔物だ』『何とか討伐はできたがギリギリだった』と簡潔に語るが、マネッタは自分の職場で発生した事だというのに表情さえ崩さず、どうにも他人事のように両手を組んでいる。


 おまけに、この砂浜ビーチの景観を汚すと言っても過言ではない肉片から視線を外したかと思えば、そのまま今度はスタークたちへと──いや、竜覧船へと近寄り。


「おやおや……この竜覧船は、こちらの方々が所有していたものですかね? でしたら、これは我々が──」


「な、ちょっと──」


 未だ竜覧船が──というより魔導接合マギアリンクが東ルペラシオの専売特許である以上、他の国や諸島に住まう者たちが魔導接合マギアリンク施術済みの個体を見逃す筈もなく、それを分かっていたからこそアルシェは止めようとした。


 何を隠そう、この竜覧船を例として挙げるとすると東から西や南に輸出する際、平民が生涯を懸けて稼いでも足りるかどうかという金額が動くのだから──。



 そこには別の思惑もあったようだが──その瞬間。



「──……おい」


「「「!?」」」


「「……!」」


 そんな彼女らの浅はかな思惑は、キルファの口から発せられた教え子でさえも僅かな戦慄を覚えるほどの覇気を纏った地を這うような声音に阻害され、そちらを振り向かざるを得ない状況に追い込まれてしまう。


 あの時、スタークの脅しにさえ引き下がりこそすれ怯えるところまではいかなかったというのに、キルファの桁違いな気迫に取り巻きは笑顔を貼り付けたまま震えており、マネッタ自身も顔を青くしてはいたが。


「お、おや、これは始祖の武闘家様。 ご機嫌──」


「麗しくねぇよ馬鹿。 んな事よりよぉ──」


 それでも、マネッタにも意地があるのか決して引く事なく頭を下げつつ震える声で挨拶せんとするも、キルファは彼女の言葉を一蹴したうえで話題を転換し。


「こいつはな、そこの被害者どもが旅行代理店から借りてた竜覧船だ。 で、あたしも代理店から紹介されて諸島に来た身だからよ。 こいつを責任持って西ルペラシオの支店に返却するつもりなんだが──異論は?」


「……っ!」


 明確に敵意を持って正論を投げかけるだけならよかったのだが、それだけでは気持ちに収まりがつかなかったのか彼女の姿が次第に変化していき、それを目の当たりにしていたマネッタは思わず後退ってしまう。


 何せ、キルファの健康的だった褐色の肌は段々と赤黒く変色し、そもそも鋭かった瞳は更に眼光を増しており、その整った顔の額から一対の角を生やすだけでは飽き足らず口から見え隠れする牙も凶暴なものに。


 そして何より、キルファの身体やその周囲の空気が歪んで見えるほどの熱量を持つ()()が発生していた。


「う、海が煮えてるぞ……!?」


「いや、どんな熱量だよ……!」


「そうか、【鬼種】にも……」


「……流石は始祖の武闘家ね」


 それは何もキルファのみに影響を及ぼしているわけではないらしく、つい先程まで回収作業の為にと足を踏み入れていた海はぐつぐつと煮立ち、その影響下にあった冒険者が一瞬にして滝のような汗を掻きつつも思ったより冷静に【始祖の武闘家】を評価する中で。


(……あっっっっつぅ……! 何だよ、あの姿は……!)


