オコジョ、ひやひやしまして
ガシュッ!!
「キュヒッ!?」(ひぃっ!)
オコジョは見ていられなくて部屋を出た
事は半刻ほど遡る
前日、オコジョが文字を理解する事を知ったエリザベスは早速オコジョとおしゃべりする為に文字盤を作ろうとしていた。
紙に文字をひと通り書き出すか、いや、耐久性に不安がある
布に文字を刺繍するか、時間が掛かりすぎる
そうだ木に文字を彫ればいいんじゃないか!
多少手荒く使っても壊れないし、いいと思う!
そう閃いたエリザベス
使用人に言って作らせれば良かったが、可愛がるマロンの為に手作りを決めた
彫刻刀を持ち出し(当然だが5歳の令嬢に刃物を渡す人間は居ない)
庭師小屋にある丁度いい木片を持って来て自室で
堅い木に彫刻刀を入れる
5歳の力では中々削れない
力を入れて、グググ・・・
溜められた力が一気に木の抵抗を超えて刃が滑った
ガシュッ!!
恐ろし過ぎた・・・
その光景を見たオコジョは走った
ドアノブに飛び付き、いつもなら閉める扉もそのままに走った
こういう時に限って意思疎通を理解している人が居ない
公爵夫妻は馬車に乗ってどこかへ行ってしまったし
先生は今日来る日ではない
ならば侍女だ、広い屋敷を走り回る
オコジョは意外と足が速い
短い脚をフル回転させ全力で駆けた
エリザベスのキズ一つない肌を守る為に
「キイッ!!」
「あらマロン様、如何致しました?」
「ギャッキイッ!」
平素は見せないオコジョの言動に侍女は気づいた
ロングスカートの裾をグイグイと引っ張るのだ、何かおかしい。
「何かあったのですか?」
「キウッ」(そう!)
オコジョの世界は狭い
エリザベス、公爵夫妻、先生、そして侍女位しか知らない狭い世界。
旦那様奥様は出掛けている、夫人は今日来ない、となれば・・・
「まさか、お嬢様に何か」
コクコクと首肯するオコジョはスカートから離れて、着いてこいとばかりに走り出した
それを見た侍女も只事ではないとスカートの裾を少し上げて走った。
「きゃあっ!お嬢様お待ちを!!」
部屋に飛び込んだ侍女は慌ててエリザベスから彫刻刀を取り上げた
怪我はしていなかったが部屋に入った瞬間も「ガシュッ!」と彫刻刀を滑らせていた為、生きた心地がしなかった。
その後、この事は公爵夫妻の知る事となりエリザベスは怒られた。
しかしやはりと言うかなんと言うか、彼女は自分で作ると言って憚らない
最終的に、手先が器用な庭師のガブおじいさんの膝の上で手を添えて彫ることになったのだった・・・
この件の最大の被害者はガブおじいさんである
主人の一人娘を膝に乗せ、彫刻刀を持つ小さな手を上から握って怪我のないように、しかし幼いエリザベスが満足するだけの達成感を与えねばならない。
そんな匙加減を普段草花に向き合う庭師に求めるなんて中々にハードルが高かった・・・
「旦那様、奥様、これっきりにして下さいよ・・・」
ぐったりしたガブおじいさんを、苦笑いしつつ公爵夫妻らは労った。