出前の神様
ここはとあるファンタジー世界。
魔王が世界征服を企み、勇者が魔王を倒すために冒険している。
どこにでもある普通の世界だ。
そんなある日、魔王が「願いを叶えるドラゴン」の召喚に成功した。
《我が名はエンシェントドラゴン。貴様の願い、叶えてやろう》
『この世界を手に入れたい!』
《我にそこまでの力は無い》
そうですか。
『不死身の身体を!』
《我にそこまでの権限は無い》
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
『古の最強魔法を授けてくれ!』
《そんなのは嘘吐き野郎が勝手に作った創作だ》
なんだか口調もおかしくなってきた。
『魔王城の老朽化が酷いので、増改築をお願いします』
《俺の知り合いに大工は居ないなぁ》
ついに一人称が俺になった。
~ 3時間後 ~
結局、最終的にエンシェントドラゴンが叶えた願いは……
『あらゆる外食店は出前を断ってはいけない。注文から1時間以内に料理を届けなければならない。もしそれを破ると、地獄の業火に店を焼かれる。でも、物理的に絶対不可能だろ! みたいな出前はしなくてイイよっ』
という、よく分からないものになった。
自分でもどうしてこんな願いをしたのかは分からない。
どちらにしても、この世界の出前は注文から1時間以内に到着するようになったので、これからはずいぶんと暮らしやすくなりそうだ。
……と軽い気持ちで思っていたが、後に家臣達から「外食産業が壊滅しますぞ!!」と、ものすごく怒られた。
◇◇◇ それから数年後…… ◇◇◇
「この店はもうおしまいだああああぁ!!!」
店の奥の厨房では店主が泣き崩れ、ショックで倒れそうになった奥さんを、看板娘のバイトの子が支えていた。
「大将、一体なにがあったって言うんだい?」
常連客のひとりが問いかけると、大将の手には一通の手紙が。
どうやら伝書鳩を使って送られてきたらしい。
その内容は……
『唐揚げ定食 (チャーハンセット)1つ』
差出人の署名には「迷いの森の魔女リンナ」と書いてあった。
「なんてこった……。あんな魔境から出前を依頼するなんて、鬼畜にも程がある!」
皆がざわつく中、大将の頭の上に59:59……59:58……59:57……刻々と変化する文字らしきものが浮かび上がってきた。
「ちくしょう! 出前が受理されやがった!」
そこに何が書いてあるのかは誰も読めないのだが、00:00になると同時に店が爆発するというのは周知の事実だった。
無駄だと分かっていても、大将は泣きながらフライヤーに衣付きの鶏肉を放り込んだ。
「うっうっ、ひいじいちゃんの代から継いできた店がこんな事で終わるなんて……」
ガタッ!
店の奥で独り飯を堪能していた男が立ち上がり、つかつかと厨房に歩み寄ってきた。
「この店の料理は素晴らしいな。まさかクラゲがこんなに旨いとは思わなかった。コリッコリだぞコリッコリ」
一瞬、店が静まりかえり……再び大将は泣き出した。
「オメエ、空気読めやっ!! 今がどういう状況か分かってんだろ!!?」
男の周りを常連客が囲んで苦言を吐く。
「分かっているさ。この素晴らしい店を未来永劫残すため、1時間以内に料理を届ければ良いのだろう?」
男の言葉に周りがざわつく。
「迷いの森と言えば、一度入ったら出られねえと噂の魔境なんだ。しかも、その森に住む魔女の家に出前を届けるなんて……」
「お前ら、それでもこの店の常連か?」
男の言葉がグサリと刺さる。
「だったら、誰が出前に行くってんだ!!!」
常連客の言葉に、男はニヤリと笑いながら親指を自分に向かって立てた。
- 残り時間 52:35 -
疾風の如く店を飛び出した男の左手には岡持。
街の北門に待たせていたランナードラゴンに飛び乗ると、迷いの森まで一直線に移動した。
- 残り時間 46:10 -
ランナードラゴンを森の入り口で待たせ、男は森の中に飛び込んで行く。
しばらく走って木々を抜けると……
『キュイ?』
男の目の前でランナードラゴンが首を傾げていた。
「なるほど、人除けか……」
今度は「ディスペル」と呟きながら男は森に飛び込んで行った。
- 残り時間 35:00 -
男は高い木の上に登って周りを見渡すものの、屋敷らしきものは見当たらない。
きっと、木々よりもずっと背の低い、小さな家なのだろう。
「……こんな馬鹿げた場所から注文するバカ野郎なら構わんだろう」
そう言うと、男は木に登ったまま呪文の詠唱を始めた。
森の上に真っ黒な雲が立ちこめ、まるで真夜中のように真っ暗に。
「出でよ、神の雷!!」
猛烈な落雷が、北西のとある一角に落ちた。
それを見た男はニヤリと笑う。
- 残り時間 29:29 -
「はゎー………」
男がそこに到着すると、倒壊した家屋の前で呆然とする女が居た。
「ふむ、23分6秒か。我ながら悪くないタイムだったな」
ドンッと女の前に岡持を置くと……
「唐揚げ定食 (チャーハンセット)一丁お待ちっ! お代は12000ボニーだ」
男が右手でお代を催促するものの、女は動かない。
しばらくして、女がギギギ…と首だけ男の方を向けて口を開いた。
「家でのんびり昼ご飯を待ってただけなのに……」
「飯が届くまでの時間を愉しむ心の余裕は大切だな」
「全力の対人落雷魔法が飛んできたんだけど……?」
「全力ではないぞ?」
「やっぱりお前の仕業かああああ!!!」
逆上した女が飛びかかったものの男がヒョイと避けたため、女は顔面から地面にスライディングした。
「うぅ……」
「じゃあ、お代はしっかり頂いたぞ」
男の言葉にハッとなった女が、胸元を探る。
「私の財布っ!? あと、胸触ったでしょ!!」
「8000ボニーはチップだ。それと、お前の貧相な胸では駄賃にもならんな」
「なあああああああっ!!!」
再び逆上して女が飛び込んだものの、今度はミズナラの幹に顔面からぶつかった。
「ではサラバだっ!」
「ちょっと! 逃がさないわよっ!!!」
森を走り去る男の後ろを全力で女は追いかけた。
これは、後に「出前の神様」と呼ばれる二人の冒険の始まりの物語。