048 何かが始まる前のお話。
「あ、それ毒入ってますよ」
その一言が、本当の意味での、私の物語の始まりでした……
引っ越しから五日。荷解きは一日で使用人さんたちが終わらせて、生活しやすく整えてくれていたし、大変だったのは熊さんと私以外の立ち入りが禁止された研究室スペースの整理ぐらいでした。
さすが王都となると、貴族の奥様が勝手に出歩くわけにも行かず、お買い物はメイドさんだし、じゃあエレースちゃんと散歩でも…と思っても、それはよろしくないことらしくて、結局私はおうちに縛られ状態。フィルゴナでは結構自由にさせて貰えてたんだなぁと、たった五日で実感しました。
熊さんは三日前、お城に行って正式に雇用されたとかで、ちょっと憂鬱そうにしていました。まぁ、職人気質の熊さんが言うなれば軍人、しかも近衛兵ですからね、憂鬱にもなるってもんです。
そして昨日、熊さんの団服が出来上がり、今日初出勤となりました。
「ふぉぉぉぉぉぉ……」
使用人さんたちもずらっと整列しているので、私は回りにばれないように、萌息を吐き出します。萌息とは騒ぎ倒してはいけない場面で、ため息に熱情やら興奮やら萌え萌えした気持ちを乗せて吐き出すことを言います。私の造語です。最近習得しました。
そう、団服姿の熊さんがパネェカッコイイのです!!破壊力抜群です!!!
流石に、団服というか軍服の知識は無いので、どういう名称かとかで説明できないのですが、アニメに出てくるような黒いロングコートタイプの軍服をイメージして貰えればそれが正解かと思います!
「それでは、リリー……」
そうなのですよ!なんと、忌避色な黒をベースにしてあるんですね、団服は。熊さんが猫被っている時のダンディフェイスと団服が相俟って、マジヤバイです。団長だって言われたら全員信じると思います。
「…リリー……?」
今まで、この世界服のセンスねぇなー…って思ってたんですが、なんで団服だけこんなグッジョブデザインなんですかね!デザインした人を褒めてあげたいです!グッジョブ!グレイト!マーベラス!
「リリー…!」
はっ!?
「え…はい?」
突然大きな声を出した熊さんに驚いて間抜けな声で返事をしてしまいました。
「…リリー、行ってくる」
眉をキリリと上向かせつつ(普段は垂れ気味なので)微笑む熊さんは、サディスティックでなんかゾクゾクします。多分、威厳熊の状態で笑おうとするとこうなってしまうんだと思いますが、私、新たな何かを開発されてしまいそうです。
「…はい、いってらっしゃいませ」
私が微笑んで会釈をすると、熊さんはそっと私の頬に触れて「あぁ……」と答え、親指の腹でそっと頬を一撫でしてから手を下ろし、荘厳な顔つきで玄関へと向かいます。アムイさんとアーノンさんがドアを開け、差し込む光に吸い込まれるように熊さんが一歩踏み出すと、使用人さん全員が「いってらっしゃいませ」とお辞儀をします。なんか、無駄に壮大ですよ!