 やはりというべきか、この場に居合わせた者の中で最も蒸気の影響を強く受けていたのは他でもないスタークであり、どうやら軽くない火傷すら負っていた彼女はパイクの【光癒ヒール】を受けながらも師匠を見遣る。


 おそらく、あの辺境の地で幾度となく行われていた手合わせの中でも、この姿は見た事がなかったのだろうと判断したフェアトは『多分ですが』と前置きし。


(“水蒸鬼すいじょうき”ですね。 水と火を操る【鬼種】の一種です)


 水蒸鬼すいじょうき──という、その名の通り燃え盛る『火』の属性と荒れ狂う『水』の属性とを体内で融合させて水蒸気として放つ事ができる鬼種の一種だろうと推測。


 無論、水蒸鬼すいじょうきも鬼種である以上は人間と子を成す事が可能な為、彼女は水蒸鬼の姿を借りる事もできた。



 尤も、キルファ自身が魔物と交わった事はないが。



「い、いえ、ならば問題ありません。 お願いいたします──ですが、この事は“組合長”に報告させていただきます。 始祖の武闘家とその一派が関わっていたと」


「……好きにしろよ。 ほら、散れ散れ」


 そんな切迫した──そして文字通り茹だるような空気の中で、ようやく意を決して口を開いたマネッタは引き攣った笑顔のままに身を引く事を告げたが、それでも最後の抵抗とばかりに自分の上司に相当するのだろう“組合長”とやらの存在を仄めかすも、そんな上司の笠を着るが如き発言でキルファが揺らぐ筈もなく。


 マネッタは、またも一瞬だけ感情が抜け落ちたか如き表情を見せつつも、すでに身体を元に戻していたキルファに再び笑みを向けてから、この場を後にした。


 それから、マネッタたちが完全に視界から消えた後で『ここでの事は私たちに任せて』というアルシェの言葉に甘えた双子とキルファ、そして竜覧船は──。


「……てなわけで、あたしは西に戻る。 スターク、フェアト。 久しぶりにお前ら双子に会えてよかったよ」


「……もう行っちまうのか? ほら、手合わせとか」


「……そうしたいのは山々なんだがな──」


 あの砂浜ビーチから少し離れた船着場──要は、スタークたちが最初に降り立った場所に来ており、まだ再会してから数時間ほどしか経ってないというのに帰ろうとする師匠をスタークは引き止めようとするが、キルファとしても戻らなければならない理由があるようで。


「──……休暇、今日で最後なんだよ」


「……あぁ、そういう……」



 ……どうやら休暇は今日で終わりだったらしい。



 あの回収作業がなければ──とスタークは悔いていたが、だからといってアルシェたちを恨む事はない。



 強いて言えば、あの魔物たちを恨むくらいか。



「──ま、いつかは西にも来るんだろ? だったら、そん時に稽古くらいつけてやるよ。 それでいいよな?」


「……わーったよ」


 たった一つにして最大の理由を告げたキルファは八重歯の見えるくらいの笑顔とともに、スタークを納得させる為に一つの約束を交わし、それを受けたスタークは明らかに不満げだったが何とか納得したらしく。


「うんうん、お前のそういう素直なとこ好きだぜ」


「……んん」


 そんな風に露骨に拗ねる教え子の、まだまだ子供っぽい可愛らしさに母性をくすぐられたキルファが大きな手で栗色の短髪を撫でると、スタークが心から嬉しそうに──それでいて、照れ臭そうにはにかむ中で。


「……っ」


((りゅうぅうう……))


『ぐ、グルルゥ……』


 ゴゴゴ──という音が聞こえてきそうなほどの気迫を纏い、フェアトが睨みつけている事に気がついた三体の竜種たちは引いたり呆れたり怯えたりしていた。



 嫉妬という言葉では収まりそうになかったから。



「じゃ、またな! 【武闘国家】で待ってるからよ!」


『グルォオ!!』


『『りゅーっ!』』


 その後、数分もしないうちにキルファは竜覧船の背に乗って諸島を離れていき、そんな彼女を乗せる竜覧船の別れを告げる咆哮にパイクたちが呼応する一方。


「おぅ! また──ん? どうした、フェアト」


「……別に」


 またな──と師匠と同じ返しをしようとしたスタークの視界の端に、どうにも機嫌の悪そうな表情を浮かべた妹が映り、その理由を尋ねるも彼女は答えない。



 ……答えられる筈もない。



 貴女の師匠に嫉妬した、などとは言える筈もない。


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