051 毒という属性が引き起こすこと。
一人称は、技術的に無理だったので、三人称で失礼します。
リリーが言葉を発した瞬間、マセラーセトが口角を挙げたことに気付いた者が一人だけ居た。しかし、その者はそれを誰に伝えることも無く、その場を後にする。
リリーの声に、王警団員として任務中のレーシ、ウォーク、そして新たに王警団員として配属されたばかりのグラフィーオが動いた。あまりに自然な動きであったので、周りを取り囲んでいた一般客が不穏な空気を感じることも無い。
ウォークが給仕の男の背面に回る。男と背中合わせの状態で、レーテミーナに笑いかけながらも、背に回した手には鋭利なナイフが握られ、給仕の男にナイフの存在がわかる程度の力で押し付ける。
ウォークの行動と同時に、レーシはマセラーセトに何かを告げ、彼がそれに頷くとウォークに「いい加減護衛に戻ってはどうだ」と声をかける。ウォークは「しょうがないなぁ」と呟き、さり気無く各々の配置を交換した。
「あ、そういえばミーナさっき目が疲れたって言ってたよね?」
『目が疲れる』とは、ご婦人の間で使われる隠語で、化粧直しを意味している。
「なんだ、そうなの?お嬢さん方は大変だね、さっさと案内して戻っておいで。あぁ、お嬢さんたちはゆっくりしてきていいんだからね」
「あれー、殿下がいい人ってちょっと珍しいね」
「本当にお前は生意気だね、ウォーク」
「だって、ボクは神の子信仰してないし。ねぇ、丁度いいからミーレも一緒に案内するよ。グラフ、ちょっとの間、殿下をよろしくね。さぁ、二人ともおいで」
既に、魔法詠唱を始めていたグラフィーオは無言で頷き、それを確認してウォークは芝居じみた動作で両手を開く。自身の発言から事態が動いていることを察知したミーレリリーは、よくわかっていない様子のレーテミーナを伴って、ウォークと共に場を離れる。グラフィーオが最善の配置に回ると、マセラーセトが口を開いた。
「レーシ、離していいよ。多分、ソレは何も知らないだろう。阿呆面で固まってるだけだし」
「は」
ウォークと違い、マセラーセトを守りつつ、給仕を威嚇できる位置で待機していたレーシが、人目に付かぬよう構えていたナイフを仕舞う。
「さて、これは誰から受け取った?」
マセラーセトが獲物を甚振る獣のような笑みを浮かべ、グラスを揺らす。あめ色をした液体が渦を巻くさまを見つめ、その目をさらに細めた。
「わ…私は……なにも…何も知らなくて……」
「それはわかっているよ。誰から受け取ったんだ?」
あくまで、微笑を崩さず問いかけるが、怯えきった給仕の男はただ震えるだけだった。
「まさかこんなことになるなんてなぁ」
気楽な声を出しつつも、ウォークの瞳は鋭い。周りを警戒しつつ、二人を安全な場所へと誘導しようとする。
「えっと、足手まといだから離れるのは分かるだけど……」
「うん?」
「毒がどこで混入されたかとか、調べないといけないんですよね?」
「まぁね」
「じゃあ、私離れないほうが良かったんじゃ……」
ミーレリリーは、自分の力を過信しているわけではない。しかし不信しているわけでもない。髪色は薄いが、瞳の色が濃い為、リリーは毒を感知する能力が高い。毒の力を享受する為、気配を感じ取り、そして耐性を持つ。全く持って無駄とは言い切れない能力なのだが、髪の色が薄い故に、検知する能力が低い。感じ取ったモノが毒であり、気配の強さからどの程度の毒性を持つかを理解出来ても、毒の種類や効能がわからない。
けれど、先ほどの事態であれば、自身の能力が十分役に立つのではないかと考えた。
「まぁ、それもそうなんだけど、そこら辺は大丈夫かな。今は、二人の身の安全が大事ってね」
あくまで安気なウォークが、辿り着いた一室に二人を案内すると、レーテミーナの額に軽く口付けを落とし「鍵をかけてじっとしててね」と言い残して去っていった。
