朔は自分がたのもしく感じられた。
物語の姫は去り行く女房を引きとめもせずに、ただ自分の境遇を嘆くばかりだった。残った者たちと公家の姫らしい暮らしを細々と続ける中、通りすがった公達の哀れみを受け、その者に引き取られて幸せになった。
そんな都合の良い救いの手が、自分にくるとは思えない。第一、都から二日もかかる場所を通りすがる公達など、いようはずも無い。
だったら、今のこの状況で、この場所で、出来ることを選ぶしかない。
朔にそう思わせてくれたのは、その勇気をくれたのは、真夏だった。
「姫は、お強うございますね」
「芙蓉がいてくれるからよ」
それと、真夏がいてくれたから。
心の中で、朔はそっと付け加えた。
必ず守り抜くと言った真夏の声が、朔の心に響いている。
(私は、守ると言った彼を守るべき立場なのよ。彼の主は私。父から離れてこの別荘に来た者たちの主は、私なのだから)
真夏に「守る」と言われて勇気を得た自分に、彼や芙蓉をはじめとした別荘の者たちを守らなければと思えた自分に、朔はクスクスと喉を鳴らした。
「いかがなされました?」
「なんでもないわ」
(守ると言われて、おとなしく守られていようと思わないところが、私らしいわね)
朔は自分がたのもしく感じられた。
◇◇◇
人の数が減り、里の子どもたちも帰った別荘は、いつもよりも風通しが良いように感じる。
朔は夕暮れの空を、ひとりぼんやりとながめていた。
太陽が赤さを増して、ゆっくりと沈んでいく。
群青の空が広がり、星々がまたたいている。
ひっそりと吹く風はぬるく、朔は日光の名残を含んだ風を吸った。
ふと思い立ち、笛を取り出す。琴は苦手だが、笛は得意だ。
人の気配の減った屋敷の、どこかさみしさを漂わせる静けさを、笛の音で包もうと思った。
朔はそっと唇を寄せて、やわらかな音を発した。
朔の奏でる音が風とたわむれ、空へと吸い込まれていく。その音に、朔は思いを込めた。
父や兄、姉の無事や、都に戻った者たちの安寧。この場に残った者たちの行く先が明るいことを祈りながら、しずしずと音を奏でる。
(一人じゃない。大丈夫よ。私は、一人じゃないもの)
ともすれば不安がふくらみ、たよりなく情けなく震えはじめる心を、朔はなだめた。




