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3−10

 「ウソのサンパチという言葉を知ってますか? これはですね。胡散臭い話で数字が出てきたら、つまりは三、八が御登場なさったのならばその話はウソである公算が高い、ということです。人はわざわざ曖昧な数値を言って取り繕うという説があります」

 

そしてそれから、またかと詰め寄ってやりたくなるぐらいに、べらべらと似たようなことを語りだす。



 そうやって少しずつ、私に対する不可解な興味を醸成させていたんですよ。伝えられる言葉の難しさを考えてもらうのとともにね。ですが、今みたいに嘘とか言い訳、その場を取り繕うためだけに消費される言葉を聞くことをむなしいと思わないでください。

 だってこの世界の現状がこうなんですから。

 さっきの私みたいに、いつのまにか人間は表面上の言葉をそのまま受け取るだけではなく、その裏に何が隠されているのかを詮索するようになったんですから。まさしく人の裏をかき、相手をいかに出し抜くかということがコミュニーションになってしまったのですから。

 だから、もう言葉というものがただの言葉でしかなく、その先に繋がっているはずの本質の意味は必ずしも共有できるとはかぎらない状態なのは当たり前なんです。言い換えれば……それが至極自然で、私はウソをついたのに落ち度はないということなんです。

 はい今のは、ウソ、言い訳、取り繕うためだけに消費された言葉です。なんて。

 でも、こうして極めて恣意的しいてきに、あるいはそうでなくても人を陥れることができる。それが言葉の恐ろしさなんですよ。

 聖書にもありますよ。「はじめに言葉ありき」と。そして「言葉」とは「ロゴス」。

 秩序とか論理を表す単語であり、言葉は秩序そのものとしての性質を有しています。

 だから私はあなたを言葉で封じ込めて秩序を保とうと――

 なーんて与太話よたばなしですよね。



 まさに人を殴りたいと思った瞬間ではあった。

 だけどだ。それでも俺は思う。あの時の雰囲気は尋常じゃなくすごかったことを。

 話の尾鰭おひれの付け方が――いや、むしろ尾鰭ではなく最初から事実を述べていなかったのかもしれない。まるで、ウソを吐くということに対しての矜持きょうじをみせなければ、自分の立つ瀬がないとでもいいたげであった。

 その姿だけは、なんとなく共感できるものだ。男として。

 ともかく、こいつはどこまで俺の事をおちょくっているのか。


「まあ、私はいろいろと反応を確かめていたのですよ。本当の事を言ってもよいか。ただ、あなた自身が絶対的に関わってきますので言う事は確定事項なんですけどね。そう、だからあなたの反応を窺いながらも、そしてこれからの話は少々込み合ってきますので、その前のちょっとした余興だということなんですよ」


 男はさらに言葉を続ける。


「なんせ私の立場はあれです。岡目八目おかめはちもくみたいなものですから。第三者は当事者よりも情勢が判断しやすい。とはいいますが、実際の反応を見るデータサンプルが必要だったのです」


 しかし、奴はこうは言うが俺はめげずに思ってしまう。

 一体全体何がいいたいんだ? 

 長々と前口上を述べて。


「ずばり――」


 浮かんできたのは、あるアニメでその決め台詞をいうグルグルメガネの委員長だった、

 が――。





「あなたには世界を改変させる力。というよりも、深層心理の中で願う自制心の利かない何か存在がしているのです。そう、あなたの中にはもう一人の自分が眠っています。そしてそれが、何らかの事象を経て覚醒する可能性があるということなんですよ」





 文字通り固まってしまった。

 何を言っているかの解釈ができなかったわけではない。

 言っていることが意味不明なわけでもない。

 だからといって奴が言っていることが、今度こそ嘘だとは思えなかった。

 




 ――なぜならその言葉を言われた瞬間。なぜか、あーそうなんだろーな。となんとも形容しがたい感情が芽生えてしまったからだ。なぜなんだろう。





 そこで……、いいですか成瀬 春彦さん。

 私たちがこの世に生きている、というのは、あたりまえと言えばあまりにもあたりまえですよね。有機生命体としてひとつの生物として呼吸をし、心臓が動いているという意味で生きているという事実がありますね。しかしですね、自分の意識の支配下においてたしかに「生きている」と実感することはなかなかありません。

 だってそうでしょ? 

