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 年度が替わり、新たな新入社員が数名入社し、二週間ばかりが経った頃。

 スポーツ用品を企画から販売している会社に勤める正剛が所属する商品開発部の新人歓迎会が開かれることになった。

 参加者は総勢十名。所属人数が十一名だからほぼ全員参加と言える。唯一の欠席者は体調不良で欠席と連絡が入っている。

 その参加者の中で商品開発部に配属になった新人は二名。それぞれ男女一名ずつだ。二人ともマラソンが趣味だと自己紹介で言っていた。

 新人のみならず、商品開発部の社員は体を鍛える事や、スポーツが好きな奴らは多い。

 マラソンが趣味が同じ社員もいるから、話題は困らないだろう。それがきっかけとなって新人達が仕事に慣れ、人間関係も良好になればいいと思う。


*****


 新人歓迎会という名の飲み会が始まってから少し時間が経過した頃。

 上司である自分の所へ新人が酒を注ぎに来た。特に盛り上がることもなく、定例通りな会話しかしなかった。その後新人たちは傍にいた正剛の後輩との歓談が始まっていた。なんだか自分とは違い、すぐに立ち去ってゆく様子はない。

 別に羨ましいとか思ってない。そう思いつつ正剛は口に入れた刺身にわさびを付けすぎた・・・と心で呟きながら、隣で交わされる後輩と新人達の会話を聞くともなしに聞いていた。


 仕事の話をしていたかと思うと、いつの間にか内容はペットの話へと移行していた。正剛はイカとジャガイモの煮物を咀嚼しながら思わず耳をそばだててしまった。

「やっぱり俺は断然猫派だなー。ウチの子、まだ三カ月ほどのアメショなんだけどかっわいいんだよー。いたずらされようと、もー、何されても可愛くてさぁ。この子なんだけどねぇ」

 現在34歳である正剛より5歳年下の後輩である山崎はでれでれしながら、携帯画面に愛猫の姿を表示させると新人相手に見せびらかし始めた。

(何っ!あいつ、猫を飼っていたのか。知らなかった。...しかし遠いな。ここからでは見えん)

 子猫のアメショと聞き、少しでも見たいと思った正剛だったが、距離があるのと、画面が小さ過ぎて見ずらい。

 ここで素直に一言部下に自分にも写真を見せてくれと軽く言い出せない正剛は、かなり小心者と言える。

(出来ることなら自分も一緒に輪の中へ混ざり動物談義をしてみたい)

 写真を見せてもらうだけなら、動物好きと認定されることもない筈だ。ただの好奇心と取られるはずだと自分に言い聞かせてみるも勇気が出ない。

 傍目には、正剛は正座はせずに足は崩している。多少ラフにしているつもりなのだがいつも姿勢は正しく食事に舌鼓をうつ姿にしか周りには見えていない。

 上司ということもあり周りの部下からすれば話しかけずらいオーラを感じる。大酒のみと言う訳でもないし、いつも騒ぐことなく酒を静かに飲んでいることが多い。酔っている所を見たこともないことからそっと距離を置かれている。それが商品開発部飲み会のいつもの風景である。


 食事に集中していう風を装いながら正剛は顔の位置を固定しつつ、視線だけを山崎が手にする携帯画面へと向けた。しかし隣の席とはいえ小さな画面を見るには限度がある。なんとなく猫らしい姿がぼんやりと見えるが、細かな表情までは分からない。

(アメショか。何色だ?オスか?メスか?ああ、見たい)

 正剛は、そわそわとしながら少しだけ体を右に傾けた。ほんの少しだけ距離は縮まったが、見えそうだと思ったら新人達に見せやすいように携帯を移動させ更に距離が遠のいた。

(見えん!)

 悔しいと思ったが、それ以上体を移動させなかった。

 普段から正剛は仕事一辺倒で、雑談にあまり興じることが少ない。

 現状まだ自ら動物好きだと同じ職場の同僚にも言えていない。今はオフィスではなく、居酒屋だ。節度をもとめられるオフィスフロアとは違い、大勢が楽しんで和やかな雰囲気なのだから、またとないチャンスなのではないか。

 自分も会話に混ざりたい気持ちをさらすことが出来ない正剛は、箸の先をおもわずがじりと噛んだ。


(俺も自慢したいのに!)


