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書庫塔の悪魔のスローライフ

作者: Chitto=Chatto

虐待されていた主人公が溺愛されて系の習作として書きました。よろしくお願いします。

 今日も私は一つしかない窓から外を見ている。

 ここは砦のような城にある高い塔の上。ちょうど国境と接しているのだと聞いている。

 窓はものすごく高いところにあるので、地上のものはあまり見えない。人がいたとしてもポツンとした点くらいの大きさで、それが誰かなんてわからない。

 まあ、わかったところで誰か知らないのだけど。


 光の魔法で満たされた部屋は明るいので、日の光はいらない。むしろ邪魔だ。

 この部屋には壁一面に本が並べられている。本が日に焼けてしまうので窓をふさぐという話もあったが、さすがにそれだと空気の入れ替えができないとなり、小さな窓が一つだけ作られたのだ。

 窓の下には小さな机と椅子、狭い寝台がある。それ以外は全部本。貴重な本から最新の瓦版まで、書物なら何でもある。

 私はここで本を読みながら毎日過ごしている。

 それだけだと体が鈍ってしまうので、昔一度だけ会った騎士様に教えてもらった筋トレと柔軟体操をしてひそかに体を鍛えているのだけどそのあたりは内緒だ。



 カツン、カツン、と足音がして、扉の前で止まった。

 小さな窓が開いて、ただの丸い石が数個と同じくらいの大きさのパンが差し出される。

 それを受け取って、引き換えに金色に輝く丸い石を差し出すと、ひったくるように奪われ、小窓が閉まる。この間、約20秒。いつも変わらない。

 ものすごい速さで遠ざかる足音を聞きながら、ため息を吐く。

 まあ、仕方ない。私は悪魔なのだから。




 私は生まれたときから魔力過多だった。

 母は私を産んだせいで早く亡くなったと聞いている。以前、一度だけ食事を運んできた侍女は私の顔を見るなり『母親の腹を喰い破って生まれてきた悪魔の子!』と叫んで気絶した。事実だとしたら気絶されても仕方ないと思う。

 母が早くに亡くなったので、父は後妻を迎え、子を作り、侯爵家が途絶えないようにしているのだ、と執事は言った。

 だから、私はずっとここにいて、この家と領民のために魔力を差し出さなくてはならないのだとも。


 物心つく前は砦の奥に部屋に閉じ込められたいたけれど、6歳になった子供の魔力を調べるために王都から調査が回ってくる前にここに移された。子ども、つまり私は6つになる前に死んだということにしたようだ。塔の下で何やら騒いでいたのが耳に入ったのでわかったけど、正直悲しかった。


 いらないのなら、捨ててしまえばいいのに。

 何度もそう思った。


 塔に移動してからは仕事ができた。

 日に一度の食事とともに、丸い石が届けられる。ただの石に見えるが、実際は魔力を使いつくした空っぽの魔石。空っぽになったら使い道がないので捨てられることが多いけれど、私の魔力は規格外なので魔石に再度魔力吹き込むことができるのだ。


 それを知ったのは5歳の時。

 たまたま落ちていた空っぽの魔石に触ったら、私の周りにあったものが爆発四散した。その魔石は爆発魔法を備えた火の魔石で、トンネル工事のために使っていたという。なんでそんなものがここにあるんだと思うけど、使えないので犬が拾っておもちゃにしていたらしい。