 たとえば、自分と世界とのかかわりあいについて考えたとき、私たちはたしかにこの世に生きているのかもしれません。ですが、私たちの普段の生活において、接することができるのはその世界のほんのほんの一部分の素粒子にも満たない範囲でしかなく、仮にその背後に広大な無世界が広がっていたとしても、少なくとも私たちが日々の生活をつづけていくかぎりにおいてはたいした意味をもつわけではないですよね。いや、あるいは大きな意味があって、それでいて大きな繋がりがあるのかもしれませんが。だからその部分は私たちの視界からは巧妙に隠されていたりして、なかなかまのあたりにすることができないものなんです。そして私たちにとって、目に見えないものを意識しつづけていくというのはなかなかに難しいですし、意識する必要すらないのかもしれません。



「たとえば、この世界でおこりえもしない不思議なこととかは――」


 男が言った。言って続けた。


「誰も意識はしていません。できません。だっておこりえないことなんですから。つまりはですね、見ている世界なんて自分に都合のいいものにしか目に入らない、耳に入らない。まあ、経済学でのグレシャムの法則みたいなもんですよ。都合の良いものが都合の悪いものを駆逐する。だから誰も気がつかない。それでも世界は成り立っている。これが普通です」

 

 言って続けた男は大仰に手を広げて喋っていた。

 俺は……なにがなんだかわからなってくる。


「しかし、」


 つかつかと歩み寄ってきて距離を狭める。


「あなたのもう一つの心はこの広大な世界と接触しているんです。それもある日突然そうなった。あんたは確実に世界に影響を与える何かをもっているもの」


「……わからないが」


 なぜか新原の時よりも冷静に対応している自分がいた。これも慣れなんだろうか。


「そうですよね、わからない。それが当然です。だから大事なのは慣れなんですよ。自分が他者とは違う異質な存在であることを幻滅することのないように、段階を経なければなりません。時が傷口を癒してくれるのを待つしかありません」


 時が癒す? じゃあ時が病気だったらどうすんだ……と。しかし、昼の時にやつ当たりをしてしまったユカリとのわだかまりが解けたのは、時のおかげだということもついでに思いだしてしまった。 


「最初はこの世界に対する見方を変えてもらう。その次に自分が異能であるスタンスを理解してもらうこと。そして私はまだこれぐらいの範囲しか言えません。私に入ってくる情報も断片的でありますから確信ではありません」


「……」


「そう小難しい顔をしないでください。例えば新原 紗希さん、彼女は見事までに段階を経ています。それと一緒ですよ、私も。彼女はまず自分の存在を相手に知らしめるためにあらかじめ変な認識を待たせるような宣言をした。次は間接的に、噂という媒介を使って自分が異能たる存在をひけらかす。そうして今度は、あー少しだけイレギュラーが起こりましたけど、それも想定の範囲内であって直接接触することに成功。で、おそらく最後は、あなたが手を渡された本には全てが書いてある。そういうことです。

 おっと、そういえばさっきの話はウソですからね。新原さんが宇宙人だかどうだかって話は。でも、別媒介の別系統の別目的の――それでありながら対象人物はあなたであることは一緒ですが」


 とりあえず俺は聞いてみる。無駄だと思ったが。


「その目的とはなんなんだ? おまえも新原も」


 するとそれを見越したのかどうかは知らないが、呵々(かか)と意地悪く笑っていた対面の男がこう言った。


「そうですね、他にもあなたの感情が不安定になったときに限り、物質浮遊を促す超能力を誘発させるトリッガーかなんかを持っているのかもしれません。それが昨日から制御不能となって暴走し、たまたま同時刻に超能力を発揮したのであって、それを止めるのが私と新原さんの役目。ですが! 今のは鼻が伸びる話です」


 無機質な表情を向けてやった。


「すいません。で本当は、今のあなたのもう一つの心の話であって、あなたは無意識レベルで能力を解放しているのですよ、深層心理で。しかも、それはあなたの理性の制御化範囲ではないということなんですね。あたりまえですね深層心理ですから。だから私は、いつかそれを止めなくてはいけない。私は、そうですね……端的に言いますと、アニミズムという概念に乗っ取ってあなたを抑えようとしています。そのような力をこの札に言の葉を書き記して、そうして超能力を編みだしているんです」


