第十三話 現代:1
そして三度目の起床。ゾンビ世界やファンタジー世界で寝たベッドではなく現実で寝たベッドと、午前6時00分と表示された時計が視界に入る。
「夢……か」
やたらリアルだったなあの夢。痛覚とかほぼそのままだったし、ゾンビを狩った時の銃の感覚や槍を握った時の鉄の冷たさも感じていたし。
そう思いながら下に降りると親父──本名、東海正──が端末機を弄ってニュースを見ていた。
「おはよう昭次」
「おはよう」
「今日からお前も高校生か……甘酸っぱい高校生活を送っとけよ」
「甘酸っぱい高校生活なんて出来ねえよ。勉強ばかりの灰色の生活だらけだと思うぜ」
「……どうしてこう、昭和──俺の兄貴、俺とは別の高校生──といい昭次といい今時の子供は草食系なのかな。受験戦争が激しかった団塊世代じゃないのに」
「兄貴は脱ゆとり世代だし、俺に至ってはさとり世代だからじゃないか? さとり世代もゆとり世代も欲がない傾向が強いし」
ちなみに脱ゆとり世代とさとり世代の違いは、ゆとり教育を完全に改めたかどうかの違いで、改めた教育を受けた世代がさとり、まだ完全に改めていない教育を受けた世代が脱ゆとりというようになっている。
「そうか……じゃあ、そろそろ時間だしいってくるね」
親父が車を出し、仕事に向かう。これからやる朝の家事は俺が担当だ。兄貴もお袋も低血圧なせいで朝に非常に弱く、若い頃の親父も洗濯、朝食や弁当作りなどの食事、朝の目覚ましをやっていたものだ。その三拍子を中学に入ってから俺が代わりにやるようになり今ではすっかりそのポジションについてしまった。
朝食は俺用と二人用に仕分けてある。俺が元運動部で朝食を大量に──今日だけでもハヤシライス、ハンバーグステーキ、サラダボウル──摂取しないと体力が持たないのに対して、二人とも低血圧で8枚切りの食パン一枚くらいしか食べられないからだ。
「おはよう、兄貴、お袋。朝食は出来ているぞ」
「ん~……」
「眠い……」
目を半分開けた状態で、ベッドから降り夢で見たゾンビのようにフラフラとテーブルに向かう。夢で見たあのゾンビの動きはこれだったのかもしれない。そんなことを考えながら朝食を食べ終わるがまだエネルギーが足りない。時間もあるし、もう少し作ってみるか。
「何作ってんのー?」
兄貴が朝食を食べて少し目を覚ましたのか、俺に絡んできた。
「お好み焼きだ。それより洗濯物、洗濯機の中に入れといてくれよ」
「わかったー」
兄貴が洗濯機の中に洗濯物を入れる為にこの場を去っていく。それだけでも今日は血圧が高い方だと認識させられる。
「お袋も朝食食べ終わったら洗濯物入れておいてよ」
「ん……」
ダメだこりゃ完全に寝ぼけてやがる。兄貴は親父の血が少し働いたのか低血圧の病状も朝食を食べたら治り起きるが、お袋はそれが出来ない。治るまでに最低30分、最高3時間かかるんだよな。結局この日はお袋は一時間経過して目を覚まし活動した。
なんやかんやで家事を終わらせ、入学式。校長とかお偉い方の話しが長いんだろうな、などと思いながら校内にある各クラスの出席番号が掲示された掲示板を見る。俺は東海だから割と前の方なんだよな。どこだ? 相沢、青木、赤池、朝倉、東海、荒川……五番目か。このクラス名字「あ」が先頭の奴多くね? 俺を含めて六人もいる。ここまで多いのは初めてだ。
「よっ、東海! なん組だった?」
俺に話しかけてきたのは宮本。腐れ縁というか、悪友と呼ぶべき仲間の一人。意外と思うかもしれないが俺にだって仲間はいる。
「宮本、お前と同じ2組だ。それより部活はどうする?」
「アスリート部に決まっているだろ。俺がここに入学した理由なんてそれしかないんだからな」
「だよな。あそこしかないよな」
アスリート部。
10年前の当初は運動部助っ人同好会という名前で作られ、運動部の助っ人をするのがその同好会の活動だった。しかし助っ人をするうちにガチ勢になって、同好会に所属していた卒業生達がアスリートになりオリンピックのメダリストになったりとスポーツ界を賑わせたお陰で同好会の人数が増え、5年前にアスリート部として活動するようになりこの高校もスポーツ校として有名になった。あまりにも有名になりすぎたせいで今では俺や宮本のようにアスリート部に所属する為だけにこの高校を選んだという生徒が多い。
しかしその一方で先輩達がアスリート部をガチにし過ぎたせいか入部テストは当然、練習もかなりきつい。聞いた話しでは1日どころか一時間も経たないうちに退部届けを出したなんて噂もあるくらいだ。それでも他の運動部に行ってもエースになるんだから恐ろしいとしか言い様がない。
更に言わせて貰うならここは公立高校だ。普通スポーツ有名校と言えば私立であり、某テニス漫画に出てくる学校もほとんどが私立であり公立はほぼなし、国立に至っては皆無だ。漫画の舞台でもあり得ない公立高校がアスリート部がいるおかげで全国大会にいったりする為授業料無料のスポーツ最強高校の名前を欲しいままにしている。
「お前ら、アスリート部に入るのか?」
そんな最中近付いてきて話しかけてきたのは金髪の二年生──上履きの色が二年生を表す緑色なのでわかった──の先輩だ。入学式に上級生は来ないはずだが一体何の用だろうか?
