下駄箱に入れられていた手紙、それは春の訪れか死神の訪問か
主人公はゲスですので、苦手な方はブラウザバックをお願いします。
読んでいただける方は、ありがとうございます。では、どうぞ。
恋をしろ。
愛を知れ。
そう言ったのはだれだったか。
◆
学校が終わり、帰宅部の僕はまっすぐ家に帰ろうと下駄箱をみて、思わず目を見開いた。
震える手を必死におさえて、恐る恐るその下駄箱を確認する。
『7』という出席番号。もっとちゃんと確認しよう。そう思って鞄を開き、自分のノートを一冊抜き取った。いつも表紙に書いてある数字と、『佐々木遠矢』という自分の名前。やっぱり、間違いない。
でも、だ。
もう一度下駄箱に目を向ける。ああ、やっぱりある。しかも、よくみればちゃんと僕の名前が書いてある。嬉しいよ。でも、違うんだ。そこじゃないんだよ。
震える手で『それ』を手に持つと、『それ』は少し厚みがあった。キョロキョロと周りを見渡して誰もいないことを確認すると、こっそりとポケットに忍ばせて、来た道を全速力で引き返す。ちょうど皆が帰ろうとしているところをかき分けながらだ。そしてそのまま誰もいないトイレの個室に入っていった。
「はぁ……、はぁ……」
なんかトイレで息を荒くしているととても変態チックに聞こえる。でも、僕は紳士だ。だからそんな変態男じゃない。もし捕まっても僕の友人たちがきちん証人となって裁判所で弁護してくれるはず。『いつかやると思ってました』って。いや、これは弁護してないや。
……そんなことはどうでもいい。
今はポケットに仕舞いこんでいる『もの』を確認しなくては。
ゆっくりとそれを取り出すと、僕はやっぱり、と目を擦っても、頭を扉にぶつけても、鞄に仕舞ってある持ち込み禁止のスマホで危険を省みずに写真をパシャリと撮って確認しても、その事実は変わらなかった。
これは、もう諦めるしかない。そうだ、もう認めてしまおう。それが、一番安全牌。麻雀知らないけど。
フッ、と笑い、僕はトイレの個室から出る。その時ちょうど入ってきた人に変な目で見られたけど、気にしない。いや、したら負けだ。ちょっと額の部分が赤く腫れあがっているからとかじゃ、ないはずだし。
そのまま二階の空き教室に入り込むと、おもむろにポケットからその『ぶつ』を取り出し、天高く掲げると、一気に机にたたきつけた。
最終確認だ。
目を瞑っていたから、恐る恐る開いてみると、机の上には何もなかった。
「なんだ……やっぱり何もなかったんじゃないか」
僕の腫れ上がった額の痛みと危険を犯した行為は何だったのか。……やっぱ昨日食べた、山から取ってきたきのこは幻覚を見せるものだったか。もう、これからは食費をケチろうなんていう馬鹿な発言は母さんに言わないようにしよう。
「さて、帰るか……うん?」
鞄を持っていざ帰ろうとすると、地面に何かが落ちていた。そう、さっきからずっと持っていた『アレ』に似ている……
「って、そのまんまじゃんか!」
て言うことは、きのこは関係なく、これはあるのか……! やっぱり食費はケチッても大丈夫そうだ。
「じゃなくて……はあ、もう、諦めよう」
げんなりして、ため息を吐く。そして、表面をもう一度見た。
確かに、『佐々木遠矢様へ』と、ご丁寧にハートのシールが苗字と名前の間に貼ってある。そう、手紙。手紙だ。舞い上がらざるを得ないだろう。でも、だ。
『果たし状』
この文字が墨ででかでかと書かれてなければ、だぞ。なんで、『果たし状』なんだ!? おかしいだろ。僕なにかやったか? 心当たりなんて、全くないんだけど!
これはみなかったことにして、帰れないかな? できれば帰らせてもらいたい。でも、だ。こんなの少し考えればわかる。ああ、わかってしまうとも。
「もしこれを捨てれば、僕は明後日の朝日を拝むことは出来ない……!」
真剣な顔で、そう言うしかなかった。明日殺されるだろうし。
だから、喉をゴクリと鳴らしながらゆっくりと封を切る。怖い。でも、みないと。
「せぇい! 中をみさせろぃ!」
ノリの硬さにイラッとしながら一気に開け放つと、中身が宙を舞った。それを巧いことキャッチすると、ゆっくりと目を通した。
『放課後、二年一組にて待つ』
…………え? こわっ。なにこれ、こわっ! 二年一組って、今の僕のクラスじゃん。なにこれ。こわぁ!
つまり、なに? 超本格的な果たし状!? 社会的にか? 物理的にか? どっちだ。どちらにしろ、死ぬ!
「うわぁ、もう嫌だ……」
しかもこれ、逃げれないし。逃げたら逃げたで、朝日が拝めない。人生詰んだ。
「……いくか」
これ幸い、いや不幸か。二年一組はこの教室の三つ隣。すぐに行ける。そう、そっと覗こう。覗いて、屈強な男だったら、明日の朝日を拝んで明後日の朝日とさよならだ。もしバレたら、今日で朝日とおさらば。
「よしっ!」
ゆっくりと、足音をたてずに抜き足、差し足とゆっくりと歩く。そう、今の僕は忍者。紳士忍者なんだ。和風と洋風を鍛錬に混ぜあわせた、紳士忍者。いける。これなら、いける!
