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1−9

 さて。

 あの髪密度の少ない頭から光がさまざまな方向に屈折しあっていて閃光がほとばしり、もはや光頭無形こうとうむけいとなっていたことをスルーするべきではない時がやってきたのだ。むしろ、コケにしてやらなくてはいけない。

 それは先ほど職員室に行った時に暗澹あんたんたる事実が発覚してしまったわけであって、我が担任の角川の名前は貞行さだゆきといい、しかも自分よりも二十五歳も若くクリスチャン系短大を卒業したての幼妻と手を取り合い中睦まじく暮らしているからだ。くそ、マジで自慢してやがった。ホントいらんパーソナル情報を入手してしまったぜ! ならば、俺は貴様が洗礼を受けた時に与えられるクリスチャンネームでも特別に考えてやるよ。そして、その名は照光てるみつだ。どうだ、ぴったしじゃーないか。さあ、感謝してくれ。もしくはギャンブルに溺れ破産して、離縁状と賠償金の証書と死の十字架でも突きつけられろ。そしてこれからは四畳半の一間でフロム・ハンド・トゥ・マウスみたいなうらぶれた生活送ってくれ。

 と、まあ……憎々しい彼から奪い去るようにして文芸室の鍵をブン取った後、荒唐無稽な自分の腐った思考回路を誇りながらも、それでいて新原に対する懸案事項はまたもや先延ばしにして文芸室へと向かっていた。

 話の長い角川の先公曰く、この学校の規則や生徒会の所存によって五人の部員がいない団体は部として承認されないらしい。つまりは五人未満の場合だと同好会扱いになるようだ。

 しかし、よく確認すれば新入生オリエンテーション冊子にも生徒手帳にも同様の事が記してあったのだから聞いちゃいられない。また先ほどののろけ話になったらとんだ災難である。だから、これっぽちも後ろ髪をひかれない想いで逃げ出してきたのだった。

 そして、幾分か落ち着いた俺は少しそのことについて考えてみる。

 やはり、最低限五人が揃わなければ部として成り立たないのは当然だな、と。

 結局のところ最低限居場所さえ確保できれば同好会でも構わない。部員一人だったとしても場所があれば御の字だろう。

 それに斎藤があの時語ってくれた文芸室の噂だと、そこには窓辺にたたずむ病弱で薄幸の美少女がいて、そんな古いハリウッド映画にでもでてきそうな深窓の令嬢の微笑みを見てしまった瞬間に、メディーサの瞳の呪いにでも掛けられたように奈落の底の異世界に連れて行かれちまうらしい。

 確か魔眼に射すくめられそうになった時は、男性器を出せばその場をやり過ごせるという話を聞いたことがあるが、ん? それは女性器だったか? 

 よく考えればそういう神秘的で聖なるご加護的な力は女性の専売特許じゃーないか。ってまったく、何を考えているんだろうな俺は。

 まあそれであっても、一人で畏怖の対象となりそうな美少女を待っているのも悪くないもんだ。もちろん超自然的に社会の窓が、あるいは何らかの物理的反動でズボンのチャックが見事にご開帳していたのならばそれをやっても構わないと、考えないまでもない、ってそんなわけはない(何重否定だ?)。


「ふう……」


 そろそろ程度の低いこの思考は切り捨て御免にするか。

 で、齋藤の話に舞い戻るが、やはりこういう話というのは眉唾よりもさらに程度が低い都市伝説的な話なのは分かってはいる。心の片隅ではずっとそう思っているんだ。きっと学校の階段の階数が昼と夜で違ったとか、理科室の人体模型が動くとか、誰もいない音楽室でポロンとピアノの音がするとかと同じような類の話だろう。よく言われる七不思議みたいな。

 だけど、万が一そこに美少女がいて俺に選択肢があったならば、異世界には行ってみたいと願ってもやまないんだけどさ。

 

「着いたか」


 こう十把一絡じっぱひとからげな思いごとをしていれば、いつのまにか目的地にたどり着いていた。

 若干プレートは傾いていたがそこにはしっかり文芸室と記してあった。

 ――しっかし、あれだな。

 この教室は三年が卒業して以来使われていないという割には、グラウンドなどが一望できそうな二階の良い場所ではないか。しかも隣の教室は女子更衣室。

 あんなことやこんなことや、しまいには壁に穴――(自主規制)

