3 少女
「私が買うわ!」
奴隷商の声をかき消すように広場に響いたその声に、集まっていた客も奴隷商も、声のした方へ一斉に振り向いた。
「私が買うわ。金貨1000枚でいいのよね」
夕日のような美しい茜色の髪を靡かせて、前に出てきた少女。
輝く緑色の瞳も綺麗で、愛らしい容姿……歳は、10歳程だろうか?
見るからに質のいいと分かる服を着て、その格好に似合わない大きなリュックを背負っていた。
そのリュックからどんどんと金貨を取り出して、奴隷商の前に出していく。
「はい、これで金貨1000枚分よ」
「えっ……あ、いや……しかし……」
狼狽えている奴隷商。
当たり前だ。
なんだかんだ言ってもこの奴隷商達とは6年も一緒にいる。
考えていることくらい分かる。
この奴隷商達にとって私は大切な収入源だ。
だから、売りたくないんだろう。
こうして普通に売ったのと、レンタルを10回したのが一緒の金額になる。
ならばレンタル客が続く限りはレンタルで売った方が得だ。
今までも私を一度レンタルして気に入った者の中には、私を買おうとした者もいた。
それを奴隷商達は次回のレンタル料を安くするという約束で、断っていたのも知っている。
だったら最初からレンタルのみで売ればいい。
でもそうしないのは、元値の10分の1で魔神種を買えるというお得感を出すためだ。
それが初めてきた町なら尚更に。
だがそれが今、初めて来た町でいきなり買われようとしているんだ。
まさかレンタルも試さずに、いきなり買おうとする者が現れるなんて、思ってもなかったんだろう。
「ねぇ、お金出してるんだから、早く受け取ってよ」
「で、ですが……」
なかなか取引しようとしない奴隷商に苛立ちを見せる少女。
「おお! すげぇな嬢ちゃん! 貴族の子か? どこの家だ?」
「早くしてやれよ! で、早く檻から出せよ! 近くで見れるなんてラッキーだ」
集まっていた客達も騒ぎだした。
この状況では奴隷商も、実はレンタルしかしていませんとは言えないだろう。
奴隷商達は仕方がないと言った様子で、少女が出した金貨を数えている。
「た、確かに金貨1000枚。受け取りました。では、こちらをどうぞ……」
ガチャンッ!
私の檻が開けられた。
「おい! 出ろ!」
私は檻から出た。
外だ……日の光が眩しい……
こんな風に外に出たのはいつぶりだろうか……
私がレンタルで買われる時は、大抵室内だ。
檻のまま連れてこられ、契約書等々が終わると奴隷商は私をおいて帰っていく。
そしてまた1ヶ月後くらいに檻に入れられ、移動する。
外に出させてもらえる時もあったが、基本的には室内からでない家の方が多かった。
室内から外が見える所もあったけど、全く外が見えないような所に閉じ込められる事もあった。
大抵の家は変な香を焚いていて、何かしらの匂いがしていたし、中には変な香を私に嗅がせてくる者もいた。
檻から出られるとなればおかしな空気、外の空気となれば檻越し……
と、そんな日々だったので、檻からでた先が外な上、空気もおかしくないというのは久しぶりの経験だった。
「それじゃ、行くわよ。ついてこれる?」
「はい。ご主人様……」
他の奴隷にはなんの興味もないといった様子で歩き出した少女を追い、私も広場を離れていく。
「おい、折角だしもっと見せてくれよ」
「凄いもん手にいれたな、嬢ちゃん」
さっき集まっていた客達からそんな野次が飛んでいたが、少女は全く聞く気がないという感じに無視して歩いていく。
その態度に対し誰も強く言えないのは、この少女がどこの家の者かが分からないからだろう。
身なりのよさや財力は貴族だし、下手に反感は買わない方がいいからだ。
何よりこの群衆の中を堂々と歩く少女の凛々しさは、途轍もない程に威厳があった。
私は先を歩く少女の3歩程後ろについて歩いていく。
振り返る気配もなく、私に話しかける素振りもない。
触らなくてもサラサラだと分かる美しい髪を靡かせながら、すたすたと進んでいく。
さっきの金貨1000枚が入っていた、今は誰がどう見ても中にあまり物が入っていないと分かりそうな大きなリュックは、私に持たせることもなく、自分で背負っている。
中身がなくなり軽くなったとはいえ、荷物は荷物だ。
こういう物は貴族なら普通、使用人や奴隷に持たせるだろうに……
リュックの影になっていて見えづらいが、少女の腰の所には1本の木の棒がくっついていた。
くっついているというか、腰に沿うようにベルトに固定されている。
いったい何の為に木の棒なんて腰につけているのか?
いやもっと言えば、何の為に私を買ったのか……
後ろから少女を観察してはいるが、疑問が増えるばかりで、一向に解決しそうにはなかった。
読んでいただきありがとうございます(*^^*)