「グラフ様は大丈夫でしょうか」
「失敗はしないと思いますがね、あれで意外と度胸がありますから」
熊さんが出て行った途端に、アーノンさんとアムイさんがドアを閉めつつ心配げに会話しています。まぁ、アムイさんは心配していないみたいですが。
「奥様、この後どうなされますか?」
私は、メイドさんに声を掛けられ「あー……」と呻きます。
「午前中に仕立て屋を呼んでありますが、まだお時間もございますし、特にご用事がないのでしたら、お茶に致しますか?」
「そうですね、お願いします、ラーメさん」
話しかけてきたのは私の侍女をしてくれているラーメさんです。服選びとか着付けとか髪結いとか、私が自室にいる時のお世話をしてくれる係りの人ですね。ちなみに女中頭も兼任しているので、大忙しです。
「楽しみですねー!やっぱりマーメイドのドレスにするんですか?」
「こら、タティア!奥様の前でなんです、はしたない」
タティアと呼ばれたメイドさんの仕事は、ハウス・キーパー、お掃除メイドさんってヤツですね。フィルゴナにいた時は私の部屋専用のハウス・キーパーさんが居たのですが、そんなに人員が避けなかったのもあって、お掃除メイドさんは三人で、全ての部屋を担当しています。まぁ、使用人さん各自の部屋は別ですが。
使用人さんは二人一部屋で使っていただいているので、総勢十名。あぁ、アムイさんは家令だからの特別待遇で、アーノンさんの部屋は食器室に繋がっているから防犯上、という理由で一部屋ずつ使ってもらっています。
その…あの……、子供が四人増える予定なので、そうなったら一部の使用人さんは通いにしてもらう予定です。ま、まぁそれはおいといて、えっと、あぁ……
「いいんですよー、家の中でまで堅苦しいのは私が疲れちゃいますから」
そう、私がいるのにアムイさんたちが喋りだしたり、タティアさんが気安かったりするのは、私がお願いしたからだったりするんですよね。結婚初期は、猫被って頑張んなきゃ!とか思ってたんですけど、やっぱ人間そう簡単に変われないですよ。
「……奥様」
ラーメさんがたしなめるように、私を見つめます。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。お社交する時はちゃんとしますから」
ラーメさんが納得しきれない顔のまま、「かしこまりました」と軽く会釈…あれですね、両手をみぞおち辺りで握って、ほんの少し膝を曲げて、ちょこっと頭を下げると言う、なんか可愛い会釈の仕方です。それをします。メイド会釈と名付けます。
「それでは、お茶と言うことでよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
これからはそんな感じで、私の日常が流れるわけですね。
……
…………
………………
「ミーレ様!」
ん?終わんなかった!!キラキラフラッシュの訪問者が来た!!
出窓の傍で優雅にお茶を飲んでいたら、窓の外、ハンカチを振りながら嬉しそうな顔をしたレーテ様がいます。ご令嬢が……外でそんなことしていいのか……?
とりあえず私は窓に近づいて、ジェスチャーで玄関に行くように伝えます。レーテ様は満面の笑みでそれに答えると玄関に向かって走るように歩いていきます。
「お出迎え致します」
と、ラーメさんが他のメイドさんにお茶出しの指示をしながら歩いていくので、「私も行きます」と声をかけると、ラーメさんがピタリと私の斜め後ろにつきます。あちらのお屋敷にいた頃は、大体二、三人後ろについてきていたので、流石に慣れました。
「お久しぶりですわー!」
ドアを開けて開口一番、お祈りポーズでレーテ様が私に歩み寄ります。やー、そんなに久しぶりって訳じゃない気もするんですがね。
「はい、お久しぶりです、レーテ様。お茶を用意していますから、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます!突然の訪問でごめんなさい。わたくし、ミーレ様が王都にお住まいを移したと今朝聞きましたの!それで、居ても立ってもいられなくて……」
歩きながら、早口に、それでも優雅さを失わないレーテ様は凄いですね。
「何しろ急だったもので、ご連絡が遅れてすいません、あ、どうぞ座ってください」
「ありがとうございます!ご連絡を頂けただけでも嬉しかったですわ!ですから、謝らないで下さいませ!」
そうなんですね、レーテ様って王都住まいだったんですよ。お父様がお城で官僚をなさっているとか。まぁ、それは良いとして、テンション高すぎてちょっと困る。
「そう言って頂けると助かります」
腰掛けると、メイドさんがお茶を入れてくれました。それに「ありがとう」と返してレーテ様にお茶を勧めます。
「はぁ……、なんだか、侯爵夫人が板についてきましたわね」
感嘆のため息を漏らしつつ、レーテ様はやっぱりお祈りポーズで私を見つめます。あれだな、流そう。受けと止めちゃ駄目だ。このキラキラさには慣れが必要だ。
その後、丁度仕立て屋が来るので一緒に見ようと言う話しになり、元々美的センスの高いレーテ様と中々楽しく、布地選びからドレスのデザイン、装飾品に至るまで楽しくお買い物を致しました。
正直、金額が怖い。
侍女=レディーズ・メイド
萌息はため息と同じ発音でどうぞ!