そう意気込んだものの、緊張しすぎて、ちょっとした物音でビクッとなる。
ものすごく心臓がバクバクとしていて、冷や汗がダラダラと流れっぱなしだ。
そんな状態で、やっとの思いで『二年一組』と書かれたプレートの教室までやってきた。僕の教室。その場で二度、深呼吸をする。
さあ、落ち着け。落ち着け、僕よ。ここで頑張らなくて、誰が頑張る。そうだ、明日の朝日を拝むために、そして僕の勝利を願って、覗け。覗くんだ。別に、女子の着替えを覗くわけじゃないんだから。うん、あの時よりかはかなり安全……ってそうじゃない。今はそうじゃない。
ふぅー、っと深く息を吐き出して、決意を固める。そして、ゆっくりと、小さいガラスが付いている扉から覗きみた。
「……えっ?」
そこにいた人物に、思わず胸を高鳴らせる。その少女は……高峰美海香さん、だった。
「えっ? あれ? どういうこと?」
頭のなかが混乱の大渦を起こしているというのに、視線を美海香さんに釘付けだ。窓から入り込む風によって流れる黒髪に、柔和で整った顔立ち。紺のセーラー服がかなり似合ってる。絶対、果たし状とか書かないだろ。つまり、なんだ。
「わからん……」
思わず声に出してしまうと、聞こえてしまったのか、僕の存在に気付いた。そして、そのまま目を背けられる。
「ゴフッ……。そっか、美海香さんは僕のこと嫌いだったのか……」
ちょっと錯乱してるかもしれないけど、うん、もしそうだったらわかる。きっと果たし状を送ってきたことすら口実で、僕を殺りに来たんだ。
「だったら、直接殺りにこればよかったのに……」
ちょっと人生に、パソコンのハードディスクとか消してないとかあるけど、パスワードがバレなければ大丈夫だし、悔いはない。
「はぁ……」
嘆息しながら教室に入ると、ものすごくびっくりされた。そうだよねー、僕今、ものすごい死ぬ覚悟決めてるから。そんな覚悟を持ってきてくれると、殺す側としても困るよね。
「そうだ、美海香さん」
「は、はい!?」
「殺すときは、こう、ひと思いにお願いします」
「……ふぇえ?」
うん? なに、その困った声。なんであたふたしてるんだ? ああ、そうか。
「こんな紳士忍者さんは、すぐに楽にしてやらねぇよって意思表示か……そうか、僕はどんな拷問を受けるんだろうなぁ……」
「えっ? あの……」
「ん? ほら、どうぞ?」
ちょっと汚くなるけど、どうせすぐに血の海に沈むんだ。いや、内部出血だけになるかもだけど、とにかく大の字で床に寝転がった。さあ、やってくれ。できれば楽に逝きたいから。
「あ、あのぉ……遠矢、くん?」
「ん? なに? サンドバックこと僕になにか?」
「いえ、なぜ床に転がったのかな、思いまして」
……そうか。
「ごめんごめん」
僕は謝りながら立ち上がって、ニッコリと笑いかける。するとホッとした表情をした。やっぱりと確信を持って、今度は机を二つくっつけると、その机に寝転がった。
「はい。どうぞ」
「え、ええ? ええええ?」
なに困惑した声をだしているんだろうか。床じゃない、机に寝転がれ。じゃないと殺しにくいだろうが。そう受け取ったんだけど。
さあ、やっちまえ。やっちまえよ。
そうやって視線で送ると、ようやく通じたのか、とことこと駆け寄ってきた。
「えっと、あの……」
モジモジしながら、手を振り上げた。ふ、僕の人生もここまでか。この遠矢、人生最期まで自分を貫けたのだ。良しとしようじゃないか。ゆっくりと目を閉じ、これまでのことを回想――
「えいっ!」
する時間もくれなかった。
終わった……そう思った瞬間、ポコンッ、と軽い衝撃とともに――腫れている額に突き当たった。
「ぎゃああああぁぁぁっっ!!」
そのままのたうちまわりたかったのに、机の上だったからそのまま床に落ちて身体を打つ。それでまたのたうち回ったからガコンガコンと机とぶつかって更に傷んだ。
「ご、ごめんなさい!! その、今日この放課後に遠矢くんとお話できると思ったからつい……。そうですよね、暴力はダメなんですよね!! でも、机の上に寝転がるのもどうかと思うんです!」
そ、そりゃそうだけどさ! 血で床が汚れるのも後の掃除が大変だから仕方ないと思うけどさ!!
「ぐおおぉ……」
あまりにも壮絶な痛みに呻きながらも、ゆっくりと立ち上がる。ぎゅっと目を瞑り、瞑りすぎて開いた時にぼやけた視界に映った美海香さんは、少しひいている気がする。
「えっと……さ……?」
徐々に痛みが引いてきたから、さっきの発言を思い出してみる。どういうことだ? オハナシガデキテウレシイ? そりゃ、僕も果たし状というものがなければ手放しで喜べたさ。でも、まだわからない。お話が、実は死者と交信する『シャーマン』的な意味なのかもしれないんだから。
僕は、椅子に座り込むと、美海香さんも座り込んだ。対面に座る形になって、もう一度しっかりと美海香さんをみながらも、この人について思い出してみた。
たしか、結構なお嬢様で、箱入り娘。この高校から学校に通い始めたんだっけ。それまでは英才教育とか……。最初聞いた時はどんな少女漫画だよ、って思ったのは、結構久しいな。それでもって、結構な美人。いや、可愛い、が正しいか。ちなみに、最初に友達になったのは僕だ。その優越感は、最近になって覚えた。
「あの、私……実は、です……」
ちなみに常時敬語はお家柄、と。
「実は、この気持がわからないんです」
「うん、殺意じゃないかな?」
「ええっ!?」
じゃなかったらどう説明する。僕に果たし状を叩きつけて、それでもってもやもやする気持ち。いや、もやもやしてるとかは言ってなかったけど、自分の気持ちがよくわからないって言った。殺意一択じゃん。
「ほら、これが証拠だよ」
ポケットから取り出した証拠(果たし状)を裏向きにして突きつける。これを表にして突き返すと、今度こそ殺されかねない。
目だけで美海香さんを伺うと、ほんのりと頬を朱に染めていた。
……なんだ、この反応。まさか、美海香さんって、快楽殺人者だったのか!? 今まで一年以上友好関係だったけど、初めて知ったよ。いや、そんな人友達に欲しくないけど!
