第十四話 現代:2
長い長い入学式やガイダンスが終わり、ようやく放課後になる。
「よし、全員揃ったな」
キンゾー先輩が仮入部しに来た俺達一年生を見て満足げに頷く。アスリート部に仮入部しに来たのは数名単位じゃない。おおよそ80人程度だ。
「それじゃ仮入部した一年生、これを持っておけ」
キンゾー先輩が渡したものは何袋ものビニール袋。それを渡されて同級生達が首を傾げた。
「キンゾー先輩、これは何ですか?」
「見てわからんのか? エチケット袋だ。新入生は疲れすぎて吐いてしまうからな。周りを汚さないようにする配慮だ」
「流石、アスリート部、仮入部の生徒でも容赦ないな……」
宮本を含めた同級生達が騒然とし、ざわめく。
「さてこれからやることは実にシンプルにランニングだ。一年生は二年生に付いていけ。最後方の俺よりも前にいた時間分によってスタミナテストの成績の半分以上が決まる。その成績によっては入部テストの一部免除も有る」
「本当ですか!?」
「ただし注意しておく。一度でも俺の後ろに来たら即失格。失格したらスタート地点まで戻れ。それでも尚走り続ける場合は俺が肩を叩いたら失格したと思え。それから一つ言っておく。このランニングでアスリート部に入るのが嫌になったら退部届けを出して帰れ。以上だ。銀二頼んだぞ」
白髪混じりの頭髪が特徴的な銀二先輩がそれに頷き、ランニングを始めた。
「さあ急げ急げ一年坊主ども。さっさとしないと俺が走るぞ」
その警告を受けた俺達は慌てて銀二先輩を追いかけた。
「い、いくら何でも速すぎる……!」
三十分も経たないうちに脱落者が続出。また脱落者が顔を真っ赤にしながらその場に倒れエチケット袋の中に嘔吐した。
「くそっ……先輩達はバケモノか?」
脱落者に比べればまだマシな宮本も既に限界近くまで来ており、ほとんどが根性で走っているようなものだ。
「たった一年アスリート部にいるだけでこれだけ走れるんだから三年生はもっとバケモノ染みているんだろうな」
「お前がそれをいうか?」
後ろからキンゾー先輩が呆れた声をかける。それもそのはず、俺はレベルアップによるフィジカル上昇のおかげか全くペースを乱すことなく走り続けているからだ。レベルアップによって受けた恩恵を知らない先輩が驚きを通り越して呆れた声を出すのは当たり前のことだった。
「しかし、時速21kmペースでここまで残ったのは今年が初めてだ。去年なんか同期の中じゃ俺と銀二しか残らなかったからな。今年は大豊作だ」
時速21kmって、もう11km弱走っているのか? それじゃほとんどの奴らが倒れるわけだ。倒れない俺達に期待するのも当たり前か。
「一昨年は?」
「部長以外皆無だ。もっとも部長が凄すぎて当時の二年生がムキになって全滅させたって話だが部長はその先輩を逆に潰してしまったけどな」
「それは酷い……ところで銀二先輩とキンゾー先輩の関係って兄弟ですか?」
俺がそう質問したのは銀二先輩もキンゾー先輩もどちらも伊東という苗字を使っていたからだ。この近くで伊東という苗字は珍しく小中でもいなかった。そんな苗字の持ち主が二人もいるとなると兄弟だと結びつけるのは容易い。
「ん? 双子じゃないが兄弟だ。銀二が4月に生まれて俺がその次の年の3月に生まれたんだ。そろそろペースアップするから注意しろよ」
キンゾー先輩がタイムウォッチを見てペースアップを促すと俺以外の一年生が絶望し心を折った。
「マジ、かよ?」
ペースアップしてから二分も経たない内に最後の砦の宮本が脱落し、一年生は俺だけになる。
「銀二、一年生一人を除いて全滅だ!」
宮本がエチケット袋に嘔吐して脱落するとキンゾー先輩が俺だけが残ったことを銀二先輩に報告し、笑みを浮かべていた。
「わかった。帰りはサドンデスに移る! ビリとブービーの判定は儂だ」
「サドンデスだって!?」
「冗談じゃない……!」
何やら不穏な雰囲気になり、二年生の先輩達がざわめく。俺が言うのもアレだが隣町よりも遠くに走って行っているのにまだ余裕があるのか?