 その後、水や風などの魔石でも試し、結果的にすべての属性の魔石に再度魔力を込められることが分かった。

 その日から砦の奥に閉じ込められて、今に至る。


 この地のために魔力を差し出せ。

 父はそう言って私を塔に投げ込んだ。それが父を見た最後の記憶かもしれない。

 後ろにいた女は多分義母。抱えていたのは多分弟か妹。話したこともないので全く愛着がない。

 それなのに、義母は憎々しげに私を睨んでいたし、妹か弟かわからない子供は指さして叫んでいた。

 たくまたくま、って言ってたけど、たぶんあくまって言いたかったんだろう。もっとしっかり教えておきなよ、と苦笑した。




 あれから10年経つ。


 最初のころは寂しくて泣いたりしていたけど、慣れてしまえばとても快適だった。

 何より私にはたくさんの魔力がある。

 そして、ここにはたくさんの本があった。


 もともとこの塔は砦にあったたくさんの本を収納するために作られたものだ。三代前の侯爵が無類の本好きで、国中だけでなく他国の本まで手を出していたため砦の一室では収まりきらなくなり、かといって捨ててしまうにはもったいないほどの希少本ばかりだったので、書物用の塔を作りすべてきっちり収めた。

 塔は書庫塔の愛称で呼ばれ、最初のころは親しまれていたが、当の侯爵が亡くなってからはお荷物扱いとなり、放置されていた。入り口の頑丈な扉には複雑な鍵があって、開けるのに時間も魔力もかかるのでますますほったらかされていた。私が来た時はあちこちにクモの巣が張っていたほどだ。


 6歳の子供には過酷な場所なのに、さらに父は私を塔のてっぺんの小部屋にまで追いやった。

 一番本が多く、鍵がかかる扉があり、それ以外は何もない小部屋。掃除用にある小さな洗面台と下まで行かなくても用が足せるように作られた粗末なトイレがわずかな救いだ。


「母親のように、魔力を使い果たして死ぬがいい」


 扉の締まる音と同時に届いた父の言葉は今も忘れられない。

 私は母に自身の魔力を使い果たさせるようなことをしたのだろう。それで母は死んだのだ、きっとそう。


 私は周りの人間から暴力を受けたことはなかったが、かまわれたこともなかった。だからほとんどしゃべったことがない。自分の声がどんなものかもわからないくらいだ。まあ食事を持ってくる侍従も私に話しかけることはないし、問題ない。


 ただ一度だけ、ここに本を取りに来たという騎士様に筋トレとかを教わったくらいかな。

 あの人は私を見て「これが悪魔か? ちっちゃくてかわいい坊主だな」と言ってくれた。

 それだけだ。父のように冷たい言葉を投げなかったし、義母のように睨まなかったし、たまにやってくる侍従や侍女のように棒で殴ったりしない。本を投げることもしなかった。

 それどころかいろいろな話をしてくれて、とても親切な人だった。


 あの人が置いていった本は今も愛読している。


 筋トレ理論

 柔軟体操の注意点

 ものづくりの魔法

 いかにして生きるか

 すべてのものに感謝しよう


 この5冊は私の生きる糧。


 筋トレのおかげでとても丈夫な体を維持しているし、柔軟体操は本を読み過ぎたときにすると体がすっきりする。ただ本を読んでいるだけではそのうち歩くこともできなくなっていただろう。今では壁を使うけど逆立ちもできるし、足も180度開脚する。健康で本が読める生活が送れるのはちゃんと体を作る方法がわかってるからだ。


 ものづくりの魔法の本はここでの暮らしをとても豊かにしてくれてる。内緒だけどこの部屋を照らしている光の魔法はこの本をヒントにして私が作り上げたものなのだ。それにパンを素材にまで分解して魔力を足し、かさ増しご飯を作ることも覚えた。正直食べているのはパンだけなのだけど、魔力がいい感じに栄養を補ってくれる上におなかも満たしてくれていいことづくめ。この本がなかったらとっくに心折れて死んでいたと思う。


 いかにして生きるかとすべてのものに感謝しようの本は死んでしまったほうがいいのではと泣いていた私に生きる希望を与えてくれた。衣食住の不自由なく生活ができ、魔力を提供して家に貢献するという仕事まで与えられて生きる意味をもらった。義母や弟妹に迷惑をかけられない自立した生活を送らせてもらっている。素晴らしいではないか。すべてのものに感謝しように書いてある通りだ。今では父の感謝の念すら抱いている。




 そんな穏やかなスローライフが今日破られるとは思ってもいなかった。





 窓の下からものすごい音がして目が覚めた。

 窓から見える空の端っこはまだ青い。朝焼けがみられるほどで、普段なら当直の騎士たちが回っている時間だ。

 いったい何事だろう、と窓から顔を出した私は眼下の光景に絶句した。


 砦の南側が燃えている。あちらは確か門がある方向じゃなかったか?

