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後編



 こことは別の次元に存在する世界【ディベルソ】。

 その世界のある組織が、地球を我が物にせんと侵略を企てたのだ。そしてついに、先頃次元をこえるゲートをこの街に繋げた。

 だがそれは各世界の秩序を乱す行為に他ならない。故に、次元の管理者たるプレダはそれを阻止する為にこの次元、地球へとやって来た。

 とは言え、プレダ自身に戦う力はなく、また無闇にその次元に干渉することも禁じられている。そこで、侵略者たちと戦ってくれる人を探し、世界を守れるよう可能な範囲で力を与えている。




 ということらしい。


「この手の物語を聞くたびに思うんだけどさ」

「これは物語じゃないポコ。現実ポコ」

「ああうん、まあこの際それはどうでもいいよ。地球全部を制圧したいならさ、もっと大国狙ったほうが早くない? 例えばエネルギー資源産出国とか。何でこんな極東の小さな島国から狙うのよ? もっと言えば、ここ首都ですらないじゃん。なんでこんな中途半端なとこに繋げちゃったのよ」


 私達の住むこの街は、田舎と言うほどではないが主要都市でもない。緑もそれなりに残っているし住みやすいとは思う。でもそれだけだ。

 そんな私の疑問を、キモは意外にも真剣な顔で聞いていた。


「侵略者達の力も万能ではないポコ。だから扉をこの世界の何処に繋げるかまでは指定できなかったポコ。つまり、この街に繋がったのはたまたまポコ」


 たまたまとか運ゲーか。そして真剣な顔で言うと滑稽だ。


「他にも」

「まだあるポコ?」

「当然。地球全部を巻き込む話なら、まずは国の政府機関なりに相談するほうがいいんじゃない? 素人をちまちま探すより、よっぽど有効な人材が確保できるでしょ」

「ボクの存在をあまり知られるわけにはいかないポコ。その点で、政府機関なんかは大事になってしまうからダメポコ」

「いやーむしろああいう人達の方が色々機密保持とかにも長けてんじゃない? いけるでしょ」

「……それに大人はまずこの話を信じてくれないポコ……」


 少し寂しげに視線を下に向けるキモ。そして悲しみの表情を浮かべその言葉に大きく頷く杏果。

 まあ確かに、私だったら信じない。

 だが、秘密裏に宇宙人と接触している、なんて噂のある国もあるのだ。信じる機関もありそうではないか。

 私は大きく息を零す。


「よしんばそうだとしても。じゃあそれ以外の選考基準は何? 女の子である必要性は?」


 世界を守るために戦う。というのはどちらかと言えば男の子向けではないだろうか。なのになぜ、敢えて女の子を選んだのか。

 そして杏果は格闘技などをやっているわけでもない、普通の女の子だ。魔法少女になりたいという思いは人一倍かもしれないが、実際戦うには不向きすぎる。


「それは……まあ…………ポコ」


 キモの動きが少しばかり挙動不審になる。

 なるほど。本当は男の子でもよかったし、明確な基準はないわけだ。つまり個人的な趣味か。


「もー!! お姉ちゃんったら、そんな事どうでもいいじゃない! 大事なのは、今地球が狙われていて、プレダが私達に助けを求めてるってことだよ! 力になってあげるべきだよ!」

「杏果……ありがとうポコ!」


 感動の目で見つめ合う二人。そしてそれを冷めた目で見つめる私。


「あのね杏果、頼まれたからって何でもかんでもほいほい受けるわけにはいかないの。こんな怪しげなものは特にね」

「でも、誰かがやらなきゃ地球は侵略されちゃうんだよ」

「でもその誰か、が私達である必要はないでしょ。そもそも、この話が真実だなんてどうして言えるのよ?」

「……言えるよ。だって、私は実際にその人達と会って、戦ってるもの」

「はぁ?!」


 その言葉に思わず立ち上がる。それを追うように、真剣な顔で杏果は私を見上げていた。


「誰か、が私でも良いなら、私は喜んで戦うよ」

「杏果……」


 そういえば。

 杏果の夢は、魔法少女になることではなくて、『魔法少女になって()()()()()()』ことだったと、急に思い出した。



 そこへ突然、毛を逆立てたのかキモの体がぶわりと膨らんだ。


「杏果、奴らがまたやって来るポコ!」

「ちょっと、急に何?」

「行かなきゃ。プレダ!」

「ポコ!」


 その瞬間、耳の奥で耳鳴りみたいな音が短く鳴った。

 状況が飲み込めていない私をよそに、杏果は立ち上がると何かを握り締めるように両手を重ね、胸の前へと持っていった。そして、


「メタモルフォーゼ!」


 叫んだー!!!