 男は今までどこに隠していたのか、ふところからおふだみたいなものを取り出した。 そこには『物質移動』、鉛筆、消しゴム、ペンダントなんて書いてあった。

 そうか、とうとう本体を表したか。この超能力者が。

 自分のことは堂々と棚に上げて現実逃避である。


「ということはですね、森羅万象全ての―――それが神性を持つ対象であれば容易にあやつることができるんですよ。ただ、もちろん万能というわけではなく、ごく小規模の範囲であり限られた大きさのものであり、一番の肝となる部分は指定された人物においてのみにしか使えませんということです。成瀬 春彦さん、あなたに関与する事柄でなければ私の能力は発揮できないということになりますね。予知も」


 と言って、言葉の締めくくりに華麗なるウインクを決め込んだのだ。

 アキよ、おまえもあれぐらいきっちりウインクをこなせ。

 しかし、半ばやけっぱち気味にそう考えられるようになったのはどういうことだろう。

 世界を改変することができるというメタ超メタ的な事を言われているのに。

 こうでもしないとやってられないのかもしれないのか。


「しかし、ですね。とても大事な事が一つあるんですよ。一つだけ。それは私に与えられた任務の中に、あなたが思い描く世界に移り変わるであろう内なるパワーが、制御不能になって世界を転覆させる段階になってしまったら、私は<ナノカプセル形状状態>の超能力を使いあなたを内側から破壊しなくてはなりません。その可能性はごくごくわずかなんですけどね」


「それは……」


「そしてそれは、その任務を遂行するのは最後の手段なんです。なぜなら、私だって人を破壊させるような超能力のプログラミング、いや、この言葉よりかは呪詛じゅそと呼ぶべきでしょうか。まあ、そんなことはどうでもいいですが、ハッキリ言って嫌です。なぜならこれはれっきとした殺人になってしまいますから。いくら世界を救うという大義名分がありましても、気持ちのいいものとは言えませんよね」

 

 男はここまで言葉を繋げて肩をすくめた。そして俺の相槌を待っているのかこちらに切れ長の視線を投げかけ、やがて諦めたのかふっと顔を引き締める。


「なあ、俺は結局なんなんだ?」


「言ったでしょう。世界を改変させる何かを持っているって。でもまだ何も起こしていない。ですから、そうなってしまいこの世界に悪い影響がでるのならば私はどんなことがあってもあなたを壊します、ということです。これ忠告でもあるんですよ。あなたの無意識レベルのもう一つの心に訴えているのです。プラシーボ効果というのを期待しているとでもいいましょうか。ん……これはちょっと喩えが違いますね」


「どんなことがあっても、私はあなたを壊します……か」


 俺は思いだす。


『どんなことがあっても、あたしはなるせをまもる』


 脳内ビジョンで美化された新原が写しだされる。


「そこで、ものは相談なんですが……」


 すると男がいつから節目がちになっていたかは分からないが、その顔をくわっと上げて、


「今、ためしにあなたを壊してみてもいいですか?」


 能面みたいな顔で、


「壊します……いや言葉が悪いですね。適切な処置とでも申して置きましょう」


 にやりと三日月形に口を曲げて笑い、


「そうです。その予行練習をしましょうということです。なーにだいじょーぶ、まだへーきですよ。予行練習であ――」


 瞳に悪意が宿り始めて、そして俺は混乱し始めて、

 なんでこいつが危害を加えないと信用していたんだ小早川が関係ないということを聞いて安心していたのかだからといってもう少し猜疑心を向けなくてはいけないだろ男の好戦的ではない様子を見て大丈夫だと思ったのか最初の思考回路に戻るんだよ抹殺系統の可能性だということをこいつは超能力をつかうんだそういえばこいつの素性は一切しらないぞ名前すら名乗っていないまずいぜこれ。

 めくるめく思考をふっとばすように、男は見事なまでの跳躍力を披露し、空中から迫ってきて、やがて視界が男の影で覆われて、そしてその時――。





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