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「ああ、つまらない」

 さやさやと流れてくる風が心地いい。


 朔はうんと伸びをして、深緑の香りが溶け込んだ空気を吸い込み、体に満たした。


「都を離れると、のびのびできるわね」


 朔の心の底からの言葉を聞きとがめる者は、ここにはいない。朔の父が、都から離れた場所に別荘を作り、彼女にとって気安い女房ばかりを揃えて、遊びに行くようすすめたのだった。


 女房とは身分の高い女性使用人のことであり、朔はすなわち姫君ということになる。ただの姫ではない。朔の父・久我久秀は左大臣である。平安の頃、左大臣といえば政務の一切を取りしきる長官。その娘である朔は出世を望む若い公達らの、憧れの的でもあった。けれど朔は高貴な姫らしく振る舞うことを苦手としており、窮屈だと感じていた。そんな娘のために、朔の父は貴族のあれこれに縛られぬ、けれど都から二日程度で来られる場所に、別荘を作ったのだった。


「姫様。もうこんなにも文が届いておりますよ」


 衣擦れの音も涼やかに現れたのは、朔の一番近くに仕える女房、芙蓉。おっとりとした物腰の美しい娘で、彼女を姫と間違える者も少なくなかった。その芙蓉の手にある盆に、多くの恋文が乗っている。


「もう。そういう面倒くさいことから解放されたくて、都から離れた場所に来ているのに」


 ほほをふくらませた朔は、ぷいと顔をそむけた。芙蓉が笑んだまま首をかたむける。さらりと豊かな黒髪が、肩からこぼれた。


「贈り物も、たくさんございますよ」


「みんなで適当に分けてちょうだい。ああ、つまらない」


 朔は高欄にあごを乗せ、言葉どおり憂鬱をたっぷりと含ませた溜息をついた。こんな姿を屋敷に残してきた女房らに見られれば、どんな説教をされるかわからない。それ以前に、人に顔を見られるような所に気楽に出ているということ自体が、はしたないと叱られる。それが朔には窮屈でならなかった。深窓の姫君でいなければならない暮らしが、とてもつまらない。


「だいたい。その恋文も私ではなく、お父様のお力添えが欲しくて送ってきているものでしょう。左大臣の婿になったら、出世が出来るものね」

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