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Gene and Destiny

作者: 澤群キョウ

「勇者御一行様マネジメント!」と

「俺のスイートハートは最強のブラックドラゴン」

両方読了済みの方だけどうぞ。






 

「おじいちゃぁーん!」


 朝の七時きっかりにドアがガンガンと鳴り始めた時、家主はちょうど庭の花に水をやっている真っ最中だった。

 美羽の母方の祖父、いわゆるひとつの「ママじいじ」は、さすがに早いなと思いつつ、玄関へ向かって孫娘の訪問を喜び、笑顔を浮かべる。


「今日は随分早いね、美羽」

 どうかしたのかな? と問いかける前に、元気な女子高校生は堰を切ったように語り始めた。

「わたし、異世界に行ってきたんだ!」


 麦茶を注いで用意しつつ、ペラペラと話す可愛い孫娘の話に耳を傾ける。

 美羽の口からは「召喚された」「よその世界から勇者が来た」など、おかしな話ばかりが溢れだしている。

 そういう世界に楽しみを見出していたのはよく知っていたが、今回はどうにも様子がおかしい。

 祖父は不安に駆られつつ、うんうんと優しく相槌を打っていく。


「でねえ、騎士の人がブランデリン・ウィール。彼はすごく泣き虫で、最初は部屋っていうか、鎧の中から出て来なかったの」

「うん」

「それから、耳が長いエルフみたいな男の人がいて、こっちは髪の毛が水色で名前が凄く長くて!」

「うん」


 美羽の冒険譚は延々と続く。

 途中でお昼の出前を取り、トイレ休憩を何度か挟んで、日が暮れて。


「それで、魔王のところにズバーッ! って! ドラゴンで乗り込んだの! でもね、そこでまさかの裏切りだよ。破壊神ディズ・ア・イアーンを蘇らせようとしてね? レレメンドさんがね?」


 夜ご飯は何がいいか、そうだ、中華にしようと祖父は決める。

 適度なメニューをチョイスして、タブレットをほいほいと触れば注文は完了だ。


「で、最終的には私が空の上で、魔物がえいって!」

「それはすごいな」

「うん。すごかった」


 夕食をたいらげた頃、冒険譚はようやく最後まで辿り着いていた。

 しかし、美羽のまぶたはとろんと下がって今にも閉じそうになっている。


「大丈夫か、美羽。眠たそうだけど」

「うん、昨日興奮しすぎてあんまり眠れなかったの」


 目をこすりこすり、美羽は笑う。

 眠れなかったのに七時に突撃してきたのか、と祖父も微笑む。


「ごめんね、おじいちゃんにはどうしてもすぐ話したくって」

「そうか」

「あのね、おじいちゃん」


 目をしぱしぱさせながら、美羽は椅子にちょこんと座りなおすと、背筋をぴんと伸ばしてこう切り出した。


「もしも、今話した、よその世界の人たちが本当に来たら……」


 もじもじ、そわそわ。

 今度は背中を丸めて悩んだ挙句とうとう、祖父への心からのお願いを打ち明けた。


「おじいちゃん家に置いてもらってもいい?」


 祖父は口をあんぐり、けれどすぐに大きな声をあげて笑うと、孫娘に向かって優しく頷いた。


「いいよ、美羽の頼みなら断れない」

「ごめんね、信じないよね、こんな話」

「いいや、信じるとも」


 どうやら、異世界冒険譚はこのお願いのための壮大な前振りだったようだ。

 祖父は笑顔で、よしよしと美羽の頭を撫でる。


 幼稚園の頃から変わっていないこの流れ。

 美羽が話して、ママじいじは「受け入れる」。


「私もう高校生なんだけど」

「ああ、そうだね。ごめんごめん」


 こりゃ信じてもらえてないな、と孫娘は諦めムードでお茶をずずっと啜る。




 眠気が限界に近そうだからと、祖父は孫娘を家まで送って、のんびりと夏の夜道を歩いて帰った。


 帰宅後、庭に設置した椅子に座って、優しい音色の風鈴を聞きながら呟く。


「こっちに来たら、……レイアード吉野って名前にしたらいいかな?」


 そのひとりごとに、くすくすと笑いながら小さな影が飛び出してきて、家主の膝にちょこんと座った。


「びっくりですねー! 血は争えないということでしょうかー」

「ケレバメルレルヴって十二番目の女の子だった……よね、ジャドーさん」

「そうですねー。夕飛様とレイクメルトゥールの間に生まれた最後のこどもですー」

「気が付いて助けてくれたのかもしれないね。美羽は一応『姪っ子』にあたるはずだから」


 ブラックドラゴンが生んだ卵は計十二個。

 最初にやってきた時に五個。その後、世界を渡る力を持った金色の竜と何度か共に現れて、更に二回卵を抱いて帰ったらしい。子供たちはそれぞれに何度も「父」の前に魔方陣を描いては現れ、親子の時間を過ごして戻っていった。