 大勢の人々の怒号が聞こえる。こちらまでは届かないが矢も飛んでいるようだ。キンキンと金属がぶつかり合う音はまさに戦っている音そのもの。悲鳴も上がってるけど、大丈夫か?


 私は蔵書から治療について書かれたものを取り出す。ええっと、たしか、治療魔法が使えない人のための魔力操作のページがこの辺に……。

 あ、あった。さすがザクラス医師の救命医療解説本。世界に3冊だっけか? 何でも載ってる。

 私は手元にある空っぽの魔石に魔力を込めながら、だいぶ余っている自分の魔力をゆっくりと巡らせる。毎日やっている精神鍛錬でとりあえず気を静めよう。こんな時こそ冷静に、だ。いかにして生きるか332ページに載ってた。


 魔力が巡っているせいか、部屋にかけている光魔法が強くなってまぶしいくらい光ってる。


 ここの本が燃えたら嫌だな。

 空まで届きそうな炎が迫ってくるのを見て、私はそんなことを考えていた。

 今更私が燃えたところで何ともないけど、ここの本はとても貴重なものもある。なんとかなるといいんだけど。


 そんなことを考えていたら、勢いよく扉が開いた。


「ここか!?」


 飛び込んできた男は私を見て目を丸くしている。

 乱暴すぎて本棚の本が落ちたので、とても腹が立った。




 男は私を指指して混乱している。

 まったく、何をそんなに慌てているんだか。まあ「ここか!?」って飛び込んできたくらいだからな。貴重な本でも探していたんだろう。


「探し物があるなら手伝う。どの本だ?」


 久しぶりに声を出した。意外にちゃんと出るもんだ。

 だが男は動かない。口をパクパクさせながら、微動だにせず私を見つめている。


 ああ、わかった。悪魔がいたからか。


 私はひょいと肩を竦める。そういえば私は書庫塔の悪魔だった。ばったり出くわしたら驚くのは当たり前。逃げなかっただけえらい。

 ええ、笑うってのはどうするんだったか? たしかすべてのものに感謝しようの13ページ目に微笑みの重要性が書かれていたから練習したんだが……。

 練習の成果を試すとき、と口の端を持ちあげたら、男は口を閉じた。効果があったのかもしれない。


 その後ろから別の男がやってきた。

 その男は私を見るなり走ってきて自分のマントを私の体に巻き付けた。いきなりなので驚く。魔法のマントで悪魔を封印しようとしているのだろうか?


「朝日に透けた白いシャツにその体は犯罪です!」


 意味が分からないが、どうも悪魔は犯罪者になったらしい。その体? 筋トレをしすぎたのだろうか? あちこち柔らかくなってしまってさほど仕上がっていないはずなんだが……。


 抵抗は無駄と判断したのでそのままおとなしくしていると、あっという間に担ぎ上げられ、塔から出されてしまった。


「もう大丈夫ですよ。お辛かったでしょう?」


 口パク男は担がれた私の耳元で囁く。

 いや、まったく、と言いかけてやめた。何を言っても通じなさそうだ。

 朝の冷たい空気にはたっぷりと煙の臭いが含まれていてまったく心地よくない。せっかく久しぶりの外なのにと思ったが、こんなことでもない限り出られなかったろう。まあ出たくもなかったが。


「本を」

「はい?」

「本を焼くな。あれはとても大事だ」


 特に私の命でもあるあの5冊だけは!


