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4.意識の始まり

――side 宝香(ほうか)



 ああ、楽しみにしていた放課後がやってきました!在原(ありはら)先生の手が作り出すジオラマ。あの素晴らしい作品の作り方を伝授してもらえるのです!!


 鉄部の子達に伝えたら、もう大喜び。頑張って在原先生に声をかけた甲斐があるというものです。


 そうしてガッツリとジオラマ作りの基本を在原先生に教えてもらったワケですが、教師という職業柄教えるということには慣れているんでしょうし、鉄部の子達も中々に優秀な子が多いのでのみこみも早かったんです。


 となれば・・・ええ、こうなりますよね。


 今、私と在原先生の目の前には、黙々と作業をする鉄部の子達の姿があります。こうなるとほとんど会話が成り立ちませんし、部活動終了時刻までテコでも動かないと思います。熱心です。


 まぁ、つまり、自分の世界にこもりまくってるわけですね。


「・・・えーと、僕の教えることはもうないかなーと思うんですよ、鴻崎(こうざき)先生」


「あー、すみません。せっかく来て頂いたのに。・・・でも、まぁ、基本さえ押さえてしまえば応用は各個人でやった方が楽しいんですよね」


「ああ、わかります。美術部の子達もこんなもんですよ」


「ふふっ、在原先生の教え方が上手でしたから、さっそくその技術を使いたくなるのもわかるんですよねぇ」


 私がそう言えば、在原先生はなんだか照れた様子で笑いました。ホントにこの人三十路なんでしょうか。いちいち反応が可愛いんですが!!


「いやぁ、褒められ慣れてないんで照れますね。美術部の子達には、こう、いぢられっぱなしで」


 そう言う在原先生ですがどこか嬉しそうで、楽しそうです。


 自分達が認めない相手には手厳しい美術部の子達ですが、懐かれてみれば案外可愛いのかもしれません。


「大変そうですねぇ。・・・でも、楽しそうです」


「ええ、楽しいですよ。こう、慣れない猫を懐かせた~的な達成感がありますし」


 あ、やっぱりですよ!しかし、達成感ですか。うん、わかりますね、なんとなく。


「ですよねぇ!根は悪い子達じゃないですし、まぁ、ちょっと口は悪いですけど」


「大企業の御曹司って子ばかりなんですけどねぇ。なぜか口が悪い。どっから覚えてくるんだか」


 苦笑いをうかべて溜息交じりに言う在原先生。これは相当いぢられてますねぇ。


 たぶん、正神君辺りが妙な知識を仕入れてるんじゃないでしょうか。理事長もああ見えてはっちゃけてる人ですし、甥っ子の正神君が普通の御曹司なんてタイプではないのはわかりきってます。


 っていうか普通の御曹司ってこの学院にはいないような気がします。やたらに優秀なんですよね。たぶん、受験の時点で“普通の子”はふるい落とされてるんでしょう。


 面接では理事長が直々に全ての学生を見るそうですし、あの人の野生の勘というか人を見る目というか、才能を見出す力があるトコロは教育者として素直に尊敬できます。


「今は情報社会ですからねぇ~、どっからでも情報は入ってきますよ~?」


 とりあえず当たり障りなく私が答えると、在原先生は思いっきり脱力しました。


「はぁ、まったくです。・・・僕等が高校生の頃なんかは携帯が出始めたばっかりで、PHSとかポケベルとかが全盛期。今はスマホでしょ?完全に小さなパソコン持ち歩いてる感じですからねぇ」


「わぁ、懐かしい!ポケベルなんて久しぶりに聞きました!・・・ホント、近くの公衆電話で高速でボタン押し続けてる女子高生、あちこちにいましたよねぇ」


「あはは、同年代だと話が通じてありがたいですよ。新採用の先生とか生徒達なんか、ポケベルって何ですか?なんて訊いてきそうな雰囲気出すので、今じゃ、こっちから説明しちゃうんですよ」


 うわ、それはヘコみます。ポケベルの全盛期ってホントに短かったですからね。私が高校にあがる頃にはポケベルは衰退しまくってましたから。


でも在原先生とは学年がいっこ違うだけなので、その当時の流行り物の話は楽しいです。


「こうしてみると、技術の進歩ってスゴイですよねー。そうそう、技術の進歩って言えば、超電導リニアの実験線で世界最高速度を出したのって2003年なんですよー。たぶん、今の技術を全てつっこんじゃえば、もっと早くなると思いません?」


「超電導リニアって・・・えーと、たしか、あの電気でフワーっと浮いて走る電車ですよね?」


 ああ、勘違いしている人って結構多いんですよね。あれは電力じゃなくて磁力で浮いてるんです。私は思わず訂正を入れてしまいます。うう、マニアの悲しい性・・・。


「あ、えっと、電力じゃなくて磁力ですね」


「あ、あれって磁力なんですか。すみません、よく知らないのに“知ったか”な発言でしたね」


 いえいえ、リニアの存在を知っていてくださっただけでも充分です!!だって、興味のない人はとことん興味ないでしょ?電車の話をはじめて、また?っていう顔して嫌がる友人だっているんです。


 なのに、在原先生はちゃんと会話を繋げようと頑張って知識を総ざらいしてくれたんですよね。


「いえいえ~。電車話に付き合って頂けるだけ感謝ですよ~。それで、超電導リニアっていうのはですねぇ、車体に搭載した超電導磁石と地上に設置したコイルとの間に生じる磁力で車体を浮上させて走るんですよ~」


「なんか、近未来的ですよね。自動車が車輪じゃなくて宙に浮いて走るとか、自動運転システムで乗ってるだけで目的地に連れてってくれるとか。完全にSFだったんですけどねー」


「そうそう、夢のような話ですよねー。今じゃ、現実味を帯びて来て。すごいですよねぇ」


「いやぁ、鴻崎先生と話してると、僕の知らない知識とか聞けて、勉強になります」


 ヤバい!ときめいちゃいそうですよ!!楽しく電車話出来る人って貴重です!!在原先生、なんて良い人なんでしょうか!!