 でもそんな異世界親子面接は、夕飛が結婚すると途切れてしまった。

 それ以来わからなかった「イルデエア」の話。

 「ケルバナックの王子様」の話を、孫娘から聞かされることになるなんて。


 美羽の祖父こと、熱田夕飛は膝に妖精さんを乗せたまま、また呟いた。


「よく考えたら、ラーナ殿下も別にライトニングにする必要なかったのに」

 そのまんま、トゥーニング吉野で良かったはずで。

 遠い昔に別れたきりの友人の姿をはっきりと思い出して、夕飛は笑う。

「うふふ、本当ですねー。本当に殿下は、アホ極まりないド変態なお方でしたからー」



 二人の間に、数々の思い出が浮かんでは消えていく。

 人生を賭けてやって来た、最強でけなげな黒い竜のこと。

 それを追いかけて現れた、ちょっと変わった四人の異世界人のこと。


「約束通り頑張ってくれたんだなあ」

 夕飛が呟き、ジャドーは微笑む。

「あれからもう何十年でしょうかー。まさか、殿下の話を聞けるなんて思いもよりませんでしたねー」

「本当に」


 もしかして、美羽にもドラゴンテイマーになれる力があるんじゃないかなんて想像が、夕飛の頭をよぎっていく。


「美羽の中にも竜精があったりする?」

「ありませんよー、竜精は男性だけのものですしー」

「だよね」

「ドラゴンテイマーの線もちょっとー、美羽様はお顔はイニヒ・イニそっくりですのにー、相当な鈍くささですゆえー」


 相変わらず口が悪いね、と夕飛は苦笑いを浮かべている。

 しかしそこが、ジャドーのいいところだ。見た目が美人でグラマーなのも、かなりいいところなのだけれど。


「本当に、顔はあんなにそっくりなのになあ」

「スタイルも良ければ相当おモテになったでしょうにねー。本当に日本の男性は、巨乳が好きでございますからー」


 女は乳じゃないよ、と夕飛は呟く。

 お好きなくせに、とジャドーは笑う。


「そりゃ、好きだけどさ」

「夕飛様は本当に素直でいらっしゃいますねー」


 ジャドーさんには嘘をつけないでしょ。

 そう答えて、夕飛はどっこいしょと立ち上がった。


「ラーナ殿下そっくりなら、きっと相当だろうね、ウーナ殿下も」

「親子という話ではありませんでしたけどー?」

「いや、きっとすごいよ。で、本当に来るよ。そんな気がする」


 とりあえず一部屋くらいは用意しないと、と夕飛が呟くと、ジャドーはぴゅんぴゅんとその周りを飛び回って喜んだ。


「ジャドーさん、あんまり鱗粉かけないでくれる?」

「鱗粉じゃありませんしー。夕飛様はもうお年なんですから、引っ込んでいて結構ですよー。わたしがお手伝い致しますゆえー!」

「ジャドーさんは変わらなくていいよね」

「いいえー、私も結構老けましたー」


 そういえば妖精さんは何歳なのだろう。出会ってから数十年、それは触れてはならない「禁忌」で、ずっと秘密のままだ。


 家の中に入り、使っていない二階の様子を見るために夕飛たちは階段をあがっていった。

 異世界へ渡る術を失って、地球に住み着いた妖精さん。その身の上について考えて、夕飛の口からはこんな言葉が漏れる。


「ジャドーさん、もしかしたらとうとう里帰りできるかもよ?」


 本当はレイカちゃんと一緒に帰りたかっただろうに。


 これまでにも何回か機会があったのに、何故かジャドーは決して帰ろうとしなかった。

 どうしてなのか、それはきっと、共に残った異世界人のためだったのではないかと夕飛は考えている。でもその「同胞」ももういない。彼女に義理立てする必要はもうないのだから、もしも異世界への扉が開かれるなら、懐かしい故郷へ戻ってもいいのではないか――。


 けれど、ジャドーはにっこり笑うと小さな手をぶんぶん振った。


「今更ですよー。私はもう、地球に住む妖精さんでいいんですー」


 すっかり地球の魑魅魍魎と仲良くなったらしく、夕飛の周りにはジャドー経由で「ちょっと変わった力を持った」人間が溢れている。

 部屋の用意をする時には、正体が亀だったり、犬だったり猫だったり鳥だったりする者たちが大勢やってくるだろう。


 一時期、夕飛が結婚を決めた頃には姿を消していた妖精さんだったが、妻を亡くしてしばらくしてから再びよく現れるようになっていた。

 心の中が筒抜けの妖精さんに辟易していた頃もあったけれど、今ではお互いを支え合う人生で一番の親友同士になっている。


 人種を超えた友情を育めるのも、もしかしたら遺伝の為せる業なのかもしれない。


 そんな結論を出して、夕飛はジャドーに微笑みかけた。

「助かるよ」

 心を読まなくても、その優しげな瞳の色ですべてを理解して、妖精は小さな腕に力こぶを作ってみせる。

「でしょうー? 一家に一人、素敵な妖精さんを置いておけばみんなハッピーですー」



 可愛い孫娘のお願いを叶えるめどはあっさりついて、夕飛はいつもより遅い時間に床についていた。

 寝る前に日課にしているのは、亡き妻との対話。寝室には小さな机が置いてあって、ただ一人、夕飛が世界で一番大切に思っている女性の写真やアクセサリが綺麗に並べられている。


 一番大きなサイズの写真立てには、随分昔に撮った亡き妻の笑顔が収まっていた。

 真っ赤な髪の美女がいつもは鋭い瞳を優しげに細めて、幸せそうに笑みを浮かべている。


 一番可愛く、一番美しく撮れた一枚だ。本人は「こんなのアタシじゃねえよ」と恥ずかしそうに怒っていたけれど。


「仁美ちゃん、またあの頃みたいに騒がしくなるかもしれないよ」


 まだ、アタシのところに来てくれないの?

 強そうに見えるけれど、実は甘えん坊だった可愛い奥さんの声がした気がして、夕飛は寂しげに笑う。


「ごめんね、美羽にもうちょっとだけ協力してやりたいんだ」


 だからもう少しだけ待っててね。

 夕飛はそう呟くと、写真のおでこに優しくキスをして、布団に入った。

 

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