臨終の際
酸素マスクをした夕子がベッドに横たわっている。
一度は意識も戻って小康状態を取り戻した夕子だったが、ここ数日は意識が混とんとする事が増え昨日の朝からは全く意識が戻らなくなっていた。
夕子のベッドの周りを家族と医師と看護師が見守っていた。誰も目にも彼女の死期が目の前まで迫っているのが分かっていた。
病室の隅にキューピッドとサリエルが黙って立っていた。
勿論、彼らの姿はここにいる誰にも見えなかった。
「なんだ、やっぱり彼女は見殺しですかぁ?」
とサリエルはベッドの夕子を見つめながらキューピッドに話しかけた。
キューピッドはそれには答えずに夕子の姿を見ていた。
ベッドの傍らには倫太郎が夕子の手を握って座っていた。
「夕子しっかりしろ。まだ逝くのは早い……」
と倫太郎は夕子に声を掛けていた。
彼女の枕元には大学の合格通知が置かれていた。
「折角、大学にも合格したんじゃないか。一緒に行こうと約束したじゃないか。まだ早いぞぉ」
と倫太郎は震える声で意識のない夕子に語り掛けた。
看護師の前田朋子が夕子の担当医の芦田に
「CPR、5サイクル終わりましたが、続けますか?」
と確認した。
「うん。その前にもう一度アドレナリン1.0mgを静注してから評価しようか」
芦田は測定器のモニターを見ながらそう言った。
「はい分かりました。準備します」
と前田朋子は答えた。
夕子の心臓はかなり弱っているようだった。あと数えるほどの鼓動で彼女の心臓は永遠に止まってしまうようにも見えた。
「まだ早いぞぉ……本当に……身代わりになれるものなら、僕が先に逝くのに……」
と倫太郎は夕子の手を握ったまま呟いた。
キューピッドの目が見開かれた。
その瞬間、倫太郎は自分の意識が遠のいていくのが分かった。彼の身体は夕子が眠るベッドに頭から崩れるように突っ伏した。
病室は急にあわただしくなった。
「倫太郎君!どうしたの?」
と叫んだのは看護師の前田朋子だった。
「行くぞ」
キューピッドはサリエルに声を掛けた。
「やっぱり、あんたは悪党ですねぇ」
とサリエルは笑いながらキューピッドと一緒に姿を消した。
2018.11.14 文章加筆。