「キンゾー先輩、サドンデスってのは?」
「サドンデスは普通の持久走と変わらないが、一定の時間毎にブービーかビリだった回数が多かった二人に罰が与えられる練習メニューだ。ただし記録係の銀二は除く」
「銀二先輩が一番楽じゃないですか、それ……」
「そうだ。もっとも皆で記録係になる規則を決めているからな。不平不満は言わないんだよ」
「規則?」
「記録係は前回のサドンデスで先頭で走り続けた時間がもっとも長い奴がやることになっている。実力主義のアスリート部ならではのやり方だ」
「先輩、それって欠点ありません? 先頭とブービーとの差があまりにもあるとどっちを記録したらいいかわからなくなるじゃないですか」
「そう言う時の先頭は自己申請で出す。二年生全員タイムウオッチを持っているからな。先頭に立ったときだけスタートを押す。二番手以降になったらストップを押すんだ。覚えておけよ?」
「覚える必要なんてありませんよ。何故なら俺がダントツトップで走り続けますから」
「その意気で頑張れよ」
走り始めてから一時間が経過し折り返す。その瞬間、キンゾー先輩が先行し逆に銀二先輩が最後方まで下がった。無言でやるあたり相当性格が悪いな……
「しっ!」
ハマった時の追い込み馬の如く、二年生の先輩達を抜き去りキンゾー先輩まで追い付いた。
「キンゾー先輩、お先に行かせてもらいますよ」
「そうはさせるかよ!」
俺が加速させようとした瞬間、キンゾー先輩も加速し抜かせない。それどころか更に加速させ、俺の心を折らせに行こうとした。
「いいすね、そういう加速!」
「……っ!」
だけどフィジカル的にはまだ余裕がある。キンゾー先輩の心を折るには十分……
「やろぉっ!」
心が折れる気配すらない。キンゾー先輩は俺に食らいつくどころか、むしろ抜かした。俺も抜かそうとするも並びかけるだけで中々抜かせない。バケモノか? このスピードは体感的に言えば時速30kmくらいだ。100m12秒で走れるスピードだぞ。実際レベルアップの恩恵なしにペースアップして七分経たずして3400m──距離はマップ機能を使った──以上も走っている。おかしいだろ部活動で世界レコード更新しているって何だよ。
「ウヒヒッ、トップは誰にも渡さねえ」
ランナーズハイになったのか不気味に笑い呟くキンゾー先輩の姿は不気味だった。
その後、先頭と二番手を繰り返した状態で学校に到着しサドンデスを終える。ちなみに二人揃って15分以上もハーフマラソン──片道22kmある──の世界記録更新していたのは言うまでもない。
「久しぶりに全力でやってみたけど部長のタイムには及ばないか」
キンゾー先輩がもうひとつのタイムウオッチを見てそう呟……ちょっと待て。今こいつはなんて言った? 公式の世界記録を更新しているのに部長のタイムには及ばないってどういうことだよ。よくよく考えたら二年生全員帰りが60分切っているもんな。ハーフマラソンの世界記録とまでは行かずとも日本記録は確実に更新している。本当に何をどう特訓したらこうなるんだ? しかも何でアスリート部の部員はハーフマラソンに出走しないんだ? 未来がゾンビだらけになったことよりも謎だ。
「よし、一年生が帰ってくるまで体幹トレーニングをやるぞ!」
アレだけ走ったのに筋トレやるのかよ。特殊部隊の連中が体験したら泣くレベルだぞ。俺も人のことを言えないがこいつら人間止めてやがる。
結局残ったのは宮本の他六十数名。それ以外は全員退部届けを出し、諦めてしまった。そりゃそうだよな。先頭の二人が全力疾走でも敵わないようなスピードでランニングしているんだ。心が折れるのは当たり前だ。
「本当に退部届けを出さなくていいんだな?」
キンゾー先輩がドスの効いた悪い笑みで宮本の顔を近づけるその様はヤクザのようだった。
「当たり前だ。その為に俺達は残っているんだ」
宮本が一年生を代表するようにそう答えた。
「よーし、そこまで言うなら東海以外の一年生、アスリート部の入部テストを受けろ。そのテストで判断してやる」
「俺は?」
何故俺だけハブられるのか。あくまでもこのランキングはスタミナのテストを省く為のものであって全てではない。
「東海、お前は無条件で合格だ。何せ全力の俺に着いていったんだからな」
「キンゾーそれは本当か?」
「本当だよ。フィジカルなら部長並みの素質を持つ俺とほぼ並ぶ形でゴールしたんだ。見ろコレ」
キンゾー先輩が二つのタイムウオッチを銀二先輩に見せる。そして銀二先輩が納得したように頷いた。
「抜かされた秒数が走った秒数のほぼ半分か……確かにほぼ同じくらいのスピードで走っていたんだな」
「だろ? その上俺達の筋トレにも着いていった。これだけスタミナがあるってことは俺や銀二と同じく三年生の練習メニューでも倒れないってことだ」
「なら仕方ないな。部長には伝えておこう」
「流石兄貴、頼りになるぜ」
「一年生、入部テストについてだが三年生が帰国してから行う」
キンゾー先輩の話しだと一日遅れるとか言っていたから明日からじゃないのか?
「本来であれば明日行う予定だった。しかし三年生と中條先生──顧問の名前──が熊やトナカイを無断で狩って食ったことをカナダ政府に問われているせいで四日間遅れて帰国するらしい」
ワイルド過ぎだろ!? というかただの密猟者だろ!
