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キューピッドと歩兵銃  作者: うにおいくら
~残された時間・I never lay down under my distiny~
41/59

サリエル

「おい! お前、こんなところで何をしている?! お前が来るのにはまだ早いだろう!」

と屋上の柵を背にキューピッドが声を荒げて聞いた。空は夜のとばりが降りて街の灯りが輝いていた。

 

 黒い影は

「まあ、そうですねぇ。確かにまだ早いですぅ」

と答えながら姿を現した。


 それは上から下まで黒ずくめの男だった。

頭のてっぺんからパーカーのフードを被り、細身で華奢な背格好もキューピッドに似ていない事も無かった。

その声は中性的な声で男とも女ともまだ子供ともとらえられるような声だった。


「久しぶりですよねぇ、キューピッド。まさかこんなところでお会いするとは思いませんでしたよぉ」

とフードの下から不気味に笑った。


「それは俺もだ! 何故こんなに早くここに来る? お前はいつからそんなに働き者になったんだ?」


「私は昔から働き者でしたけどねえ……特にあなたとコンビを組んでいる時はよく働いたと思いますが……」

とフードの下で白い歯が微かに見えた。


「それはいつの話だ。もう忘れた」


「なにを仰いますやら。ほんの五百年ほど前の話じゃないですかぁ……冷たいなぁ」


「ふん! そんな話はどうでもいい。兎に角、何しに来た。お前が来るのはもう少し先だろう?」

キューピッドの声には若干の怒気が含まれていた。


「はい、その通りですよぉ。でもね、うちのボスにね『キューピッドがちょろちょろしてるな』って心配していたもんでねぇ。それで僕がここに来たわけなんですぅ」

と人をおちょっくたような口調でキューピッドに話した。何故だか知らないが、兎に角可笑しくて仕方がないのを噛み殺しながら話をしているようにも聞こえた。

しかしそれはこの男のいつもの話し方の様で、キューピッドは慣れたように受け応えしていた。


「なに? 原因は俺か?」


「はいぃ。そうなんですぅ」


「ち!」

と言ってキューピッドは視線を柵越しに街の灯りへと移した。


「それにしてもなんでお前が来るんだ? サリエル。いつもならこれはタナトスの仕事だろう? わざわざお前が出てくる事はないだろう?」


「普通はねぇ……そうなんですけどねぇ。この子はねぇ。本当に命の綺麗な(なんですよぉ。これほど穢れを知らない魂を送るのは僕の役目でなくてなんなんでしょうか?」

そういうと彼はフードを取って顔を上げた。

 切れ長の目が印象的なサリエルと呼ばれた男は神の玉座に侍る大天使(アークエンジェル)の一人。死を司る天使だった。魂の犯した罪を冷徹に見定めるその瞳は、悪人には恐怖だが善人には慈悲に満ちた光で(いざなう。彼の瞳は邪眼(イーヴィルアイ)だ。そのまなざしは人を死に至らしめる事もある。


そう、彼は死を司る天使。人はそれを『死神』という。



「まあいい。で、ハーデースは他になんて言っていた?」


「そんな事聞かなくてもわかるでしょう?『何故キューピッドが彼女の周りをウロチョロするのか?』以外の何があるというのですかぁ?」


サリエルはキューピッドの表情を窺うようにじっと見つめて言った。


「そんな事は分かっている。『何故ハーデースがこんな小さな事を気にするのか?』というのを聞いているんだ」


「さあ? それは分かりませんねぇ……本人に直接聞いてみてくださいよぉ」


「はぁ……お前に聞いた俺がバカだったよ」

とキューピッドはため息交じりに肩を落とした。


「なんでもいいですけどぉ……この彼女にいたく御執着ですよねぇ……ククク」

と今度は本当に笑いをかみ殺しながらサリエルは上目遣いでキューピッドを見た。


「うるさい! そんな事はない!」


「本当ですかぁ? また人間の女を好きになっちゃったんじゃないんですかぁ? プシューケに怒られますよぉ」

と人を食ったように……いやこの場合神を食ったような態度でサリエルは上目遣いのまま聞いた。


「違う! そんなんじゃない」


「それなら良いんですけどね……こっちまでとばっちりは御免ですからねぇ……」

と絡みつくような話し方で疑い深くキューピッドを見た。


「本当は彼女には関わるつもりは全くなかったんだが、ひょんなことからこうなってしまった。そうしたらあの潔さはどうだ? あの命の置き処の見事さはどうだ? お前になら分かるだろう?」

キューピッドはさっきまでのぞんざいな態度ではなく、真剣な表情でサリエルに向かって話し出した。


 サリエルの瞳が怪しく輝いた。

「そりゃぁ、分かりますとも。だから僕が彼女に付いたんですから……」

サリエルの声のトーンも少し変わった。


2020.08.15 誤字修正。

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