1.鉄子な家庭科教諭
私立カロリー学院(男子校)は超お金持ち学校。
その学校に勤務する教諭達のほのぼの系恋愛物語の始まり始まり~。
私は今、猛烈に萌えています。
打ち間違いではありません。本当に萌えているのです。
「はうぅ~・・・この、完璧なまでのディテール。これを作った人は天才だよ。天賦の才能の持ち主がいるッ」
そう。エントランスに立つ私の目の前にあるのは、細部にまでこだわって作られただろう、(勤務先の)学校のジオラマ。
***
ああ、申し遅れました。私、この私立カロリー学院(え?太りそうな名前?ええ、私もそう思いました。理由は理事長のみぞ知るというヤツです)の家庭科教諭をしております、鴻崎宝香29歳独身。部活動は―――鉄道研究部顧問をさせて頂いております。
ええ、ここまで言えばわかって頂けるでしょう。私は根っからの鉄子(女性の鉄道マニア)であります。
私の四半世紀を語るに相応しいネタは数多くありますが・・・ほんの少しだけご紹介しておきます。
――幼稚園・夢みる。
「しょーらいのゆめは、きかんしゃトー●スになることです!」
(いやいや、なれませんよね。ええ。それくらいはわかります)
――小学校低学年・あこがれる。
「りそうのひとは、きかんしゃ●ーマスです♪」
(そもそも、人ではないですね。機関車って言ってますから)
――中学校・乗り鉄
「みてみて!!ブルートレインの記念乗車券!!2日間貫徹で並んで買ったの!!!」
(ええ、友人はどん引きしましたとも)
――高校から現在
「趣味ですか?ええと、ジオラマ作りと全国の鉄道巡りとJ●の各停車駅の発車音の録音でしょうか」
(同僚からは口を開かなきゃモテるのに、と言われました。ええ、余計なお世話です)
***
・・・というわけで、かなり年季の入った鉄道ファンなわけです。
そんな私の目の前に(勤務先の)学校のとはいえ、とても良くできたジオラマがあるのです。萌えないわけがありません。
ああ、いくら普通じゃない学校でも普段からこのようなものが展示されているわけではありませんよ?今は私立カロリー学院の文化祭真っ只中なんです。
でもこのジオラマは我が部・鉄道研究部の作品ではありません。ですが、文化祭に学外の方の作品を展示することはありませんので、このジオラマは、この学院の誰かの作品、ということになります。
知りたい。このジオラマを作った天才に会いたい。そして、是非とも我が鉄道研究部に講師として来て頂きたい!!
きっと傍から見た私は、獲物を狙う肉食獣のように映ったことでしょう。私の周りから半径1メートルは、ほぼ人がいない状況です。
ほぼとはどういうことなのか、ですか?それはですね、私の側に1人の男性教員が立っているからです。
英語科教諭の最首弓弦先生。28歳独身。
兄貴肌で面倒見の良い人なんですが、キレると早口の英語(ギリギリスラング回避)になるので何言ってるか私にはちんぷんかんぷんな時があります。でも美麗です。女性教諭の面々が相当数狙っているという噂です。
ですが、この美麗な外見からは想像もつきませんが、家庭部(料理やら裁縫やら「主夫」育成を目的とした部)の顧問をしていらっしゃいます。この方に女子力をアピールするのはハンパなくハードルが高いんです。
その最首先生は私と同じようにジオラマを眺めて、あの状況でいつコレ作ってたんだ?とぼやいております。というか、その口調から察するにこの作品の制作者をご存知ですね!!
