8 勝利
「さて、じゃあ始めましょうか」
「そうだな」
アキナ様は奴隷商と離れ、飼育係の男と向き合う。
「おい、本当にいいんだな? 思いっきり殴るぞ」
「あぁ、魔法契約までしたんだ。問題ないさ」
「よし、なら全力でいくぜ」
飼育係の男も一応不安なのか、奴隷商の男に確認をとっている。
でもこの男が全く容赦しないのは、私も知っている。
女子供関係なし、弱っていても痛めつける……この男はそういう奴だ。
アキナ様……自分は強いと仰っていたけど、大丈夫なのだろうか?
何処となく、さっきより少し顔色が悪いように見えるけど……?
「それじゃあお互いに、準備はいいですか?」
「あぁ、これをつけてっと……俺はいつでもいいぜ!」
飼育係の男は、指にはめながら手で握る武器を装着した。
あの男がいつも使っていた奴だ。
「私もいつでもいいわ」
対してアキナ様はどう見ても武器も何も持っていない。
魔法で戦うつもりなんだろうか?
でもそれならアキナ様には不利過ぎる。
あれで私も殴られた事があるけど、その時に魔法は使えなかった。
つまり、あの男は普段からマジックキャンセラーを多用しているという事だ。
さっきマジックキャンセラーの話もしていたし、アキナ様がその存在を知らないはずがない。
だったらどうやって戦うつもりなのか……
本当にアキナ様は大丈夫なのか……
私が悩んでいると、
「戦闘開始っ!」
と、戦闘が始まってしまった。
その奴隷商の開始の合図でいきなり、
「うおおおぉぉぉぉ!」
という、雄叫びと共に飼育係の男がアキナ様へ殴りかかった。
それに全く動じる様子もなく、アキナ様は右手をあげて、殴りかかってきた男の手を止めた。
止めた反動で後退りすることもなく、まるで男が急に固まったかのように、一瞬で止まった。
男は殴りかかった状態、アキナ様はそれを止めた状態のまま、2人共動かない。
でもあの攻撃をあんなに簡単に止めれるなんて……
やっぱりあの飼育係でも、貴族かもしれない少女を怪我をさせてしまうのは怖いのだろうか?
だから本気で殴れなかったのか?
……いや、違う!
よく見ると飼育係の男の、腕の筋肉が少し震えている。
あれは、あの男は自分の目一杯の力を込めて、全力で殴っているということだ。
しかも現在進行形で殴りかかろうと、力を込め続けているんだ。
それをアキナ様が片手で止めている……?
どういう事だろう?
手に何か強化魔法でも使っているのか?
でもさっき、マジックキャンセラーは使っていいと言っていたので、当然使っているはずだ。
だったらアキナ様も魔法は使えないはず……
強化魔法や防御魔法もなしで、あんな攻撃を止められるわけがない……
「クソがぁぁぁあああっ!」
止められている手で殴る事を諦めたようで、飼育係の男は反対の手に力を込めて、殴りかかった。
アキナ様に当たるかと思いきや、さっきまでそこにあったアキナ様の姿は消えていた。
勢いよく振りかざしたその拳は、当たる対象もないことで盛大な空振りとなり、男はそのままよろける。
それを倒れまいと踏み出した足は、その足だけでは勢いのついた体を支える事もできず、一歩二歩と進んでいき、線のギリギリのところで踏みとどまった。
そこを、
「えいっ!」
と、男の背後にいたアキナ様に背中を押されて、線から出た。
「線から出たわ。私の勝ちね」
何事もなかったかの様に、冷静にそう言ったアキナ様。
こんな結果になるとは誰も思わなかったんだろう。
全員が唖然として声を出さなかった……いや、出せなかった。
少し間を置き、現状を理解した奴隷商が飼育係につかみかかった。
「おいおいおいっ! なんだ今の戦いは!? お前っ! ふざけやがって!」
「ふざけてなんかねぇよ! 俺は一発目も二発目も本気で殴ったっ! なのにあのガキ、止めやがったんだよ!」
「そんなの、おかしいだろ!」
奴隷商と飼育係はもめ出した。
その様子を見ていたアキナ様が、
「もめるのは後にしてくれない? もう勝敗は決したんだから、早く金貨頂戴。あとフィーにも関わらないでよ」
と、奴隷商達に言った。
「こんなのはおかしい! 今の戦いは無効だ!」
「あら、何を勝手な事を言ってるのかしら? こうして契約書も書いたじゃない」
「そ、それはそうだが……で、でもあり得ないだろっ! 何であいつの拳を止められたんだ!?」
「それをあなたに説明する必要はないでしょ? 最初に言ったじゃない。何でもありの勝負だって」
「くそっ!」
何を使ってもよくて、ただ子供を線から出すだけの、絶対に有利だったはずの勝負。
負けるなんて事、考えてもいなかったんだろう。
奴隷商達は言葉を失っていた。
「払わないのなら、契約違反よ」
魔法契約書をピラピラと見せつけながら、アキナ様はそう言った。
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