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 『おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなしものはこころなりけり』。


 これは明治維新の少し前、身分にらない志願兵による奇兵隊を結成した高杉晋作の辞世の句である。大まかに括れば、世の中とは心がけしだいで人生ハッピーになれるということらしい。

 そして、これこそが俺のモットーなのだ。

 何度も言うが、宇宙人のような別惑星の知的生命体の存在も信じていたいと思い、この世にはばかるファンタジーとやらが存在しているなら全てに首を突っ込みたいとも考え、さらに世の中の不思議な事は探索したいし、奇譚きたんな話があればのめり込んでしまうほどに魅了されてしまうとも言った所以ゆえんである。

 つまりは、そういうことを考えていたほうが人生面白いに決まっているということ。

 これは例えばの話だが、宇宙には物質が密着して火の玉のように熱くてその概念がビックバンと呼ばれていて、このとき飛び交っていた素粒子が水素やらヘリウムやらという原子が発生したという一般常識が存在している。そのことの原因となったのは宇宙が絶え間なく膨張しているからであるのだが、そんなお堅い話よりかはどこかの特撮アニメかなんかみたいに宇宙人が秘めたパワーを発揮して宇宙空間を拡大してしまったとか言う話のほうが興味が湧いてしまうものなんだよ。

 だからこそ、こういうふうに楽しいことを考えるのもありなんじゃないかとは思うわけだ。

 しかし。

 けっして触れてはいけないラインってものが存在することも俺は知っている。

 それは神に関することであったり、戦争関連のことであったりと、禁忌とかタブーってもんは下手に踏み込んではいけないもの。あの触らぬ神にたたりなしと言われそうな現象のことである。

 まあそこらへんの曖昧な考えが俺自身の中途半端であって、面白いことを求めてやまないのにピエロに徹しきれないところなんだろう。といっても危ないところに首を突っ込んでまで楽しむ死にたがりの道化師ではないといえばいいか。


 おっとっと。結局は何が言いたいかというと、その触れてはいけないことというのは今日の昼休み時のユカリの変化であって、もう史上最大級におかしかったことだ。

 あの幸福の境地とも言える屋上での出来事から一時間後、まるで惚れ薬でも飲まされてその効き目が切れちまったんだってぐらいにいつものつんつんとした彼女に戻った。

 あれは、あの時限定で魔女の呪縛とか六星仙術でもかけられたのだろうかってぐらい。それこそ天と地がひっくり変えてしまうほどにおかしかった。

 だが俺には、これに対して心辺りがないとはいえない。

 それはユカリが一週間も前から変わってしまったとも言えるからだ。あの摩訶不思議な夢を語ってから沈黙の潜伏期間を経て、そして今日の異常ともとれる行動から元通り自由奔放な小早川に戻ったことだ。

 あー、何を意味しているのか全くわからん。

 またこうなったらどうするんだよ俺。

 どうこの謎に立ち向かえばいいんだ? 

 でも、あの時のユカリなら願ったりかなったりじゃーないか?


「ハルくぅ――――ん!!」


 そんなことをつらつらとベットで寝転びながら考えていたら、大きな声と階段を登ってくる音が聞こえてきた。そして勢いよくドアを開け放つ音まで予想通りだ。バターンと。


「ハルくんハルくん、しゅくだい教えて――っ!」


 快活な声とともに俺の部屋に入ってきたのはやはり妹か。宿題か。

 それにしてもな……。

 この我が妹はだいぶ昔(といっても五年ぐらい前だが)に、俺の母さんがお兄ちゃんって呼ぶことを禁止しやがってからハル君と呼ぶようになっちまった。母さん曰く、お兄ちゃんと呼ぶ値しないらしいとさ。そんなの知ったこっちゃねえーよな。

 こちとて母さんのことをママン、お母上、聖なるマリア様、母なる大地の源よ、なんて呼ぶのは、嫌いな奴に狂おしいぐらいの愛を世界の中心で叫ぶのと同意義だ。いやそれ以上だ。

 ってまあ、そんなふうに呼ばせる母親なんてこの世に存在しないから、普通に母さんって呼んでいる、というわけでもなかった。はっきり言って今の時期ってやつは、母親のことをなんて呼ぶかに困惑する時期だ。おふくろではしっくりこないし、かあさんじゃこっぱずかしい感じがする。微妙に繊細な時期ってやつか?

 ていうか、そんなことはかかさまトークは置いといて、俺は思うことがある。

 それは妹を持つ身として一度でいいから、「おにい〜ちゃ〜ん」なんて『い』と小さい『や』の後をにょろにょろって波線を引くぐらいに延ばして呼んで欲しいわけだ。あるいはちょっと舌足らず雰囲気で『お』の文字が『ほ』に変換するぐらいな「ほ兄ちゃん」でもいい。それとも『ち』と小さい『や』と『ん』を排除して『い』の部分を小さくして『おにぃ』でもいいな。

 …………。

 どうやら今考えたことの全ては、摩天楼よろしく三百階建ての高層マンションの屋上ぐらいからダストシュートしなければならないほどのくっだらない妄想らしいな。いやそれだけでは物足りない。ペリカン便にでも乗って太平洋のど真ん中でポイと捨てちまいたいぐらいか。なんだこの喩え?


「ハルくんハルくん、助けてぇー。手伝ってー。ハルくんならなんでもできる」


「おい……」


 なあ、アキよ。俺は超人ハルクじゃないぞ。

 見てみろ。俺の血管から浮き出ている血は情熱の赤だ。

 あーダメだ、もうあれだぜ。

 このどこまでも続いていきそうなアホの思考回路から乖離かいりさせるために、それに我が妹にも人生の訓示というものを与えてやるためにもナルシストの仮面をかぶらざるをえないな。だからしっかりと決めこんで言ってやるよ。


「いいかアキ、大事なのは結果より過程なんだぜ」


「へっ?!」


 現実世界とやらは宿題ばかりを提示して、答えはそう簡単には教えてくれない。だがさ、そこが人生の面白いところなんだぜ、ってことを兄貴として伝えなければいけないからな。

 それに、これは自分にも言い聞かせてるんだ。

 最近の小早川や謎の新原、彼女たちは俺に宿題を与えているのかもしれない。だったらその結果――要するに帰結する原因を求める今の過程の方が大事なんじゃないかー?

 だが、そうやってまた思考の海に溺れている間に、ちょんまげヘアーの我が妹は「あちゃー」と呟き頭を抱えてしまったわけで、俺はもうこれ以上余計な事は考えずに目の前の宿題に没頭することに決めこんだ。

 でもよ、全教科持ってくることないだろー。


「だってわかんないんだもの」


 そのパイナップルヘアーを切っちまって、ザンギリ頭にして叩いてみればなにかわかるかもしれないぞー。我が妹よ。





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