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キューピッドと歩兵銃  作者: うにおいくら
~残された時間・I never lay down under my distiny~
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月夜の病室

 夕子は病室で一人で寝ていた。

電灯も消されて薄暗い病室には、カーテンが開け放たれた窓から月の灯りが差し込んでいた。


 彼女の顔には酸素マスクが被せられていた。腕には点滴が打たれていた。

呼吸は弱いながらも安定していたが、もうほとんど酸素が彼女の身体に取り込まれてはいなかった。

その僅かに取り込まれた酸素のお陰で彼女は命を長らえている状況だった。


 


 彼女は年が明けてから一度退院して受験に臨んだ。勿論医師の了解も得た上での退院だった。


試験の手ごたえは思った以上にあった。もしかしたらこれで倫太郎と一緒に大学も行けるかもしれないと彼女は淡い期待さえ持った。4年間でなくても良い。たとえ一か月でも一緒に通学できれば彼女は満足だった。


 医師も彼女の家族も彼女の健康が安定していたので、残された時間はまだまだあるのではなかいかと思いかけていた矢先に彼女はまた倒れた。


 彼女の身体は医師が一番危惧していた合併症が発症していた。

そこからは思った以上に病の進行は早かった。

今の彼女に残された時間はあとほんのわずかだという事は、もしこの場に人が居たら誰もが瞬時に理解したであろう。

彼女が医者と目標にしていた卒業式まではまだ日があった。



 いつの間にか電灯を消された薄暗い病室にキューピッドが立っていた。

彼はベッドに寝ている夕子を見下ろして

「済まなかった……遅くなった……」

と謝った。


 キューピッドがここに来るのは麻美と三人で訪れて以来だった。

彼の右手には水差しが握られていた。

その水差しは茶と青みがかった灰色の紅玉髄(カーネリアンの塊をりぬいて作られたものだった。植物の枝をモチーフに作られたヘレニズム様式のその取っ手がとても綺麗だった。そこに施されていた透かし彫りが月の灯りに照らされて印象的な影を現わしていた。それがこの水差しの中身の水がただの水ではないという事を醸し出していた。


 彼は夕子の酸素マスクを取ると持って来た水差しから彼女の口に水をほんの少し含ませた。

 

 意識が無いはずの彼女だったが、その水を飲み込んだ。

それを見届けるとキューピッドは黙って酸素マスクを元に戻して暫く夕子を見つめていた。

そして静かに部屋から出て行った。








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