「本当に帰れるのか?」
「とりあえず中條先生が緊急避難を主張しているがカナダ政府が解放してくれるか怪しいものだ。とにかくそれまでの間、一年生は明日から朝練に来い。来なければ入部テストは絶望的だからな」
「強制じゃないですか!?」
「別に来なくてもいいがお前達の為だ。仮にも四日間入部したんだから例年の入部テストの合格ラインに届くと決めつけて、ハードルを上げるに決まっている。その時泣きを見るのはお前達だ。実際三年前は悲惨だったらしい」
「どんだけだよ……」
あまりの横暴さに思わず口に出してしまう。
「現時点で一年生の中でハードルを上げた状態で合格できるのは東海のみだ。東海を除いて一番走った宮本もバッサリ切り捨てられるだろうな」
いやいやキンゾー先輩が今年は豊作って言っていたぞ。その宝の山を放置するようなことは絶対にあり得ない。と言うことは、朝練に来させる為の説得材料ってことか。
「そんなにですか……」
そうとも知らず、一年生の大半が不安げに銀二先輩を見つめる。
「そう言うことだ。とはいえ朝練は時間がないから筋トレが中心だ。エチケット袋を用意しておけ。以上で解散だ」
二年生がマットを片付け、カバンを持って帰宅するのを見て一年生の大半は帰ってしまった。残っているのは宮本や松林、小笠原と言った俺の悪友達だった。
「なあ東海、他の奴らは帰ってしまったがどうする?」
「自主練だろ。宮本でも失格させられるんだ。とりあえず先輩達がやっていた筋トレやるぞ」
俺の指導の下、残った一年生で筋トレをするが二年生がやる筋トレなだけあってか俺を除いた全員が十分も経たない内に動かなくなった為に、こいつらの体力回復するのが面倒になったので筋トレのメニューを書いた紙を渡し、各自でやるように促してから図書室に向かう。
俺が図書室に用事があるのは知り合いがいる訳ではない。メニューコマンドで新しくチュートリアルでやった機能を活用する。
わざわざこんなシステムを現実で機能させ始めた理由はおそらく現実で一番活用するだろうとメニューコマンドが判断したからだ。そうでなければ魔石のチュートリアルを現実でしているはずだ。
図書室にある役に立ちそうな本を回収して記録する。その中で気づいたことだが、本の厚さに比例して記録する時間が長くなる法則があるようで試しに何故かあった六法全書を記録しようとしたら48時間──ヘルプによるとゾンビやファンタジーの世界でもその時間が適用されて記録され続けるので実質一日とすこし──ほどかかってしまい断念した。たった48時間で六法全書の中身覚えられるならかなり良い方だと思うが、現在法律関係で困ることはほとんどない。それどころか未来世界や中世世界に日本の法律は通用しないからはっきり言って時間の無駄。司法試験予備試験を合格したいなら必要だが、今やるべきことではない。それよりもレベルアップに必要な物を記録する。
俺が手に取って記録したのはクロスボウの構造と言った武器関連や化学の本だ。ファンタジー世界だとこれだけで金儲けが出来る。特に紙の作り方なんて鉄板だ。中世世界ことファンタジー世界は中世ヨーロッパあたりの文化だ。この当時紙は高級品で大量生産なんか出来る訳がなかった。紙業者からかなり恨まれることになるが紙を大量生産すれば独占企業にまでなるだろう。
しかしそれでもまだ足りない。記録し終えた本を元に戻してその場を去る。問題は記録した本がファンタジーでしか活用出来ないものばかりだ。未来世界では活用出来るものは限られてくる。仮に未来で現代兵器を作ってもそれ以上の武器が既に用意されている。向こうで用意されていなくて上位互換のない物を作るのが一番良い訳だ。
「むう……」
参ったな。そんな発想なんて俺にはないぞ。俺が出来ることはゾンビの存在や魔法の伝承だ。それ以外のことで現代に持ち込めるのはほぼない。向こうで足りない物をメモして記録するのが一番いいな。
図書室を出て元に戻り、高速で筋トレしてから16時に自宅に帰るとお袋がお好み焼きを作っていた。
「お帰り昭次。お好み焼き出来ているよ」
「ただいま。手洗ってから食べるからおいといて」
俺がお好み焼きを作る理由は手軽さもあるがお袋にある。我が家では兄貴が生まれる前から三時のオヤツはお好み焼きであり、菓子など一回も出されたことがない。何故そこまでお好み焼きを推すのか一度尋ねると残った材料の処理をする為なのと、菓子代を減らす為だそうだ。確かに菓子代よりもお好み焼き代の方が安く済むし、栄養バランスもジャンク品よりも取れているから良いんだが、お袋の場合見ているこっちが生活習慣病になるくらいソースかけているから是非とも止めて欲しい。どうでもいいが兄貴や親父はマヨネーズをかけ過ぎてビール腹になりつつあるので俺の為じゃなく身体を心配する意味でこちらも止めて欲しい。
俺はお好み焼きにマヨネーズやソースをほぼかけることはない。運動した後なのに濃い味を求めないのは意外と思うかもしれないが俺は元々薄味好みでサラダやトンカツ、卵かけご飯などは何もかけないで食っていたほどで中学で運動部に所属してからようやく天つゆなどの調味料を使うようになった。それでもまだ薄味好きな為にソースもマヨネーズもかけることはほぼないんだよ。
ここまでが序章です。次回から一章に入ります!




