3.最上級の特殊な褒め方
――side 宝香
はい!おはようございますっ!鴻崎宝香です!
今朝は職員の朝の打ち合わせの日です。
文化祭が終わって、振り替え休日明けの初めての登校日なので、朝から打ち合わせがあるわけですが・・・今日こそは在原先生に声をかけようと思います!!
なぜ今日まで声をかけられなかったかって??
それは、文化祭の間は文化系の部活の顧問なのでお互いに忙しく、なかなか声をかけられなかったのです!!ええ、こう見えてもお仕事はちゃんとしますよ!!私は!
打ち合わせは簡単に今週の動きを確認して、教頭・校長の話があって終わります。
さぁ!ここからが勝負です!!お互いにクラス担任ではないので、学活の時間こそが唯一のチャンスです!!これを逃すと、放課後まですれ違いです。
宝香!ファイトですよ!!
グッと拳を握りしめ、私は職員室から出ていこうとする在原先生を追います。
「在原先生!!」
私が声を掛ければ、在原先生は足を止めてくるりとこちらを振り返ります。
ダークレッドのスーツに、フレーム(テンプルとモダン)に市松模様の入ったおしゃれな眼鏡。パッと見ではホストにも見えなくもない美青年なわけですが・・・これで生活破綻者なんですか?最首先生が過保護すぎるだけなんじゃないでしょうか・・・?
「あー、鴻崎先生?」
かくん、と首を傾げる様はなんだか三十路とは思えないくらいに可愛らしいです。あれは自覚なしでやってるんでしょうか?――うんうん、自覚なしですね!!可愛い!!
おぉっと、違う違う。在原先生を観察するために呼び止めたんじゃないですね!!
「えっと、見ましたよぉ~」
あ、主語抜けた。慌てて言いなおそうとした時、在原先生が困ったように眉尻を下げて訊ねてきます。
「――何を、ですか?」
ああ、助かりました。言いなおすよりも聞き返してくれた方が私もスムーズに話せます!
「学院のジオラマですよぉ~!も~、天才じゃないですか~~!!」
きゃぴきゃぴ(死語♪)な話し方なのはテンションMAXだからです。地じゃありませんよ。ええ。断じて地ではありません。大事なことなので2回言いました。
「あ~、あれですか」
「ええ、あれです!!もうっ一目見て、もえ、じゃねぇや・・・感動しました!!」
あ、しまった。萌えって言いそうになって素が出ました。。。
「か、感動、ですか?・・・いやぁ、あれはウチの部の子達と共同制作で・・・」
「へぇ!そうなんですか?――ちなみに、在原先生はどの部分を?」
「校舎以外の部分ですね。中庭とか噴水広場とか」
なんと!!私の一番身惚れたところが在原先生の作だったようですよ!!これはますます逃せません!!
「在原先生!!」
「は、はい!?」
ガシッと在原先生の手を掴みます。ああ、すみません。ドン引かないでください。獲物は逃がさない方針なんです。
私は逃れようとする在原先生の手を力強く握り締めます。
「ぜひ、ウチの鉄部のジオラマ作りの特別講師になってください!!」
一瞬の間。うわー断られそうな雰囲気です。
「あ、え、えーと・・・じゃあ、僕で良ければ」
ああ、なんて良い人なんでしょう!!忙しいからって断ることもできるでしょうに!!
「本当ですか!ありがとうございます!在原先生って“能勢電鉄3100系”みたいに素敵な方ですね!!!」
「・・・・・・あ、ありがとうございます?」
うなっ!!わかりにくい褒め方ですみません!!でもあの渋く赤い車両はダークレッドのスーツが似合う在原先生のイメージにぴったりなんです!!もう、最上級の褒め方なんです!!
困ったように笑う在原先生と今日の放課後に鉄部に来てもらうことを約束して、私はやり遂げた清々しさを感じながら、一限目の準備を始めるために被服室へ向かいました。
――side 冬芽
朝の打ち合わせが終了して、僕は国語科室で授業の準備をしようと思って職員室を出た。――と、その時、僕を呼ぶ声がして振り返った。
ショートミディアムのゆるフワヘアー?っていうのかな。可愛い系代表みたいな髪型がとっても似合う女性がそこにいた。家庭科の鴻崎先生だ。相変わらずおしゃれだな~と思う。
「あー、鴻崎先生?」
ニッコリと笑って、鴻崎先生はうんうんと頷いた。
マンモス校でもあるカロリー学院は、生徒の数もスゴイけど先生の数もスゴイ。教科が違うと話す機会もほとんどない。まぁ、鴻崎先生とは担当する学年が一緒だから何回か話したことがある。とはいえ、何の用だろう?