 それとも、キャキャキャとした嬌声なんか聞こえて――(自主規制)

 いかんいかん。冗談が過ぎた。

 気を取り直した俺は、秘密基地に探検でもするようなはやる気持ちを抑えてポケットから鍵を取り出す。そしてこの扉を開けた瞬間に運命的な出会いを果たすみたいな、あなたとわたしは二年ぶりの邂逅でした的な女の子でもいればなんてちらっと思い、瞬時に鍵が開いてねぇのにこんなアホな妄想をしている自分を猛省したくもなりながらガチャガチャっと開けた。


 ――キィー

 ――ギチギチィー


 今にもくたばりそうな年老いた百舌モズの最後のいななきか、すっごいおんぼろなチャリのブレーキみたいな音を出してドアがうなった。

 スムーズにドアの開閉をするためにはワックスかなんかをかけなくてはならないと、俺は否応なしにも思った。

 中を見渡す。

 本の匂いと木の匂い、それにあたたかな日差しがその場所を照らし出していた。どうやら採光は抜群である。

 ひなびた感じのする独特な雰囲気がとても良い。それで充分だ。

 俺は部屋の中央に行きぐるりと辺りを見回した。

 あるのはボロイ机と椅子。それと本棚には、大きさもジャンルもてんでばらばらであろううずたかく積み上げられた山があった。その無秩序と化している本棚の端っこには折りたたんだ段ボールが積み重なっている。しきりのようなダンボールを掻き分け、もっと奥の方を覗きこんでみるとさりげなくガスコンロなんかが置いてあった。ガスが繋いであるのか。

 窓の方にも行ってみた。サッシなんかを指でなぞったらホコリがついちまいそうな汚れがあった。

 そうだな。まずはあるべきところにあるものを置いて、塵一つ落ちてないぐらいにしっかりと掃除でもするか。こういう部屋は丹念に雑巾がけをするにかぎるな。そして、ここにコーヒーのドリッパー――いや、少し趣向を凝らして、それにベルヌーイの定理にも敬意を表してサイフォンでも持ってくるか。雰囲気作りに一役買うだろう。

 だいたい上手いコーヒーには砂糖なんて必要ない。ついでにいえば塩も酢も醤油も味噌もいらないんだ。もちろん、コーヒーの調味料に唐辛子なんてかけたら俺はその場で卒倒してしまうだろう(なぜこのような事を言うのかというと新原が唐辛子を食べていたからである)。

 と、そのように俺はいたって普段どおりの心拍数を刻みながら、でも素面しらふであるとはいかんとも言いがたい感じでにやにやと考えていれば、一冊の本が視界に入ったのだ。

 科学が信仰の対象となった十九世紀ぐらいの東欧の片田舎城に置いてありそうな古くて分厚い本。なぜだか目に入ってしまった。まるでその本に吸い寄せられたかのようにどうしてもページをめくって見なければいけないような衝動に駆られてしまう。

 気になって一ページ目を開いてみた。

 続けて二ページ目、三ページ目。

 続けて四ページ目が……開かない。

 

「なんだ、これ」


 俺は思わず唸ってしまう。

 とりあえず三ページまでの文章がこれだ。





 ――ヴォネガットの創作講座――



   一、赤の他人に時間を使わせた上で、その時間はむだではなかったと思わせること。

  

       二、男女いずれの読者も応援できるキャラクターを、すくなくともひとりは登場させること。

  

     三、たとえコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにもなにかをほしがらせること。

  

      四、どのセンテンスにもふたつの役目のどちらかをさせること――登場人物を説明するか、アクションを前に進めるか。

  

    五、なるべく結末近くから話をはじめること。

  

        六、サディストになること。どれほど自作の主人公が善良な好人物であっても、その身の上におそろしい出来事をふりかからせる――自分がなにからできているかを読者にさとらせるために。

  