いや、まてよ。もしかして……
「これってさ、本当に美海香さんが送ってきたの……?」
そう、実は違ったっていう可能性もある。ほら、たまたまここに美海香さんがいただけという可能性が……
「はい……」
なかった。百パーセント、美海香さんから僕に向かって送られてきた果たし状だった。
「じゃあ、さ。美海香さんは何をするつもりなんだ?」
「あの……本題に入る前に私の昔話をしてもいいですか?」
冥土の土産、っていうやつか。
「いいよ」
「ありがとうございます」
美海香さんが深くお辞儀をすると、ポツポツと話し始めた。
*
私の生まれと育ちは知っていますよね? そうです、ここのあたり一帯の土地を所有する、高峰家です。あの……遠矢さんは昔、この地域に住んでいませんでしたか? ああ、やっぱり……いえ、では話を続けますね。
私は小さい頃から、英才教育を受けていたことも言ったかと思うのですが、その日々はとても、とっても退屈な日々でした。その理由は、友達がいなかったからです。本当に小さいころ、四歳、五歳頃はそれほどではありませんでした。ですが、六歳、七歳と上がっていった時、寂しさと虚しさを感じたんです。
私は暇な時、いつも外の声が聞こえる縁側にいたんです。すると、外から楽しそうな同世代の人の声が聞こえてきまして。……正直、外で遊んでいる皆さんが羨ましかったです。私にはない『友達』を持っていましたから。ないものねだり、って思ってくださっても大丈夫です。
そう思いながら、七歳の蝉が鳴く夏の日に、いつものように縁側に座っていると、当時の私と同じぐらいの男の子が、少し穴が空いた場所からくぐり抜けて来たんです。思わず私は声を上げました。すると、その男の子も私に気付いたんです。そして、その男の子はなんて言ったと思います?
『君、つまらなさそうだけど、僕と一緒に遊ばない?』
そう言ったんです。
最初、私は驚きました。なんでって、えっとその、人の家に入ってきて、遊ぼ、ですよ。傍から見れば不法侵入です。
ですが私は、その子が差し伸べていた手を、吸い込まれるように取ったんです。
理由は、きっと家への反発だと思います。つまらない、寂しい思いをする家で引きこもるより、この子と遊んだほうがずっと楽しいのでしょうと、そう思ったんです。実際、そうでした。
遊ぶのは庭だけ、という条件でしたが、それでも充分楽しかったです。その子はたくさんの遊びを知っていました。私が無知だっただけというのもありますけど、とにかく、それから毎日のように楽しい遊びをしました。
そうやって遊んでいくうちに、私は幼いながらも、その子に一つの感情を抱きました。
『恋』です。
恋をするのに時間はあまりかかりませんよ。その人の人柄に惹かれる。少なくとも私は恋心を抱ける思っておりますから、それほど不思議なことではないですよ。
ですが、そんな楽しい日々も長くは続きませんでした。そう、まるで蝉が七日間の生を終えるかのように。……すいません、今のはらしくありませんでしたね。
えっと、何があったかといいますと、私とその子の関係が父に知られてしまったのです。
女中さんや庭師の方は、その子と私が遊んでいても、怪我をしないようになどという注意を受けただけで、その男の子のことについては何も言うことはなかったです。どころか、どちらかといいますと優遇されていました。その男の子はよくわかっていませんでしたが。
ですが、父は違いました。どうも、悪い虫が付いているといわんばかりに、その子を毛嫌いして……私と引き離したんです。その時、男の子と父が何か会話をしたらしいのですが、どういった会話がなされたのか、私は知りません。
◆ ◆
美海香さんの話を聞いて、どこかで聞いた話だな、と思わずにはいられなかった――とは思わなかった。違う、そもそも僕はその話を知っている。その男の子は……――
「――私は、あの時の初恋を薄れることも、忘れることありませんでした」
ここからが本題です、と僕の思考を遮るように言葉を続けた。
「引き離されましたが、あのときの初恋は私の、そして今も続く『恋』なのです」
そう言ってその綺麗な黒髪をポニーテールに結う。その姿は、そう、そうだ……。
ひたすら目を見開いて美海香さんを見る。美海香さんの話を聞いて、全て思い出されたから。僕の中に棲みついている『女の子』と目の前にいる『女の子』が一致するから。
「みー……ちゃん……なのか…………?」
震える声で問いただすと、嬉しそうに頬を綻ばせながら、「はいっ!」と答えた。
「そうですよ、遠矢くん!」
涙を流しながら、それでも笑顔を保ちながら立ち上がって僕に抱きついてきた。ふんわりと香る、柑橘系の匂い。
「でも……まてよ……。ちょっと……」
「遠矢くん……とおやくん……!」
「いや、だから……」
「グスッ、ごーやくぅううん!! ……チーン!」
「ちょっとまてって言ってるだろうがっ!」
ベリっとはがす。ちょうどワイシャツの部分に鼻水をつけていきやがった。おい、なんで鼻かんでいったんだよ。昔より今の行動原理のほうが僕は今めっちゃ知りたいわ!