「かしこまりました」


 男の返答に私はとても満足した。




 砦に入るのは何年ぶりだろう?

 というか、全然覚えていない。私が住んでいたのはもっとずっと端のほうだし、部屋以外はほぼどこにも行かなかった。


 こんなところがあったのだな。


 通された部屋は気持ち悪いくらい色鮮やかで、きらきら輝いていた。すっかり上った日が窓から差し込みとても明るい。目が痛くなりそうだ。


 男の肩から降ろされた私を見て、その場にいたたくさんの侍女が悲鳴を上げた。

 まあそうだろう。私は悪魔だ。

 肩を竦めて笑っていると、そのうちの一人がおそるおそる近づいてきた。かなりの年配女だ。白髪が多い。苦労したのだろうな。

 女はとてもきれいなお辞儀をすると、私の体からマントを外した。

 再び小さな悲鳴が上がる。


「こんな、薄い服……。しかも、1枚とか、ありえません……」


 ありえないと言われても、これしか持ってないしな。すべてのものに感謝しよう56ページに「今あるものに感謝して大事に使う」ってあったのだが、古い情報なのだろうか? ショックだ……。


 そんなことを思って固まっていると、侍女たちがじりじりと近づいてきて、いきなり飛びかかられた。

 驚く間もない。

 あっという間に担ぎ上げられ、風呂に放り込まれ、全身をがっつり磨かれたのち、髪を肩甲骨の下で切りそろえられ、新しい服を着せられた。ぎゅうぎゅうと締められてとても苦しい。せっかくくれるのだから感謝して着るが、子どものころの服とは違うようで着ているだけで辛い。人がいなくなったら元の服に替えようと決意する。


 磨かれたのち、なぜか再び担がれて移動した。一人で歩けるのだが、塔に閉じ込められていて歩くこともままならないと勘違いされているようだ。めんどくさい。


 知らない者がみな、振り返って私を見る。知らない輩に見つめられたところで何ともないのだが、なぜか全員、顔を赤くして立ち尽くすのは勘弁してほしい。悪魔だと自覚して落ち込んでしまうではないか。


 そんなことを思っているうちに大きな扉の前に来た。

 ゆっくりと開くのを待つ。


「これから陛下との謁見でございます」


 男が恭しく言った。


 陛下? 誰だそれ?

 たしか、今の王様は……、最近即位したと聞いたあの人か。先月届いた瓦版に出ていたな。

 扉が開き、奥から声がかかったのと同時に、男は再び私を抱え上げた。今度は肩に担ぐのではなく、俗に言うお姫様抱っこだ。少し顔が歪んだのは私が思っていたより重いかららしい。筋トレの効果は確実に出ているようだ。筋肉は裏切らないってあったが真実だな。


 扉の奥は今まで見たこともない広い部屋で、遠くに立派な椅子があり、そこに男が座っていた。

 意外に若いな。鍛えた筋肉が椅子の豪華さにとても合っている。

 私を下した男は膝をついて恭しく平伏する。

 私は少し考えたのち、去年秋に届いた王族の友に載っていた難しい礼をした。

 周りからどよめきが起こる。きっと失敗したのだろう。付け焼刃ではダメなんだと反省。しかしこの礼は地味に足腰に来るな。鍛錬が足りない。もっとスクワットを増やそう。


「お前が、俺の……」


 椅子から離れたところで声がする。

 顔を上げると、目の前に王がいて、いきなり覆いかぶさってきた。いや、多分抱きつかれたのだと思うが、いかんせん相手の体がデカすぎる。服の締め付けと相まって死にそう……。

 あ、これ、ひょっとして、悪魔を殺そうとする王の作戦とか?

 身を挺して国を守ろうと?

