4 略称
しばらく歩くと野次もなくなり、近づいてくる者もいなくなった。
むしろ広場にいなかった為に、少女が魔神種を連れて歩いていることに驚き、距離をとる者達が増えた。
それにより、私と少女の周りには人がいなくなっていた。
「さて、そろそろ大丈夫そうね」
ずっと無言ですたすたと歩いていた少女が突然振り返り、私に話しかけてきた。
「あなたの名前は?」
「フィール・ルシーラです」
「そう。なら、フィーね」
「はい、ご主人様」
急に何事かと思ったけど、ただ名前を聞かれただけだった。
「私はアキ・ナル……あー、私名前長いのよね。だからアキナでいいわ」
何か言いかけた名を途中で止めたようで、名前が長いからと略称を伝えられた。
人類種の貴族達は、家名に功績等が含まれることで名が長くなっていたりもする。
子供には長い名を名乗るのが面倒なのも分かる。
それも正式な場でならともかく、こんな奴隷にわざわざフルネームを名乗る必要はないだろう。
「アキナ様」
私がそう呼ぶと、少女……アキナ様は笑ってくれた。
子供ではあるけど、どこか大人びていてる……変わった方だ。
「それじゃあフィー。早速だけど、あなたには転移魔法を覚えてもらうから」
「転移魔法にございますか?」
転移魔法は超がつくほどの高等魔法だ。
使うことも難しい上に尋常じゃない量の魔力を消費する。
確かに私は魔神種で、魔力量は人類種とは比べ物にならないくらいに多い。
だからといって流石に転移魔法が使える訳がない。
何よりも奴隷印によって魔力も抑えられているから、魔神種とはいえど出来ることなんて何もない。
奴隷印は、その者が奴隷だと分からせる為の印であり、拘束だ。
奴隷は皆、胸の少し上の辺りに奴隷印が刻まれている。
奴隷印を刻まれたものは、奴隷印の無いものの命令に逆らうことが出来ない。
逆らおうとすると奴隷印が熱を持ち、体が焼けるような痛みに襲われる。
だから、奴隷とされた者は主人となった者の言うことを聞く以外に道はない。
加えて私に刻まれている奴隷印は、特殊奴隷印だ。
魔力を抑える効果もつけられており、今の私には下等魔法くらいしか使えない。
仮に奴隷印がなかったとしても、おそらく転移魔法なんて使えないだろう。
それほどに転移魔法は難しいものだ。
アキナ様は転移魔法を使うとか、そういう無茶苦茶を成すために私を買ったんだろう。
まだ幼いし、魔神種ならできると思ったのかもしれない。
とはいえ、出来ない事は出来ない。
本当に出来ないのだから、逆らったことにはならないはずだし、奴隷印による攻撃はないだろう。
でも、出来ないと知ったらアキナ様は私をどうするのだろうか……
私はどうなるのか……捨てられるのか……返品か……
どうなるかなんて分からないけど、幼いからこその癇癪や八つ当たりは覚悟しよう。
今までだってそうだったんだから……
私は意を決して伝える事にした。
「アキナ様、私にはそのような魔法を使うことはできません」
「ん? だから覚えてもらうんだって」
「覚えることも不可能です」
「私が教えるのよ?」
「えっと……アキナ様は転移魔法が使えるのですか?」
「使えるわよ。ただ今は無理ね。だから代わりに使ってくれる人が欲しくて、それでフィーを買ったのよ」
……正直、私にはアキナ様の言っている事についていけなかった。
魔神種でも使える人が少ないような転移魔法を、人類種のアキナ様が使える訳がないと思っていた。
なのにアキナ様は使えると仰った?
私は人類種にそんなに詳しい訳でもない。
今まで仕えてきた家の人類種の事しか分からない。
でも人類種はマジックキャンセラー等も使っていたし、魔道具を使う事にも長けている。
だからもしかしたら、何かしらの方法で本当に転移魔法が使えるのかも知れないが、それでもこんな子供にも使えるものなのだろうか?
「えっと……転移魔法ですよね? あの、物体を別の場所に移動させたりする……」
「そうよ」
人類種と魔神種じゃ転移魔法の認識が違うのかとも思ったけど、そうでもないみたいで、やっぱりあの高等魔法の事を言っているようだ。
でもそれならやっぱり、下等魔法しか使えない今の私には使える訳がない。
「あの、アキナ様? わ、私には……」
私がアキナ様に転移魔法などやはり使えないと言うことを、説明しようとしていたら、
「おいおい嬢ちゃん。買い物はもうちょっと勉強してからするべきだったな。それは嬢ちゃんには必要のないものだろ?」
と、私を売っていた奴隷商達が近寄ってきた。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




