3−6
予定の映画上映時間よりも二、三十分ほど早く着いた俺達は、その間に今週の土曜日に行われる天文観測会の事を話し、女子サッカー部での新人戦と重なっているからそれに来てくれればいいよとちゃめっけたっぷりに言われたので、もちろん一緒に参加する旨を即座に了承させておいた。
こうして今週の土曜日は予定が二つも入ったんだなとか呑気に構えながらも、ふと新原に渡された本のことや新原がああいうふうに言っていた背景には何があるんだろうかと、またもや勘案し直し。あるいは二日連続で起こった十時三十八分(おそらく学校で起こったときもこの時間であろう)の超常現象はこれから先も継続していくのだろうか、とも同時に思い返し。
ただ、そんなことに気を取られながらも、その間小早川とは一般の高校生の幼馴染がするであろう日常会話のおしゃべりをしていたことになる。
例えば、実勉強に関していえば俺よりも何倍も賢い小早川だがテスト前はあたしの家に来て一緒に勉強しようとか、俺が最近読みあさっていたロボット、未来人関係のSF話を聞かせてほしいとか、サッカーの誰々選手は頭にボールを乗せてドリブルするんだよ、はっそれアザラシの曲芸じゃん、とか。ずっとこのような調子で話しこんでいたらしい。
やがてそうこうしているうちに映画が始まっていた。そのストーリーに熱中して二時間半が経っていた。評判通り良作だった幻想ラブストーリ『薬指の約束』という題名の作品を見終えた俺達は、誰もがそうするように余韻に浸っていたのだろうか。
いろいろと振り返ってみる。
まずは、女の子とラブストーリーを見に来たのならば映画なんかくそくらえの二の次で、「そこだ! そこで手を繋いで両手を高々とつきあげろー!」「成瀬殿、そこで男ならちゅーだ! えぐりこむようなちゅーだっ! 貪り齧りつくようにちゅーだ!」「世界を救いたいのならばちゅーだ。古今東西、男が女にキスを求めて世界が救われるというのを知らないのか? カメラワークをぐるぐると回転させるようなドラマティクに満ちたちゅーだ!」なんて余計な毒電波が入りこんできた気がしたが、俺は満員の館内の中で自ら進んで険しいジャングルを彷徨うような冒険をするわけもなく、ただ時の流れるままに漠然と過ごしていたという完璧なまでの身の潔白さを証明しておく。
で、ついでだから映画の内容を大雑把に言っておきたいと思う。これを一言でいってしまえば、何の変哲もない田舎町で仲良く暮らしていた幼馴染兼恋人の二人が最後に結ばれるという話ではあった。が、その設定というのがなかなかの曲者だったのだ。
物語というのは昔々から始まるなんてフレーズが入ると格調高い雰囲気をもたらしてくれる。そんなふうに、この話も往々にして昔から伝わる田舎町の伝統の紹介から始まった。
「私たちの町には小指に魂が宿るという不思議な風習があるんです」と、ある村人か言う。
だから、大きな約束を交わす時はどんなときでも指切りげんまんをする習わしがあるんですね、と。
そして内容。
幼馴染でもある主役とヒロインは長閑に仲睦まじくやっていた。恋愛ラブストーリの王道を突き進んでいた。微笑ましくみていて清々しい気分になる話だった。相思相愛でありむず痒くなるような展開だった。しかし、話は中盤を過ぎてから急展開してしまう。それは将来を誓い合った仲であるはずの女の子がある約束を残して不意に亡くなったから。そう、あまりにも突然の死。男の子は奈落の底に引きずり込まれたような悲しみに暮れていた。だがその時、空から漏れた紫雲の光が男の子の小指を纏い始めたのだ。
「こ、これは!」
こうして女の子の魂が一週間の期限付きでそこに宿り、また共に過ごす短い日々が始まった。そして、生前二人が交わしていた日常の約束を薬指と小指で契りを交わすようになっていき、紆余曲折を経ながらも以前よりかはもっと絆が深まっていく。
だけど、彼女が空に帰ってしまう七日目がやってきて――。
「いかないでくれよ」
「ごめんなさい」
「俺にできることはないだろうか?」
女の子の魂が乗り移った小指にキスをしようとする男の子。
「やめて! それをしたら彩君だって」
「どうして?! 僕は悠里の事がこんなにも好きなのに」
「私だって好き、でもあなたと一緒にはいけないの。私たちは薬指と小指で約束した。今紫雲の――来迎仏の力を借りてあなたの小指に宿っている時、その時に小指と唇が触れ合ってしまえばそれで最期なの。あなたの魂は私と一緒に天に召されてしまう」