 王ってすごいな……。


 そんなことを思っているのにさらにきつく締められる。

 私はあっという間に落とされてしまったのだった。




 ふかふかすぎるベッドで目が覚めた。

 体中が痛い。ふかふかすぎたからだろうか? 普段はカチカチの寝台だから仕方ないな。

 大きく伸びる。先ほどのきつい服は脱がされていて、肌触りのいい布のものに変わっていた。服が大きすぎて首周りがすーすーするが借りものなので仕方ない。


「ああ、塔に帰りたい……」


 つい呟くと、ものすごい速さで扉が開いた。


「目覚めましたか!?」


 口パク男が飛び込んでくる。この男は部屋を見ると飛び込む癖でもあるのだろうか?

 そして、またもや先ほどの男に怒られている。この二人はそういうコンビなのか? まったくもってわからない。

 こんなにたくさん人と会ったのは久しぶりだ。

 というか、物心ついてから初めてかもしれない。人の気配というものがこんなに落ち着かないとは思わなかった。今までは食事を運びながら魔石を回収する者が1日に一度、来ないときは7日に一度くらい塔に来るだけだった。あの静かな日にはもう戻れないのだろうか?


 ため息を吐いていると、男たちがやってきてベッドの隣に膝をついた。


「先ほどから名乗りもせずにご無礼いたしました。私はセシル=ヘインズ。貴方を抱えていたこの男は」

「ロイド=コンラッドと申します。この時をずっと待ってました!」


 言うが早いか、手を取られ、唇をつけられる。

 うわあ、なんだこいつ!

 と思った瞬間、セシルがフルスイングでロイドの後頭部を殴った。

 スパーン!と、とてもいい音がした。




 話を聞けば、昔私に本をくれた騎士の知り合いと分かり、嬉しくなった。

 だが話が進むにつれ、早く帰ってくれないかなと思うようになる。気さくに話しかけてくれるのはありがたいが、実はこの二人、とても身分が高いのだ。

 セシルはこの国の第四王子で現在17歳。魔法の才に優れており、今は国の魔法大学で勉強しているという。

 ロイドは隣国の第五王子で同じく17歳。私の父が治めている侯爵領と隣接するコンラッド王国から留学していて、セシルとは子供のころからの付き合いだとか。

 その二人がなぜここにいるかと聞くと、二人は困った顔を向けてきた。


「それは、なあ」

「兄上が、ねえ」


 ちっともわからない。


 三人で顔を見合わせていた時、扉がノックされた。

 侍女に連れられて入ってきたのは、初老の紳士。シミオン=プロッサーと名乗って頭を下げた紳士は、品のいい小ぢんまりした老人で、なんとこの国の元宰相だという。


「今は隠居して、と言いたいところですが、今の宰相が全く使えないのでこき使われておりますよ」


 あ、この人怖い人だ、と瞬時に理解する。ベッドから降りて礼を執ろうとしたが、やんわり断られた。その目が非難するように男二人に向けられる。


「あなた方の礼儀はもう一度見直す必要がありそうです。明日みっちり見てあげましょう」

「「ひぃぃっ!」」

「でも、今は貴方様のことです。私の話を聞いてくださいますか?」


 柔らかく笑っているがとても真剣なのがわかる。

 私は姿勢を正して頷いた。




 そこから先は知らないことばかりだった。


 私の母は前国王の弟に婚約破棄された公爵令嬢だったそうだ。

 一方的な婚約破棄だった上に濡れ衣を着せられた形だったため、母は非常にショックを受けて公爵領に引きこもったらしい。


 その際、見舞いに来た前国王に見初められたのだが、母は王族にかかわることを拒否した。公爵も娘の意向を大事にしたいと言ったために話はなくなったのだが、逆上した王は母を無理やり連れ去った。前国王は傷物になった公爵令嬢に情けをかけてやるのだと言っていたそうだから、プライドに傷をつけられたと思ったのかもしれない。


 とにかく、その際に母は私を身ごもった。


 慌てたのは周りの者だ。国王ともある者が自分の意に沿わないからと公爵令嬢を軟禁した上に子供を身ごもるような行為をしてしまった。公爵は腹を立てて財務大臣の職をやめると言い出し、大変な騒ぎとなった。


