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前編

 今日は夏休み、八月の三日。語呂合わせで、闇。お盆でもないのに、結構、怪談話がある日だ。そんな今日は、この町の花火大会。町を上げての祭りが開かれ、観光客があふれかえる。それもそうで、この町の花火大会は五本の指に入るほどの、有名なもの。金が凪いだあーだこーだ言わないのが暗黙の了解だ。唯一の資源なため、観光客にごった返す中、町民は稼ごうと躍起になり、店を出す。

 俺の家もそうで、かき氷屋をしていた。

 かき氷が一番手ごろだ。なんといっても、大量の氷と、シロップ、器にストロー性のスプーン。そして、氷を削る機械さえあればよいのだから。


 一個一五〇円という何とも微妙な値段で、糞が付くほど蒸し暑い中、商売をやっている。


「かき氷いりませんか~?」


そんな父の声を聴いて、ハァとため息が漏れる。


 面白くない。


 それが俺の率直な感想であり、中一である自分がこんなことをする理由がない、という意思でもある。つまらないことに、大人は子供の気持ちにも気づかずに、金儲けのために、かき氷を作っていた。


 プルルル プルルル プルルル


 電話が鳴った。俺の携帯だ。


(…知らない、アドレスだな)


小刻みに揺れる携帯をとる。


「もしもし」

『でたでた!!ケー君、一緒にさ、』

『おい、亜美(あみ)!!何勝手に俺の電話で、掛けてんだ!!』

『だって、私、ケータイ忘れたんだもん!!いっ君は、ケー君のアドレス知らなかったし、どうせなら記録、残してあげようと思って』

「…切るぞ」


耳を抑える。あまりにも甲高い声は、今の自分の気持ちに何のリラックスも与えない、ただの雑音だ。

 携帯の向こうで、郁也(いくや)と亜美が、もめているのがわかる。


『あぁぁぁぁあ、切っちゃダメ。…ねぇ、これから肝試しに行かない?』

「行くか。こっちは疲れてんだよ。おまえの顔も見たくない。」

『何よ。あ、いっ君に変わろうか?』

「どうぞお勝手に」


「建人!そこのシロップとって」

「はい。」


電話をしながら、母親と会話を交わす自分。かなり器用なことをしている気がする。


『変わったぞ~』

「お~」

『なんだよ、やる気ねぇな。肝試しだぞ、肝試し』

「それが何だよ」

『お前、ホント乗り悪いな』

「わるーこざんした」

『えっ!古っ』

「悪かったな、古くて。乗り悪くて」


ハァと大げさにため息をついた。電話の向こう側に聞こえるように、だ。


『聞こえてるぞ』

「聞こえるようにやってんだよ。て言うか何でこの歳で肝試し」

『あぁ。あの洋館をな、一晩借りることができたんだよ』

「洋館?…あぁ、町の外れにある、おんぼろ校舎」

『校舎じゃねぇよ。むか~しからある、れっきとしたお屋敷だと。』

「で?」


「器追加!!」

「ほい」


電話を肩に挟んで、今度は父親の言うとおりに動いた。大の下の戸棚を開けて、まだまだある器をざっと五〇枚ぽんとだす。


『で?とか言われるとあれなんだが』

「そこで肝試しやるわけ?」

『おう。どうだ。面白そうじゃねぇか』

「そうだな。じゃ、俺以外の誘って。俺、今日忙しいし。疲れてるし。何より歩きたくないし」

『おまえな~』


電話の向こうで相手が息を漏らしたのがわかる。呆れているだろう。


『でも、そっち行くからな。花火大会が終わる八時に、そっち行くからな』

「勝手にしろ」


言い捨てるようにそう言って、携帯を耳元から離す。電源を切って、再びかき氷屋の手伝いを始めた。


*****


 八時。花火の最後の連打が終わり、あちこちで拍手が起こる中、あいつらは来た。


「ケン、来たぞ~」

「来たよ~」


 えっと心底驚く表情を作り、大げさにため息を漏らす。


「ため息つくなよ。気分が悪くなる。」

「別にお前の気分を害そうとしてついてんじゃねぇよ。で、」

「おおぉ、行こう。」

「さぁ、行こう!!」


 で、とこちらが問いかけているのに、それを何とも思わないのか郁也と亜美の二人に左右の腕を掴まれ、犯人と警察みたいな関係で連れ去られる。


「おい!!離せよ!」

「おばさーん、こいつ借りてきますね!!」


遠くで返事がした。どうせ、いいよーみたいなものだろう。ぎろっと郁也をにらむ。

 だが負けた。会った時からなんとなく苦手なこいつの視線から先に目をそらしたのは自分だった。


「…誰が来るんだ?ほかに」

「あ、えっと…」

「笹田さんと森下君。あと、里香とあっ君と美波とえーと、嘉威君とウッチーと翠でしょ。とそれから亜美とケー君といっ君でしょ。全員で十五人の三人一組で回るんだ。脅かし役はいなくて、つまりは全く入ったことないっていうか、入れない屋敷探検みたいなものなんだー。だから、あと四人ね…」


