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二話:導入部の弐。  作者: そぃ
1/1

サブタイって何?

 

 1


 家に戻ると母さんが夕飯の準備をしていた。


「台所で魚を捌くその姿はまるでマーメイドの滝登り。流石は水の民である。隣には仏頂面のアカリもいる。練習の成果が一向に出ないその包丁捌きはまるでオークの糸通し。流石は山の民であ___」


「あ、滑った」


 オークのアカリさん、俺の顔に包丁を投げるも当たらず殺人未遂に終わる。


「何故そんな事ができるのだろうか・・・」

「愛、故に」


 照れちゃうぜ。


「二人で意味分かんない事やってないの。アンタはお風呂入ってきなさい。お父さんも呼んできてね」

「時間になったら戻ってくるよ」

「あの人、仕事になると時間忘れちゃうから。アンタも知ってるでしょ」


 工房にいるから、と魚を三枚に卸しながら母さんが言った。

 工房とは鍛冶職人の父さんが唯一安らげる安静の地。家の裏手にひっそりと佇む小さな小屋がそれである。

 工房へ近付くと、鉄を叩く音と熱気により耳鳴りと息苦しさに襲われた。


「ぐっ...!これほどまでにデカいオーラは感じたことがない!流石は火の男、父さん!クソッ、身体が引き千切られそうだ残念だけど急いで帰ろうそうしよう!」


 致し方なく今回は諦めることにした僕であった。決して父さんが苦手とか面倒臭いとかって理由ではないのでそこの所よろしくお願いします。


 家に戻ると既に料理がテーブルに並べられており、母さんは使用した調理器具を洗っている所だった。アカリは箸を持って手を合わせている。その視線は前を見据え微塵も動く気配がない。

 恒例の謎の儀式。


「お前は仏の生まれ変わりか」

「違う」

「知ってます」


 洗い物を済ませた母さんが振り返り父さんの事を尋ねてきた。椅子に座りながら一応呼んだと嘘を吐いた。この嘘に意味はない。誰も幸せにならない性もない嘘だ。

 だが、それで良い。それが良い。


「もう・・・先食べてて。呼んでくるから」


 呆れ気味の母上であった。

 卓上に置かれている素直にも極上とは言えない料理達。いつもの光景。慣れ親しんだ味を楽しみながらアカリとの会話に華を咲かせる。

 代わり映えのない会話。いつもの題材。

 天気が良かっただの、風が冷たくて気持ち良かっただの、時々、箸を休めては何気ない事で口論をしたりもした。


「美味しかった」


 アカリは顔の前で手を合わし、お腹をポンポンと二回叩いた。

 満足感を全身で表現するアカリを見ながら、ふと、考えてしまう。

 昼間でのこと。

 忘れようと思ってはいるのだが、焦げたゴムの様に脳裏に焼き付いてしまっている。

 山頂で見たあの光景。思い出す。知らない後ろ姿を。

 食器を洗う後ろ姿とは全くの別物。男の額にナイフを突き立てるあの時のアカリの後ろ姿は恐怖すら覚える程であった。


「・・・現実味が無いな」


 息を吐くように呟き、人知れずため息を漏らした。

 本当にモリレの花にやられたのか?俺はあの時、幻覚を見ていたのかもしれない。

 あの名も知れぬ男も、俺の脳内が造り出した幻だったのか?


