「知らないほうが、どうかしている」
真夏は自分をいさめつつ、仕官の道を探した。
「真夏。大伴真夏じゃないか」
焦燥の疲れのため、大学寮の階に腰掛けていた真夏は顔を上げた。意外そうな顔をした男が、軽く片手を上げて近付いてくる。
「今出川実篤か」
腰を上げた真夏の顔を、実篤がまじまじと見つめた。
「ずいぶんと疲れた様子だな。姫の傍にいたんじゃないのか」
実篤の問いに、真夏は力無く微笑んだ。何かあるなと察した実篤は、真夏を誘い人気の無い木陰へと進んだ。
「どうした」
「どうもしていない。いや、できていないんだ」
「どういうことだ」
「朔姫が柳原邸に保護されているという話は、知っているな」
「知らないほうが、どうかしている」
実篤はわざと軽い口調で答えた。真夏の心の疲れをおもんぱかり、気遣ってくれているのだと知れて、真夏はふっと凝り固まっていた心の息を抜いた。
真夏は柳原家の迎えが来てからのことを、かいつまんで説明した。
「このままでは、姫がどのような扱いになるかわからない。だが、無位無官の俺では、どうしようもない」
真夏は悔しげに、大樹に拳を打ちつけた。その木に、実篤が背を預けて空を見る。
「どんな役職でもいいのなら、手っ取り早く手に入れられる可能性があるぞ。あくまで可能性というだけで、確実にというわけではないがな」
真夏がおどろいて実篤を見た。それに、実篤はニヤリとする。
「笛が得意なんだろう? 相当の名手と聞いた」
「誰に」
「おまえの兄、冬嗣にだ」
「ああ」