 そんなときに、生贄となったのが父、ゲイブリエル=オクリーヴ侯爵だ。

 父は祖父の横領によって大変な負債を持っており、国の重鎮たちにいじめられていた。借金のために領地を手放すか爵位を売るかするしかないところまで行っていたという。

 そんな父に当時の王は自分の尻ぬぐいをすればすべてチャラにしてやるし、重鎮たちに一目置かれる存在としてやると囁き、母を押し付けたそうだ。


 うん、なかなかひどい。

 父も辛かったろうし、母も頑張ったのだな。


 そして、私が生まれた。


 母の腹を喰い破って、というのはあながち嘘ではなかったようだ。

 もともと母は私を産む前にうつ病になって衰弱しており、子供か母体かを迫られていたそうだ。それに加えて私の魔力が大きすぎ、妊娠6か月で起きれないほどになっていたという。

 だから私が生まれたとき、母はショック状態になり、その場は何とか持ちこたえたものの、一か月後に息を引き取った。

 出産時、羊水が血のように赤ったそうで、産婆は子供がはらわたを喰っていると叫んで倒れたらしい。食うわけないだろうと笑ってしまうが、痩せこけた母の腹の上に乗せられて魔力光で輝いていた私は悪魔そのものだったろう。想像すると怖い。


 生まれ落ちてから、私の魔力はよく暴走したそうだ。

 そのたびに父が人を雇ってなんとかしたらしい。もちろん王室が金銭的な負担はしていたという。何をしたのかは父に聞かないとわからないというが、ろくなことじゃないみたいで正直聞きたくない。責任取れないからな。


 母が死んですぐに父は再婚した。相手は母と結婚する前に婚約者だった義母。子爵令嬢で幼馴染だという義母と父は幼いころから相思相愛だったので、母のせいで婚約破棄になったと大変怒っていたそうだ。私を睨んでいたのも納得した。いろいろたいへんな思いをしたのだろう。申し訳ないが私には関係ない。恨むなら王の誘いに乗った父を恨めと思う。

 そういえば義母からは嫌がらせをされたことはなかったけど、その分近づいてきたこともなかった。塔に入れられる前に見たっきりだ。ほぼ他人だしなんの感慨もない。


 まあそんなわけで、私はこの家ではまさにお荷物。殺されなかったのは一応王家の血を引いているからって話だった。

 実際はそれだけでない。魔石の再利用のため、魔石に魔力を込めるための道具として残されていたのはわかっている。領民のためとか家のためとか言ってたけど、本当のところはわからない。私も魔力暴走を防ぐために魔石に力を入れるのはむしろありがたかったし、本が読み放題の住みやすい環境だから問題なかったんだけどな。


 魔石の再利用の話は全く知らなかったという。

 最近侯爵領の羽振りがよく、密偵を入れて探ったところ、侯爵家が魔石を他国に高値で販売していることが分かった。王国法では魔石の販売には国を通すことになっているため、侯爵家に使者を送ったところはじき返された。

 それが続いたので謀反を企てたとなり、王国軍が乗り込んできたのだそうだ。

 乗り込む前に情報を仕入れていた時、私のことを知り、魔石のことも知ったのだとか。


「そして、今、こうなっております」


 シミオンは恭しく頭を下げた。


「我々はあなた様を迎え入れる用意があります。その美しい朝焼けのような紫の髪と目は確実に王家のもの。侯爵家には不要です。王宮にいらしてくださいませんか、アルシア姫」


