052 めんどくせぇですね。
「いっそのことさ、逃げちゃえば?」
そう言ったのは、鳥さんで、でも私は同意出来ませんでした。
レーテ様と何がどうなってんだろうね?と言う話しをしていたら、熊さんと鳥さんが帰って来て、経緯を説明してくれました。ただ、どうにも熊さんの様子が煮え切らないと言うか、何か隠してるような……?
「つまりですよ?王子さまを毒殺しようとした犯人は判明したけど、その人はもう死んでて、結局黒幕はわからないんですよね?」
私が確認すると、二人が頷きます。
「で、今後もこういった事態が起こるかもしれないから、私が毒味役でマー様に付くっていう?」
この確認に、鳥さんは変わらず頷きますが、熊さんはややぎこちない…そんな気がしました。
「本当のこと言ってくれないと、駄目ですよ?こう言う事態のセオリー…や、基本って、相手のことを慮って黙ってたり、裏でなんとかしようとして、擦れ違っちゃったりで余計に大きな事態になっちゃたりするんですから」
小説に良くあるパターンですね。小説ならそこがハラハラワクワクで楽しい部分なんですが、自分がそれをされて大変なことに巻き込まれるとか、本気で勘弁して欲しいですよね。だから、何か隠しているなら話して欲しい。私は、じっと熊さんを見つめます。
「その……」
言い辛そうに、熊さんが眉尻を下げると、何故か急に鳥さんが笑い出します。
「これはグラフの負けだね!」
「ウォークっ……!」
「全部話しちゃったほうがいいよ。ミーレとだったら、きっと大丈夫なんじゃない?」
鳥さんは、だいぶケセラセラ精神の持ち主らしいです。っていうか、奥さんからミーレ呼びに替わったんですが、仲良し度アップですかこれ?そんな鳥さんの言葉は、明らかに隠し事してました!って意味なので、私は自信を持って、熊さんに詰め寄ります。
「これで何か隠してるのは確定ですね。ほらほら、話してください」
「……わかりました…」
ため息を一つ落として、観念した熊さんが、ちらりとレーテ様を見つめます。
「あぁ、ミーナとボクはお暇しようか」
鳥さんが気を利かせようとしますが、今まで黙って話を聞いていたレーテ様が、顔を強張らせて、首を横に振ります。
「わたくしにも、お聞かせ下さいませ。わたくしはミーレ様のお友達ですわ。グラフィーオ様ともウォークとも関係ないとは言わせません。皆様が大変な思いをするかもしれないのに、わたくしだけ仲間外れなんて、ずるいですわ!」
や、そこはずるいじゃなくて、「わたくしだけ安穏と過ごすことなど出来ませんわ」とか言うのがスタンダードだと思うんですけど、そんな言い方が返ってレーテ様らしくて、これが彼女の気の使い方なのかな?と思うと、嬉しく思いました。
「だってさ。じゃあ、お邪魔ついでにボクが説明しようか?」
鳥さんの申し出に、熊さんが首を振ります。
「いえ、私から話をさせてください……」
こうして、熊さんがきちんと全てを話してくれました。
やっべぇ、めんどくせぇことになってますよ?
「それってあれですか、侍女的な何かですか、それとも愛人さん的な何かですか?」
頂戴って、物じゃないんだから。と思いつつも、よくある権力者ってこんな感じよね。と思いっきり渦中に巻き込まれながら他人事な感想を抱いてしまいます。
「あ…愛人……?」
ぼそりと呟いたのはレーテ様です。
「王は神の子です。同じくマセラーセト王子殿下も神の子ですから、神の道に悖るようなことは……、本人はともかく、周囲の者が許さないと思います」
「じゃあお嫁さんにしちゃうとか。あの人ならやりそうじゃない?」
鳥さんに一票。って、それ未来の王妃ってことですね。ありえねぇです。
「ですが、殿下には既に王子妃がいらっしゃいますわ!」
「世継ぎを産む前に死んじゃうかもしれないじゃないさ」
うわっ!それってまさかのドロドロ!?やめて!そんな大河ドラマ巻き込まれたくないよ!!