「それは……、それは何度も聞いたよ! それにあの時の僕は小指にはキスをしないと神に誓って承諾もした。でも――」
「私はあなたが好きなの。だからあなたには――」
「でも、僕には君のいない世界なんか考えられないんだよ。僕にとって生きるということは、君のいる世界なんだ!」
「ごめんなさい……」
「……」
「ごめんなさい」
「――悠里、悲しまないでくれよ。そんなトーンの声は聞きたくないんだ」
「ごめ、んなさい、わた、わたしの、せいで」
ため息をつく合間の沈黙。
「泣かないで」
「うん」
「こっちこそごめん。嫌な気分にさせて。もう僕は決めたよ。生きていくって」
「私はあなたに生きてほしいの」
「そうだね」
「そうなの」
「大丈夫だってしっかりと生きていくから」
「うん」
薬指と女の子が魂が宿った小指とで不器用に指切りげんまんをする二人。
「彩君」
「友里」
「ありがとう」
「うん、いままでありがとう」
「僕は君との約束は大事だ」
「うん」
「だけどね、僕は君と同じ世界で生きることのほうがもっと大事なんだ」
そう言って小指にキスをした男の子。
「あ……、さい、くん、やめて!」
「こっちのほうが幸せだからに決まってるだろ。たとえ死が分かち合おうとも繋がっていられるなんてやすっぽい言葉は無用だ」
「ぅ……、ごめんなさぃ。さい、くん、でも、で、でもね、わたし、こんなに、こんなに、すき、でも、胸がくるしい、でも、さいくんが――」
「こんなに好きなんだから仕方がないよ」
「私も、好きなの、愛してる……ごめんなさい」
「ごめんね、やっぱり約束は守れなかったよ、友里。薬指だからさ――」
その言葉を最後に、結局二人は紫雲の光を纏って天高く召されてしまった。
それは三尊の阿弥陀で引き寄せられた死の運命であった。
とまあ、見る人によってハッピーエンドかバットエンドかで意見が分かれる作品だろうか。でも少し綺麗過ぎる話であった。これといった葛藤もなくスムーズに自らの命を捧げる主人公。ただ、これを総括すれば、何をもってして生きているのか、本当に生きるとはどういう意味であるのかという『百万回生きた猫』にも通ずる内容であったのかもしれない。
死によって救われたといえばいいすぎではあるが、死を持ってして救われたといえばどうだろうか。
だけどこれ、前の小早川なら片意地張ってまで拒否した話だよな。幻想という言葉とこの展開にひっかかりを覚えて。
「うぅ……ぐすっ」
ここで隣の様子を見やる。
大粒の涙を流すユカリはやはり本当の女の子みたいであったから驚きだ。
そこで俺は、ハンカチは持っていたかを確認して、でもそれを差し出すのはおこがましいのではないかと躊躇はするが、実はユカリにとってはポケットティッシュを受け取るか受け取らないかぐらいの大したことない出来事かもしれない。とかボヤボヤと考えあぐねていたら、自分のハンカチを取り出していたのだからなんともこりゃ。こんなお間抜けな状況はどういう言葉で形容すればいいのかね。
いたたまれなくなった俺は、上映中ずっと同じような体制でいて凝り固まってしまった体の筋肉などを弛緩させるために立ちあがろうとした。
すると――。
「うぅ〜ハルくん」
小早川がそれを制して、まだ混んでいるから座っていようよみたいな趣旨の発言をする。まあ、感極まっているのかくぐもった声でよくは聞きとれなかったのだが。
しかしそんな折にも、俺はまた、なんともいえない奇妙な感覚に苛まれてきていた。
映画が終わった瞬間から何かがおかしいようななんともいえない雰囲気、そんな場の空気の悪さを感じるのはどうしてだろうか、と。
「ねぇ」
「どうした? ユカリ」
「あのね」
「うん」
「もしね、もしああいう立場であって、ああいう状況ならば最後にキスは」
それは、もしかしたらおまえと一緒に死んでしまうってことか。
「小指にキスは、してくれる?」
小早川はもとから緩みきっていた涙線をさらにゆるゆるさせて囁いてきた。
「あーっ……」
ふらふらーと考えていたのだが、冷水をかけられたかのような感覚が襲う。
