7 契約
飼育係の男がこっちを見ている。
手足が震えて、体が動かない……
あの男を見るだけでも体がこわばって、上手く動かせない……
それでも行かなければいけないっ! と、自分を叱咤して、足を動かそうとした時、
「よいしょっと」
と、アキナ様が飼育係の男と向き合う形で線の中に入った。
この状況を、私も奴隷商達も、すぐには理解できなかった。
何故、アキナ様がそこに?
「ちょ、ちょっと待ってくれお嬢ちゃん。まさかと思うが、君が戦うのかい?」
「えぇ」
「いやいや、あいつは?」
私を指差しながらアキナ様に訪ねる奴隷商。
「フィーには後でやってもらいたい魔法があるから、こんなところで魔力を消費してほしくないの」
さも当然だとでも言う様に、平然と答えるアキナ様。
「いや、だからって……大体、普通は奴隷を戦わせるもんだろう?」
「あなた達が出したコイツも、奴隷じゃないじゃない」
「で、でも……」
ここで奴隷商達が困っているのは、アキナ様の出自が分からないからだ。
あの財力に、この身なり。
もし上位貴族とかだった場合、奴隷商達は間違いなく潰される。
上位貴族の子供から、新しく買った玩具を取り上げたうえに、怪我までさせたのだから。
玩具を取り上げただけなら、まだこの国から逃げるくらいできるだろうし、親達も新しい玩具を買ってあげたりして、子供を宥めるくらいだろうが、怪我をさせたとなれば話は別だ。
例えこの国を離れようと、どんな手を使ってでも潰される事は間違いないだろう。
「いや、さすがに君みたいな可愛い子とは戦えないから」
「ん? フィーだって可愛いじゃない」
さりげなく私の事を可愛いと言って下さった……
でも今はそんな話をしている訳じゃない。
アキナ様は、何処か感覚がズレているみたいだ。
「いや、そういうことじゃなくて……ほら、こんなところで怪我して帰ったら、お父さんやお母さんが心配するよ?」
「大丈夫よ。私強いし、私が勝つんだもの。怪我なんてしないわ」
「いやいや、怪我するって。危ないって。これじゃ何の為に奴隷がいるのか分からないよ?」
「私は戦闘用に奴隷を買った訳じゃないもの」
「でも、あいつは魔神種だぞ? 魔力も多い。折角なら戦わせた方が良くないか?」
「だからさっきから言ってるでしょ。フィーには後でやってもらいたい魔法があるって。ここで魔力を消費してほしくないのっ! 大体、あなた達がマジックキャンセラーでも使えば、フィーはか弱い女の子になっちゃうじゃない」
「いや、それはそうだが……ならマジックキャンセラーは使わないからさ」
「これは何でもありの勝負って言ったでしょ? だから別に使っていいわよ」
どうにかして私と戦おうとする奴隷商。
それを全く聞く気がないアキナ様。
「はぁ、もう仕方ないわね。じゃあ魔法契約してあげるわ」
奴隷商との応酬に飽きたのか、アキナ様はついにそんな事を言い出した。
「魔法契約? 本気か?」
「えぇ、それなら問題ないでしょ?」
「確かに……」
魔法契約は、この世で最も効果の強い契約書だ。
自身の魔力を込めたインクで書き、そこに書かれた内容に背いた場合は、契約相手の自由な罰則を与える事ができる。
もし契約相手が死ねと言えば、魔法が発動して死ぬという事もある。
だからこそ、本当に契約をやぶる気がないという何よりもの証明になる。
「これから私とこの男が行う戦闘に関して……ルールは先に線を出た方が負け。武器等は何を使ってもいい。私が負ければフィーの契約はなかった事にし、私が勝てば金貨1000枚を貰って、もうフィーに関わるのはやめて貰うわ。そして、戦闘の結果がどうであれ、決して他言しない。この内容でいいわね?」
「あぁ……ん? いや、ちょっと待ってくれ」
「何?」
「これだと俺達も他言出来ないじゃないか。流石に俺達は戦闘の結果で勝ったから魔神種を取り返したのだと、他言しなきゃいけない時が来るからな。これだと困る」
「あなた達が勝つことなんてないんだから、そんな心配いらないのに……なら、私のみこの戦いで怪我を負わされたとしても、決してそれを他言しないっと、これならいいのね?」
「そうだな」
アキナ様と、奴隷商はお互いに契約内容を確認している。
魔法契約はインクに魔力を込めるだけなので、特別な紙とかも必要なく、適当な紙に書いても大丈夫だ。
それに魔力が自身の証明となるため、契約内容がちゃんとしたフルネームとかでない、私とかこの男とかでも問題ない。
「なら、あなたの魔力もインクに込めて」
「ああ」
契約内容の確認を終えたようで、お互いサインをしている。
サインといっても魔力を込めたインクで書けば何でもいい。
"あ"とかだけでもちゃんと契約書として効果が発動するものだ。
そして、サインをし終えると、書かれた文字が光った。
紙がただの紙ではなく、魔法契約書としての効果を発揮しだした事になる。
これで本当にアキナ様が戦うしかなくなってしまった……
読んでいただきありがとうございます(*^^*)