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1−2

 結局、あの大きな騒ぎの後は担任の角川がそれを見事に鎮静させ、まさに世界の終りまで続くんじゃないかってほどの長さでこれからの学校生活でのことを話し始めた。

 だがそれを聞いていると、春眠暁を覚えずってーのは大概にして間違いではないと思ってしまうわけで、いくらあんな衝撃的な発言があったすぐ後でもあの長さはまぶたがくっついちまいそうで大変だった。

 しかも昨日はがっつりと深夜の恐怖番組を見ようとして、ヤバそうな場面に差し掛かったところで思わずリモコンで音を下げてしまった時に出たオンリョウ(怨霊)とオンリョウ(音量)のコラボレーション文字に一人おののいてしまい、気がついたら興醒めして突如襲ってきた眠気の悔しさから意地でも最後まで起きてやる、と考えたのがいけなかった。そうまでして見たものはつまらんかったし、何事も肩に力が入りすぎると得てして結果はこうなるというのが道理というもの。

 そうしてこうぐたぐたと白昼夢ではないにしろぼんやりと日常の平和を噛みしめているような思考回路でいるうちに、もう二、三十分は経ったらしい。

 高校での初日があっけなく終わって、そそくさと教室を出て行くやつや数少ない中学時代のなじみのある顔のところに行ったりするやつとか……。それといまだに俺と新原 紗希のことを見ている奴もいるのだがそんなことはどうでもいい。

 とりあえずは新原 紗希だと優先順位を決めて、真意を問いただそうと体をイスごと後ろに傾けた。


 しかし、後ろを振り返った先には新原 紗希はいなかったんだ。

 

 ――どこへいった? 

 ――ネコがいなくなったどころではないだろ?

 ――あんな発言をしておいて、どうしてすでにいなくなっているんだ?


 俺はあの時の高揚感が逃げてしまいそうで、たとえ新原 紗希の言っていることがたちの悪いジョーク(そうとは思えないのだが)であったとしても、あんな発言をする女の子は面白いに決まっていると考えているうちにもう少し言葉を交わしたかった。

 すると、「ちょっとっ」という少し怒を含ませた声が聞こえてきたのだ。

 もちろん振り向くこともせずに判別できるその声は、幼馴染兼腐れ縁の小早川 ユカリ。その『紫』の漢字をユカリと読ませる所業は源氏物語から抜粋して取ってきたはずなのに、慎ましさや奥ゆかしさが名前に反映されなったらしいんだがな。


「ねえってばっ!」


 俺に近づいてきたユカリのやつは怒気を含んだ口調を続ける。


「ん……おい」


 小早川よ、そうすぐおかしなことが起こると怒りたくなるのは分からないまでもないが、ここの机の上をバシバシと叩いてまでして騒がないでくれないか。

 こっちはな、これから先きっと謎が謎を呼ぶ連鎖に発展するであろう出来事の序章に立っているはずだから――なーんてさ。

 つまりはだな、小早川のあっちむいてほいレヴェルの遊戯には付き合ってられないんだ。


「ナル! ちょっと聞いてよ!」


 この呼び方は単に名字の成瀬からとっただけでいわゆるあだ名である。

 しかし小早川が言うには、俺の性格が病的な、詩的なまでのナルシストという意味も込めているらしい。

 たいしての反論? それは断じてない。 

 実際俺にはうすうすとナルシストの自覚があったりはするんだがら当然と言えるだろう。

 前髪の流れを極端に気にするし、ワイシャツの折り目だって絶対領域を作り出しているし、それにネクタイは一日五回はつけ直してはいたりしている、これが。

 それとなにぶん運動音痴なせいか文科系の方向へと流れるのは当然であって、だからこそいろいろな書物を読みふけってきた俺はこんな大仰で詩的な言い回しをよく使ってしまうのは仕方がないのかもしれないな。


「もぉ〜」


 もう何度目かの沈黙に耐えかねたのか、ついには腕をとってぶらんぶらんと動かし始めた目の前のお嬢さん。

 おっ、おいっ! いてぇーよ。

 ユカリは俺の腕をブン捕まえて大波小波をする大縄のごとくぐるぐる回していた。

 人体の仕組みってのはそんなに器用にはできていない。だいたい三百六十度以上のひねりをいれたらそれはもう立派な関節技になる。


「やめてくれ」と堪らず叫ぶ。


「じゃああたしの話を聞いてよ、話したいことがあるのよ」


「なんだよ、しょうがねぇな」


「はい、それなら決定。この後、喫茶店に行くあたしにつきあいなさい」


 おいおい。

 やけに眩しい笑みを浮かべているのだが、俺のフィルターから通すと嫌味以外のなにものでもない。

 小早川 ユカリ。

 そう、彼女は人の都合も考えずに強引に物事を決めちまうってやつだ。

 自分の好みではないものの腰までの長さはある美しい黒髪、そして印象に残る大きな瞳に控え目で可愛らしいアヒルのような口もと。

 ユカリは美人の部類に入るんだろうからおしとやかにかしこまっていればいいものの、そうやって猛々しい獅子ししのごとく暴れたりするからダメなんだ。もし、もっとおしとやかならば、このクラスの大方の男子は今以上に貴女へとなびきますとも。男とは残念な生き物でしてそういう性分なんだからなー。まあ、かくなるうえは、小早川がこの世の生き方を絶対に間違っているのだと。そのことだけが断言できてしまうのだ。