「ごーやくん……?」
「僕がゴーヤに!? ってそうじゃなくてさ、本気少しまって。少し頭のなかで整理させてくれ」
僕がそう伝えると、すぐ近くから椅子を引っ張り出してきて僕の隣りに座った。……邪魔しないならいいんだけど。
さて、と。まず最初に、だ。みーちゃ……美海香さんは僕が昔遊んだ、友達だ。これは間違いない。ああ、そうだ。全部思い出したから。十年前のあの日、確かにあの家の生け垣に穴があることに気づいて入った。そこで、みーちゃ……みーちゃんが寂しそうに座っていたから、手を差し伸べたんだ。それから毎日のように遊びに行った。
それから忙しそうに働く人たちとも仲良くなった。理由は忘れたけどさ。きっとなにか貰えると踏んだ子供なりの知恵だろうな。
「そういえば、今朝思い出したあの言葉も、その時に刻みつけられた言葉だったのか……」
「え? 何をですか?」
隣にいるみーちゃんに問いかけられたから、くるりと顔を向けて手を握る。
「あとで一つだけ一緒に行って欲しい所があるんだけど、いい?」
「良いですけど……」
困惑顔を浮かべるミーちゃん……いや、美海香さんに、僕は息を深く吸い込んで、真剣な眼差しをした。
「じゃあそれは置いとくとして……一度しか言わないから、よーく聞いてほしい」
ゆっくりと、一言ずつ、僕の想いを口にした。
「美海香さん、好きだ。少し記憶が飛んでたけど、全てを思い出したから言える。僕は昔からずっと、君のことが好きだ!!」
鋭く息を飲む音が聞こえると同時に、美海香さんがポロポロと涙を流し始める。
「はい……わた、私も……遠矢くんをお慕いしてます!」
嗚咽を漏らしながら飛び上がるように僕に抱きついてきた。
それを上手く受け止めてその綺麗な黒髪を優しく撫でる。そういえば、一回だけあったな、こうやってあやすように美海香さんの髪を撫で付けるのって。
ふと、朝思い出したことを口の中で復唱する。
「恋をしろ、愛を知れ、か。今なら、言える」
僕は一つの覚悟を押しこむかのように、強く、だけど優しく美海香さんを僕の身体へと押し込めると、美海香さんの耳に口を寄せた。
「――――――」
「えっ!? ですが……」
「そこに行けば、僕と美海香さんの、すべてが始まる気がするんだ」
優しく諭すと、わかりましたと呟いてそっと離れると、頬に優しくキスをしてきた。
「っ! ……!?」
「えへへ……その、前払い、みたいなものです」
そういって照れてみせる美海香さんは……とても可愛かった。
◆ ◆ ◆
さく、さく、と土を踏み鳴らしていく。彼女なりたてである美海香さんと手をつなぎ、二人並んで歩く。さっき抱きつかれた時はあまりの怒涛の展開で忘れてたけど、こう二つの大きくもない、そして小さくもない二つの双丘が僕に押し当てられてたんだよなぁ。
大丈夫、僕ならできる。自称紳士の名を持つ僕になら、あの感触を思い出すことができる!
そう、お腹の近くあたりに当たる、柔らかくも弾力のある美海香の胸。その感触を、今――
「あの、遠矢くん?」
「…………ん? どうした美海香さん?」
「……あの、さん付けはやめていただけませんか?」
「……じゃあ、ちゃん付けでオッケー?」
「いえ、そういう問題ではなく、その、よ、呼び捨てにしていただけると……」
ああ、そういうこと。
「いいよ。み――」
……あれ? これ結構難しくない? なんだろ、言えるはずなのに、どこか気恥ずかしいんだけど!
「み……美海香……」
「遠矢……くん」
「おい。美海香は君付けかい」
照れる前に素で突っ込んでしまった。
「す、すみません。こればっかりはなかなか難しくて……」
「俺もだよ美海香。……あ、普通に言えるわ」
さっきまでのあの葛藤ってなんだったんだ?
小さくため息を吐くと、美海香が「それで」と口を開いた。
「なぜ、先ほど私の家に行きたいと言ったのですか? その……あまりおもしろくないと思いますけど」
「だったら俺が面白くしてあげるよ。そして、美海香の幸せも掴みとってやる」
少し臭い、予め吐こうと思っていたことを口に出し、決意を固めるようにぎゅっと美海香の手を握る。すると、美海香もそっと握り返してくれた。それだけ胸が幸せでいっぱいになる。けど、やっぱり決めていたとはいえ、この臭い台詞は恥ずかしい!!
