8.2回目のデート
場所・駅・会社名はふせます。
が、たぶん、どこがモデルかはモロバレですね・・・。
――side 冬芽
「冬芽さんっ、お待たせしました?」
駅前で待って数分。パタパタと駆け寄ってくる彼女に、自分の顔がだらしなく弛むのを感じた。
「いや、待ってないよ」
うわー!うわー!何?この会話!まるっきり恋人同士の会話だ。うん、ていうか、まぁ、恋人なんだけども。
いまだに信じられない。僕が彼女・・・宝香さんとお付き合いするようになるなんて。
でも、彼女の傍はとても息がしやすい。彼女が僕を泣かせることはないし、僕が彼女を傷付けることもない。お互いに嫌な思いをしてきているせいで、そうなる前に気付けるから。
弓弦に言ったら酷く驚かれたけれど、ちゃんと祝福してくれた。どうやら、彼女を焚き付けた、というか、僕に話しかけるように勧めたのは弓弦だったらしい。その点にはものすごく感謝している。
「冬芽さん、今日はどこに行くんですか?」
「そうだなぁ・・・宝香さんはどこに行きたい?」
「えっと・・・前回は私の行きたい所に行ったので、今回は冬芽さんが行きたい所に行きたい・・・です」
ちょ・・・可愛すぎる!宝香さん!可愛すぎるっ!!
天然無自覚小悪魔って感じだ。ちなみに、宝香さんのお姉さんである鴻崎琴瀬先生は天然自覚悪魔だ。あ、こんなこと言ったら泣かされるかも・・・。
「・・・い、行きたいところかァ。そうだなぁ・・・」
可愛い宝香さんを直視できなくなって、僕は天を仰ぐ。
いい天気だ。秋の空は変わりやすいとは言うけれど、今日は天気予報でも晴マークだったし、少し遠出もいいかもしれない。
視線を宝香さんに戻す際に、駅構内の壁にかかっている看板が目に入る。
「――あの水族館に行ってみない?」
ベタベタのデートスポットであるその水族館の看板を指差して言えば、宝香さんはにっこり笑って頷いてくれた。
「はい!ぜひ!!」
「じゃあ、電車で行こう。時間はかかっても良いから・・・いろんな路線に乗れるように、なんてできる?」
「!!・・・はい!できますよ!」
ほぼ島全体が水族館とアトラクション施設となっている人工島。そのパンフレットからすると、この駅から行くとすると乗り換えは多くて3回くらい。
でも、せっかく鉄道好きの宝香さんがいるのだから、それに従わなくても楽しく電車旅をできるんじゃないかと思う。
「最初はどの電車に乗るの?」
「えーっと、そうですねぇ。まずはICカードにチャージしておきましょう!往復分入れておくと券売機に並ばずに済みますから!」
「いくらぐらい入れておけばいい?」
あまり電車を使わないからその辺りの感覚がわからない。この間のデートでチャージしておいたから2000円は残っていたはずだけど。
「そうですねぇ・・・J●だけで行くならそんなにいらないですけど・・・」
「どうせなら他の会社のも使う?T●とか、地下鉄とか」
「もう、冬芽さんってば・・・どうして私を喜ばせることばっかり言ってくれるんですかぁ!」
あ。宝香さんの顔が真っ赤だ。彼女が喜んでくれるなら僕のことなんて二の次なんだけど・・・ダメだったのかな?
「えっと・・・やりすぎ、かな?」
「いいえ!嬉しすぎます!!冬芽さんが素で言ってるっていうのはわかってますから!・・・次は、私が冬芽さんにあわせますから!!ね?」
「――うん」
「じゃ、5000円くらいICカードに入ってれば良いので。私は5桁きったことないんで大丈夫ですけど、冬芽さんは?」
「あ、僕は足りないや。・・・少し、待ってて?」
「はい!」
笑顔の宝香さんは可愛い。あの笑顔を見るためならどんな苦労も厭わない。そう思える自分が不思議だ。
弓弦が常々言う通り、僕は生活破綻者で、人付き合いもままならない弱い心の持ち主だ。
でも、これを機に、自分を変えようと思う。昨日の自分より今日の自分が少しでも成長していれば良い。それくらいの心構えで、ゆっくりと。
無理をしたら、きっと宝香さんが悲しむから。
「・・・お待たせ、行こう」
す、と僕が手を差し出せば、宝香さんは一瞬目を丸くし、次の瞬間には破顔してその手をとってくれた。
2回目のデートも、きっと楽しいものになるはずだ。そんな確信とともに僕達は改札口を通った。