5.デート≠見学
――side 冬芽
ああ、ドキドキする。デートじゃない、デートじゃないけど・・・でも、女性と2人っきりで出かけるとかしたことないし!!・・・っていうか、服装とか気合入れすぎたかな?
今日はモノトーンのジャケットとタートルネック長袖ニットに大きなチェック模様が入ったポリエステル素材のスリムライン10分丈スラックス。この組み合わせは結構好きで、いろんなパターンを持ってる。
これは弓弦が唯一“自分の見せ方”がわかっていると褒めてくれる部分だ。他はズボラ過ぎて手がかかると嘆かれるばかり。
だって、料理ができないのに冷蔵庫に食材を入れる意味がわからないし、物欲もあんまりないし、掃除も面倒だから寮には私物をほとんど持ち込んでないし・・・あれ?なんだか、僕ってホントにダメ男?
うぁ~、久しぶりにネガティブな気分になってきた。鴻崎先生が来たら、嫌がってるなんて思われてしまう。それだけは絶対にダメだ!!せっかく頼ってくれているのに!
ブンブン、と首を振っていると不思議そうな表情をうかべた鴻崎先生が声をかけてくる。
「在原先生・・・お待たせしま、した?」
「~~~ッ、こ、鴻崎先生ッ、あ、いえっ、待ってません!ぜんぜん!」
うわ、ちょー挙動不審だよ、僕。ああ、ほら、鴻崎先生が微妙な表情うかべてる。
「・・・ホントはご迷惑だったんじゃありません?」
ぎゃ!一番言わせちゃいけないことを!!
「いやいや!違いますって!!そのぅ、弓弦が・・・」
「弓弦、最首先生?」
「そ、そう、最首先生が、いつも手がかかるって嘆いているのを思い出したら、ネガティブになってきてしまって・・・あ、あはは。す、すみませんホントに」
あ、やば。目頭が熱い。泣きそう。我ながら女々しいな、もう!
「――今日の服装、いつものスーツ姿じゃないから、だいぶ雰囲気変わりますねぇ」
突如話題を変えた鴻崎先生に、涙が引っ込む。
「あ・・・え?」
「学校でお会いする時よりも、若々しく見えますよ~。お似合いになりますねぇ」
ニッコリと笑う鴻崎先生に、カーッと顔が熱くなるのを感じる。う、これは・・・たぶん、顔が真っ赤になってると思うんだけど。
「そ、そう、デスカ?」
「ええ、カッコいいです」
どうしよう、社交辞令ってわかってるんだけど、すっごく嬉しい。
「あ、あの、ありがとうございます?」
「ふふっ・・・在原先生って、疑問形でお礼する癖でもあるんですか?」
クスクスと笑われて、僕はますます顔が熱くなるのを感じる。
「いや、その・・・じ、自信がないのかなぁ、なんて」
「そんなぁ、もったいないですよぉ!在原先生は才能もありますし、それを誰かに伝える力もあります。それに、優しいですし・・・自信持ってください!」
グッと拳を握って力説する鴻崎先生。
僕は彼女に全力で肯定してもらったことに対して、思わずホッと息を吐いた。
「・・・ありがとうございます」
よし、今度は疑問形じゃない。
「今度は、疑問形じゃないですね」
彼女も同じことを考えたらしい。思考回路が似ているんだろうか?
彼女とは安心して会話ができる。年代だけじゃない、彼女の持つ雰囲気とかいろいろひっくるめて、僕はその隣にいることでリラックスできている自分を不思議に思っていた。
――side 宝香
待ち合わせ場所につくと、既に在原先生が待っていました。
今日の服装はいつものかっちりしているスーツではなく、ややカジュアルにまとめられていて、在原先生にとてもよく似合っています。
あーん、カッコいいよぅ!!
なんで、あんなに私服姿がカッコいいんですか!!卑怯です!!あ、でも眼鏡は変わりませんね。ファッション用じゃなくて、実用なんでしょうねぇ。
とかなんとか考えながら思わず在原先生を鑑賞していたら、突然肩をガックリと落として、ブンブンと首を振り始めました。
も、もしかして早速ここに来たことに後悔し始めてるとか!?い、嫌です!!せっかくのデート(相手はそうは思ってませんが)なのに、そんな風に思われたままとか、絶対に嫌です!!
「在原先生・・・お待たせしま、した?」
早速声をかけたは良いんですが、こちらを振り返った在原先生が泣きそうな表情をうかべているので思わず言葉を詰まらせてしまいました。
「~~~ッ、こ、鴻崎先生ッ、あ、いえっ、待ってません!ぜんぜん!」
うわ、すっごい無理して笑顔をうかべてます・・・やっぱり、嫌だったのでしょうか?