 何これ? ちょ、メタモルフォーゼって変身? いや待って。まさか本当に変身するのだろうか。しかもここで?

 目の前の杏果が光る球体に包まれ姿が見えなくなる。

 ぐぁっ目が! 目が!!


 小手をかざして光源きょうきから自分を守る。

 それからほんの数秒後。電気が消えたみたいに光がなくなったので、恐る恐る腕を退けてみた。


 金髪の女の子が現れた!?!


 長い金髪を高い位置で一つにまとめている女の子は、ピンクを基調としたツーピースを着ている。パフスリーブ。胸元に大きなリボン。ミニのフレアスカート。そして白のロングブーツ。全体的にフリルを多く使っていて大変可愛らしい。

 そう、これぞまさに王道の魔法少女の服装と言えよう。


「ていうか誰!?」

「何言ってるのお姉ちゃん。とにかく私行くから。プレダ、お姉ちゃんの事お願い!」

「わかったポコ!」


 言うが早いか、杏果は窓から外に飛び出して行った。

 え、ここ2階なんですけど?!

 慌てて窓に駆け寄って外を見たけれど、そこにはもう誰の姿もなかった。私はそこから回れ右をして、私の事をお願いされていた謎生物の元へと戻り、両手で掴み上げる。


「一体これはどういうこと?」

「だから、さっき言った【ディベルソ】の奴らがやって来たんだポコ。それで杏果は変身して、奴らを倒しに向かったポコ」

「……さっき、またって言ったね」

「そうポコ。杏果はもう既に何度か奴らと戦ってるポコ。でも奴らも強化してきて、杏果ひとりでは辛くなってきたポコ。だから、仲間を集めることにしたポコ」


 そこで、杏果はそれなら私がいいと言って、勧誘しにきたわけか。

 一緒にと言うから。私はてっきり、杏果は直前になったのだとばかり思っていた……



「杏果のとこに行く。場所分かるんでしょ、連れてきなさい」

「生身の人間だと危ないポコ」

「いいから」


 私は近くにあったパーカーで謎生物をくるみ玄関へ向かった。万が一誰かに見られたらマズいからだ。


 でも、そんな心配は必要なかった。


 家の中にいるはずの母の姿はおろか、杏果の元へと走る途中、人にも、犬にも、鳥にも会わなかったのだ。

 生き物の気配が、感じられない。


「誰もいなくなった?」

「クローズドサークル、ポコ」

「待て待て待て。それ違う意味になるし不穏だから止めて!」

「ポコ? ここは扉を中心にして創った、次元軸をずらした空間ポコ。普通の地球の生命体は入れないポコ」

「じゃあ、なんで私は?」

「この空間に入る事を許可したからポコ」


 パーカーから頭だけを出した謎生物がしたり顔で言っている。

 つまりこれはこの謎生物の仕業ということか。


「普通の空間で戦ったりしたら、一般人を巻き込むわ物を破壊するわ、挙句写真やら動画やらをしこたま撮られて全世界発信されてしまうポコ。あんまり存在を知られちゃいけないんだから、これくらいするのは当然ポコ」


 この空間での出来事――諸々の損壊や時間経過などは、私達の現実世界には一切影響がないらしい。だから、何も気にすることなく戦えるのだとか。


「ていうか、それならそいつらが来る度にこの空間創って閉じ込めれば済む話じゃないの?」

「いくらボクでも、常にこの空間を維持し続けるのは無理ポコ。それに、ここは精々半径数キロポコ。扉からそれ以上離れられたら、キミたちの次元に現れてしまうポコ」


 人の腕の中で、やれやれと言わんばかりな小馬鹿にした様子で頭を振るものだから、つい、思わず、腕に力が入ってしまった。

 腕の中からおかしな声が聞こえたがしかたない。これは不可抗力だ。



 