それは、館内が徐々に明るくなってきて、同じように映画を見ていた人々が緑色に灯ったピクトグラム非常出口の方へ向かっていて、お忘れ物にご注意してくださいと誰も聞きやしない館内アナウンスが入リ始めて、なぜか場違いなポップコーンの甘ったるい匂いがふいに香ってきて、大学生風のカップルがじゃんけんをしながらこれからどっちの部屋に行くかを決めているのも聞こえてきて、そんな状況で、もしかしたら重大なことを聞かれているんじゃーないのだろうか、と思ったからである。
ほんの一瞬だけ、「まっ、断腸の思いで小指にキスをしてやるよー」とおっちゃらけた調子でその場を繕って誤魔化そうかとしたのだが、目の前のお嬢さんの頬を濡らす涙の雫をお目にかかってしまったからには、あまりにも邪道すぎる考えを排除し大きく軌道修正をして、
「まあ、な」
きわめてシンプルに言葉を繋げていた。
これは別に小早川が好きだからってわけではなくな、なんというかなんというかなんとーいうかだ。
確かに小早川は誰もが振り返るような超絶美人であって、ふりさけ見ても春日のような天真爛漫さであって、実生活においては完璧ではある。だが、我がままでツンツンしていて手に負えないような口うるささ。文化系の俺とはけっして相容れない強引な体育会系のノリ。
ある時は俺の事を臆病ものとでもいいたかったのか、チキンなんとかアームロックとかいうプロレス系の間接技をかけてきたこともあった。まさしくこの所業、基本的人権の尊重を見事までに侵害する行為は、「成瀬春彦氏、小早川 紫氏に虐げられたことに関する事項についての報告があります。これは日本政府としては誠に遺憾の意であることをここに表明し徹底抗戦の――」なんてテロップを緊急速報で流してもよいぐらいだろう。まさしく臥薪嘗胆。会稽の恥を雪ぐまではけっして忘れてはならぬ出来事。
だけど今は――、
「ハルくんっ」
やがて二、三秒の間が空いた後、
「よろしい」
その顔は日頃掃除をサボってエアホッケーをしていたやつに向かって、それは殊勝な心がけだなしっかり掃いてくれて、とでも嫌味半分の感じで言われた時とそっくりの「よろしい」だった。
つまりは、とーっても曖昧な視線で呟きやがったことになる。
なあ、俺はどう反応すればいいんだ。
「よろしいっ」
ユカリはもう一度呟く。
「なんだよ、それは」
「うん」
「別にな、深い意味で言ったわけではねーぞ」
「うん」
「だからさ――」
「でも、とても嬉しかった」
「……」
なんともいえない胸中に陥った俺はふーっと一息吐いていた。ついでに、携帯の電源でも入れようかと歩く利便道具を取り出す。
「そうだぁー」
気を取り直したのか小早川の声のトーンが変わった。
「ん?」
「次はねー、やっぱりあの喫茶店に行こっかと思ったんだ。ねえハルくん」
「あ、それは――」
言いかけた言葉をまたもや遮ったユカリ。
「――あそこね、新装開店のオープンしたばかりなんだよ。あたし初めてだから楽しみだなぁ。戻ることになって二度手間になっちゃいそうだけど。いい?」
「えっ、あ……」
ここで俺は端切れの言葉しかでないほど驚いてしまう。ていうかもう何回驚愕させられれば気がするんだ、などと冗談をかましている余裕すらなくなったのだ。
これは別に、入学式の帰りに新装オープンした喫茶店の『栞』に寄ったことを、小早川が覚えていないのに呆けているわけではない。
それ以上の事がこの携帯の画面に隠されていたからであった。
『ユカリちゃんのゆううつ☆』
この物語は本編とは一切関係がございません。作者の気が向くままに始めたヒロイン応援プランです。
そしてここでは、あのユカリちゃん(若干幼め)が自宅の鏡の精霊ネコミーととりとめのない会話をしているだけだったんですが……予定は未定という言葉によって見事なまでのカオス状態になっています。
ジャンル? 不条理なパロディーコメディーです?! どこかでみたことあるようなラノベのタイトルでありましても気にしないで頂ければ幸いです。しかも、それだけではなく漫画や童話にまで触手を伸ばそうとしていているらしいです。
ただ、不条理なパロディーコメディーはもう挫折気味みたい……。
で、最初に謝っておきます。これからの話――いろいろな意味ですいません。
それに文章量がはんぱないです。もはや外伝レベルかもしれません。
第4話 『灼眼のユカリ2』
「というわけでぇー、ぴぴるぴるぴるぴーやぴーやー♪――」
(どうやらここまで読んでくださる読者の皆様は勘づいていらっしゃると思いますが、3−6のように後ろの数字が3の倍数になる時は、このあとがきで作者とユカリちゃんがアホになるらしいという新事実を公表いたします。だが……わしはどうすればいいのかね。鏡の精霊としては……)