「そうですが、どちら様ですか?」
「こりゃ失礼。俺はアスリート部副部長の伊東金蔵だ。キンゾー先輩とでも呼んでくれ」
まさかの副部長。俺と宮本は顔を互いに見合せ、唖然としてしまうが鉄の表情筋で唖然とする様子を見せないようにしていた。
「それでキンゾー先輩は何故ここに?」
「おお、そうだったそうだった。教頭と打ち合わせしていたんだ」
高校二年生に呼び捨てられる教頭哀れ。
「教頭先生と?」
「そうだ。アスリート部の注意事項の説明を毎年入学式でやることになっているんだ。本来なら部活動紹介でその場面があるんだが、事前に説明しておかないとPTAが五月蝿いからな。それでその説明を俺が今年することになったんだよ」
「普通こういうのは顧問や部長がやるものじゃ?」
「東海、三年生達と顧問の先生は遠征に行っているから学校にいないのを知らないのか?」
俺が疑問に思ったことを宮本が答える。キンゾー先輩が頷いているのを見てそれが正しいことを示していた。
「遠征って何だよ……族じゃあるまいし。それよりも宮本、逆に聞くが何でそんなことを知っているんだ?」
「アスリート部の彼氏と付き合っている姉貴からの情報だ」
「ちなみに部長の連絡によるとロッキー山脈で自主練で来た登山部の三年生の生徒と山登りしているせいで、帰国するのが一日遅れているそうだ。その為、二年生の副部長たる俺に回ってきたって訳だ」
いや登山部なにしてんの!? ロッキー山脈で自主練習って自主練習の範囲超えているよ。ヤバい、アスリート部だけが非常識かと思ったら登山部までも非常識だ。
「おっとやべえ時間だ。放課後になったらアスリート部のところに来いよ。歓迎してやるぜ」
キンゾー先輩がその場から去り、体育館の方へ走り出す。流石アスリート部速いな。
「もしかして俺達も二年の春休みにロッキー山脈行かされるのか?」
「さあ……?」
宮本もそこまで情報を把握していないのか、唖然としているのかあるいはその両方か。いずれにせよぶっ飛んだ部活動だと言うのはわかった。
しかし、妙な違和感がある。今キンゾー先輩の行き先などわからないはずなのに場所まで把握している。頭の中で地図が出来ていて、そこにキンゾー先輩のシンボルがある。この感覚は夢にもあったマップ機能に酷似している。
試しに『メニューコマンド』と念じると世界が灰色になりウィンドウが表示された。
「嘘だろ?」
隣にいた宮本に話しかけるが何も反応が帰ってこない。それこそがこれまで起こってきた夢が未来世界、中世世界での出来事が本物だというには十分な証拠だった。未来世界に起こった出来事に寒気が立ち、鳥肌が立った。
「本当にあんな未来が起こるのか?」
そうだとしたら非常に面倒だ。未来世界においてもゾンビ問題は解決しておらず、地道に銃で殺すしか方法はない。しかもゾンビの方が圧倒的に数が多い為に銃で殺すにもじり貧でしかなく、地球温暖化以上の課題だ。
未来世界からゾンビを持ち込んでゾンビ対策をして貰うのが手っ取り早いが、それをした事によって本来生まれるはずのなかったゾンビが生まれ、あんな世界になったのではないかと思うとこの世界で出すのは慎重にならなければならない。
しかし幸いなことに俺にはメニューコマンドと異世界を行く力がある。それまでのことが夢だったら相手にされて貰えないだろうが、このメニューコマンドや異世界を行く力を使ってこの現実を救える。世界を救うなんざ本来俺の性に合わないがやれる奴は限られているし、何よりも現実がゾンビまみれになるのはもっと嫌だ。
「やるしかないか」
そして目の前に現れた『特定の条件〈現実世界でメニューコマンドを開く〉を満たしたことによりチュートリアル.12および13を開始します』を見て、うんざりするチュートリアルをやることにした。
チュートリアル。何でこんなものがあるのか謎だが、やるべきことはほとんど決まっている。そしてうんざりする理由も決まっている。長ったらしいからだ。