 姫、と呼ばれて戸惑う。

 そういえば私、女だったな。ずっとアルトって呼ばれてたし、一人だったからすっかり忘れてた。

 というか、姫? そうか、実の父は前王だから一応王族になるのか。

 ……、めんどくさいなあ。


 その私の両手をシミオンはしっかりと握った。


「いらしてくださいますね」


 どうやら拒否権はないようだ。私は深くため息を吐いた。




 半年後。


 私は王宮の端っこにある塔の中で昼寝をしている。

 窓が一つしかない高い塔は侯爵の砦にあったものに似ているが、こちらのほうが広くて陰気な雰囲気だ。その昔、気の狂った王妃はこの塔で生を終えたとも言い、王家に罪人が出たときに飼い殺しにするための塔だと言われている。


 その塔は今、たくさんの本で埋め尽くされていた。


 侯爵家にあった書庫塔の本をすべてこちらに持ってきたためだ。しかもこちらに来てから王宮の書庫でほこりをかぶっていた本もすべて移動した。朽ち果てそうだった本を魔法で修理し、棚に入れていくのが今の私の楽しみだ。


 セシルは毎日私のところに本を届けに来る。書庫で溢れている本の処分に困っていたと言ってるけど本当のところは不明。処分に困るはずのない春画まであるのだから。

(こちらは気が付いたセシルに取り上げられてしまった。こんな体勢絶対できないと笑いながら眺めるのが好きだったのに)


 ロイドも毎日やってくるがこちらはお菓子だの花だのを持ってくる。正直いらない。甘いものは少し食べれば十分だし、花は暗いところではすぐ枯れてしまうから。

 だが、いらないというととても悲しそうな顔でこちらを見るのでとりあえずもらっている。

 花は風呂に浮かべるとよいと言われたけれど、そんなめんどくさいこといったい誰がするんだ? 掃除だって大変だろうに。


 時折陛下や王妃陛下がやってきて話をしていく。肩がこるので勘弁してほしいが、陛下にとっては妹に当たるので私のことを知りたいそうだ。

 私の、というより、私の作る魔石にだと思う。

 この魔石ひとつで王都を一か月魔物から守ることができるというのだけど、よくわからない。そのための書物をお願いしたら、天井まで届く高さの本が届いた。今は15冊目を読んでいるところ。とても興味深い。


 侯爵領がどうなったかは知らない、というか誰も教えてくれない。

 私も詳しく聞く気はない。終わったことなのだ。

 今ではいろいろな不幸が重なったのだとわかる。とはいえ魔力と本がなかったら6歳の子供はすぐに死んでいたはずだ。そんなことをする者を親とは思えないし、もう関わりたくない。

 悪魔には戻りたくないのだ。


 ここでは私を悪魔という人はいない。

 逆に聖女という人がいる。勘弁してほしいけども。


 正直、王も侯爵もやってることは変わらないと思う。

 魔石目当てで身柄を拘束しているって部分は同じだからな。

 まあどこに提供しても同じこと。魔力が余り過ぎると暴走して自分が大変なんだから、もらってくれるところがあるだけありがたい話だ。


 新しい書庫塔で本を読みながらのんびりするだけの生活は私にとって夢のよう。

 このままずっと続くといいなあ。

 そんなことを考えながら、薄暗い部屋の中でまどろむ。


「スローライフ万歳」


 自分が満足して感謝できていればいいのだ。


 いかにして生きるか582ページの文章を思い出し、にこりと微笑んで目を閉じた。







最後まで読んでいただいてありがとうございます。楽しんでいただけたら嬉しいです。


ちょっと別の話が煮詰まっているので、短編で別系統の練習をと思って書きました。

虐待されていた主人公が溺愛されて系の習作として書いたはずなのですが……。

あれ? な仕上がりになりました。おかしい……。

一応、以下の要素を詰め込んでみました。


・虐待された主人公

・監禁

・魔力が多い主人公

・魔力を利用される主人公

・父親は無関心

・義母に嫌われている

・救出される

・実は王族

・実はすごい魔法使いor俺TUEEE

・最後は溺愛される


詰め込み過ぎたんだろうか?

たぶん、筋トレとスクワットがいけなかったんだと思います。はい。


よかったらまた読みに来てもらえると嬉しいです。

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