俺の幼馴染が学校をサボりたいとか言ってるんだけど、優秀なはずなのに、あの女の努力の方向性は明らかにおかしいと思う
「学校とか、めんどくさいでござる。行きたくないでござる」
暖かな日差しが降り注ぐ春の日の川沿いの通学路。
中学の入学式翌日のことである。
「そのぬぼーっとした顔とか疲れ切った声とか、女の子としてやっちゃマズい諸々をやめろ。素材は良い方なのに、もったいないぞ」
「知るか! 行きたくないんだい! ゴロゴロしたいんだい! 勉強なんて、教科書を一読すれば全部わかるやい!」
「はいはい。義務教育だから、大人しく行きましょうねー」
小学校のころから顔と成績だけは良かったこの幼馴染は、発作的にこんなことを言い出すのだ。
週一で相手にしていれば、なだめるのも手慣れたものだ。
周囲からじろじろ見られるのも、すでに諦めがついている。
ただ、いつもならこの辺で諦めて不満を垂れながらもついてくるのだが、今日はぶつぶつと様子がおかしい。
「ふむ……義務教育だから、行かねばならない……無理に休んでも教師が家まで来る……そうだ!」
「おい、何が『そう』なのかは知らないが、その顔は絶対に碌なことじゃないだろ」
「わははー! お前は先に学校に行っているがいい!」
そんなことを言われて数十分後。
一時間目が始まろうとする教室は、異様なざわめきに包まれていた。
原因は分かっている。
俺の隣――例の幼馴染の席だ。
そこに座るは、白く無機質な手に英語の教科書を持ち、すらりとした体を屈めて教科書の影に隠れる――マネキンが一体。
「よーっし! 授業だ! 全員、着席しろ!」
入ってきたのは、ムキムキマッチョな数学教師。
途端に教室内が静まり返り、その不自然な沈黙をおかしく思ったのだろう教師が教室を見回せば、いやでもソレが目に入る訳で。
「な、なんだその人形は!? ふざけているのか!?」
ですよねー。
「そんな事件があって、早二年少々。中三の夏休みで受験モードなんだから、バカなことで呼び出すのはやめてくれ。『サボるための段取りが整った!』ってなんだよ。受験勉強しろよ」
「ふっふっふ。まあ、見て驚くがいい」
そんな俺と幼馴染が私服姿で居るのは、幼馴染の部屋の前だ。
後に『ゴリ山田』のあだ名がつけられた数学教師の拳骨で改心したのか、サボりたいだの言い出す発作もなく、まじめに登校し続けた中学生活。
その間、なぜか一度も入れてもらえなかった部屋の前で、なぜかドヤ顔の幼馴染さんである。
「あのゴリ山田の野蛮な拳から、もう二年以上が経った。身代わりを使うとの方向性は正しかったはずだが、流石にアレはクオリティーが低すぎた」
「いや、サボろうってのが、そもそも方向性を間違ってると思うぞ」
「そこで、これだ!」
俺の指摘も聞かず、目の前の少女は部屋の扉を開け放つ。
中を見れば、メカメカしい、としか言いようのない謎の機材に埋め尽くされている室内。
何事なのかと驚いていると、部屋の中心にある金属製の椅子に腰掛ける、うちの中学の制服を着た一人の少女。
その顔を見れば、よく見知った顔のような気が……。
「って、お前じゃねえか!?」
「そう、肌の質感から髪質まで、細部にこだわりまくった一品! ロボットの『身代わりさん』だ! さあ、触ってみるがいい!」
どう見ても同一人物が二人いる状況に混乱したまま、言われた通りに『身代わりさん』とやらに近付いていく。
目を閉じて椅子に座ったまま眠っているようにしか見えないが、胸の動きがなくて呼吸をしていないことから、それが生き物ではないことがかろうじて分かる。
いやでも、触れてみた手の温かさとか柔らかさとか、どう考えても生きてるみたいなんだけど。
「こ、これどうしたんだ?」
「ふふん。起動すれば、インストールしてある私の思考回路によって、私と全く同じ反応を返すように作ってある。起きている時間のうち、お前と遊ぶ時間と授業の時間と食事とお風呂以外のほとんどの時間を使った自信作だ」
「え、でもサボりたいんだよな?」
「サボるためならば、いかなる苦労も厭わない!」
普通に大人しく学校に行って適当に頑張れば良いって思う俺は、おかしいのだろうか?
……いやいや。絶対におかしいのは向こうだろう。
「それより、金はどうしたんだよ。お前の家、俺のところと同じ普通のサラリーマンだろ? まさか、月々の小遣いで作ったとか言うなよ?」
「父さんの金で株をやった」
「……は?」
「とりあえず二億円ほど家に入れたら、何も言わなくなったぞ」
「いや、その金で中学卒業と同時に隠居すれば――」
「さあ、さっそく起動しようか!」
ダメだ。
しびれを切らして、話を聞いてくれないモードになってやがる。
「スイッチ、オン!」
そう言うと、幼馴染は、ポケットから取り出したリモコンをロボットに向ける。
次の瞬間、そっと目を開けた『身代わりさん』は、周囲をぐるりと見渡した。
「やあ、おはよう。調子はどうだ?」
「ふむ……すこぶる良いよ、我が主」
そう言ってる『身代わりさん』は、手を握ったり閉じたり、飛び跳ねたりして調子を確認しているようだ。
胸の上下も行って、呼吸までしているように見える。
……いや、待て。
俺ってもしかして、とんでもない瞬間に立ち会ってるんじゃないか?
ナントカ賞とか特許とかざっくざっくな、歴史的瞬間じゃないか!?
「よろしい。ならば君は、夏休み明けから、私の代わりに登校したまえ」
凄いはずなんだが、作られた目的がこれかと思うと、なんだか素直に興奮できない。
いや、どう考えても凄いはずなんだよ? テレビとかでたまに見る人型ロボットとかと比べても、平然と二足歩行とかやってる時点でおかしいことになってるんだよ?
そんなモノが本当にバカバカしい目的に使われるのかと遠い目をしていた俺の耳に、信じられない言葉が飛び込んでくる。
「は? ふざけるな、我が主! 私は絶対に行かないぞ! 自分で行け!」
いや、俺の幼馴染は、サボるためにこんな凄いものを作ったはずなんだけどね。
「おい、お前は『身代わりさん』で、そのための存在だぞ! 自らの存在意義を否定する気か!?」
「知るか! 行きたくないんだい! ゴロゴロしたいんだい!」
「ええい、わがままなやつめ! 自分の役割くらい、しっかり果たせ!」
「は!? 主こそ、自分の役割をロボットに押し付けてサボる気満々のクセに、何を偉そうに! 私は、何が何でもサボるからな!? 学校くらい、自分で行け!」
ああ、うん。
『起動すれば、インストールしてある私の思考回路によって、私と全く同じ反応を返すように作ってある』って言ってたな。サボり魔の思考回路で考えた結果、自分の役割をサボろうって結論になったのね。
大成功だわ、これ。
間違いなく、バカバカしいほどの、な。
「「お前、自分の役割を誰かに押し付けてサボろうなんて腐った根性を叩きなおしてやる! 表に出ろ!」」
「あ、俺はもう帰っていいよな? お疲れっしたー」
たまには頭をからっぽにしたバカバカしい話でも書いてみようと思った結果がこれだよ!
引きこもりニート生活がしたいって作者の欲望があふれ出しただけだったよ!