9 恐怖
魔法契約をしている以上は、契約内容に逆らうことは出来ない。
奴隷商達はアキナ様に金貨を差し出した。
「ほら、約束の金貨1000枚だ」
アキナ様は、さっきの戦闘中もずっと背負っていた大きなリュックに金貨を詰めていく。
かなり雑に詰め、リュックもパンパンになった。
「じゃ、さよなら」
もう用はないという感じに振り返り、立ち去ろうとするアキナ様に、
「ちゃんと俺等は負けた対価を払った。だからもう契約違反じゃねぇんだよっ!」
と、奴隷商は殴りかかった。
「アキナ様っ!」
アキナ様は後ろから襲ってきている奴隷商を見もせず、私の声に反応したという様子もなしに奴隷商の拳を避けた。
まるで、最初からその攻撃が来ると分かっていたようだ。
「いきなり何するの?」
驚きもせず、冷静にそう質問するアキナ様。
「魔法契約の内容には従った。だからお前はもう、その契約書で俺達を脅すことは出来ない」
「別に私は最初から脅してないじゃない。理不尽なのはずっと、あなた達の方でしょ?」
「うるせぇ! 貴族のガキだったら俺等も潰されて困るかと思って下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」
「あなた達、下手に出てた?」
凄い形相で恫喝してくる奴隷商にも全く臆する事なく、冷静な返しをしている。
「お前が貴族だったとして、それで困るのはお前を生かして帰らせたらの話だ。ここでお前を消せば、俺達が殺ったとバレねぇんだよ!」
「バカなの?」
「ここで死ね! クソガキがぁぁ!」
武器を手に切りかかってきた奴隷商達。
「本当に愚かね」
ぼそっと、そう呟いたアキナ様。
私にはこの状況が理解できていなかった。
ただ見えたのは、赤い液体を飛び散らせながら宙を舞う、腕。
「ぐぁぁぁぁあああああっ!」
次の瞬間には、獣の様な悲鳴をあげながら地面に横たわる、片腕の奴隷商の姿があった。
アキナ様の手には、私の見たことのない武器が握られていた。
あれは……アキナ様の腰についていた棒だ。
アキナ様が握ってる部分はまだ棒のままだけど、そこから先は刃物になっていた。
普通の剣とはまた違う武器みたいだ。
アキナ様の腰には変わらず棒がついている。
さっきより少し短かくなっており、アキナ様が今握っている部分を合わせれば丁度いいくらいだ。
つまりあの棒は、あの刃物をしまっておくケースと持ち手の部分だったんだろう。
私がアキナ様の武器について考察していると、アキナ様は転がっている奴隷商に近づき、
「金貨だけじゃなくて、命まで失いたいの?」
と、問いかけた。
その無邪気な笑顔は、あの奴隷商にとってどれ程恐ろしいものだったのだろう……
ずっと私の腕を押さえていた奴隷商の力が弱まったので、そのまま振りほどきアキナ様の元へ駆け寄った。
「ア、アキナ様……だ、大丈夫なのですか?」
「私は何も問題ないわ。フィーは大丈夫?」
「はい……」
この状況で私の心配をして下さるとは……
本当にこの方は何者なんだろうか?
「で? まだやるのかしら?」
「お、お願いだ……い、命だけはっ……」
さっきまでの威勢はどこへやら、奴隷商達は全員怯えた様子でアキナ様を見ていた。
アキナ様は飛んでいった先で落ちている腕を拾い、その腕の本来の持ち主である奴隷商の前に差し出した。
「ほら」
「ひぃっ!」
奴隷商は完全に怯えてしまっている。
「私、そんなに斬るの下手じゃないし、細胞もまだそこまで死んでないはずよ。急いで上級魔術師に、≪ヒーリング≫でもかけて貰えば腕もくっつくんじゃない? なんなら私がかけてあげましょうか?」
「え……」
「今ならサービスで、腕の中に金貨を1枚入れてあげてもいいわよ?」
「け、け、け、け……結構です」
「そう? 折角私が親切で言ってあげたのに……ねぇ?」
「い、いえ……ほ、本当に結構ですからっ! お、お手数お掛けしました。ど、どうぞお帰り下さい」
「あらそう、じゃあね」
アキナ様は自分の武器についた奴隷商の血を拭うと、後ろ手で腰の棒にしまった。
アキナ様の武器はまた、ただの木の棒のような状態に戻った。
「フィー、もうここに用はないわ。行くわよ」
「はい、アキナ様」
奴隷商のテントを出るアキナ様に続いて、私も外へと出た。
もう奴隷商達も追いかけて来ることはないだろう。
アキナ様が異常に強い事も分かったし、私を無理に戦わせたりもしない事も分かった。
だからこその恐怖が私にはあった。
結局私には転移魔法は使えないのだから。
アキナ様に見放されたらどうしよう……という恐怖が、新たに込み上げてきていた……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)