「世界のこばゆかっ! 3の倍数の時にだけアホになります。1、2、さぁぁっー^ぁあん、4、5、ろぉおおおlっぉぉきゅーー」
「…………」
(それ伝わらねぇよ、ぜってぇーに伝わらねぇーよ。今、ユカリちゃんが鼻の穴にこよりを詰め込んで、白目剥かせて、ストリートファイターのダルシ○が「ヨーガ」なんていうときの奇抜ポーズな仕草なのに、これからソーラン節を踊るような格好なんて。――これは……、わしが諌めないといけないのだろうか……)
「ほらっ、ユカリちゃん。おふざけはやめよう。いくら最近シリアスでかったるくて分かりにくく、読者様をおいてけぼりにしていそうな展開が多いからって、よくないですよ。ユカリちゃんは源氏物語に出てくる紫の君から命名された名前なんですから」
「うー……」
(ったく、扱いにくいヒロインだぜ)
しばし、熟考するユカリちゃん。
「ん。じゃあ、久しぶりに真面目モードでいくね」
(なんだっ?!)
「はい、6月も中盤になり作者は梅雨の憂鬱――言い換えレイニーブルーの影響でスランプにおちいっちゃったのね。そしてようやく止まっていた更新も盛り返してきて……、ていうか、そんなことはどーでもいいのでこれから移る小説の話題の枕詞にしまーす。ということであたしは、この『小説家になろう』様の中で他の小説とは一線を画しているSF小説、『霹靂のレヴァーティン』『霹靂のレヴァーティン〜2nd paradox〜』の紹介をしたいと思いまーす。
この小説は――世界観の奥深さ、キャラクター造詣の深さ、ストーリ展開の秀逸さ、伏線の張り方、心理描写の巧さ、小説でありながらもロボットを出すところが凄いのです。そして何よりも更新速度が素晴らしいんですね。はやいことはやいこと……。2、3か月で20万文字!
若干、新世紀なんとかゲリオンに似ていないこともないのですが(もちろん人の事を言えた義理ではありません)、もう作者の好みらしいです。とにかく重厚さがあって素晴らしいとしかいえませーん。まだ読んでいないお方、ぜひ目を通して笑えばいいと思うよ、綾波。←(あー、((+_+)) ――前回に引き続きこのネタ2度目! もう絶対に使わないんだからね!)
……でもね、SFっていうのは難解の設定と言葉というイメージであり、受けいれてもらえる土壌が少ないような気がするの。ややもすればSFよりかは普通、恋愛、コメディー、ファンタジーなんかに流れてしまう。あたし、どうすればいいのかなーって考えるんだぁ。本来のSFが持つ広大なイメージをわざと隠し、国家とか社会とかの中間項を排除してキミとボクの狭い世界を作るセカイ系にするか。それとも青春学園ラブコメの要素を取り入れたり、魔法とかのファンタジー要素を加えてみたり、文学な要素を足してみたり。そうやってSF設定を薄く抑えるとか……。うーん、または明らかに記号的な萌えキャラクターを取り入れて、ハードなSF設定と中和させるなんてのもいいかもなぁ。これ全部混ぜてみたらどんな作品になるんだろうなー。ほかには――」
(ちっ、作者が憑依しやがったんだな……。あーめんどくせぇ)
「ユカリちゃん!!」
「――そうだっ! 困ったときは世界の中心で愛を叫べば――」
「ユカリちゃん!!!!!!!」
あのー、ユカリちゃんとネコミーさん。後書きのコーナー始まっていますって――。
「「えっ――――――――――――――!」」
舞台袖では、絶対に本編よりかこのおまけに出る回数の方がこれから先多くなりそうな獣耳先輩――もとい、灼眼のシャ○でのパロ役、吉田が待ちくたびれていいますので。
「あー、ユカリちゃん早く!!」
「ちょっと、ちょっと待っててっば、本編でもなかなかお目にかかれないツンデレモードのツンを発動するには時間がかかるのよー!」
――17分後。
「ほらっ、まずはいつもの!」
「べ、べつにあとがきなんて読んでくれなくっていいんだからね!」
(だいぶ読まされているのに、これは……)
「んで、もう一つ!」
「それに……、これを読んでくれている人の感想なんて欲しくないんだから。そっ、あたしはそろそろ感想が来てもいい頃だなんて、これっぽちも思っていないのよ。構ってほしいなんてちっとも思っていないんだからね! あたしのことはばかにしないでよねっ! べつにおたよりがなくてもあたしはやっていけるんだから!」