 実はスーツの胸ポケットに入っている携帯のメモリには、これでもかというぐらいにペットの写真が記録されていることはまだ誰にも話したことはない。


 実はつい最近、正剛は初めてペットを飼った。


 ショッピングセンター内にあるスポーツ店にマーケティングリサーチに行った際、店舗を出てすぐ横にあったペットショップについふらふらと吸い寄せられたことがきっかけだ。

 いつかは動物を飼ってみたいとは考えていた。ただ、その切っ掛けがなく、一人暮らしをしている正剛にまさにこの日、運命の出会いが待ち受けていた。

 可愛い動物の姿をガラス越しに眺めるだけでも癒しとなる。時々ふらりと眺めては緩みそうになる頬の筋肉に気合をいれなければ、怪しいやつだと通報されてしまいそうだ。気をつけなければ。

 慎重かつ、陶然としつつ順に犬、猫を眺めて行った。仕事の疲れはあっという間に癒される。寝ているものが多かったが、中には構って欲しそうにガラス越しに前足をてしてしとする姿なんて悶絶ものだ。内心、でれでれしっぱなしで

端まで見終わると、通路を挟んで犬猫から少し離れたスペースに小動物が数種類それぞれケージに販売されていた。

 なんとなくどうせなら全部を見ていくかと軽い気持ちで近寄ってみた。インコや、ハムスターが餌を突いていた。

 そんな小さなケージの中の一つに、新しく入荷しましたとポップが張られその中にいたのは、生まれてそれほど経っていないだろう小さなうさぎ。

 目を閉じて静かに丸くなっていた。


 ―――!


 その一瞬、体に電気が走った。

 今まで感じたことのないもの凄い衝撃だった。


(可愛いっ!小さくて可愛いっ!体も小さいが耳も小さい。丸まって見えないが、手足も小さいのだろうな。それにしても、なんていう可愛さっ。あーっっ、もうとにかくすべてが可愛いっっっっっ!)


 正剛の握りこぶしよりも小さくふわふわとした毛並みのうさぎ。今までうさぎを見たことはあっても、大人になったうさぎばかりだ。こんな小さなうさぎは初めてだった。

 ケージに貼られている紹介文にはネザーランドドワーフでオレンジ色の牡と記載されている。まだ、生まれてニ月程しか経っていないらしい。

 くりっとした黒くて濡れたまあるい目を一目見たはずなのだが、はっと意識が戻るとうさぎが入った箱を手にしていた。

 後先何も考えずに衝動買いをしていた。

 後悔は無かった。


 小さな命を迎え入れて悩んだのは、名前。どんなものがあるのかとネットでも一応調べてはみた。沢山ありすぎて余計に混乱してしまった。

 悩んで悩んで名前は、・・・「うさお」だ。

 「たんたん」や「ぴょんた」「らび」「もこ」といった名前も考えてみたのだが、一番しっくりきたのは「うさお」だった。


 それから数日、実に充実した日々を送っている。

 毎日仕事を終えて帰宅するのが楽しみでならない。いや、ちゃんと寝ているのだろうかとか、寂しくはないのだろうかと心配な面もあるのだが、早く終えて帰宅しなくてはと気合いか入るからか、最近仕事の効率が上がった。予想外の効果だ。

 そして今まで感じたことがない休日が待ち遠しい気持ち。以前は、ただ休息をとり、まとめて掃除や家事をするだけのだらだらとした時間の使い方しかしていなかった。

 それが今では、休みでも平日と同じ時間に起き、粗方家事をすませて残りの時間はうさぎとのふれあいの至福の時間。凄い変化だ。幸せだ。



 まだ新しい環境に慣れていないうさおを考慮し、抱っこはまだしていない。膝上にのせて何時間でも撫でまくりたい。抱っこをしたいのはやまやまだが、最初が肝心。ここで拒否されると今後一切できないかもしれない。慎重にしなくては。

 本や、ネットで気をつけた方がいい飼い方も調べた。抱っこは焦らずゆっくり進めていく予定だ。

 散歩ならぬ、うさんぽにも行きたい。抱っこももちろん。いずれ出来ることならふわふわな毛並みに顔を埋めもふもふしたい。

 ああ、やりたいことが尽きない。


 でも、今はただ見ているだけでも楽しい。

 水を飲む仕草に感嘆し、牧草をもぐもぐしている音に聞き入り、ペレットをポリポリしている姿にうっとりし、トイレをしている姿に小さく声援を送る。

 なんていう充実感。

 いままでこんな充実を味わったことがあっただろうか。


 今は軽く頭を撫でたり、ケージ越しに毎日同じようなポーズのうさぎの写真を撮りながらデレている。

 うさおが顔を洗ったり、耳を掃除したりしている姿を見るたびに、毎回心臓が打ち抜かれる。

「はうっ!」

 悶えつつ、鼻息も荒く凝視する姿ははっきり言っておぞましい。誰にも見せられない姿だった。


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