うーんうーんと健闘している亜美に、郁也が助け舟を出す。呆れたようなため息が聞こえて、だ。こいつも苦労してるなと思って、郁也をちらっと見る。


「あとは、井畑と奈垣と中村と裕也だろ?」

「あ、そうそう。うん」


郁也がそう言った後すぐに、亜美が郁也を見てパンと手を叩く。その拍子に右に入れられた亜美の手が抜け、がくっと膝が曲がり、右ひざだけ地面に触れる。夜の地面は冷たいのか、ひやりとして、少し、気持ちよかった。


「あー、ごめん。すぐ持つ」

「いやいい。自分で歩く」


 膝をついた拍子にごく自然のように郁也の手から腕を抜いた。パンパンと膝を叩き、土を落とす。


「あー、いつの間に。」

「同じようなリアクションとるなよ。一心同体かお前ら」


少しからかって、先頭きって前に出る。


「洋館ってあそこだよな。」

「あ、あぁ。」


返事が鈍かった。少し耳が赤くなっているところを見ると、さっきの俺の冷やかしは間違っていなかったということだ。


「へぇ。お前ら付き合ってんの?」

「ば、ばかいうな!」

「ばかいわないで!」


 言葉がぴったりと重なった。ひゅーと口笛を吹く。なるほど。これは面白い。


「ふーん。」


曖昧な返事をして、にやつく。郁也と亜美を交互に見る。


「まじか。」


くっくっと笑う。これは肝試し中にからかいやすい。


「おい、着いたぞ。」


郁也の少し震える声が聞こえる。

動揺してるな。そう思って、再びにやりと笑った。



 洋館はでかかった。とにかくでかい。でかくてでかくて、言葉を失う。あとはよく漫画とかにでてくるみたいな形で、シンデレラ城みたいな扉。取っ手は牛。前方から見ただけだが、窓は少なくとも十個はあり、そのうちの真ん中にある、大きな窓には、ステンドグラスが埋め込まれているのか、淡く輝き、天使のような姿を曖昧に映し出している。


 門の所には数人の塊がちらほらあった。どうやら、今回の肝試しに参加する者たちのようだ。ということは、今、三人がここに来た時点で十五人、揃った。


「よし!!みんな揃ってるな!!」


 郁也の張り切った声が聞こえる。主催者は、郁也と、


「出席取りまーす。呼ばれたら返事してね!!」


亜美のようだ。相変わらず一心同体だな、などと思い木の陰に座る。


「出席は番号順でーす。飯田嘉威君、石崎里香さん、石田敦さん、井畑夏樹さん、内村尚君、岡崎美波さん、北村翠さん、久保裕也君、笹田京子さん、富岡郁也君、中村詩菜さん、奈垣祐君、原田建人くん、森下雄一郎君、…みんないるね、よし。最後に、渡辺亜美、っと」


みんなが思い思い返事をして、出席が終わり、説明に入る。


「今回はこの伝説がある洋館を借りることができました!!」


伝説


 口でボソッとつぶやく。首を傾げていると、待っていましたかのようなタイミングで、郁也が答える。


「《真夜中の十時。洋館に入り、扉を閉めると殺される》…っていう伝説さ。ま、十時までは二時間ぐらいあるし、それまでに終わればいいだけの話だよ。まぁ、それ以外にもちらりほらりとあるけどな。例えば、首つり自殺で死んだお嬢様の霊が夜になるとあらわれるとか。」


最後に少しこちらを向いてそういってきた。さっきのお返しか?などと思いながら、こっちも見つめ返す。


「ルールは簡単!脅かし役はいなくて、三人一組でこの洋館を回る。肝試しというよりもどちらかと言ったら、探検のほうが近いかな。亜美、」


 うん、と亜美が頷く。


「じゃ、班決めのくじ引きするよ!!でも、主催者の私たちは、原田君と組みます。彼を引き込んだのはこのためですから。」


こういう時だけ学級委員っぽく、命令口調になるのをやめてほしいなどと思いながら、ゆっくりと立ち上がる。


「原田君、異論はありませんね?」

「ありません」


素直にいうことを聞いていればいいのだ。なんせ、一心同体の二人と組むことができるのだからな。口角を上げないように気をつける。変に怪しまれたらそれはもうたまったものではない。


 郁也が箱を持ってきて、順番に回ってる。あれが、くじ引きの箱だろうか。


「みんなひきおわったな!じゃ、せーのでだせよ、せーの!」


俺から見て前から順に、十一番、二番、五番、八番…。あれ…?


 みんながざわつく。そう。ざわつく。ざわざわとしている。主催者も驚いていた。これは、演出ではないのか。


「一人、多い。」


誰かが呟いた。一人多い。その通りだ。


「誰だ!!」


飛び出したのは嘉威だ。持ち前の瞬発力で、何の紙も持っていない手をつかもうとする。(・・・・・・・)


「さわ、れない。」


息が潜められる。主催者も驚いているということはイコールプロデクターなどでこれをつくっていないということ。映像ではないということ。つまり、


「幽霊」


ぼそっとつぶやく。誰かの耳に届いたかはわからないが、つぶやくことに意義がある。


 つまりはこの手は幽霊だ。触られず、触れることができない。幽霊を目の前にこんな冷静な自分に、少し驚く。ゆっくりと深呼吸をして、幽霊の手に近づいた。一歩前に出る。…行こう。


 そう思った矢先だ。幽霊らしきものの手は消えた。


「ちっ」


軽く舌打ちをした。どうせなら自分で触れたかったなどと考えながら、二人をぼんやりと見つめる。


 肝試しの始まりだ。


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