見慣れてはいない景色
夕日が窓から差し込みキラキラと輝いていた。海
が見える立地だからこそ更に眩しい。教室という空間が淡いオレンジ色に染まる。サッカー部や野球部の掛け声。吹奏楽部の演奏や合唱部の歌声。視覚にも聴覚にも訴えかけてくるようだった。
それは何を訴えたいんだろうね、と皮肉げな表情を浮かべたが、何も思わなかったかの様に亜季はその疑問を心の中に閉じ込めた。それは仕舞いこんだ先で渦を巻いていた。
いつまで引きずっているのだろう。何を怯えているのだろう。高校生になったら今までの事とさよならを告げようと決めたのに。
心音が大きくなったことに気づき、慌てて考えることを止めたようだ。そして教科書を鞄に仕舞った。夕焼けを見ると突然切なくなるのは人の性なのかもしれない。亜季は重い鞄を背負い、校舎を出た。運動部が盛んに活動している校庭を少し見ながら足早に駅に向かった。
急いで乗った電車の中で疲労感がどっと押し寄せたようだ。体を壁に委ね、うつらうつらしていた目に学校から見えた景色が再び飛び込んできた。その瞬間にぱっちりと目が開いた。
未だに見慣れてはいない景色。遠くに船と思しき小さな黒い点が揺蕩っている。ポストカードの様な美しい景色に心を奪われていた。冷えかけていた心の中がぽっと温かくなった。少し独特なイントネーションのアナウンスが流れたことで我に返った。
自宅最寄りのレトロで小さな駅を出て自転車に跨る。緩い上り坂を立ち乗りでペダルを漕いでいた。家に着くと、茜色だった空が紺色になっていた。誰もいない家の鍵を開け、冷蔵庫の中を一通り眺めた後何も取り出さないまま冷蔵庫の扉を閉めて2階へと駆け上がった。部屋に入り鞄を置いて椅子に座った。彼女は机に向かい一点を見つめてから鞄から教科書とノートと筆箱、手帳を取り出す。手帳のフリースペースに「夕方の海が綺麗だった」、ノートの隅に「頑張る」と記し教科書を開いた。