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2−7

 ということで、これはあの枕投げにたどり着く前で少し時間軸をずらした話である。

 もちろん家に帰り着いてからも気が重かった俺。折角、あの中休みの超常現象から立ち直りの兆しをみせたと思った途端に、あの新原のテレポーテーションを見せつけられたからたまったもんではない。

 心身は極めて疲労困憊であった。

 晩飯を食べ終わってすぐに、それはもうバッテリーエネルギーの充填じゅうてんをおこなわなければならないというぐらいの勢いでベットへと突っ伏していた。

 こうしてしばらくはそのままでいたのだが、やはり新原が渡してきたもんが気になり始め鞄を横に倒してその本と原稿用紙が出てこないかをまさぐっていた。

 そしたらコロン。

 ふいに鞄から飛び出してきたものがあった。

 それは中休みにユカリが渡してくれた手紙だった。

 つまるところ、俺はユカリの交換日記風手紙を今の今まですっかりと忘れてということになるのだ。

 でもさ、しょうがないだろ? 

 はっきりいってそれどころじゃーないことを体験しちまっていたのだから。

 だけどそんな俺でさえも人並みには申し訳なく思って、ユカリの手紙に向かって一礼をしてから中を読みはじめた。

 最初の方は昨日貰った手紙と同じように改行も全く使わないという不自然さで、前日の出来事をただ日記のように――枚挙にいとまが無いほどに淡々とした日常生活を取り上げるだけであった。

 例えば、朝起きた時にどんな気分だった。朝食はトースト、ベーコンエッグ、海藻サラダを食べた。一時間目から六時間目までの授業は内容がこういう風に難しかった。部活でのサッカーはこういうことをした。そんなことが逐一丁寧に記してあるのだ。

 しかし、昨日の手紙とは大きく異なったのはその後半部分であった。

 今日の手紙の場合は、先へと読み進めれば読み進めるほどに適切な改行の空き具合になっていき格段に読みやすくなっていったのだ。

 しかも本来ならばしっかりとしていて、俺がおかしな事(実際にありえないほどのおかしな事は起こってしまったが)を夢想し始めたりすると「いい加減にしなさい」なんて言うユカリにしては、ありえないと言っていいほど驚いてしまう文章があった。





 ――明日は一日をめいっぱい使ってハルくんと遊びに行きたいな。学校の事は忘れて映画見たり公園でひなたぼっこをしながらのんびりしたりしたいんだぁー。だからあの喫茶店がある武蔵桜公園の時計台の下で朝の九時に待っているから来て欲しいの。それにね、深く話したいこともあるからね。





 その内容になんの意図が含まれているのか定かではないが、今日の一連の流れといいなにか深い関連性があるのではないかとやはり勘ぐってしまう。

 これも通常の小早川ならば有無を言わさずに強引に連れだしていくのだが、それでも彼女には――例えば、学校の授業はちゃんとこなすなど――実生活をしっかりと優先させるという信条があったような気がしてならない。だからこのような不可解だといえてしまうパターンはとんと記憶がないのと、それに深く話したいことというのは小早川自身に関することなんだろうか推測してしまう。

 それはただの勘違いであってほしいが。

 そう考えつつも、俺がその手紙をもう一度読みなおそうとしてゆっくりと文字を指でなぞっているところで我が妹の登場である。


 ――ガッチャリ。


 部屋のドアがなんの前触れもなしにとどろきドアが高速で開け放たれた。

 そしてなぜかその瞬間、俺は獣耳先輩(で名前はなんだったんだか、結局)と金井が入ってきたときのことが脳裏をよぎってしまう。まあ仕方がないのかもしれない。パブロフの条件反射みたいで情けないのだが。


「ハルくぅーん!」

 

 ていうかノックアンドウエイトの手順がどんどん悪くなっていねぇーか?

 やはりなんだかんだは言っても生きている年数が如実に礼儀作法をきちんとこなせるかどうかに影響するのだな、なんておごり高ぶった思想が脳内を駆け巡る俺。

 だがそんな状況にもお構いなしにコンコンとも鳴かないで入ってきた三匹目の非常識なキツネ娘は、普段のそれとはかけ離れているほど鋭い視線を投げかけ、今の状況を達観したようなを面持ちを見せ始めたのだ。


 しかも、「あーっ、ハルくんそれラブレター? アキにもみせてみせてぇ〜」


 もちろん俺は脊髄せきずい反射的にこう切り返す。


「だー、だめだ」


「でも、ラブレターでしょ〜」


「ち、違うかな」


 これラブレターか。

 たしかに見た感じでは可愛らしいレターではあるが。

 でも違うよな? そうなのか?