彼女が一生懸命話しているのを聞いていると、どうやらあの文化祭の時にエントランスに飾られた学院のジオラマにいたく感動したという話で、ものすごい勢いで褒められてしまった。
ううん、何だか照れるなぁ。
褒め殺しをされているのかな?なんて感じていた時、突如鴻崎先生が僕の手をガッチリと掴んで握り締めた。
「在原先生!!」
「は、はい!?」
女性に手を握られる経験なんて皆無の僕は思わずドギマギしてしまって、顔が熱くなってくるのを感じる。・・・はっ!いかんいかん。僕みたいなのに好意を持って触れる女性なんているわけがない。誤解なんてしたら、鴻崎先生に失礼だ。
僕は思わず身を引いて、鴻崎先生から距離をとろうとする。が、思いの外強く握られている手が離れることは無くて・・・まさか、と思ったその時。
「ぜひ、ウチの鉄部のジオラマ作りの特別講師になってください!!」
満面の笑みで放たれた言葉に、肩透かしを食う。
ああ。講師ね、講師・・・うん。やっぱりそうだよね。好意があるわけないよな。ちょっぴりガックリしながら、僕は頷いた。
「あ、え、えーと・・・じゃあ、僕で良ければ」
別に断るだけの理由はないし、ついでに言うなら僕はNOとは言えない大人だ。うう、自分で言ってて情けない。
「本当ですか!ありがとうございます!在原先生って“能勢電鉄3100系”みたいに素敵な方ですね!!!」
の、能勢電鉄???
あ、思い出した。鴻崎先生って、確か鉄子――鉄道マニアだった。それで鉄道研究部を自分で立ち上げたんだよな。
たぶん、素敵な方、とか言ってくれてるってことは、褒められてるんだよ、ね?
「・・・・・・あ、ありがとうございます?」
一応お礼を言うと、鴻崎先生は満足げに頷いた。あ、やっぱり褒めてくれてたんだ。
「ちなみに、今日の放課後ってお時間取れます?」
「あ、ええ。美術部の方は指示を出さなくても勝手に作品とか作ってるので・・・部活動終了時刻に確認しに行くくらいで大丈夫ですから・・・」
「やたっ!・・・あ、ごめんなさい。えと、じゃあ早速なんですけど、今日来て頂いてもイイですか?」
ぴょん、と跳ねて喜ぶ姿が可愛らしいなぁ・・・って、は!見惚れちゃダメだって!!そんな目で見たらセクハラだって言われちゃうよ!
「も、もちろん」
動揺が表に出てしまって、つい僕はドモリながら頷いた。
ど、どうしよう。ゆ、弓弦に聞いた方が良いかな?どの程度まではセクハラってとられずに済むんだろう?
あ、鉄部の生徒って確か“熱い”って聞いたことがあるし、気にしなくてもいいのかな?
「じゃ、約束ですよぉ~!」
にっこりと笑って、くるんと方向転換した鴻崎先生を呆然と見送って、僕は今更ながらに頭を抱えた。
自慢じゃないが、女性の扱いなんてモノは全くわからないのだ。講師として呼ばれたとはいえ、これは個人的なお願いになるのだし、儀礼的に話をするのはアウトなんだろうか?
って、何考えてんだ僕は。普通に、普段通りに接すれば良いんだ。個人的なお願いとかなんとかってこんなに舞い上がってビクビクしている方がやましいことがあるって言ってるようなもんだよな。
落ちつけ、鴻崎先生に他意はない。ただ単にジオラマ作りの講師として鉄部に来て欲しいだけなんだ。
僕はそう自分に言い聞かせて、自分の中に芽生えそうになった“何か”を封じ込めた。
※能勢電鉄3100系→→→妙見線、日生線を走る赤(?)色の車両
☆ 鴻崎先生の特技 ☆
――人を電車に当てはめて褒める――
(たぶん、見た目で?)
going my wayの宝香。押されっぱなしの冬芽。こんな調子でしばらく進みます。