『チュートリアル12. 〈書籍を記録しよう〉。本を収納して下さい』
本なんて図書室にしかないのにどうしろと。鞄にある入学式のパンフレットも本になるのか? メニューコマンドをOFFにして違和感がないようにさりげなく鞄の中で入学式のパンフレットを手にして収納する。
『入学式案内を収納しました』
『次に収納した<入学式案内>を選択し、記録を選択して下さい』
記録と……おおっ、おぉぉぉ……!? 入学式のパンフレットの中身が脳にとろけるように吸収し、記憶する。それまで入学式のパンフレットなんざ目次くらいしか見ていないのに校長を始めお偉い方の名前、式辞まで頭の中から出てくる。
『チュートリアル12.〈書籍を記録しよう〉クリア。記録出来る書籍はレベルまたは解放Lvが上がるほど増えていきます』
レベルと解放Lvが上がるほど……? 今の俺のレベルは19、解放Lvは4だから最低でも23冊分は収納出来るのか? いやそんな単純なものじゃないだろう。チュートリアルが終わった後、確認してみるか。
『チュートリアル13.〈書籍の記録を削除しよう〉。先ほどのチュートリアルで記録した<入学式案内>を選択し、削除して下さい』
削除ね。しかしチュートリアルをやってて思うんだが、チュートリアルで解放出来るものは全て解放してヘルプの時にそれをやればいいんじゃないのか? 今の時代そういう時代だぞ。取り扱い説明書なんて物は昔の話だしな。
『<入学式案内>の記録を削除しました』
『チュートリアル13〈書籍の記録を削除しよう〉クリア。書籍の記録を削除しても削除してから3日以内であればゴミ箱から復元することが出来ます』
ゴミ箱って。とことんゲームみたいな奴だな。使えるものは使わせて貰うけどな。
入学式のパンフレットを鞄の中に戻しメニューコマンドを解除。まだ入学式も始まっていないのに精神的に疲れるとはどういうことなんだろうか。やっぱりアレか? ゲームで厳選も出来ないと精神力も弱くなるのか?
「宮本、そう言えば何時に起きた?」
「普通に5時だ。そのくらいに起きないとアスリート部になった時かなりキツイからな」
馬鹿にするわけじゃないがどんだけ意識高いんだよ……まあ俺も気持ちはわかる。むしろこのくらいのことをしないとアスリート部でついていけないからな。6時に起きた俺が意識低いだけの話だ。
「よくそんな早く起きられるな」
羨ましい限りだ。どういう理屈かわからないが俺の意識がある世界と他の二つの世界では時間の進み方が全く異なり、意識がある世界は他二つに比べ6倍の速さで進んでいる為にファンタジー世界で1時間早く寝ても現実では10分早く目覚めるだけに終わる……かもしれない。あくまで推測だからな。
「昨日筋トレしてたら疲れが溜まったからな。おかげで早寝早起きよ」
ニヒルな笑みを浮かびドヤ顔をかます宮本。
「それが原因でアスリート部のテストに落ちたらどうするんだ?」
「あ」
ドヤ顔が決まり過ぎてあまりにもイラッと来てしまい、辛辣に返事すると宮本が唖然として顔を青色に染めた。やっぱりこいつはバカだ。筋肉しか考えられないバカだ。それが俺と悪友でいられる要因なんだがな。
「……今日がテストとは限らないが、いざとなれば東海以外の他の奴を蹴落としてでもなればいいか」
ボソリと物騒なことを呟き、顔の色を元に戻す。こいつはやることが一々物騒なんだよな。何故宮本と悪友の関係かというとそれが大きく関わってくる。
「宮本、アスリート部に入ったら何の部門に所属するつもりだ?」
だから尋ねる。アスリート部は基本的にはどんなアスリートでも育成出来るが、部門を選択することでより専門的に学べる。トッププロを呼び寄せるので学校の経費がとんでもないことになるが、オリンピック選手を次々と輩出しているから経費を出す県も文句は言えないらしい。
