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 まさか、こんなタイミングで知り合いと鉢合わせすることになろうとは思っても見なかった。

 驚きすぎて正剛は思わず固まった。


「大熊係長。お疲れ様です。係長も今日のお昼ご飯はコンビニなんですね。私もそうなんですよー。ついでに他の買い物もしようと思って。係長もこれ使っているんですか?もしかして花粉症ですか?」

 小柄な部下からの素朴な疑問を受け、ようやく驚きから動くことが出来るようになり、伸ばしたままの手を引っ込めることが出来た。

「あ、ああ、お疲れ。いや、特に花粉症と言う訳ではないんだが・・・」

 正剛は歯切れ悪く答えた。

 高級なティッシュな横には、手ごろな値段のティッシュも勿論販売されている。わざわざ高級なものを購入するとなれば、それなりの理由があるのは当然だろう。


 昼になり、さて昼飯をどうするかと悩み、椅子に座ったままふと窓をみれば四月の空は柔らかな雲がたなびき、薄い水色が直接に光があたらないまでも仕事でつられた目に染みた。

 同じビルに入っている食堂で昼食もいいのだが、なんとなく歩き日に当たりたい気分になった。

 で、気分の赴くままコンビニに入り、まずは飲み物でも選ぼうと奥の方へと向かうと目に入ってきたのは、ウサギの写真の箱。思わず手が伸びた。

 たまたま目について手に取ろうとしたまさにその瞬間に知り合いと同じ商品を取ろうとするなんて、日頃の行いが悪いのか?そうなのか?

 なんて答えるべきか。


「肌が弱いとか?まさか箱が可愛いからとかですか?でも、大熊係長ならまさかですよねー?」

 佐川に鼻づまりの声で少しも疑う様子もないままにいきなり図星を付かれた。

「・・・」

 どうする。「はい」と答えるべきか、「いいえ」と答えるべきか。いつかは自分が動物好きであることを知って欲しかったのだ。これがいい機会じゃないかと思った。

 が、同時に昔のことを思い出しやはりやめた方がいいのではないかとも思う。

 何度も自答を繰り返し、自分のことを見上げる佐川を見ると動揺してしまい無言になってしまう。

 何か言わなければと思うのだが、焦れば焦る程言葉が出てこない。序に体も固まったままだ。数秒だか互いに沈黙が続くと空気が重く感じられた。

「実は…そうなんだ」

 

 やはり誰かに知って欲しい。

 自分を偽ることなく、動物が好きなことを知っていて欲しい。

「またまたー、大熊係長でも冗談言うんですね。びっくりしちゃいました」

 いや、掛け値なしの本気なんだが。

 やはり本気のには取られなかったらしい。予想はしていたことではあるが、少なからずショックを受けた。

 とは言え、一度言ってしまえばもう一度言うことは容易い。

「このウサギが、可愛くてつい手に取ったんだ。ウチにいる愛ウサギと同じくらいに愛らしいから」

「か、可愛!?ウチのウサギ!?愛らしい!?えええー!?」

 正剛の掛け値なしの本気を感じ取ってくれたのか、どうやら冗談を言っていないと信じてはもらえたらしい。

 だが、あまりに驚きすぎたのか広いとは言えない空間に部下である佐川は高音であるまじき声を響かせた。


 直ぐに大声をどしてしまったことを詫びるために、佐川は慌てて周りにいた客にぺこりぺこりと頭を下げ始めた。

 大したことではなさそうだと理解した周りの数人は、直ぐになんでもなかったかのように自分の目当てとしている商品を眺め始めた。自分も同じように頭を下げるべきか一瞬悩んだが、集まっていた他人の視線かすぐに外れたことに気が付いた。

 ここで同じように頭を下げれば、多分今度は大声から来た驚きではなく大男からの威圧感で違う意味での視線を集めてしまい怖がらせそうだと思い止めた。

「佐川、それを寄越せ」

 商品が幾つか入っていたカゴを佐川から奪うようにして手にすると、正剛はまだ手にしたままだったティッシュを入れ、部下を置き去りにしたまま速攻で弁当のコーナーへ行くと一番先に目についたそぼろ丼を入れ、今度は飲み物を選びに違うコーナーへ移動してレジへと向かい素早く会計を済ませた。

「行くぞ、佐川」

 その様子を驚いてただ見ているだけだった佐川は、自動ドアから出ていこうとする上司からの声に慌てて背中を追った。


 足音が後ろから聞こえてくることから、ちゃんとついてきていることを確認して正剛は前を向いたまま歩くスピードには気を付けながら横断歩道を過ぎ、そして近くの公園へと向かった。

 同じように食事をしようとビニール袋を片手に歩いているサラリーマンや、数人が楽しそうに話しながら歩いている女性の姿も沢山見られる公園は、このあたりのオフィスで働く人たちがよく利用している。

 緑も多く、適度にベンチも設置さけており掃除も行き届いている。

 少し離れた所には芝生の広いスペースもあり、子ども連れの家族も多い。舗装もしっかりとしていることから犬の散歩をしている人や、ジョギングしているひとも多い。

 正剛はこごてはジョギングをしたことはないが、もう何度も昼の休憩に使ったことがある公園だ。

 少しだけ歩くがいい影の元で食事が出来るベンチを知っている場所へと向かい、近づくとまだ誰も座っていないことが分かった。


「・・・悪かったな、佐川。勝手に連れてきて。ご飯は誰かと食べる約束はあったのか?」

 ここまで確認を取ることのないまま連れてきておいてなんだが、誰かと待ち合わせして昼休憩を取る予定とかは無かったのだろうか。コンビニでの暴露した話を今のうちにきちんと説明しておきたい気持ちが優先してしまった。

「い、いえ。してないです。一人で食べようと思っていたから、それは別にいいんですけど・・・。あの、私の分のお金幾らでしたか?」

 正剛はおどおどとしている佐川の目線が自分の手にしているビニール袋に注がれていることに気が付いた。

「ああ。これはさっき大声を出させてしまった詫びにもならないだろうが、このまま受け取ってくれ。悪かったな。かなり驚かせてしまったみたいで」

 言えば本気に取られないことも、信じてもらえないだろうことも今までの経験上知っていたことだが、何故か佐川になら大丈夫かもという気がした。

 その理由がたまたま手にしていたウサギのティッシュに手を伸ばしてきたから。ただそれだけなのだが。

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