言いがかりとは理不尽なものだ
「でもキューピーさんって本当に成長したのね。幼児体形から立派な大人になったのね」
麻美は少しこの男に慣れてきた。男をじっくりと観察する余裕も出来てきたようだ。
「まあ、神も成長するからね……って違うわ!ギリシャ時代から僕はこの姿なの!」
とキューピッドは吠えた。はっきり言ってさっきから愛の神はもう説明するのにも疲れていたのだが、あまりにも麻美の無知ぶりが酷いのでさすがの神様もキレかけた。
「れ?そうなの? ごめんなさい! 全く知らなくて……」
麻美は慌てて謝った。それと同時に目からうろこが落ちたような衝撃を受けた。
――そうだったんだ。キューピーさんって元々はイケメンだったんだ!――
衝撃というより感動だったかもしれない。
「まあそれは良いとして、少しは僕が愛を司る神キューピーいやキューピッドって少しは理解して貰えたかな?」
「うん。ちょっと悪魔チックだけど理解したわ」
麻美はキューピッドの顔をじっくりと見た。そして彼が相当イケメンである事を再確認した。
――こんなにイケメンのキューピッドって反則よね――
と彼女は思った。
「で、ターゲットは誰かな?」
キューピッドはやっと自分のペースを取り戻したように麻美に聞いた。
麻美は、はっと我に返ったような顔をしたが、すぐに俯いて
「同じクラスの高畠翔君」
と呟くような小さな声で言った。麻美は自分で言っていながら少し恥ずかしかった。顔がほてってくるのが分かった。
「ふむ。高畠翔ね。了解。それじゃあ今から行ってくるか……」
そんな麻美の様子なんかどうでもいいような感じで一言そう言うとキューピッドは立ち上がった。
「ちょっと待って?」
「なに?」
「今から矢を放ちに行くの?」
「矢?」
「うん。だってキューピッドって空から矢を打つんでしょ?」
「ああ、それはローマ時代までの話ね。今はこれだよ」
キューピッドはそう言うとどこからか銃を出した。
「え? それって銃?」
「そうだよ。今どき、矢なんて放つなんてありえないでしょう?」
キューピッドは窓に向かって小銃を構えると
「これね。三八式歩兵銃なんだけど、僕のお気に入りの銃なんだ」
と自慢げに麻美に言った。
――いやいや、有り得ないのはあんたの方だわ――
と麻美は心の中でそう思ったが口には出さなかった。
しかし
「さっきからこれまでの私のキューピッド像をことごとく破壊してくれているわね」
とキューピッドに向かって言った。
「え?そう?」
「なによ。何が散髪式歩兵銃よ」
「散髪ではなく三八。間違っても髪を切ったりはしないし、髭も剃らない」
「どっちので良いわよそんなもの。なんか腹立って来た」
「なんでだよ?」
「私がどんな思いで彼に告白したと思っているのよ」
「まあ、それは分からないではないけど……」
キューピッドは麻美が何に腹を立てているのか全く見当もつかなかった。
しかし、彼女には彼女の言い分があるのだろうと少し聞いてみることにした。
「こんな幼気な撫子が自分の人生の全てをかけて告白したのよ。それを何よ。キューピーだが3分間クッキングだか知らないけど何よ! 人の事馬鹿にして! 何が散髪歩兵銃よ!知らないわよそんなもの!」
はっきり言って完全に麻美の言いがかりだった。そのセリフはそもそも麻美をふった高畠翔にこそ言うべきセリフでもあった。麻美も自分で言いながら、それは理解していた。でも言わずにおられなかった。誰かにこの行き所の無くなった感情をぶつけたかった。
要するに麻美自体も何に腹を立てているのかがよく分かっていなかった。
キューピッドは黙って聞いていた。
「そんなもんで撃ったら死んじゃうでしょ!!」
「いや、それを言うなら弓矢でも死ぬよ」
「なによ!」
もう完全に言いがかりだった。