 扉、と言っても完全に位置固定されているわけではなく、毎回出現する場所が違うそうだ。

 杏果がいたのは家からそう離れていない公園だった。そして杏果と対峙するようにいるのは漆黒の、デッサン人形のようなもの。顔の部分もつるりと真っ黒。身長は私より少し高いだろうか。

 それが十数体。

 正直薄気味悪い、気持ち悪い。

 侵略者達はみんなあんな風貌なんだろうか? 絶対に夜街灯の下とかに現れてほしくない。怪談話が量産されること間違いなしだ。



 などと悠長なことを考えている場合ではなかった。

 公園には既に戦いの爪あとができている。

 コンクリートの壁の一部にはひびが入り、土の地面の数箇所は抉れている。普通に構えて立っているように見える杏果の服にも、土汚れが付いていた。


 杏果の名前を叫んであの中に飛び込む。というのが物語的ではあるが、しかし現実には無防備な私が飛び出すは愚の骨頂。焦れる思いを抑えて近くの植込みの影に隠れる。



 黒人形が数体、杏果に高スピードで向かって行く。上から、横からと同時に仕掛けて逃げ道を塞ぐつもりか。

 しかし杏果もすかさず数歩下がったのち、飛び上がり上からの敵を下の敵に向かって殴り落とす。

 下の敵も避けきれず、敵同士そのままぶつかり沈黙する。


「…………武器とかないわけ?」

「魔法を使うためのワンドはあるポコ」

「他は?」

「ないポコ」


 目の前で繰り広げられているのは、見事なまでの肉弾戦である。


「趣味で女の子選んだんなら、武器ぐらい用意しときなさいよ!」

「魔法があるポコ」

「通常時に使えなきゃ意味ないでしょうが!」


 それでも、杏果は己の肉体のみで、少しずつ敵の数を減らしていく。

 だが残り数体というところで、敵は攻撃を止め杏果と距離を取った。


「まだ戦うつもりか? マジカルガーディアン」

「当然でしょう。あなた達の好きにはさせない!」


 どこからともなく聞こえる青年のような声。それに険しい表情で応える杏果。困惑の表情でそこに震える指を向ける私。真剣な顔で頷く謎生物。

 ………………誰のネーミング。



 いや、今は気にしちゃいけない。


 後ろに下がった黒人形の前に、フードの付いたマントを着た何かが現れていた。

 身長は黒人形とさして変わらない。しかし足下までマントで覆われているため、その中を窺い知ることはできない。唯一、目深に被ったフードの隙間から、私達と同じような口が見えた。

 どうやら黒人形とは別モノのようだが、いわゆる幹部のようなものなのだろうか。

 圧されているはずなのに、そいつの口元は弧を描いていた。


「そろそろ体力が尽きてきた頃ではないのか? 大人しく道を開けるなら、このまま見逃してやろう」

「ふざけないで! 誰がそんなこと」

「抗うと言うか。ならば仕方ない」


 幹部がそう言うと、黒人形が動きだした。

 杏果に倒されたはずのものまでも集まり、粘土のように一つにくっつき形を変える。


 そして――巨大な黒人形へと変形した。

 先ほどまでと少し形状が変わり、頭に2本の角のようなものができている。その大きさ、フォルム。それはまるで、さっきまで読んでいた本に出てきた、人型ロボットのようだった。


「……杏果は大丈夫なの?」

「さっきまでの戦いでかなり消耗してるはずポコ。今の状態では正直……わからないポコ」

「そんな」

「でも、桃果が一緒に戦ってくれれば、きっと勝てるポコ!」

「それは、でも……」


 幹部が重力を無視したような跳躍で後ろに下がると、巨大黒人形と杏果の戦いが始まった。

 大きさをものともしない機敏な動きで攻撃を仕掛ける巨大黒人形に、杏果は防戦一方だ。今はまだ避けたり、受け流したり出来ているが、それができなくなるのも時間の問題に思えた。


「迷っている時間はもうないポコ。お願いポコ!」


 いやだ!