これはもう訊くしかないでしょう!!・・・あ、いやいや、落ちつけ私。
いきなりがっついたら教えてもらえないかもしれません。冷静に。落ちついて。もうアラサー女子なわけですから、大人の女性としての会話を試みなくてはなりません。
「最首先生、これを作った方をご存知なんですか?」
そう私はにこやかに訊ねました。ええ、完璧な猫被りです。
すると最首先生はああ、と破顔します。美麗です。先祖がえりというヤツらしく、地毛が金茶色で目の色も琥珀色に近い茶色でものすんっごく美麗です。でも、本人は美人というと怒ります。
「冬芽、っと・・・在原先生ですよ。ほら、美術部顧問の」
ああ、普段は冬芽と呼んでるんですねぇ。あのきちく・・・げふん、ごふん、可愛らしい生徒の集まった美術部のいけにえ・・・じゃなくて、顧問の在原冬芽先生ですか。
このカロリー学院はいわゆるお坊ちゃま学校で、お金持ちの子弟が集まってくるわけです。もちろん、才能一本で入ってくるパンピー生徒もいます。
最首先生率いる家庭部はそのパンピー生徒が主に参加しています。
なぜ家庭部なのか。簡単に言えば逆玉の輿狙いです。家庭部にはお隣の敷地にある私立ヘルシー女学園(こちらもウチの理事長が経営していらっしゃいます。え、名前でわかるって?そうですよねー)の日本文化部との交流があるんです。そりゃもう、お嬢様ばかりです。半分合コンです。動機が不純であっても、まぁ、部活動ですからね。大目に見てあげましょう。
そして在原先生率いる美術部。・・・家庭部を例に挙げた時点で気づいた方も多いでしょう。ええ、そうです。美術部に入ってくる生徒はお坊ちゃまばかり、ということです。しかも、理事長の甥っ子が所属しているのです。気を使います。
しかも、彼は暗黒同好会なるものの名誉会員として名を馳せており、多くの被害者を出しているのです。(というか暗黒ってなんですか、暗黒って・・・)
被害者の1人である数学科教諭の御門詩織先生は、
表に“白馬に乗った王子様募集中〔はぁと〕”
裏に“青田買い”
と書かれたTシャツをプレゼントされたとか。・・・確かに、婚活女子と呼ばれる部類に入る御門先生ですが、生徒にまで手は出してないですよ!!同僚として、そして友人としてフォローしておきます!!
そんな理事長の甥っ子を含めてひと癖もふた癖もあるメンバーが揃っているのが美術部です。その顧問を決めるのにかなりもめたんです。
美術科教諭はこぞって辞退してしまって、国語科書道担当で美術の造詣が深い在原先生に白羽の矢が立ったわけです。
クビか美術部顧問か、そこまで迫られて――はいませんが、NOとは言えない何かがあったのだと思います。在原先生は戸惑いながらも顧問のお話を受けたのだと聞きました。
「在原先生ですか・・・書道だけでなく、こういった方面にも才能があったんですねぇ」
「ええ、まぁ。アイツは多才ですから。芸術家肌というヤツですか、精神面ではお子ちゃまレベルで脆いんですが、こういうのを作らせるとホントに完璧というか、ずば抜けているというか。・・・だから、美術部の連中もなんだかんだ言ってもアイツ、在原先生のことを認めてるんですよ」
確かに、あの美術部の面々であれば、認められない人間を(たとえ学校側が決めた顧問であろうとも)追い出しにかかるでしょう。
「なるほど。・・・そういえば、最首先生は在原先生と仲がよろしいんですね」
「仲が良い・・・といいますか、放っておけないといいますか・・・アレの面倒を俺以外の誰かが見れるとは思えなくて・・・」
え?どういうことでしょう?まさか―――ホ●!?
なんて考えが顔に出てしまったんでしょうか、最首先生は慌てて首を振って弁解を始めます。
「あ、いや、違うんですよ?!・・・その、冬芽は・・・生活破綻者なんですよ。言ったでしょう?芸術家肌だって・・・職場ではそうは見えませんけど、職員寮に帰ると生活感ゼロですから。冷蔵庫は入ってるのは水のペットボトルのみ、家具は備え付けのテレビとソファーとベッドだけ。洗濯だけはしてるみたいですが、お前生きてんのか!?って聞きたくなるくらいの殺風景っぷりなんです」
「ワォ」
いやいや、まさかの絵に描いたような芸術家っぷりじゃないですか。どうやって生きてるんですか!?在原先生は!!霞でも食べてんですか?
「・・・なので、俺が飯を食わせてやってて」
ああ、なるほど。兄貴肌の最首先生のおかげで生きてるんですね――というか、最首先生の方が年下ですよね、確か。
「三十路男がそんなんって・・・女性はやっぱりどん引きますよね?」
「ん~、そうですか?才能で帳消しになりません?」
だって、小奇麗にしてますもん。センスも悪くないですし。家事ができないくらいなら、まぁ、許容範囲ですよね。
「・・・鴻崎先生・・・今度、冬芽と話してやってくださいよ。それだけじゃないってわかりますから」
それだけじゃないって、どれだけなんでしょう?
最首先生にそこまで言わせてしまう在原先生がちょー気になります。主に才能面で。
話してやってください、なんてGOサイン出されたら、がっつりいっちゃいますよ?あの才能、学校のジオラマだけに留めておくのはもったいない!!是非とも特別講師として我が鉄道研究部にお誘いしますよ!!
そう―――これが恋の始まりになるなんて、この時の私は考えもしなかったんです。