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――カンカンカンカン
遮断機が俺の行く手を阻むように――というか、だから遮断機なのだが当然ではある。ともかく、この都立武蔵桜高校(都立校にしては小規模の六クラスであり生徒の学力は中の上。しかし新設校の試みからか、やけに特色のある校風と部活動を基本としている。それに外観の秀麗さから人気が高まり入学試験の倍率が上昇中の学校。これが世間一般の評価である)に向かうまでの踏切はオレンジの列車が通り過ぎるまで長い間待ちぼうけというわけだ。
まあ、この踏切によって高校生になった実感を感じるのだがな。
ただし。
入学してから一週間も経てばいい加減こいつが開く時間帯も分かるはずなのだが、敵もなかなかの策士でダイヤの乱れやらなんやらを頻繁に誘発させ、踏切が閉まる時間帯を微妙にずらしてきやがる。
これは大問題なのかもしれない。
と、嘘ぶいてみたけれど、そんなことよりももっと大きな問題が転がっていた。
それはここ最近のユカリが普通に静かで大人しくて、俺が右を向けっていったら右を向いちまうぐらい献身的で……はいはい、そこまではありえません。
でもさ。あいつ、人が変わったように静かになったんだ。
あの変な夢の話をしてから。そう、あの入学式の日に無理やり付きあわされた喫茶店での出来事以来様子がおかしいということになる。
だとしたらあの夢の内容が気になるわけでして、最初はそうたいしたもんではねぇよと思ったのだが、こうやって非現実的な一週間を過ごしているとそのことが妙に気にかかるもの。
よくよく考えると、あの時の話がやけに精巧であって、緻密にプロットを立てたらSF的な小説でも作れそうなリアルティのある話と言えてしまうわけだ。
だからこそ俺は、フロイトやユングの夢解析理論を引っ張り出してみたのだが、そこには不安定極まりない夢世界に飲み込まれてしまうという話しがあったりしてあまり気分のいいものと言えなかった。しかもこの話は、今の現実世界の不安や憂鬱から外面世界にある抵抗原理を生み出してしまい、それを夢という内面世界に潜り込んで解決できるかどうかって話になっちまうらしい。
って、考えすぎだろう。
小早川のあの態度は、速すぎる五月病か遅すぎるエイプリルフールか。
あるいは俺と話すのはもう億劫になったとかだ、きっと。
それよりもあのときは、俺に喫茶店の代金をおごらせたことの方が酷かった。
それに対して文句を言えば、「なによ! 男の子でしょ! こんなところで」なんて一点張りだった方が一大事ではないか。
俺達は筒井筒ともいえる幼稚園のときからの関係。今更そんなこといわれても、少しばかり美人になろうとも駄目なわけだ。
ホントあの時は、入ってすぐにしっかりと注文を頼み、それと新原 紗希という存在がよほど疎ましいのか烈火の如く話しまくり、しまいには人の頭をポカリと叩きだす小早川だった。それに対抗したのは不用意に乱れた前髪を直す右手だけという有様。
これじゃあこっちが無理やり連れだして、はたからみればデートまがいのことをやって無理やり告白して機関銃のごとく欠点を言われまくり断られ、しつこく交際をせまろうとするもそれも叶わず殴られたみたいじゃねーか。まったくだ。
どういう頭の構造しているんだか、我が幼馴染の小早川ユカリさんは。
でも、どうしたんだろーか。
すると、「よっ!」と気の抜けた掛け声とともにどうやら背中を叩かれたみたいだった。
振り返るとそこにいたのは斎藤。中学の時少しばかり付き合いのあったやつ。
こいつは常に明るくておちゃらけていて誰とでも気さくに話すやつだったな。
ちなみに付き合いといっても挨拶程度だったか?
「おー。斎藤」
「俺達同じクラスだろ? 話かけてこいよ」
うむ。この一週間、小早川 紫と新原 紗希のことでいっぱいいっぱいだった。
だがそれよりもな、斎藤。
俺がおまえと同じクラスだったとは。う、うろ覚えなのはそう責められないよな。いや、一週間もあればそんなことはないかもしれないか。
「す、すまなかった」
「はぁ?」
思わず口をついて出てしまった俺の言葉に呆然とする斎藤。
だが、世の中ってのは知らなくていいことの方が多いからこれ以上のことは言えん。
しかしだ。そこからの申し訳なさというわけではないんだが、この劣悪なる朝のラッシュ地獄に開かなくなった踏切を眺めながらもうだつの上がらない話をし始めようではないか。
「なあ、斎藤、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「へいっ?」
「部活の話でもしていいか?」
「ああ、別に構わんけど?」
その返事を確認して、俺はあまりよく説明を聞いていなかった部活動の登録の件についてを聞いてみた。
つまり悩むことなく即決で文科系に決めたのはいいのだが、自分の中での新たな懸案事項の一つとなってしまった文芸部の存続状況についての質問をしていたのだ。
なんでも新入生ともどもに配られた冊子とやらには、今年度初めの時点で文芸部の部員が誰ひとりいないらしい。ということは、前年度で部員だった三年生が全て卒業しちまったってわけであって、そういう場合はどうするんだろう、などと愚痴半分で話しかけていた。
そしたら斎藤は、「ああ、それは角川の先公に相談してみろよ」と言い、含みのある笑いを浮かべながらも「それよりさ、文芸部なら俺いろいろと面白い話知っているぜ」と続けたのだ。
そしてその後の齋藤は文芸部の噂の真相についてをやったらめったらと話し始め、俺は話の合間に彼が何部に入るかを尋ねてみたりもしていた。
そんなことはさして興味はなかったのだが、とりあえず聞いておくだけのつもりでだ。
すると「天文部だぜー」とにやけた顔つきで言いやがったのだよ。
似合わないな。女の子目当てか? まあ、どうでもいいけど。
「じゃあさー成瀬、俺もおまえに聞きたいんだけどな、あの小早川はどうしたんだ?」
一通り眉唾話を語り終えた斎藤が次にふってきた話題は小早川のことだった。
偏屈な顔して聞いてくるがその中にはある種の好奇心が見て取れる。それは最近の小早川があまりにも静かだから、おまえが手なずけたのかとでも言いたそうな目線だった。
「あー、玉けりやんじゃねぇーの?」
テキトーに答えてはぐらかしてやる。まあ、概ねあっているだろう。
なぜなら小早川ユカリという女の子は、あのサッカーのナデシコジャパンを目指しているのだから。あいつの容姿だったらおしとやかな大和撫子にもなれるのに。これじゃあ世のおなごの体育会系的分野にしか道がありませんでしたよ、的タイプの人間に怒鳴れちまう。選択の自由があるホントもったいないのだが。
「そうか……」
しかし、なぜか言いにくそうに口籠るふりをする斎藤。
「どうした?」
「あのな成瀬、どうも勝手が違うみたいなんだ。サッカーを止めるらしい」
「え、あ……」
マジかよ。小早川のやつ、夢の後先追いかけて道半ばで破れたり、とかか?
あーでもこれでいいのか。
おしとやかさんになれるのだろう。
――って今がそうか。いやそれよりも、
「なんで? どうしてそれを知っているんだ?」
「あれだよ、俺と小早川、席が近いだろー。だから聞こえちまったんだよー」
こんな話を聞いてもやはり信じられなかった。
「うそだろ」
「いやホントだ。しかも、本を読みたいとまでいってたぞー」
今まで生きてきた中で小早川が本(読書という目的で)を開いているところは見たことがない俺は、この踏切へと向かってずっこけそうになってしまったのは仕方のないことかもしれなかった。