第2章ー2 衝突
みなさんこんにちは。
汐見光です。
3話目にして、初めての前書きです。
興味がある方は読んでくれれば嬉しいです。(興味ないよ! というかたはスルーしてもらって構いません)
この作品は、5年前、大学1年生のころに書き上げた作品です。
某新人賞に送ったのですが、今回、ここで公開することにしました。
卓球と野球、同じ球技ですが、野球は球技の花方、その一方で卓球はオタクがやってる、とか、運動神経悪いやつがやってる、みたいな、あまりいい雰囲気ないんですよね。
たしか、これを書いていた頃、オリンピックで卓球がメダルをとって注目されはじめて、「やっと、良い意味で目立ち始めたなあ」なんて思った記憶があります。そんな思いで書いた作品です。
今後も、毎日(出来る日は1日に2回)投稿していきますので、よろしくお願いします。
「あのさあ、いつまでいるんだよ」
「あと少しだから!」
広瀬は指を使ってパネルを叩くという音楽ゲームを無心にやっている。指が折れそうになるのではと思うくらいの叩き方は後ろで見ている泉にも明らかに分かる。むしろその姿を見ると、さっきのことが影響しているのかではないかとさえ思えた。
泉はふと店内を見渡す。アーケード街のゲームセンターは、入口からすぐに地下へと続く階段があり、その階段をぐるりと囲むようにUFOキャッチャーやゲーム機が置かれてある。地下はプリクラコーナーになっていて、男子だけでは入れないようになっている。仙台駅からは少し遠い学校なのに、わざわざ二人はあの後駅前に電車で向かって今に至る。
「ランクCかよ」
広瀬はそう言ってパネルから指を離す。台の横に置いていたカバンを肩にかけ後ろを振り向く。
「どっかまた寄っていく?」
広瀬の得意な作り笑顔だ。こいつが心から笑っていないときは引きつるように口が笑う。
「…俺も広瀬が六人で団体戦やりたがっているのは分かるけど」
入口の床に転がっているラスカルの動く人形を危なく踏みそうになった。避けながら外に出て、仙台駅の方にどちらから言わず歩いていく。
「そうか?」
「俺だって、最後だけでもいい、六人で試合に出てみたい。でもさ、速水の言ってることも全然分かんないわけじゃない」
「…うん」
俺も分かってるよ、と横で声がした。横目でちらりと広瀬の姿を見た。一番今辛いのは広瀬で、速水だ。俺がどうこう言ったところでどうにもならない問題だけど。
「俺さ、どうすればいいと思う? あれじゃあ、余計部活になんか来なくなっちゃうよな」
「それを俺に聞くか?」
夏樹にだから聞けるんだよ、と広瀬は言った。ああ、それも分かってる。みんなと一緒だと気を張ってしまうことも。広瀬拓海はそういう人間だった。だれよりも真面目で、熱くて、卓球というスポーツが大好きなんだ。
「卓真、今日は早いな」
「まー、ちょっとね」
部活で荒れちゃってさ、なんて言えないからそう濁す。納得しない父ちゃんを俺は背中越しに無視する。
速水と広瀬やっちゃったなあ…。卓真は心の底からそう思った。その原因に川内もいるのかとふと頭によぎったが、あいつは仕方ない。ああいう性格だから。
「さすが今日も打ってるなあ」
速水だ、あの姿は。初めに来た時と同じように金属バットを軽快に振り続ける姿を照らし合わせた。
「あいつ…」
国分は自動販売機のボタンを二回押して、奥のコースへと近づく。
「よお、速水」
ちょうどボールが全て出終わったところを計らって卓真は後ろから話しかけた。振り向いた瞬間、速水は険しい顔になる。
なんだよ、そんなに俺が嫌かよ。そう思いながらアクエリアスの缶を速水に押し付けた。どうも、と声が返ってきた。すぐ近くのベンチに座り速水も同じように座らせる。ベンチの端と端に座る微妙な距離を間に置かれた缶ジュースがうまく取り繕う。
「お前さ、野球やってたよな?」
視線は合わず、お互い目の前を見つめる。見えるのは緑のネットとニット越しに見える機械。
「…おっちゃんに聞いたんすか」
「まあ、父ちゃんの顔見知りっぽいし? あと、あんな速さ打てるやつはどう考えても野球やってた奴だろうなって」
微妙な沈黙を埋めるように、プルタブを開けて口を潤す。
「そうっすね、やってました」
「やってました」、その言葉がずっしりと重く響く。
「あんなに野球できるお前がさ、野球をやってないのはなんか理由があるんだろうけど」
もどかしい。なんで辞めたんだよ、と聞けない自分がもどかしい。こいつは俺と違う。見て分かるもん。じゃあ、俺に何ができる? 俺が卓球部としてあいつに示せることは何だろう。国分は言葉を選びながら口を開く。
「広瀬の言い方も、お前の言い方も。確かに悪かったけどさ、」
国分は思う。そう、この意固地な後輩に示せる唯一の方法。それは態度だ。俺たちがプレーする、ボールを追い求める姿を見てもらうこと。今一番遠くにいる速水を近くで見てもらう、それだけがあいつに示せることだ。
「広瀬はさ、あいつは卓球が馬鹿みてえに大好きなんだよ」
それは、あいつの姿からわかる。みんな、当たり前のように知っている。負け試合でも、勝ち試合だったとしても。あいつはいつも誰よりも楽しそうでまぶしくて。この北高の卓球部は広瀬が引っ張っているんだ。
「卓球ってさあ、なんか暗いイメージがあるよな」
「ロンドンオリンピックで女子が銀メダル取ったのにさあ」と卓真は言う。
速水は何も言えない。卓球部に入っている奴なんて、ちょっと、いやだいぶ自分からかけ離れた人たちだったからだ。だから、〞卓球なんて〟と思っているところがあったんだ。
「そう思わね? 速水」
突然話を振られて反応に困っていると、「いきなり言われても困るよなあ」と卓真は言った。
「…すいません」
「ん?」
「俺、どこかで低く見ていたかもしれないです」
うん、と卓真は相槌を打った。
「今度の高総体。あれだけはさ、絶対に見てほしいんだ。一番近くで見えるから」
きっと、広瀬は、まだ団体戦に出れる状態でなくても、速水を団体戦メンバーとして登録するだろう。そしたら、試合しているすぐ目の前で見ることができるから。応援席じゃだめなんだ。近くだから、そこでしか見えないものがあるはずなんだ。
「なんで野球辞めたか知らないけどさ、いつか広瀬だけでもいいから教えてやってよ。あいつ、あんな感じで意外と気難しいやつだからさ」
金属バットを押し付けて、卓真はその場から避けた。速水は、アクエリアスを飲み干して、ベンチに置いて再びバッターボックスに入る。
残ったのは、ベンチに置かれた二つの空き缶だけだった。