「やー、ほら、侍女なんじゃないですかね!侍女!多分そうですよ!」
考えることから逃げてるような気がヒシヒシとしますが、なんとか、楽観的に考えたい私の声に、熊さんが頷きます。
「あくまで、毒の探知を目的としてリリーを欲している以上、王子妃という選択は無いと思います」
「そうですよ、仕事してる時とか、公務に出る時とか四六時中奥さんと一緒にいるとかありえないし!私たち熱々なんです。フフッ。で済ませられる話じゃないですからね!」
王子妃ともなれば、公務とかあるだろうし、子供が出来たら満足に動けないし!
「それはその通りかもしれないけど、あの人だからなぁ」
「って言うか、私もう結婚してますよ!熊さんと結婚してますよ!」
そう発言した瞬間、ハッと気付いた事柄に、血の気が引きます。
「まさか……」
ちらりと熊さんを見つめます。そうです、まさかとは思いますが、もしもマー様が私を『そういう意味』で傍に置こうとしているのなら、熊さんの存在は邪魔者でしかないのです。不安げな私の表情に、熊さんは私の言いたい事がわかったのか、まるで「大丈夫ですよ」と言っているような、優しい微笑みをくれます。
「……見詰め合ってる場合?」
おうっ!?
「いや、これはですね……」
「どうせ、グラフが危ないとか思ったんだろうけど、四位精霊を召喚出来る人族なんてグラフぐらいしかいないんだよ?死ぬわけ無いから安心しなよ」
む?熊さんは凄く強いって事ですか?
「でも、もしも…それこそ毒とか……」
そうですよ、どんなに強い術者でも、毒盛られたら一発ですよ!
「そんな事態になる前に、一緒に逃げるでしょ?……あぁ、そっか。いっそのことさ、逃げちゃえば?」
それはとても魅力的な言葉に聞こえました。
「逃げる…ですか……」
熊さんの、重い声が部屋に沈みます。
「そうですわ!それがいいと思いますわ!」
そりゃあね、逃げたら楽だろうな~って私も思いますよ。小さな町で熊さんは創物師をして、私はエレースちゃんや下の子供たちの世話とか……凄い幸せそうだね!
でも……
熊さんを見つめます。と、ふっと笑いました。でも、なんだか哀しそうです。
何を考えたのか…わかる気がします……
「……残念ですが、今逃げることは出来ません」
そう、私たちには柵が一杯あるのです。なんせ侯爵。しかも、名義は違っても事業主。もし、私たちが逃げ出せば、残された人たちがどうなるのかわかりません。だから、とても魅力的な提案でしたが、同意する訳にはいかなかったのです。
「やっぱり?」
答えわかってて聞いたのかよ!さすがは鳥、さすがは鳥です。シリアスになりかけていた私が、内心ツッコミを入れてしまいました。
もうなんだか、悶々と考えてるのがまだるっこしくなってきたよ!だったら、返答ごとの対策を立てて、本人に聞きに行こうぜ!と言おうと思った矢先に、客室のドアがノックされ、レーシさんが現れました。
そして、マー様が呼んでいるとの事で執務室へと移動を余儀なくされます。熊さんが渋ったのですが、行かざるを得ないので、熊さんと二人、マー様に対峙することになりました。
でもねー、最初は腹の探りあい見たいな会話してたんだけどねー、やっぱりめんどくさくなっちゃってねー、こう、ずばっと聞いたわけですよ。「マー様は結局、私をどうしたいんですか?」って。そしたらさー、「ん?王警団に入れるつもりだけど?」だもんねー。
いやー、予想の斜め上を行かれたっていうか、すっげぇおちょくられてるっていうか……
殴っていいですか?このちっちゃいオッサン……