『ふー……。ゆかりっち、そろそろいいかにゃー?』
「あー、なんであんたがここにいるのよ!」
『そー、それがね、さーさきっちが言っていた瞬時ナントカと物質ナントカは、他の人に使えないんだって!」
(そういうわけか、吉田がここにいる理由は。しかし――)
『うっ……』
(なんだ? 吉田の様子がおかしくなっていく。しかもなんというご都合主義か足元には撲殺バット○スカリボルグ(金属ニッケル製)の形をした咒式の剣が――。それに、ユカリちゃんまで……背格好が小さくなって炎髮灼眼になって、こちらもご都合主義か足元には贄殿遮○が――。あーあ、今日は憑依日和だな……)
『あたし、ゆかりちゃんになんか負けないんだからね、ぜったいに、ぜった――――いに負けないんだから』
「うっ……うるさいうるさいうるさい!」
『ゆかりちゃん、そんなこと言ったってあたしは何回でも言うよ。あたしはぜったいに負けない。あたしは斎藤君のことが好きなの。彼にちゃんとそう言うんだから。ゆかりちゃんはずるいよ。はっきり好きとはいわないでいつもいつも――』
(へっ、斎藤?! 成瀬じゃないのか? よし斎藤という人物に対してテロップだ)
○斎藤――本名は斎藤 ゆうじ。成瀬のクラスメートとして本編に何回か出演。成瀬曰く、誰とでも仲良くできるおちゃらけった奴らしい。
「あたしは好きなんて……まだ、わからない。でも、吉田○美には負けたくない」
(ん? よく見ると、ユカリちゃんはお胸が小さくなった。吉田はお胸が大きくなった。ただ、わしとしてはどーでもいいことだが)
『あたしは宣戦布告をしているの! ゆかりちゃん』
「吉田○美……。あたしは……、お前なんかに絶対負けたくはない!!!!」
(といって、ユカリちゃんはふところからメロンパン?!を取り出した。ってわしは情景描写担当にまで落ちぶれてしまったのか……)
『そうね、ゆかりちゃんのすることはわかっている。正しいメロンパンの食べ方で勝負を決しようというわけでしょう?』
「そうよ、どっちがゆうじに相応しいか戦うんだから。見てなさい」
(ユカリちゃんはびりびりと乱暴に袋を開封し、中から取り出したメロンパンを半分に分けて吉田に投げつけた。そして――)
「いい、吉田。メロンパンはね、外側のカリカリした部分と内側のモフモフした部分を交互に食べることによって双方の感触を十分に満喫できるの! あむっ。網目の焼型に沿って食べるのはダメ。んむっ。表面だけ食べるのはもっとダメ! もぐっ。心を無にして聖書を読むような気持ちじゃなくちゃだめなの。ぱく。だから、このカリカリモフモフの食べ方は正統的なメロンパンのあるべき姿であって、表面のかさかさ具合と内側の柔らかさ具合を噛みしめることは、アダムとイブがエデンの園を作る事ぐらい凄いことなの。あむっ。だって、だって、だって……食べ終わっちゃった――」
(ユカリちゃんは得意げにぺらぺらと語りながら、一気に平らげてしまった。すると、それをジト目で見つめていた吉田は、これまたふところマヨネーズを取り出し始め――!!!)
『甘いわ、ゆかりちゃん。あなたの食べ方は甘い、甘い、甘い、あま――――い。もふっ。いや、メロンパンそのものが甘すぎるのよ。キュッ、キュッ――――』
「あー!! 神聖なるメロンパンに、ママママママヨネーズっ!」
『そうよ、ゆかりちゃん。うむっ。万能の調味薬マヨネーズよ。ごくん。それにあたしだってメロンパンを食べるときはゆかりちゃんと同じ気持ちだもん。はぐっ。だから今日は見せ場を作るために一粒で2度おいしい的な食べ方の第二段階に早々と移行したの』
「うー、吉田は卑怯だ。ならあたしだって……」
(ユカリちゃんはごそごそと、ふところから何かを取り出そうとしている……)
「そうあたしはこれ、サキと、女の子同士で貪りえぐり込み齧りつくようで、それでいてあたしたちの世界が救われるようなカメラワークをぐるぐると回転させるほどの――そんな誓いのチューをした時に貰った唐辛子をかけて食べるもん」
(もちろん本編ではそのような関係ではありません。というよりか露骨な百合表現すいません、とわしが作者に代わって代弁してやる)
「あっ、ゆかりちゃんは浮気者だ。それに……この両刀使い! カッコ二刀流という意味じゃなくて!」
(ユカリちゃんは墓穴を掘ったか。それにわしからみれば三人だから三刀流か? カッコ性的な意味じゃなくて!)