話が逸れた。宮本がその部門を選ぶことによって反応を見れる。
「武術部門──武器を取って戦う競技──だな。あの時の経験も活かしたいしな」
あの時の経験。そう、あれは中学二年の夏休みことだ。やんちゃ盛りだった俺と宮本を含めた多数の悪友達は余りの暑さにトチ狂い、自由研究でどれだけ町外で道場破り出来るかをやろうと言うことになりそれぞれ道場破りしてきた。俺は人気のないプロレスの試合で乱入し、プロレスラー達を相手に取って戦ったが流石に本職相手では分が悪くピンチに陥った。それを助けたのが宮本だ。宮本はプロレスラーの足元を油で塗らせ滑らせた挙げ句、その隙を見計らってパイプ椅子で殴るだけじゃ済まさず、油を利用してリングを炎上させようとした。もちろん全力で止め、増援を呼んで宮本を回収したが、翌日プロレス団体から苦情が来たのは言うまでもない。それと同時に宮本限定でスカウトからも来たようだが。
とにかく、宮本という男は目的の為ならばそれくらいのことをする。俺も結構なトラブルメーカーだが、宮本はそれを超える。宮本の人生全てを一言で表すと修羅場としか言いようがないような生活を送っている。その修羅場を乗り越える為に筋肉をつけ、あんな炎上騒ぎが起きないように自分の力のみでねじ伏せられるようにしたいそうだ。如何にも宮本らしい考え方だ。
「武術かよ……プロレスとは程遠いぞ?」
しかし武術とは意外だな。格闘技──素手で戦う競技──を選ぶかと思ったんだがな。
「俺と同じ宮本姓の宮本武蔵と同じように、俺も字上手いから大丈夫だって!」
「それが理由かよ」
宮本が字上手いのは認める。書道5段だったか7段だったか覚えていないが書道の全国大会で上位者に並ぶほどには達筆だ。こいつが本気を出して筆ペンで百人一首の歌詞をプリントに書いたら、コピーさせて欲しいという要望が絶えなかった武勇伝も持っている。何でこんな達筆な奴が残念な脳筋なんだ?
「そういう東海はどうなんだ?」
「俺か? 俺も武術だ」
俺は対人戦の格闘技よりも魔物やゾンビにも通用する武術を学ぶ。格闘技は打撃技よりも関節技や寝技が強いから必然的に関節技や寝技を覚えた方が強くなる。
しかし武術の場合関節技や寝技は使えない。これはまさしくゾンビや魔物にも言えることだ。もし関節技や寝技をかけている間にゾンビに噛みつかれたらどうしようもないし、援軍を呼ばれる可能性もある。多数を相手に強くなるのであれば関節技や寝技に頼らない武術の方が強くなる。
「お前もかよ」
しかし何で宮本は武術を選んだんだ? 宮本の動機はあまりにも薄い。関節技や寝技を鍛えた方が余程良い筈だ。俺と同じメニューコマンドの所持者なら考えられるが……その考えが頭に巡った瞬間俺の心臓が跳び跳ねた。そうだとすれば全て辻褄が合う。合いすぎている。
メニューコマンドを開き、心拍数を下げるまで落ち着かせるとマップ機能を使って『メニューコマンド所持者』と検索する。もしこれで本当に宮本がメニューコマンド所持者なら検索結果に引っかかる筈だ。
『このマップ上には見つかりませんでした』
しかし俺の予想は外れ、宮本はメニューコマンド所持者ではなかった。それに安心し心拍数も下がるが、メニューコマンド所持者という強力な仲間になり得たかもしれないIFに想像を膨らませてしまう。いずれにせよこいつにも頼ることになるだろうな。
「そういうことだ宮本。俺とお前、どっちが強くなるか楽しみだぜ」
いくら高フィジカルでもそれが活かせないと勝てない。相手がゾンビであれ、魔物であれ、武術家であれ全てに言える。逆に言えば活かせれば全ての敵に勝てるということだ。武術を磨けばそれだけ勝てる可能性が高くなる。その武術を切磋琢磨し合える仲間が宮本だ。
「じゃあ入学式の後でな」
宮本が去り、俺もその場を後にして入学式の会場である体育館に向かった。
それではまた一週間後にお会いしましょう!




