まだ…
「はい終わり、筆記具置いてね。」
パタンと一斉にシャーペンが机に置く音が教室中で鳴る。時計を見ると11時半で、黒板に記されているテストの時間割は全て終わったことを告げた。
「起立 気を付けー 礼。」
ありがとうございましたー、と全体の半分にも満たなそうな声のボリューム。しかし次の瞬間にそれが倍以上にもなった。
最後の問題アだよねー。
いや違うでしょウだって!
えー!?
あ、あとさ!長文何て書いた?
なんて話題で持ちきりなところもあれば、テストが終わったことへの安堵感からか溜め息をつく生徒もいる。
亜季は周りをキョロキョロと見回した。だが誰も近くには来そうになかったため、古ぼけた椅子に軽くて寄りかかり、机上の消しゴムのカスを片付けてからお弁当を広げた。彼女が好きな、桜柄の風呂敷に包まれているのをほどいた。
解放感に浸りつつ蓋を開け、おー美味しそう!と感動していると、
「ねえねえ亜季ちゃん、一緒に食べよう!」
明るい色の小さなバックを片手に、亜季の元を訪れた。
えっと…由良ちゃんだよね!確か!と心の中で確認してから、
「あ、うん食べよう、ありがとう!」
と誘われ慣れていない亜季は、由良に負けないように精一杯の笑顔で応じたつもりだった。
誘導されるがまま着いていくと、班を作ったように机がくっ付けられていた。そこには千紘と舞が既に座っていた。あれ、あとの二人は…と考えを巡らせた。まだ会話をしたことも無い上に名前も覚えていない様だった。その二人は知り合いの様で、食事をしながら小声で話していた。他からは声が聞こえてくるのにも関わらず、沈黙に包まれていた。少し気まずい雰囲気が漂い始めると、
「あ、そうだ亜季ちゃんってどこから来たんだっけー?」
と舞が口を開いた。亜季はクラスの中で一人だけ住所が違う方向にあるのだ。地名を言うと、
「あ、そうか…ごめんね、分からないんだよ…。そこってどんなところ?」
申し訳なさそうに再び訊ねた。
「全然大丈夫だよそんな!うーん、あんまり何も無いところだよ。有名な所って聞かれてもあんまり浮かんでこないし」
謙遜したつもりで苦笑いしながら言うと、
「あ、そうなの?なら良かった!」
良かったと言われた亜季は、良かったのか?と複雑な気持ちに苛まれたが、触れないことにした様だ。そして、またもや質問される。
「じゃあ何部だったの?」
食べていた物を飲み込んでから口を開く。
「弓道だよ!」
「え、すごいねー!続けるの?」
「ううん、高校じゃあいいやと思って…」
何で?と聞かれたが、曖昧に答えた。過去をあまり知られたくなかったからだ。その過去とは、部活で同級生や上級生から孤立していて、成績も良くなかったことだ。それが彼女にとっては俗に黒歴史と言われるものとなった。
しばらくもしない内に再び沈黙が流れる。箸が弁当箱にぶつかる軽い音がたまにするのがまた虚しさをそそる。亜季は基本的に静かな場所の方が好きだが、変な静けさはあまり得意で無い。しかし、自分で何か話を切り出そうとはしなかった。内気とはまた違う。他人に嫌われることを極端に嫌がる性格だからなのかもしれない。それが自身の負担となっていくのはまだ知る由も無かった。