「うっ……」
『あたしの勝ちね』
「違う! あたしの勝ち」
♪
(こんな会話のラリーを三十回ぐらいはした後、二人は声を揃えて――)
「「どっちの勝ちに見えたの!」」
「ネコミー!」『鏡の妖精さん!』
(……。どっちの勝ちかというよりは、不毛な争いは止めてくれといいたいところだが。やはり判定で吉田の――)
するとその時だった。
獣が咆哮したかのような地響きが鳴り、無益な争いをしていた罪人の耳朶の中の耳小骨を激しく揺さぶらせる。
まさに鼓膜が破れるような轟音だった。
二人は恐怖でただ瞳を閉じるだけ。
やがて、治まった。
ただ、二人がおそるおそる目を開けてみると、そこには斎藤ゆうじが立っていたのだった。
しかし、本人にも何が起こったのか理解できていないらしい。とぼけた表情で曖昧に笑みを浮かべている。ユカリも吉田もただうなずくばかり。
そんな中、斎藤は自分の足もとにある不可思議な武器に気がつく。
撲殺バット○スカリボルグ(金属ニケッル製)と贄殿遮○。
無論、何の事だか斎藤は知る由もない。
なんだこれはと、まず最初に贄殿遮○を手にしようとした時、
「だめ! ゆうじには、まだ早いっ!」
ユカリちゃんが叫んだ。斎藤はその台詞には素直に従い、もう一つのほうの武器を一瞥する。
(それは……まずいっ! それは!!)
ネコミーは胸騒ぎを覚えた。なんとなく、それを持った瞬間にとてつもない事が起こるような気がするのだ。
「だめぇぇぇぇぇぇ!!」
しかし、ネコミーの叫びは届かず、それを手にした斎藤はポツリと呟く。
「桜……」
ネコミーは思った。
(さくらとは、なにか……。桜舞い散るこの春、とのことか……。いやしかし、その尋常でない負のオーラの気配はなんなんだ!)
ネコミーは桜の木の下に埋めてある死体を想像してしまった。
そして。
ネコミーは斎藤と目が合ったのだ。
それは奇しくも、斎藤がネコミーと目が合ったことにもなる。
吉田もユカリちゃんもすでにおいてきぼりだった。
ネコミーは斎藤と目が合ってしまったことに悪寒が走っていた。
斎藤がにやりと微笑んだ。口を大きく歪め、それは常軌を逸脱した歪な形へと変化していった。
ネコミーはたじろいだ。鏡の精霊としてやってきてユカリちゃんのタマゴ焼きを食わせられるよりも、さらに恐ろしい事があると知った瞬間だった。
体内にはこびっていた悪寒はさらに凶暴化し、それは戦慄へと変わっていった。
世界が壊れてしまうのと同等を恐ろしさがあった。
ネコミーは一度そらしてしまった視線を、恐る恐る差し向けた。
斎藤の笑い顔は、ひどく不自然で薄っぺらく、それはもう常人の姿ではなかった。
頭の上には、いつのまにか天使のわっかが装着してあった。
女の子の二人は空気と化している。
ネコミーはこの拷問のような現状を打破しなければならないと、思考を巡らすが、
――ひひっ。
斎藤の口からくぐもった笑いが零れた。
その歪んだ口元が声を発し、天使の輪っかが妖しく輝く。
――ひひっ、ひひっ、ひひっ。
ねっとりした不快感。
撲殺バット○スカリボルグ(金属ニッケル製)がゆっくりと振り上げられる。
そう広くないユカリちゃんの部屋は一人と一匹の精霊の距離を縮めていく。
――ひひっ、ひひっ、ひひっ、ひひひひひひひひひひっ。
歪な笑い声と共にガリっと鏡を爪で撫でる音。
(やめてくれ!)
――ひひっ。
(やめてくれ!!)