「な、なによー、どうしてそう胡散うさん臭い目つきであたしのことを見るわけ?」


「なあ、ユカリ。おまえさぁ、もう少しおしとやかになれないか?」


「なっ?!」


「ほら、いつも柳眉りゅうびを逆立てて怒ってばかりだろー。おまえにもっとかわいげがあれば喫茶店でもどこでも喜んでついていくけどなー」


「う……、あっ、あんたなんかさぃってえっー!」


 この今の状況を一言で片づけちまえば、俺はものすごく睨まれていた。

 やっぱり柳眉を逆立ててという表現で、遠まわしに美人さんだということを伝えてみても無駄というわけだ。

 それどころか小早川は、三国志の蜀漢の初代皇帝――劉備 玄徳の存在すら知らないのかもしれない。どーでもいいが、関羽と孔明が死んだときの劉備の心中にはホロリときたもんだ。


「はぁ〜」


 だからこそ基本マイペースな俺でも幼馴染のこいつにはちょっとはこたえる。あのユカリ姫のペースに惑わされて付き纏われて……。つまり、同じクラスになっちまったのはこれからの懸案事項なわけだ。

 しかし、そんなことを考えて黙っていれば、


「いいっ、いいいっとくけどね、あっ、あたしはただね、新装オープンした喫茶店……そうよ、新装オープンした喫茶店に入ってみたいだけなんだから。かんちがいしないでよね!」

 

 顔をぷいっとそむけながら言っていた。

 まったく。

 ユカリは冒頭で『い』を何回いってんだよ。それに一人であっちむいてほいはしないでくれ。


「それにあのひんまがった性格を少しでも改善させるためにも、あたしの話をじっくり聞かせてあげなきゃダメみたいだわ。うん」


 自分に言い聞かせるように続けていたユカリ。


「それと昨日見た夢の話もしなきゃいけないし」


 しかし、この言葉を聞いて思考回路が頓挫とんざした。

 それは何て言ったってめずらしいのだ。小早川と夢の話の組み合わせは。

 まるでマングースとハブがフォークダンスをしているぐらいであって、そもそもあいつにはSF、ファンタジー系統な話――こんな夢みたいな話は現実だと何の影響もたらさないものという認識を持っているはずだから。

 例えば中学で小早川と交わした会話にこんな一コマがあったのをふと思い出した。


「なあ、ユカリ」


「な、なによー」


「この惑星でさ、誰か一人の存在が世界を改変させるような膨大な力があったとしたら世の中は劇的に変化して面白くなるとは思わないか?」


「はっ?」


「だから、誰か一人の存在が世界を改変させるような話とかって面白くないか?」


「……っ、このー、ばかっ、そんなことよりもっと現実的なことを考えなさいよ」 


「じゃあ、例えばなんだよ」


「た、例えば? うーんと、えっとねー女の子をデートに誘うとか? 男の子ならば健康的にスポーツをするとかが現実的じゃない? ほら、良く言われるでしょ。スポーツができる男の子はもてるって。本なんか読んで無駄な知識をひけらかしてるよりはね、そっちのほうがいいの。――うん、それなら青春っぽいわ。そうだわっ! な、なんならね、しょうがないから特別にあたしと――」


 俺は自分から凡例を挙げさせといておきながらも話が切り替わるのを危惧したため、ここでユカリの発言を遮ってしまった。


「ま、待てって、少しは考えてみたら面白いんじゃないのか?」


 そしたらこの時から確か、目の前のお嬢さんはぶすぅーとし始めた気がする。

 ぶうたれるという表現をここで使わなくてはいつ活用するんだ、っていえるぐらいの常套句じょうとうくとなってしまったみたいだった。


「ナルのばかばか、ばか――っ! なんであたしがそんなこと考えなくちゃいけないのよ! 人の気も、人の気持ちもしらないで」


「はー? ったく。やっぱりそれかよ、ユカリは。ユカリだって俺の気持ちも知らないで、だろー」

 

「う、あ……、悪かったわねー」


 こういうふうに話をし始めただけでいつもは断固拒否という態度をとっていたってーのにどういうことなんだ? ってわけである。しかも、自分から話すとなればなおさらだ。

 ここはそうだな、景気づけにいつもの大仰なかっこつけポーズでも決め込んでやるか。


「なあユカリ、夢はさ、みるもんじゃなくて、――かなえるもんだろ?」


「……っ……ばかっ!」


 そんな大仰なポーズ姿が気持ち悪かったのかひねり出した言葉が悪かったのか、ユカリのやつは流し台にある三角コーナの生ごみでも見るような目つきをしていた。どうやら俺のナルシストぶりに拒否反応が発動したようだ。


「もう、ばかなこといってないで早く行くわよ! このナルチュー男!」


 まったく、冗談が通じないやつだ。

 そのキィキィーした声を優しくあまったるい声に変えて、「ナル、チュー」なんて言ってくれたら腐れ縁から可愛い幼馴染に昇格してあげてもよいんだが、って、うわっ……こんなことを一瞬だけでも胸の内に秘めてしまった自分自身に吐き気をもよおしながらも、今世間に物凄い阿呆面をさらしているであろう成瀬なるせ 春彦はるひこってやつを張り手でブン殴るやからが必要であろうな。





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