「もう最近じゃ電車話を真剣に聞いてくれる人がいないので、在原先生みたいな存在は貴重ですよ~」


「そうなんですか?じゃあ、僕で良ければいつでもお聞きしますよ、鴻崎先生の電車話は楽しいですから」


 サラっと言われたセリフに、私は思わず目を丸くしてしまいました。


「え」


「え?」


 あ、無自覚ですね。うわ、天然タラシですか?この人。


 女性が――っていうか、この場合は私が――喜びそうなセリフをドンピシャで言ってくるっていうのは、完全にタラシですよ。タ・ラ・シ!


「いえ、じゃあ・・・また今度ゆっくり話を聞いて貰えますか?」


「ええ、構いませんよ」


 ああ、またサラッとそんな笑顔で。


 ダメですよ、勘違いしちゃいますよ。


 私はバクバクと激しく鼓動する心臓を押さえて、お誘いの言葉を口にしました。


「在原先生・・・今度のお休み、お暇でしたら鉄道博物館に一緒に行きませんか?」


 在原先生はこれがデートのお誘いだってわからないでしょうね。話の流れからして鉄道話を聞くだけって思ってそうです。


 だから、帰ってくる言葉が承諾であることを私は疑いませんでした。


「ええ、良いですよ。次の日曜日なら空いてますから」


 ほら、ニッコリ笑って、在原先生は私のために休日を使ってくれる約束をしてくれたんです。



――side 冬芽(とうが)



 鉄部の子達はやっぱり熱かった。ジオラマを作る時の基本的な技術と小技を教えてあげれば、貪欲に吸収していった。


 その間、鴻崎先生はニコニコとその様子を眺めていて、作らないんですか?と聞いたら、止まらなくなるので、と苦笑いしていた。


 後は自分達で工夫してみようと言えば、皆がそれぞれに作業を始めてしまって僕は手持ち無沙汰になってしまう。


「・・・えーと、僕の教えることはもうないかなーと思うんですよ、鴻崎先生」


 僕がそう言えば、鴻崎先生は困ったように笑った。


「あー、すみません。せっかく来て頂いたのに。・・・でも、まぁ、基本さえ押さえてしまえば応用は各個人でやった方が楽しいんですよね」


「ああ、わかります。美術部の子達もこんなもんですよ」


 そう、あの子達も基礎ができてしまえば、あっと言う間に自分達のオリジナル作品を作り上げてしまう。そうなると僕の話も何も聞いてもらえなくなるから、ちょっと寂しかったりする。


 というわけで、手持ち無沙汰の僕達はおしゃべりに興じることにする。


 女性と話す機会なんて滅多にないし、鴻崎先生は同年代だから流行り物の話もすんなり通じて話しやすく、いつも以上に僕は饒舌になってしまう。


 その流れで鴻崎先生の趣味の話になる。僕の知らない世界の話だから非常に興味深い。しかも話す声が楽しげで僕まで楽しくなってくる。


「もう最近じゃ電車話を真剣に聞いてくれる人がいないので、在原先生みたいな存在は貴重ですよ~」


 そんなことを言ってくれる鴻崎先生に、僕はついつい調子に乗ってこんなことを言ってしまう。


「そうなんですか?じゃあ、僕で良ければいつでもお聞きしますよ、鴻崎先生の電車話は楽しいですから」


「え」


 鴻崎先生が目を丸くして、僕を見つめてくる。


「え?」


 あれ、ま、マズイ対応だったのかな?


 も、もしかしてセクハラってとられた!?素で返してしまってから背筋が冷える。冗談ですよ、と言ってもセクハラになりそうで、僕は静かに大混乱してしまう。


 その時、鴻崎先生がふわりと笑って、僕は混乱状態から解放される。


「いえ、じゃあ・・・また今度ゆっくり話を聞いて貰えますか?」


 セクハラだって思われなくて済んで良かった、と僕は胸を撫で下ろしながら頷く。


「ええ、構いませんよ」


 僕で良ければって感じだ。


 いつもいつも弓弦(ゆずる)におんぶにだっこで手のかかる先輩でゴメンって感じなのに、鴻崎先生は僕を頼ってくれるんだなぁって思ったら、話を聞くくらいならいくらでもできちゃいそうだ。


「在原先生・・・今度のお休み、お暇でしたら鉄道博物館に一緒に行きませんか?」


 ふわふわと浮かれていると、鴻崎先生が爆弾発言をしてくれる。


 ええ!?こ、こここ、コレって、デートのお誘い・・・な、なわけないよな!!だ、だって、話の流れからいって、きっと鉄道博物館に行きながら電車話を聞けば良いんだと思うし。


 うん、誤解しちゃいけないよな!鴻崎先生は純粋に誘ってくれてるだけなんだから。サラッと返そう。意識してしまっていることを気付かせちゃいけない。


「ええ、良いですよ。次の日曜日なら空いてますから」


 こうして、僕と鴻崎先生のデート・・・じゃなくて、お出かけ・・・あれ、あんま変わらない・・・。と、とにかく、鉄道博物館の見学が決まったのだった。



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