クッ! 僕にもっと羞恥心がなければよいのに。いや、でもさっき胸の感触とか思い出せたし、女子の着替えとか覗きにいけるから、羞恥心はもともとないのか? ああ、なんだ。無いならいいか。
「っと、そろそろ着きそうだ」
「……はい」
僕と美海香の家の方向は少し離れてるし、方向も真逆ではないが、方角が違う。それに、美海香が住んでる周りには基本、田んぼとか畑ぐらいしかない。もっぱら夏に子どもたちが田んぼで遊ぶとか、木で蝉を捕まえるとか、そんなぐらいでしかめったに近づかない。
まあ、そういう周りの事情を思い出すのはこれぐらいでいい。
ゆっくりと先を見据える。途中の十字路を真っすぐ進んだところにある、木でしつらえた大きい門。いや、玄関? どっちでもいいけど、ここらへんで一番でかくて、そんでもってなんか威厳っぽいのがある。あくまで『ぽい』だ。だって、となりに絶世に美少女が僕の手を不安そうにぎゅっと握ってくれているんだし。それだけで、こんな門はちっとも怖くない。
「さ、はいろっか。どうやって入るの?」
「えっと、実はこの門は見掛け倒しというか……。こっちです」
僕の手を引いて門の右の方にいくと、そこには極々一般的で小さな扉があった。
そっか、よくよく考えてみると、こんなでかい門、開けるのに結構な労力かかるからなぁ。きっと、技術的な要素が。昔は多分、どっかにグルグルと回る……これはローマとかその時代の古風な投石機か。ん? いや、違った――
「えっと、どうなされました?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと歴史ってなんであるのか考え始めてて」
「えっと……歴史学を専攻なさるおつもりでしょうか?」
「大学の話? うーん、多分経営学に行くと思うんだけどなぁ」
「なにかなりたい職業でも?」
「そうそう。これから、ね」
少しぼかして颯爽と中に入る。さて、美海香父探し、もといお義父さん探しだ。
「どこにいると思う? 美海香のお父さんって」
「そうですね……」
少し顎をしゃくると、「こっちです」と再び僕の手を引いて歩き出す。なぜかひっそりとしている家に上がると、靴を持たされて長い廊下をずっと歩かされる。玄関の反対側まで歩いた時、やっと立ち止まったかと思うと、今度は靴を履かされて庭に出された。
ここなの? と訊く必要はなかった。
代わりに、僕は少し震える手と、アイコンタクトをする。指が向かう先、そこには月夜に照らされてよくわかる大柄な男の人が、なぜか仁王立ちで立っているからだ。ほんと、なんで仁王立ちで立ってるんだ? びっくりして思わず指が震えたよっ。
「父様」
ちちさま? なんかこう官能的な……じゃなくて。それは漢字違い。
「父、か。じゃあ、この人が……」
あの日、夕暮れ時のことが思い出される。足が自分のお腹に当たって吹き飛ばされる、その痛みと恐怖、そして浴びせられたあの言葉を。
「……美海香よ。今日は何故、遅くなった」
重低音を響かせながら発せられた声に、思わず萎縮する。すると、美海香が優しく僕の手を握り返してくれた。
……そうだ。ここに来たのは、この美海香の父さんを倒すためなんだ。萎縮して縮こまってちゃ、だめだ。
「すみません。少しこの方とお話したいことがありましたので」
「そうなのぉ。ちょっとぉわたしぃ、美海香と話したいことがあってぇ、……ごめん美海香! 謝るから、ちゃんと話すから叩かないで!!」
ふざけたら美海香に頬を膨らませながら叩かれた。でも、なんていうかぽこぽこ叩く感じで、また可愛らし……じゃなくて!!
「美海香とちょっと話すことあって話してたら遅くなった。だから一緒にあんたに謝りに来たってことだ……です」
最後敬語になったのは、別にあんた呼ばわりしたら少し睨まれたとかじゃない。そう、僕は元々敬語を使う紳士だから。……敬語ってなんだったっけ?
さて、と。ゴクリと喉を鳴らして、いざ質問しようとしたとき、ぼくより先に美海香父が口を開いた。
「おまえは、誰だ? 美海香のなんだ?」
「おい美海香。美海香が美海香のなにかって訊かれてるんだけど、あの人大丈夫?」
「いえ、別に私ではなく、遠矢くんのことだと思うんですけど」
「やっぱ? ……うん、薄々気がついてたけど」
「……えっ、と。あの、薄々としか、気がついていなかったんですか?」
「…………ううん、ソンナコトナイヨ」
ジト目を送ってくる美海香の視線を見つめていたいという誘惑を振りきって無理やり切ると、美海香父に向かい直る。
「僕は、佐々木遠矢。昔、ちょうどここであんたに蹴られたものさ」
「蹴られた?」
「そうだ。忘れてるのか? 僕は一度も忘れたことがなかったというのに」
……さっき思い出したばっかですよね? という視線を浴びせてくるのはやめてくれませんかね? そうだよ。さっき思い出したばっかだよ! でも啖呵切っておかないとダメかなって思ったからそう言っただけ。
口端を歪ませて不敵に笑ってみせると、「ほぉ?」と美海香父は声を上げた。それでも思い出せていないようだった。
「……十年前の夏のことさ」
そう付け加えると、やっと思い出したかのように、もう一度、今度は関心したように声を軽く上げた。
「そういや、そんなガキもいたな。勝手に私の庭に入り込み、そして害虫のごとくそこにいる私の娘にちょっかいをかけていたガキが。そうか、お前がそうなのか。立派な害虫にでもなったか?」
「…………」
あえて、無言を貫く。雄弁は銀沈黙は金だ。僕を怒らせようという魂胆は見えてる。それに、だ。時が場を動かすときだってある。
「二度と私のこの敷地に入るなといった覚えがあるんだがな」
「いーやっ。そんなこと聞いた覚えがないな」
「そうか。じゃあ、今言おう。二度と私の――むっ? おいガキ、その手はなんだ?」
手? 別に波動拳とか出そうとして手を目の前にかざしてたりしてないんだけど。
そう思って美海香父の視線を追っていく。ほほぉ、なるほどなるほど。
「これのことかな?」
俺は目一杯恋人つなぎをしている手を前に持っていった。当然、つなげたままだ。
今日は満月で、僕も美海香も美海香父も、全員綺麗に見える。だから、きっと美海香父には見えるだろう。僕と恋人つなぎをした手が、微小微細に!!