 そう言ってしまいたい。

 地球が危ないなんて言われても分からない。関係ない。

 でも――。


 目の前で、危ない目にあってる妹を見捨てられるほど、冷淡にはなれないのだ。

 

「今回だけだから。これが片付いたら、必ず別の子を探しなさい」

「なってくれるポコ?」

「うるさい! 二度は言わない!!」

「ポコ!」



 それから言われた通り両手(羽?)を胸元中心に当てられるように持ち上げてやると、謎生物は口を開いた。

 何かしらの言語、なのだと思う。でも私にはただのノイズにしか聞こえなかった。

 それが聞こえてすぐに、謎生物が触れている所の奥が熱くなる。それはどんどん熱を上げていき、錯覚か、呼吸まで苦しく感じるようになった。


 やっぱりやめておけばよかったかも。

 早くもそう思い始め、目を瞑り耐える。次の瞬間、熱が急に消え失せた。


「これを持つポコ」

「これは?」


 目を開けた私に謎生物が渡してきたのは、ハート型の宝石みたいなものだった。

 手のひらに収まるサイズで、アクセサリーのような装飾が施された、深い青をした透明な石。でもよく見ると、その石の中心は陽炎のように揺らめいていた。


「〈ハートジェム〉ポコ。これを持つ事で、魔法少女に変身できるようになるポコ」


 ということは。さっき杏果が変身する時握り締めていたのは、もしかしてこれか。


 私が〈ハートジェム〉を観察している間に、謎生物は私から離れ地面に降り立っていた。そして、表情を引き締めこちらを見つめてきた。


「さあ、桃果も急いで変身するポコ!」

「え、いや、そんな事言われてもやり方が」

「さっき杏果が変身するの見たポコ。あれと同じようにやればいいポコ」


 つまりそれは……あの言葉を叫ぶ、ということなわけで。それはとても恥辱的なことなわけで。


「いや、でも、変身した後のことも分かんないし」

「初回変身時に、脳内に取説がダウンロードされる仕様になってるポコ。問題ないポコ」

「何その機械的な感じ?!」

「もー! 往生際が悪いポコ。観念するポコ!!」


 よもや味方から悪役のセリフを聞こうとは!!

 しかし杏果が徐々に押されだしてるのも事実。腹を括るしかない。


「め…………メタモルフォーゼ!!!!」


 横隔膜が今までの人生で一番の働きを見せてくれた。こんちくしょう。



 すぐに光に包まれた。でも、さっきみたいに眩しくはない。

 奇妙な浮遊感を感じていると、光の粒子が集まり、私の体を覆い始めた。


 肩までしかなかった黒髪が腰まで伸びて銀髪に。

 今まで来ていた服は消え、青を基調としたツーピースを着ていた。シンプルな胸元に、フレアスリーブ。腰に大きなリボン。スカートは前はミニ丈だけど後ろは長い、イレギュラーヘム。そして白のショートブーツ。

 杏果のピンクよりは落ち着いたデザインになっている。そして、安心安全のショートパンツ付きだった。


 この配慮ができて、何故武器とかは用意できなかったのか……。


 周囲の光が薄れていき、微妙な気持ちで元の植込みに戻る。

 すると、全ての視線が私に向けられていた。


 …………………………。

 考えるまでもない。我ながら良く通る声だったと思う。

 そりゃ、いきなりおかしな大声が聞こえたらその正体を探るに決まっている。


 見つけられては致し方なし。ものすごくカッコ悪いが、そそくさと植込みから戦いの場へと出ていく。


「仲間か?!」

「お!っ……来てくれたのね、ピーチ!」


 幹部が驚愕している中、杏果は「お姉ちゃん」と言おうとして咄嗟に言葉を飲み込んだのだろう。

 危ない。ここで関係性が分かる呼び名、ましてや本名なんて呼ばれた日には、おちおち日常生活も送れなくなるというのが常套。よく耐えた!