――ひひひひひひひひひひひひひひひひっ。
(や、やめてくれよ!!!)
しかし――。
「桜君のばか―――――――――――――――――――――――――――――――――っ! ボクは桜君のことを信じていたのに――――――――っ!」
そんな戦慄のムードをぶち壊すようなアニメ声と、気がつけばロリ顔で巨乳の持ち主へと変化している女の子な斎藤を見て、ネコミーはようやく事態を悟ったのだ。
あー、こいつは撲殺天使ドク○ちゃんに憑依してしまって、わしは今嬲り殺されるところなんだ、と。
全てが氷解した今となってはもうどうでも良くなってしまっていた。
恐怖心は消え、心は平和主義者のガンジーよりかも清らかな気持ちだ。
ただし容赦なく、撲殺バット○スカリボルグ(金属ニッケル製)は振り下ろされて――。
そして――――。
………………………
………………。
♪
折しもその頃、そうだ京都へいこう〜♪との隣人の安易な掛け声によって一人京都に来てしまった新原は滞在時間十七分でここを後にし、学校の屋上でへばってる成瀬のもとへとたどり着いていた。
そう、瞬時概念接近縮地法をまたもや使用して――。
「なるせ、どうしたの?」
見れば恐怖で打ちひしがれている。
「新原……。俺を守ってくれ! ユカリちゃんから守ってくれ!」
「落ち着いて。何があったか説明して」
「新原、俺はな、ただ単純なソフトSMプレイのMを希望していただけなんだ。犬みたいに鎖でつながれて『このバカ犬――――っ!』とか、『あんた平民なんだから魔法は使えないの、貴族の言うことにきちんとしたがいなさい!』とか、『ごごごごごご御主人様の好きなとこいっかしょだけ、特別にさわってもいいんだからね!』とか言われたのに俺はやり過ぎてしまってビンタをされるとか……。そんなことをしたかったのに、本編での新原に恐怖を植え付けられてしまった、乙女が少年の鼻の中に指を突っ込むという行為をユカリちゃんは再編しようとするんだよ」
「……」
「こよりを使って!!!!!!!!」
「……」
「なあ、新原。おまえは宇宙人なんだろ?」
「まだ本編では、正式な発表は為されてはいない」
「そんなことはいいさ。俺を元気づけるために人さし指を掲げて、友達ってやってくれれば」
「ちっ」
(あーめんどくさー。私は本編だけではなくて、こんなことからもこいつを守ってやんなくてはならないのか……。この主人公補正が――)
♪
「サイトのバカ――――――っ! このさかりのついた犬! あんたはねっ、床に這いつくばっていればよいの! 誰でも彼でも尻尾を振って、これじゃあ平民ではなくて犬ね! そして……、この私に狼藉を働こうとするなんて!」
『はー、すいません。わがご主人である使い魔さま』
あれから、撲殺バット○スカリボルグ(金属ニッケル製)で嬲り殺されたネコミーは、通常状態に戻った撲殺天使ドク○ちゃんによって「ぴぴるぴる○るぴぴるぴ〜」と唱えられすげなく生き返った。
気がつけば正気に戻っていた斎藤は、手を伸ばして抱擁を求めてきたユカリちゃんに事の成り行きでで思わず抱きついてしまっていた。
しかしその時、斎藤、斎藤とうわごとのように唱えていたユカリちゃんは、サイトー、サイトとなっていき、気づけば○ロの使い魔、○イズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが憑依していたのだった。
もちろん斎藤も、撲殺天使ドク○ちゃんから○賀サイトに憑依したのは言うまでもない。
そうして今のような状況になってしまったのだ。
「ばかっ!!! このエロ犬!!」
――ドッカーン。
ユカリちゃんが爆発の魔法を使い、斎藤は真昼のお星様となった。
(わしは……、このめまぐるしくも騒々しい展開についていけないから昼寝でもするか。無事生き返ったことだしな。)
ネコミーはシエスタタイムに入った。
吉田――改め獣耳先輩は、ご都合主義のためか途中で姿を消してしまった。
そして、斎藤を吹き飛ばして一仕事終えたユカリちゃんは、またハルくんのことに思いを馳せ極上のこよりを作り始める。
どうやらまた、世界は変わることなく平凡に動いていくようだった。
♪
『うわぁぁぁぁ――――、成瀬――――!!!』
「なななな、なんでお前が空から降ってくるんだ!! やばい! やばい! 衝突しちまう。新原、なんとかしてく……」