「・・・ホントはご迷惑だったんじゃありません?」
そう思うと、ついついネガティブな発言をしてしまいます。
ううん、人を好きになるって大変なんですね。自他共に認めるマイペースな私がこんなふうに感情がコントロールできずにぐちゃぐちゃになるなんて。
なんて考えていると、在原先生がギョッとした顔をして首をブンブンと横に振る。
「いやいや!違いますって!!そのぅ、弓弦が・・・」
「弓弦、最首先生?」
最首先生がなんでここで出てくるんでしょう?
首を傾げる私に向かって在原先生は懸命に言葉をかけてくれます。
「そ、そう、最首先生が、いつも手がかかるって嘆いているのを思い出したら、ネガティブになってきてしまって・・・あ、あはは。す、すみませんホントに」
あ、在原先生が涙目に。ちょ、一昔前のチワワが出演していたCMを思い出すんですが!!かーわーいーいーッ!!
でもでも、泣かせちゃったら私のせいですよね!?いけませんよ!!せっかくのデートで始まる前から相手を泣かすとか!
というか、最首先生の言う通り話してみてわかったことがあります。在原先生って才能があるクセに滅茶苦茶ネガティブなんです。自己卑下とまではいかなくても自分に自信がないんですよねぇ。
つまり、在原先生に必要なのは自分を常に肯定してくれる相手ということになります。
「――今日の服装、いつものスーツ姿じゃないから、だいぶ雰囲気変わりますねぇ」
よし、とにかく褒め褒め大作戦(笑)です!!
「あ・・・え?」
「学校でお会いする時よりも、若々しく見えますよ~。お似合いになりますねぇ」
あ、在原先生の顔、真っ赤です。可愛いです。三十路とは思えません。・・・コレって、もしかしなくても役得ですか、私。――こうなったら、褒めまくっちゃいますよ!!
「そ、そう、デスカ?」
「ええ、カッコいいです」
「あ、あの、ありがとうございます?」
「ふふっ・・・在原先生って、疑問形でお礼する癖でもあるんですか?」
電車に例えた時はわかりにくかったんだろうなーと思ったんですけど・・・自信の無い証拠ですよねぇ、これは。
「いや、その・・・じ、自信がないのかなぁ、なんて」
あら、自覚ありですか。ふむふむ。これは治療の余地有りとみました。作戦続行です。
「そんなぁ、もったいないですよぉ!在原先生は才能もありますし、それを誰かに伝える力もあります。それに、優しいですし・・・自信持ってください!」
拳を握りしめて力説です。作戦云々以前に本当にそう思っていますから、社交辞令じゃありません。
確かに、最初は才能面で素敵だと思いました。でも、いつでも話を聞く、その一言で私は在原先生が好きになったんです。
在原先生が自分を肯定してくれる人を必要としていたように、私も飾らない本当の自分を受け入れてくれる人が必要だったんです。
「・・・ありがとうございます」
よし、今度は疑問形じゃないですね。私の言葉を信じてくれて、嬉しいです。
「今度は、疑問形じゃないですね」
「本当に、褒めてくれてるってわかるんです・・・鴻崎先生とは安心して話ができる。僕はいつだって他人と話をする時は身構えてしまって・・・感情が高ぶりすぎてしまうと泣いてしまうし、NOとは言えないしで、苦痛だったんです」
うわ、信頼してくれてるんでしょうか。こんな話を聞かせてもらえるなんて・・・。
「生徒にも先生にも身構えちゃって、でも、理事長や弓弦がサポートしてくれて、どれだけありがたかったか」
「人に恵まれてるんですよ。良かったですね」
「ええ・・・鴻崎先生にも感謝してます。僕、ここまで一度も泣いてないでしょう?」
あぁ、確かに。
「弓弦でも、ダメな時はダメなんです。アイツ、ちょっと厳しいところもあるから」
最首先生は兄貴肌だから面倒見はいいですけど、自分にも他人にも厳しい人ですからね。
「ああ、なるほど」
私が納得したように頷くと、在原先生は苦笑する。
「今ので最長記録です。泣かないで会話が続いたの」
「じゃあ、私、記録保持者ってことですね!」
ニッコリと笑ってそう宣言すれば、在原先生はブハッと勢いよく吹き出しました。
「・・・くく、す、みません。あはっ・・・」
「あ~、笑わないでくださいよぅ!一応、今、本気で言ったんですけど!」
「ふっ・・・あ、あぁ、はい。わかってます。記録保持者なんて言われると、思ってなくて」
ケタケタと笑ってる在原先生はとても楽しそうなので、まぁ、ちょっと笑われるくらい良いか、なんて思ってしまう辺り、もう、私は在原先生にぞっこんなんだなって理解してしまいました。
お互いに依存しあうカップルになりそうな予感・・・。