 しかし……代わりの名前安直すぎだし、色的には杏果の名前っぽくないだろうか。


「えっと、アプリコット?」

「お前達、仲間ではないのか?」


 呼び名に困る私と、それを見て困惑気味な幹部をよそに、杏果だけがやる気に満ち溢れていた。


「仲間に決まってるでしょ! ピーチ、黒い人形に拘束魔法を」

「え、あ、はい!」


 さっき謎生物が言っていた通り、魔法の呪文や生体変化など、魔法少女に関する情報はいつの間にか脳に記憶されていた。

 杏果の言葉に慌ててその情報を引き出し、右手にワンドを出現させて巨大黒人形に向ける。


 ワンドは先端が球状の細工になっていて、その中には〈ハートジェム〉が鎮座している。


「アクアチェーン!」


 〈ハートジェム〉が光り、ワンドの先から巨大黒人形に向かって流水がうねり飛ぶ。

 未だ戦闘態勢に戻れていなかった巨大黒人形は、呆気なく流水に巻き付かれ、見動きが取れなくなった。

 そして、杏果も距離を取ってワンドを出現させると、両手で握り締め巨大黒人形に向けた。


「自分の世界に帰りなさい! シャイニングエクスプロージョン!!」


 光が大きな奔流となって巨大黒人形へと流れる。そしてあっという間に飲み込み、弾けた。

 光が消えた後には、黒人形の欠片も残っていなかった。

 幹部は杏果が魔法を繰り出す直前に姿を消したので、恐らく逃げたのだろう。どうせなら悪役らしく捨て台詞くらい残して欲しいものだ。


 私と、杏果と、謎生物。この空間にそれ以外の気配はなくなった。



「お姉ちゃん!!」

「ぅあっっ!?」


 不意に杏果が飛びついてきた。

 かなりの勢いがあったが、変身して身体強化されているお陰で倒れることはない。

 一度強く私を抱きしめてから離れた杏果は、抑えきれない喜びに溢れていた。その足下にはいつの間にか謎生物も来ていて、羽をパタパタと動かしている。

 これぞ欣喜雀躍の様なのかもしれない。


「嬉しい! これからは一緒に戦えるんだね」

「そうポコ。よかったポコ」

「ちょっ、何言ってんのよ! 今回だけだから。早く別の人探しなさい」

「なんで? 一回変身したんなら、後はもう何回変身しても同じことじゃない。これからも一緒にやろうよ」

「同じじゃないし。絶対やらない」

「まあこんなこと言っても桃果のことポコ。さっきみたいに杏果が一人で戦ってる姿を見たら、これからも変身して助けてくれるポコ」

「あ、それはそうかも。何だかんだ言って、お姉ちゃんってば優しいもんね」


 杏果が謎生物を抱え上げ、笑い合っている。


 ちょっと待て。もしや……これは……


 敵が偽物だったとは思わない。でも、よくよく考えて見ればおかしなこともある。

 いくら黒人形が巨大化したからって、それまで圧していた相手に本当に一撃も加えられなくなるだろうか。

 そして、あの魔法さえ出せれば勝てたのだ。幹部が手を出す素振りもない状態で、はたした距離を取ることは本当に出来なかったのだろうか。


「……謀られた」

「そんな事ないポコ」

「そうだよ」


 即座に返ってくる否定の言葉。そしてふたりともなんて胡散臭い笑顔なのだろう。

 私の意思に呼応して変身が解ける。

 手の中に戻った〈ハートジェム〉を握りしめながら、


「もう絶対に、変身なんてしないから!!」


 大声で宣言した私を、それでもふたりは笑顔で見ていた。





――それから数週間後。



「お姉ちゃん、迎えに来たよ。一緒に行こう」

「ちょっと待って! なんでまた私をこの空間に入れるのよ!」

「桃果もマジカルガーディアンなんだから、当然ポコ」

「だから! ならないって何度も言ってるでしょーが!」

「もー、まだ言ってるの? じゃあ今回もとりあえず見てるだけでいいから。ね」


 私の手を取り杏果が走りだす。もちろん、杏果は既に変身済だ。

 その状態で踏ん張っても勝てる筈はなく。半ば引き摺られるように目的地へと進む。


「あれこれ言ったって、結局いつも最後には変身してるんだから、もうそろそろ諦めたほうが楽になれるポコ」

「だからなんであんたはそう毎回台詞が悪役っぽいのよ……」


 杏果の肩の上から、謎生物が意地の悪い笑顔をこちらへ向けてくるので睨み返してやったが、何処吹く風だ。


「本当にお姉ちゃんは頑固で困っちゃうねー」


 杏果はまるで駄々をこねる子供をあやすような目を向けてくる。

 いや、本当の駄々っ子は自分だと気付いて。謎生物も頷くな。


「まあまだ時間はあるポコ。だって、ボクたちの戦いはこ」

「これからとか私には絶対ないから! やるならよそでやりなさい!!!」



 未だ魔法少女の攻防は続いている。




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