 七、ただのひとりの読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓をあけはなって世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう。

  

        八、なるべく早く、なるべく多くの情報を読者に与えること。サスペンスなどくそくらえ。なにが起きているか、なぜ、どこで起きているかについて、読者が完全な理解を持つ必要がある。たとえばゴキブリに最後のなんページかをかじられてしまっても、自分でその物語をしめくくれるように。





 ヴォネガットの創作理論……。なんかこいつはすごい掘り出し物のような気がした。

 そう考え込んだ俺は、その本を大層な動作で小脇に抱えながら窓の景色を覗き込んてみた。

 するとそこから見降ろした場所は、本を読むのにうってつけなこもれびゾーンが眼下に広がっていたのであった。





 『ユカリちゃんのゆううつ☆』


 この物語は本編とは一切関係がございません。作者の気が向くままに始めたヒロイン応援プランです。

 そしてここでは、あのユカリちゃん(若干幼め)が自宅の鏡の精霊ネコミーととりとめのない会話をしているだけです。

 ジャンル? 不条理なパロディーコメディーです……。どこかでみたことあるようなラノベのタイトルでありましても気にしないで頂ければ幸いです。

 


 第一話 『オレンジと香辛料』



「ねぇ……」


(ごくりっ……。)


「――ベルヘルミナ!」


(なっ、名前が変わってる!!!)


「わたし……ゆううつなの」


「どうしたんだい。ユカリちゃん」


「あのね、あたしは作者が勝手にタイトルを『小早川 ユカリの憂鬱』から『幼馴染の付き合い方』に変えたことはほん――――――――――の少しの憂鬱さも感じないし、本編でのあたしの性格にブレがありすぎることも別に問題ないの。でもね……」


「でも?」


「お弁当なんか作れないキャラであるはずのあたしが、がんばって作ったお弁当を持っていてもハル君が食べたがらないの」


(てめぇーの弁当は死んでも食えねぇーだろ)


「ほらっ、それは……お腹がいっぱいなんじゃないか?」 


「うぅー……、だってねだってね、毎日持っていてもダメなんだよ? 折角ね、媚薬の粉を集めてホウレンソウのたまご焼きに入れてるのに食べてくれなきゃ好きになってくれない……」


(だ、だから紫色のたまご焼きができるのか……)


「うむ、紫だけに……」


「ふぇ〜ん。ベルヘルミーなんかいい方法教えてぇよー」


(たっ、短縮しやがった)


「なんかないの……ベルヘル」


「そうだな、ホウレンソウのたまごやきを止めて果物にしたらどうだ?」


「果物?」


「甘い果実の誘惑だよ!」


「え、あ、うん! ネコミーありがと!」


「そこでだ。例えばオレンジなんかどうだ?」


「オーレンジ?」


「ユカリちゃんは、オレンジの素晴らしさを知らないのか?」


「……」


「オレンジはな、カリフォルニアの太陽の恵みを浴びた……ん? どうしたんだ?」


「わっ……」


「わ?」


「わ、わっちはりんごの方が好きじゃ!!!」


(ちぇっ、憑依がはじまったか……あーめんどくせぇ〜)


「わしは全力でオレンジを推薦しているんだぞ」


「む? りんごりんごりーんごりんごじゃ――! ぬしよ、今すぐあのわっちを誘惑する悪魔の身を買ってくるのじゃ」



「ユカリちゃん。早く憑依から戻ってきたら、わしの世界においての先祖代々伝わる『ホ』の字のまじないを教えてしんぜるが……」


「ほんとー?」


(なんてあつかいやすい……)


「そうだ。いいかぁー。好きな人の顔にな、ありったけの香辛料をふりかけるんだよ。するとあら不思議! もうユカリちゃんの魅力にメロメロのメロンパンさ!」


「うん! うん! ありがとーネコミー! あっ、あたしがんばってみるね!」


「おう!」


(さてさて……、おもしろくなりそうだな……だけど大丈夫だろうか見切り発車の作者は……)



 次回の『ユカリちゃんのゆううつ☆』は、

 『今日だけ『こ』のつく自由文』です! ではっ!


 

 

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