しかし、新原は瞬時概念接近縮地法を使って消えていた。
成瀬は絶望する。
だが、自分は主人公だ。そう心を持ち直して、そして――。
落下地点を探ろうと慌てふためきくるくる回っていた。手を目一杯広げ受け止めようと試みているのだ。
かたや斎藤も急降下してきて、キラキラと空中で回る。
まるで死へと向かっていく二人の輪舞曲、そんな序章が始まっているみたいだった。
『なるせ――っ!!』
これが男女であったならばどんなに美しい光景であろうか。
「斎藤! 俺に任せるんだ!!! いいか、よく聞け! ラノベの主人公は、土壇場で驚異的な力を発揮するんだ。そうさ、何の特徴もない平凡な少年の感性はカリスマのごとく研ぎ澄まされ、どんな状況においこまれても『これだっ』という正しい道に導いてくださるんだ。神のご加護を信じろ! 作者が精魂込めて生み出したキャラを、こんな簡単に切り捨てるわけがないだろ! だから、全ての身を俺に委ねろ! 斎藤!」
斎藤が落ちる。
成瀬が構える。
重力はなくならないのか。
ふとそう思い、その時に二人は衝突した。が、かろうじてその衝突を耐えきった。
しかし、状況は悲惨だった。
一見するとその様子は、男二人が誰もいない屋上で抱き合っている姿だったからだ。
まるでR指定だった。BLの要素が含まれていた。
残るのは、衝突の摩擦で服が跡形もなく消えていたという事実だけ。
「さて……」
成瀬は間の取り方に苦心する。
なんせ当然ではある。
このまま沈黙の恐怖でいたたまれなくなるよりかは、方便でもさて、と言った方がいいのだから。
すると抱き合ったままでいた斎藤が、真剣に口元を見つめ始めた。
(まさかっ)
心が揺らぐ。こいつの頭がいかれてしまったのかと思う。
成瀬は――おそらく無意識的にではあるが――唇を舌で舐めていた。
そして、その初めてのキスの味の前は、鉄の味が――!!!!
「おまえ……、鼻血」
「あっ……」
「――いや……、それよりもなによりも、すまん。こんな状態にまで……。たが死の淵から、三途の川から蘇ったような気分だ。ありがとう」
斎藤はようやく成瀬から離れて身を起こす。
「ああ。――だがな……、安心したら尿意が……」
(ったく……俺はいろんなところからいろんなものを垂れ流そうとしているな)
しかし、それでも成瀬は思う。
世界はたった1%の崇高な話と、それ以外は全て――99%はバカ話でできているんだ。
だからなにも恥じることはない。これもバカ話の冗談にしてしまえ、って。
学校という神聖な場所の屋上で全裸の野郎二人がつれしょんをするっていうのはどうだ。
そんな最上級のバカ話。
いいじゃないか、最高だぜ。
ふと人間っていいな〜って歌詞が浮かぶ。
まったくそのとおりだな。なんだかよくわからんが。
「おい成瀬。それよりもこの状況とおまえの鼻血どうすんだぁー?」
そこで二人ははにかんで笑った。それは斎藤がいつものおちゃらけた調子でいったからだ。
そう、どうやら斎藤も悟ったらしい。なるようになれ、と。
そして成瀬は――。
「しらねぇーよ。それよりもな斎藤。今からつれしょんをするぞ。こっから」
すると斎藤はしばし逡巡し、
「ちっ、まったくばかな奴だな」
そう言って成瀬の後に続いて構えに入っていく斎藤。
その様子は、太陽と作者だけが見ていた。
―――――Fin
というわけで次回の『ゆかりちゃんのゆううつ☆』は第5話で『キスノート』です。
そのまえにたぶん『なるせくんのゆううつ☆』第2話なのかもしれません。まだ未定で。
ていうより酷いバカ話ですいません、すいません――。
あの後、二人はどうするんだろうか……。比嘉あたりに連絡して洋服を持ってきてもらうしか方法が……。いや、その前に新原がテレポーテーションで戻ってきそうだ。
ってそれよりも、こんなバカ話に付きあってくださりありがとうございました、ですね。
おまけというよりもはや外伝ですよ。長くなるとは予測していたのですが筆の進むままにつらつらと調子に乗って書いて、話の腰を折る収拾がつかなくなってしまい9000文字なんて……。本編の1.5話分の時間は使ったのかもしれません。
では、本編もがんばって書いていきますので、ぜひこれからもよろしくお願いいたします。