「このガキィ!! また俺の娘を誑かす気かぁ!?」
誑かされた方だと思う。
ま、付き合ってるというのはわかってもらえたかね。本当は抱きついて『俺の彼女だよ~んっ!』とかやってみたいけど、さすがに死にそうだからやめとこ。てか、それはただのキチガイか。
てか、本性は『俺』なのかな。うーん、そっちの方が話しやすいといえば、話しやすいんだけど。外面よりこう、内面を引きずりだす感じで。
っと、そういうのは置いておこう。っていうか、今はそこじゃないから、一旦手を離す。
「ちょっとだけ、待っててくれ」
そう美海香に囁きかけると、数歩前に出て、美海香父に近づくと、また不敵に笑う。
「さっき僕は、あんたの敷地に入るな、という命令、聞いてないって言ったけど、ちょっと語弊があった。というより、あんたの質問に穴がある」
そこで区切り、ゆっくりと言葉に出す。
「『恋をしろ、愛を知れ』という言葉、覚えているか?」
「……ああ。それは私がガキに言った言葉だ」
「別に『俺』って言ってくれほうが僕としては楽なんだけど。まあいいや。蹴りあげて浴びせた言葉はこうだ。『恋をしろ、愛を知れ。その答えを持ってきて私に突きつけたら、またここに来ることを許そう』ってな。ま、詳細の部分は変わってるかもしれないけど、だいたいこんなような言葉だ」
前では鋭く睨み、後ろでは鋭く息を飲むのが感じとれた。さすが、二人とも聡い。ここら一帯で権力もデカくてこんな家に住んでるのも伊達じゃないな。
僕は、睨んでくる美海香父に向かい、一度目を閉じると、指をさす。
「あんたに答えを突きつけに来た」
ヒュウッ、と風が吹き付ける。どうも気分が高揚しているようだ。少し涼しく感じる夜風。暫くそれを堪能していると、ククッと美海香父が笑う。
「答え? 確かに、恋はしたようだな。だが、愛はわかるまい。愛、愛、愛……。どうせまだ十六、十七にしか満たない若造が、なにを知ったというのだ!」
「知ったさ。というより、愛なんか誰でも知ってることだろ」
美海香父は何言ってるんだ?
「愛なんて、赤ちゃんがバブーって言っておっぱい飲んでる時から、ずっと享受してるもんだろ? 愛の形なんて人それぞれなんだから」
「ハッ! 結局理解していないではないか! 俺が言っている愛とは、恋愛だ。恋愛の愛だ。その意味を理解してないではないか!!」
「いや、ちょっとした前座という感じでそう言っただけで、きちんと答えを持ってきたさ。とりあえず、恋から答えをぶつけてやる」
そう言って少し後ろに下がって右手で美海香の手を握る。さっきからずっと傍観者だけど、こっからは美海香も関係あるんだから。
「美海香。俺は、おれはやるぞぉぉぉ……」
「が、頑張ってください。ちょっと一人称がかわってますけど……」
「大丈夫、ネタだから」
なんのネタだったかは忘れたけど。
「ねた、ですか?」
おふ。ネタの意味を知らなかった。ま、まあ深窓の令嬢、箱入り娘の二冠だし、しょうがない。とにかく肩をすり寄せてセーラー服とその布の奥にある女性特有の柔らかい感触を楽しむ事にした。
「えへへ……なんだか幸せな気分です」
「僕もだよ」
いやぁ、もう可愛すぎてどうしようか。ずっとイチャイチャしてたい。
「ガキィッ……!!」
「おっと、忘れてた」
結構本気で。まあそれもしょうがないか。美海香が可愛いんだから。
さて、少し名残惜しいけど、美海香父に再び対峙。今日まで学んだこと、そして今日学んだことをゆっくり言葉に出す。
「恋をしろ」
目の端に美海香を捉える。
「僕は美海香に恋をした。それはきっと、高校入学した時に出会った時から一目惚れしていた、わけじゃないな」
「じゃないんですか?」
「うん」
なぜか美海香に質問されたから正直に答えて、言葉を続ける。
「人が恋をするのは、美海香も言ってたけど、時間じゃない。その人の性格、つまり人柄であり、個性であり、そして、仕草だ」
「性格だけです」
「性格だ」
修正されたのであっさりと意見を変えた。身代わりが早いのも、僕の性格の一部だし、しょうがないよね。
「美海香は、もうそりゃあもう、たしかに外見も性格も可愛い。だからこそ、僕は恋をしたんだ」
だからなんだって言われそうだけど。とにかく、そうだからしょうがない。好感度上げを必死にやった僕の気持ちは、きっとこの美海香父にはわからないだろうな。風邪を引いた時なんて、『ヒャッホゥ!』って浮かれながら学校に向かったぐらいだし。
「ああ、そうそう。ちなみに美海香にはきっと二回恋をしてる。昔と今で、二回。だからどうしたって、結局僕と美海香は赤い糸で結ばれているのさ」
ちょっと臭い台詞を吐く。別に恋の話ははっきりいってどうでも良かった。でも恋をした理由は、言いたかったから。そして、次に言う、愛も。
「愛とは……」
グッとお腹に力を入れて叫んだ。
「子作りをすることだああああああぁぁぁぁぁ!!」
それはもう、この家どころかやまびこで近所中に知らせようと思おうほど叫んだ。そう、それはもう紳士的に。
息が切れるまで叫び終わった時、肩で息をして息を整える。そして、呆然と立ち尽くしてる美海香父に、ほくほく顔を向けた。
「子作り。そう、子供は愛の結晶。そして、その過程はまさにエクスタシィだ。そのエクスタシィと生まれる子供は、まさに愛! あんたもそうだったんだろ!! 子作り、どうだった!?」
何聞いてんだ僕は。なんで他人の家の夜伽を聞こうとしてるんだよ。
「美海香さんを産んでくれて、いやあんたは男だけど、とにかくありがとう! だから美海香さんをください!!」
「……何だこのクソガキは。さっきは押されたが、お前なんぞに、やるか」
やっぱりダメか……?