ウォークは広間ではなく、マセラーセトの執務室へと向かった。王子に纏わせてある十位精霊の気配がそこからしているからである。
「や、二人は客室に案内してあるから」
ノックもせずドアを開け、報告と言えない報告を済ませると、愉快そうな顔をしたマセラーセト、無表情を貫くレーシ、そして不機嫌そうに眉を寄せるグラフィーオが目に入った。
「なに?なんかあったわけ?」
「楽しいことがね、これから起こるんだよ」
豪奢な執務机に肘をついている、マセラーセトが底意地の悪い笑みを浮かべる。
「あんたの楽しいことは、ボク等にとっては楽しくないと思うけどね。で、状況はどうなのさ?」
ウォークの問いに、レーシが抑揚の無い声で答える。
「既に、四公が動き、緑のリヒティグラカ公が犯人を特定したが、既に自殺していた」
「ふーん。植物性の毒だったわけだ」
毒の種類は大まかに三つに分けられている。植物に含まれる毒、大地に含まれる毒、液体として存在する毒。つまり、緑、土、水の毒である。色を強く持つ者ならば、各々の属性の毒を感知、検知することが出来る。
「で、これからどうするわけ?」
「そうだねぇ、まずグラカの老いぼれに何で毒が僕の前に差し出されるまで存在に気付けなかったのか聞こうか?」
「殿下、それについては……」
グラフィーオが口を挟もうとすると、マセラーセトは手を上げてそれ以上の発言を許さぬと瞳で刺す。
「わかってるよ。給仕とグラカのおいぼれは位置が離れていたからね。感知出来なかったって言うんだろ?」
「それもありますが、我々は毒を毒として感知出来る訳ではありません」
「それもわかってるってば。要するに臭いをかいでこれが毒ですよってわかってからじゃないと探せないんでしょ?」
言い得て妙なマセラーセトの言葉に、グラフィーオは頷く。
「それでもあれだけ長生きしてる訳だし、四公なんだよ?神の子を護る者として毒草の気配ぐらい覚えて然るべきなんじゃない?全く、役に立たない奴だらけだよ。だからさ……」
呆れたような物言いから、ニヤリと口角を上げ、グラフィーオを見つめる。
「さっきも言ったけど、やっぱりミーレリリーは僕が貰うよ」
幼さの残る顔に、老獪さを滲ませたマセラーセトに、グラフィーオは内心を隠すことなく顔を歪める。
「ミーレリリーは確かに毒の属性を持つ者です。しかし、この世に毒の精霊は存在しません。我が妻は髪の色も薄く、出来ることは毒を感知することのみです。それならば、以前同様毒学を学んだ検知出来る者を使ったほうがよいかと思います」
そう、『毒』と分類されている属性に精霊は存在しない。それは元々他の属性の特性として毒が存在しているからだ。そもそも髪の色が薄いミーレリリーなので、たとえ精霊が存在したとしても、その姿を目視することは叶わない。ミーレリリーに出来ることは、他の属性を持つ者で十分対応出来るのだ。
「なんだ、精霊が居ないんじゃ、毒の生成も出来ないってこと?」
マセラーセトの不穏な言葉に、グラフィーオは頷く。もしも、ミーレリリーが毒を生成することが出来たとしたら、この男は彼女に何をさせる気だったのか、どんな世界へ引き摺り込もうと考えたのか、寒心せざるを得ない。
「でも、彼女は毒の耐性があるんでしょ?だったら毒味役にもぴったりじゃない」
「今いる者達でも、食す前に毒の有無は検知できます」
「煩いな。わかった、こういえばいい?僕が、三人も侍らしたく無いんだよ。食事の時も、お茶をする時も無言で付き従うのが三人もいるんだよ?ウザッたいんだ」
この王子は、一度言い出すと絶対に自分の意志を曲げることが無い。故にグラフィーオは素直に自分の身を差し出した。いや、マセラーセトが欲していたのは元よりグラフィーオ。妻を餌にしただけだと解していた。しかし、今日の一件で、マセラーセトはどうやら本格的にミーレリリーに興味を持ってしまったようだった。
「だから、お嬢さんを僕に頂戴?」
王子のねっとりとした声が、耳にこびり付いた。