「うーん・・・」


 考えれば考えるほど頭が重くなっていく。どっちにしろ、現実か幻覚かの二択しかないのだからこれ以上考えても答えは見つからないだろう。


「アカリ?」


 洗い物を済ませテーブルにぐでんと身を預けているアカリに声をかけた。アカリは横に向けていた顔をこちらに向け、俺の顔を半目で見上げた。


「ん?」

「おやすみ」

「うん。おやすみ」


 就寝の挨拶を交わした後、椅子から腰を上げた。アカリの横を通り、部屋の扉に手をかける。押して開けるタイプ。

 開ける際に出るこの軋む音は嫌いだな。


「また明日ね」


 後方から聞こえたアカリの声に軽く返事をし、自分の部屋へと歩を進める。

 いつの間にか工房から聞こえていた鉄を叩く音が止んでいた。

 いつからだろう?それは分からないが、まだ父さんと母さんは戻ってきていない。窓から見える工房に、ひとり分の人影は確認できた。


「またいちゃついてるのか」


 部屋の灯りを消し、俺は布団へと潜り込んだ。



 2



 翌朝。ひとりの朝を迎えた。文字通り、この家には俺しかいない。

 父さん、母さん、アカリはいない。珍しいこともあるもんだ、と驚きながら昨日置いてきた山菜を回収しにひとり山へと向かう。

 いや、正確にはひとりと一匹である。

 家を出たらワンコが玄関先に座っていたのである。別に連れていく気は無かったのだが、俺の三歩後ろを着いてくるのでそのままにしている。


「なぁワンコ、アカリ見なかったか?」

「わんっ」

「そっか。先に行ったのか」

「わんっ」

「はは、犬語わっかんね、ははっ」


 一人芝居をここに極める真顔の僕なのであった。


 いつものルートで山道を進んでいくと、暫くして契り取られた山菜の数々が道なりに並べられている事に気がついた。

 それは明らかに人の手により施された仕掛けであり、昨日忘れて帰った俺の籠も開始位置に置かれていた。


「原始的と言うかバカにされてると言うか・・・」


 誘われてるのは俺だ。そして、犯人はアカリ。根拠は無いが本能的に分かる。朝、俺よりも早く起きて籠を拾い置いていったのだろう、と。

 何故この様な事をしたのかは不明だが、アカリの事だ、「拾いながら私の所まで来て」といった嫌がらせ以外の何物でもないだろう。

 もしこれを愛情表現と言うバ科学者がいたら殴りたいレベルだ。


「ちょっとイラついちゃったぞっ」


 語尾に音符を付けて可愛く言ってみる。横目でワンコを見ると、


「うわぁ・・・引くわー・・・」


 と言いたげな表情を浮かべていた。

 と言うか、聞こえた気がしたのだがこれもやっぱり空耳なのだろうか?

 山菜を拾っては担いだ籠へと入れていく作業をする事小一時間。

 腰と肩に疲労を覚えながら漸くゴールを視界で捉えられる所までやって来た。おまけに膝裏まで痛い。それはもう泣きそうな位な。


「・・・」


 ため息と共に涙がこぼれる。


「そうか、俺は泣いていたのか・・・」


 世の中の理不尽さに涙が止まらない。


「なんで・・・なんで、こんな目に・・・俺だけが・・・なんでだよ・・・っ!」


 鼻水も止まらない。


「世界からラブが消えてしまった・・・」


 涙が落ちないように晴天を仰ぐ。あと鼻水も。

 しかし、木枝が邪魔で真っ暗だ。木漏れ日すらありゃしない。


「世界は闇に包まれてしまったと言うのか・・・!」


 だが俺は歩みを止めない。例え世界が闇に包まれようとも、俺と言う光は前に進み続ける。

 ・・・あ、今のちょっと格好いいかも。

 どうやら疲れのせいで俺はおかしくなっているみたいだ。


「へへっ」


 今朝マスターした一人芝居を終えて頂へ出た俺が目にしたのは、一部が円形に歪んだ山頂の景色だった。

 周りに咲いているモリレの花がその歪みに吸い込まれる様にまた歪んでいる。花だけじゃない。空気や光もまた、同じ様に歪んでいた。

 現実とは思えない異様な光景にただただ息を飲んだ。時が止まってしまっているのか、俺の脳もまたその動きを止めている。考えることを拒否している。

 呆然と立ち尽くす俺を尻目に、その歪みはみるみる吸い込む範囲を広げていった。

 花の蜜を吸っていた虫が、空飛ぶ鳥が、大地に根付く木々がゆっくりと歪み、吸い込まれていく。


 そして、おれもまたーーー同じく体を円形に歪ませながらその中へと吸い込まれていく。

 俺の脳は相変わらず止まったまま静寂を保っている。何も考えられない。こんな状況にも関わらず、自分に何が起こっているかも理解出来ないでいる自分がいた。

 ついには視界が暗転していき、自分というカタチすら認識できなくなってしまった。


 ーーーおかえり。


 薄れ行く意識の片隅で、ノイズ混じりの声を聞いた。

 不安になる声色であったが、どこか安心感があり、身近に感じられて、そして懐かしいような、そんな声だった。






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