「……ダメなのでしょうか?」
「美海香……」
澄まされた聞き心地の良い声。でも、その声は不安がより濃く含まれていて、僕を握る手も少し強くなる。
「子作りの後に続く『えくすたしぃ』の意味はよくわかりませんでした」
箱入り娘も、ここに極まれりだな。
「でも、私は、遠矢くんの事が好きです。お慕いしております。ですので、結婚を認めてください」
……………………んん? 結婚?
「ちょ、ちょっとタイム」
手でタイムの形をとると、素早く美海香の耳に口を寄せる。
「な、なあ。結婚てどゆこと?」
「え? あの、それを私の口から言わせるのですか?」
いや、言ってよ。顔赤らめずに言ってよ。なんで結婚という話になってるんだ?
さっきのことを思い出す。
美海香父に啖呵切って、恋と愛の答えを言って、そのときに、変なコト言ったから、最終的にお付き合いを許してもらおうと思って美海香さんをくださいって…………あ。ああああああああああっ!!
「そこかっ! そこだったのか!!」
「はい……。えっと、お付き合いのあとは結婚、ですよね?」
「あってる、あってるけど!」
なんでそんな曖昧な知識なんだ! さっきの子作りを知らないという事以上に衝撃的だよ!
恋愛は付き合い、そこで色々お互いのことを深く知って、擬似的子作りをして、最後に本当にパートナーとして正しいのか確かめる。別に擬似的子作りはしなくてもいいんだけど、とにかくお互いをもっと知り合わなきゃいけないという過程が必要だ。じゃないと夫婦円満に程遠くなっちゃうからね。
だからね、今日付き合ってその日中に結婚しよう、なんていうのは無理なんだ。そもそも、まだ十六、十七歳! 美海香は結婚できるけど、僕はまだできないの!
……まあ、でも。
くるりと身を翻して、美海香父に近づく。さっきよりも二倍、いや三倍ほど威圧感が上がってる。しかも立っているだけでなのに。どうしよう。
とりあえず美海香に一回抱きついてみた。美海香の可愛らしい短い悲鳴と真赤になった顔が見れて元気になる。そっから戻ると、更に二倍の威圧感が。つまり、六倍だ。最初より六倍増しだ。こわっ!
いや、いいし。僕には美海香がいるんだから。
「美海香が言ったことは、はっきり言うと語弊ありありだ。確かに僕の言葉が少なかったのもあるけど、さ。僕は、別にいますぐ結婚しようとは思ってないし、美海香さんをこの家から出させることも、僕には出来ない」
でも、だ。
「鳥かごに入れられた鳥も、同類がいれば寂しくはない」
「……フンッ。傷の舐め合いか。だが、そんな奴、どこに……」
「ここにいるさ」
自分を指して、笑う。
「高校卒業したあとも僕が美海香と付き合ってたら、この家に婿入りさせてくれ」
「――貴様」
「本気だ」
ぎろりと睨まれて何か言おうとしたのを、先読みして手短に答えた。
僕も睨む。美海香父も睨む。
目の端では、美海香さんが固唾を呑んで成り行きを見守っていた。
風が強く通り過ぎていく。緊張感が高まっていく中、動いたのは美海香父だった。
「こんの若造がああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
「がァ……!?」
顎に走る衝撃で目の前が一瞬で真っ白になって、そのまま身体が浮いた感覚とともに、痛みが脳髄に染みこんできた。
「遠矢くんっ!? 遠矢くん! 遠矢くん!!」
目の前の視界がぼやける。耳もなんだかキーンとなっていて周りの音が聞こえづらい。意識も朦朧としてる。
だけど、わかる。美海香が僕に駆け寄ってきて、必死に身体を揺らしているのが。だめ、脳揺らしたら、ダメ、絶対……。
「ぅう……ごめん、むり」
そのまま意識を失った。
◆ ◆ ◆ ◆
ゆっくりと暗い闇から這い出るように目が覚めた。と同時に、体中に走る痛みで一気に意識が覚醒する。一番痛いのは頭。絶対、頭揺らされなかったら気絶は免れたと思うのに。
ふぅ、と息を吐いて動こうと布団をどかしたところで、ようやく気付いた。なんで布団があるんだ?