「え〜、ハルくんの嘘つきぃー。嘘つきはドロボーさんのはじまりだよぉ〜」


「だから違うんだよ」


「じゃあー違うならみせて」


 うむ。その論理は我が妹にしては正しいかもしれない。


「やだね」


「えー」


「だめだ」


「どうしても?」


「ああ」


「む、お、教えてくれるまで、アキ、この部屋で暴れるんだからっ」


「ああ、知らねえよ」


 俺がこう言い放った瞬間、唇を真一文字に結びタコ焼きができるほどにほっぺたをふくらますアキ。すると、回れ右をするかのごとくくるんと踵を返した我が妹はたったかたーと階段を下っていき、その音はここの部屋にまで響き渡ってくるほどのうるささだった。

 そう、こうなったらもう我が妹の行動パターンは百通りの目が出るダイズを転がしても、実は書いてある内容は全て同じだったんじゃないかというぐらい毎度おなじみの行動を取ってくるのだ。


「おかーさん! ありったけの枕!」


 階下での母娘の会話が聞こえてくる。


「はいはい、アキちゃん。でもね」


「うん、わかってるっ」


「わかってるけど言っとくからね。あまり人様に迷惑がかかるほどは騒がないこと。それとハルー! あんたがその状況においてすることは分かってるわよねー」


 はいはい、グリーングリーンの替え歌でもしてあげればいいんだろ。それに親父はちゃんと帰ってくるんだって歌詞をつけて。……じゃなくて、適度に負けろって事だろうな。

 こうして第三百二十六回(まあ数値はテキトー)枕投げ選手権というツールドフランスよりも回数が多く、大相撲場所よりは回数が少ないであろう我が家の正式種目が始まってしまったというのが事の全容だったのだ。





 ◇◇◇





 そうやって、後一時間ぐらいはぐたぐたとアキに付き合っていた。枕投げの件に関しては早々と俺の敗北という結果になっていて、我が妹のやつはやはり学校で出された宿題全てを持ってきやがった。

 でも、ひと通り暴れて手紙の事を忘れているので良しとしよう。俺はパイナップルヘアーを見事なまでに作り上げているビーズみたいなヘアゴムの部分――そこを弾くようにパチパチといじくりながら教えてやった。

 やがてアキは俺に教鞭を奮ってもらい納得の面持ちでここの部屋を後にして、また一人つれづれと良し無し事を考え夜が更けていった。そうして夜な夜な考え込み丑三つ時とまではいかないものやっぱりあの事で悩み苦しんでしまう。

 この激動の奔流はんりゅうにのみ込まれつつもある俺はこれから先運命のいたずらという気まぐれな風に吹かれてしまうのだろうか、または羅針盤を亡くして進路を見失った幽霊船のごとくゆらゆらと流れのままに翻弄されてしまうのだろうか、と。

 ――この表現、どっちも一緒だよな。

 こうして俺は幾度となく熱に浮かされたかのように寝ころびながらも思い返し、その場所から見えている無造作に置いてあった鞄は、すでに異質な物だと物語るような本と原稿用紙が飛び出していたので否応がなしにも目に入ってしまっていた。

 それと結局、新原から受けとった一冊の本と原稿用紙は封印の術でもかけられているのかどちらとも開くことはなかった。彼女の言うとおりならば、明日から学校でという条件でしか開くことはないのだろう。

 後、俺の先祖代々から伝われしいにしえの呪文を淀みなく紡いでみたのだが無駄だったね。まあ、ひらけゴマじゃーダメだと分かっていたけどさ。

 そしてもう一つは小早川の手紙とその内容。

 この件に関しては、明日学校へと行く気分ではなかったことを鑑みれば良い息抜きにはなるではないか。そうプラスに考えるしかない。

 やはり新原が渡してくれた本の内容は気になるが、その前にユカリにも聞かなければならないことがある。どっちが重要なのかは現時点では分からないけど、新原の件は明日から三日以内、つまりは四月二十一日の金曜日までに読んで欲しいといったのだからこの判断で大丈夫だろう。

 だから小早川の用事を優先させる方が大事だ。

 と、ここまで考えてようやく自分の思考回路をリセットをすることできるような眠気が襲ってきたようだった。

 こんな状態でも睡眠を欲する人間の生理機能に感謝しなくてはならないよな、これはきっとさ。こうやって俺は眠りについていった。





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