よくよくまわりを見ると、いや、みなくてもわかる。ここ、僕の家じゃない。
「スー……スー……」
「んっ? あ、美海香か」
とんでもなく広い部屋。隣には寝息を立てている美海香のあられもないはだけた着物姿。これはまさしく、美海香の家だ。つまり、僕は殴られて気絶した後にこの家に運び込まれたってことか。なんという、無様な……!
「クッ、これはもう、美海香の胸に触るしかない……!」
僕の視線を釘付けにしてやまない場所。そこははだけた着物の胸。ちょうど半分ほど見えている。しかも寝苦しいからか、寝るときはノーブラだ。あの時の感触でわかってたけど、やっぱり美海香は大きくもない、それでもって小さくもない胸の大きさを持っていた。
「では、早速いただきます」
美海香さんに合掌する。寝起きで触るからこそ、良いと思う。何かの漫画で読んだ気がする。いや、僕の妄想だったかもしれない。どっちでもいいや、触れさえすれば。
ゆっくり、ゆっくりと胸まで手を運んでいき、ゆっくりと胸に指を押し込んだ。
「んっ」
色っぽい、艶やかな声を漏らしたけど、目を覚ますことはなかった。
ごくりと生唾を飲む。やばい、この感触は。しっとりと吸い付くような肌。それが胸までいくと、もうこっちの精気が吸い取られているみたいだ。気分は「やっべ、これやっべっ!」だよ。そのままだな。
数回押したり大胆に軽く揉んだりして堪能したあと、ふぅっ、息を吐く。そしてそのままきょろきょろと辺りを見渡す。よし、誰もいない。……この確認、やる前にすべきだったな。まあいいや、起こそう。
「おーい美海香―。朝だー、起きてー」
「ん、んんっ。にゅぅ……。とーや、きゅ、にゅ?」
何この生物。お持ち帰りしたい。
「そ、そうだぞ」
思わず声が上擦った。あまりの可愛らしさに。
暫くボーっとした表情で何度か周りを見回して、だんだんと覚醒してきたみたい。徐々に頬を赤くして、最後に自分の服装を確認して、
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
声にならない悲鳴を上げた。うわぁ、もうぎゅっとするしかない。
「ふぇっ!?」
ぎゅっとした。
「落ち着いた?」
「は、はい……ありがとうございます、遠矢くん」
そっと離すと、まだ顔は赤い。もう少しその顔をみて楽しみたいけど、それより今は確認したいことがあるし。
「なあ、美海香。僕が気絶したあとってどうなったんだ?」
そう問いかけると、さすがというべきか、一瞬で真剣な表情を浮かべた。しっかりと着物は直してたけど。残念。
「はい。では説明します」
そう置いてから、話し始めた。
「といいましても、父様からは一言。『高校卒業して、まだ美海香と交際していやがったら、来い』、と」
嫌々かよ。ったく。でも、
「つまり、お付き合いも、そして上手く言った時の結婚も認めてくれた、ってことか? それなら万々歳だ」
「きっと、婿入りで、だと思いますけどね」
そう言って表情を和らげた。好きな人と一緒にいられるというのは、美海香が他の人以上に幸せだと感じているんだろうな。僕よりも、きっと。
「婿入りかー。やっぱ、経営について学ぶのかなー」
「そうだと思いますね。……あ、もしかしてこうなることを見越して大学は経営学が学べる場所と?」
「……どうだったか」
「……ふふっ。遠矢くんは可愛いですね」
「僕より美海香のほうが可愛いさ」
そう言ったら照れた。……照れたといえば。
ポケットを漁って一枚の、少しよれてしまった手紙を取り出す。そこには、禍々(まがまが)しく『果たし状』と書いてあった。その手紙を、美海香に見せる。
「これってさ、美海香が出したんだんだよな?」
「そうですけど?」
「……なんで、果たし状なんだ?」
そう。これが知りたかった。いまにしてみれば笑い話にできる。でも、普通の恋文には何も書かずに名前だけを書くはず。なのに、『果たし状』と書いた。意味がわからん。
だけど、その疑問はあっさりと氷解した。
「父様が、人を呼び出すときはその言葉を使え、と」
「……ああ、納得」
あの美海香父ことお義父さんの仕業だったか。これはもう戦争だな……。
あの厳格お義父さんのことだ。一瞬で男を呼び出すのだと気付いたんだろうな。だから、あえて嘘を教えると……。ああもう! 僕のあの死ぬ決意はなんだったんだ……!?
「その、遠矢くん」
なんの武器を持って行こうかと考えていると、美海香に声をかけられたから、いつの間にかさげていた顔を上げる。
「なに、みみ――んぐっ……!?」
キスを、された。甘い、味。そして、昨日と同じ、髪の匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。
十秒ぐらい、ずっと口を塞がれままで、僕もそのまま硬直したままだった。そして、ゆっくりと離されるとき、僕の唇をぺろりと舐められる。
「えへへ……ファースト、キスです」
その蕩けた表情をみて、僕の紳士が働く前に、決意を固める。
「美海香は、絶対この鳥かごで一人にしない。そして、もっといっぱい知ろう。僕と、美海香自身を。そして、もっといちゃつきたい」
最後に願望を入れて抱きしめる。初心だからか、顔を赤らめた。でも、それが僕の願いなんだから。
少し身体を離して僕が微笑むと、美海香はとびきりの笑顔を咲かせてくれた。
「はいっ。未来の旦那様!」
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