045 綺麗な花には。
落ちが酷い。
朝です……。熊さんの寝室からおはようございます……。エレースちゃん一人で寝かせてごめんなさい……。
と、身に馴染んだ気配を感じて起きた私は、寝起き一番心の中でエレースちゃんに謝ります。
鳥の可愛い鳴き声を聴きつつ、布団から這い出して、既に朝だと言うことを知りました。時計を見ると、起きるにはちょっと早すぎる時間。今戻っちゃって、もしもエレースちゃんを起こしてしまったらちょっとそれは可哀想な…でも、一人で寝かせてしまった罪悪感もあって今すぐ飛んで行きたいような。
どうしようかと、悩んで隣に手を伸ばします。
「ん……?」
いると思ったのに、熊さんがいません。なんだかしょんぼりです。私、さり気無くお目覚め時に旦那さまが傍にいなかった率のほうが高いですよね。これは一体どういうことですか。
「熊さんのばか」
つぶやいた瞬間、パサリと何かが落ちる音がします。振り返ると、そこに青い顔をした熊さん。もちろんフリーズしています。
「…すっ……すいません…」
わぁお、熊さん居たわー……
パサリと落ちたのは、朝摘みの花束。そこから視線を上に移すと、ダンディフェイスを真っ青にして固まっている旦那さま。えっと…どうしよう?
「何か…貴女の気に触ることをしてっ…私は、してしまったのでしょうか……?」
「いや、違くてですね!ほら、あの!えっと、その……」
言うのは恥ずかしい、でも言わないとこの人はずっと沈んだままだし…、言って面倒だと思われ…ることはないと思うけど(自意識過剰?)やっぱり恥ずかしいし!
で、私は思わず俯いてしまいます。
「…リ、リリー……」
ぁぁぁ、凹んで行ってる凹んで行ってる!あぁ、もう!可愛いんだけど、可愛いんだけどさ!
「違いますよ!その、起きたら熊さん居なかったから寂しいなって思って!!」
そう、叫ぶように告げると、真っ青だった熊さんの顔に血の気が戻り、逆に戻り過ぎて真っ赤になります。
「リリー……」
もう、その声音で呼びかけるのほんと……、胸がキュってするからやめてぇ……
私の思いが伝わるはずも無く、ほにゃりとした笑い顔で熊さんが私に歩み寄り……
「ぅわっ!…っと……」
自分で持ってきた花(さっき落としたやつ)を踏みそうになり何とか踏まずに跨ぎます。私の顔を見て、たははと恥ずかしそうに笑うオプション付きです。こういうとこ、スマートな紳士になりきれていなくて、可愛いなって思います。そう、求めるのはこういう可愛さです。ダンディに迫られるとパニック起こすぐらい胸がドキドキするので、ほんと、お手柔らかにお願いします。でも、嫌なわけじゃなかったり、ね……。本当に、最近脳内がお花畑化しているかも、私。
熊さんは踏みかけて跨いだ花束を取り上げると、傷の有無を確かめて頷き、その花をテーブルに置きます。あ、飾るとかじゃないんだ。
「リリー……いえ、猫さん」
そう言いつつ、今度こそ熊さんがベッドに歩み寄ります。そういえば私、ベッドに居たままでした。あれ?なんか変な羞恥心が湧き上がってくるよ?
「あ、はい…?」
熊さんがベッドサイドに腰掛け、ほんのり耳を赤く染めつつ私を引き寄せます。抱きしめられるのかと思ったのですが、額に柔らかい唇を寄せて、それに合わせてリップ音が響きます。
「おはようございます」
っ!…………落ち着け、落ち着こう。嬉恥ずかし、朝の挨拶ですね。別々で寝るときはこういう挨拶の仕方をしていなかったので、通算…何回?覚えてないよ……。ま、まぁ、慣れていかないとね、ほんと。
「ぉはおうございます」
だから、落ち着け私。
「はい」
だから、そんな風に微笑むのやめてほんと。
「そういえば、こんな朝早くに何をしてたんですか?」
結局私はシーツに包まったまま、熊さんはベッドサイドに腰掛けたままです。
「あぁ、ウォークが来たので少し話を」
「鳥さんが?こんな朝早く…って言うか、私が寝てるときに来たんなら真夜中だったんじゃないですか?」
「いえ、明け前ぐらいでしょうか……」
ん、真夜中も明け前もそんな変わらないと思うけどまぁいいや。
「それで、どんな用事です?」
鳥さんがまよ…明け前に訪問とか胡散臭さが満々です。
「あぁ、『夜霧の露』が花開いたと言うことで、持ってきてくれたんですよ」
「夜霧の露?」
「えぇ、この花なのですが…」
と、いいつつ熊さんが立ち上がり先ほどテーブルに置いた花を持ち上げます。
「夜霧の露という名前の花で、霧の深い夜に開いた花弁から採取出来る露が調合に使えるんですよ」
「ほほー」
熊さんが花を持って、私に近づきます。なんだろう、ダンディが花束持ってると、こう、おじさま~!って言いたくなる。何でかはわからないけど。
「見せてください」
と、私が言うと熊さんは困ったように眉尻を下げます。
「この花には……」
「大丈夫ですよ、毒があるのは葉っぱだけですよね?」
「……気付いていたんですか?」
そりゃ、魔法属性『毒』ですからね。
「んー、むしろ毒の気配を感じて起きたというか」
私がそう言うと、熊さんが「どうぞ」と優雅に花束を差し出します。こういうことをスマートに出来ちゃうのはやっぱり貴族だからなんでしょうかね。ちょっと恥らいつつ、花束を受け取ります。
「綺麗な花ですねぇ」
「えぇ」
えっと、なんて言えばいいのか、青い花弁は丸く筒状に下に垂れ下がってて、生粋の乙女じゃないから花の名前が浮かばないんだけど、こう、楚々とした風情がある花です。とりあえず、筒の中を見てみる。黄色い花粉。うん。
「あぁ!あまり、顔を近づけないで下さい!」
「ほあ?」
大慌ての熊さんが声を荒げる。
「あぁ、大丈夫ですって。葉っぱの部分は本当に強い毒性を感じますけど、花粉も花弁も毒性は無いですから」
「それは、そうなのですが……万が一もありますから」
全く、心配性だなぁ。心配性すぎて逆にこっちが心配になるんですけど。なんて思いつつ、心配してくれることが嬉しくて思わず笑みがこぼれます。
「私、毒の耐性もあるんですよ。子供の時に、晩御飯だったかな?花瓶に鈴蘭を飾ってて、その花弁がぽろっとスープを飲もうとしていた私のスプーンに入っちゃったんですよね。お母様が気付いてあわてて止めようとしたんですけど、その時には既に口の中で。お父様が物凄い剣幕で吐き出させようとしたんですけど、私折角食べたご飯を吐き出すなんてもってのほかだ!とか思って元気に逃げ出して……」
「鈴蘭は、かなりの猛毒だと思いましたが……」
「まぁ、そうなんですけどねぇ。私が暮らしていたのは田舎だから、いろんな種類の野草が生えてて、花の咲く時期って子供たちで蜜の取り合いになるんですよ。私だって、甘い蜜を吸いたいし、平気そうだからって毒性のある花の蜜を吸ったんですよね。そしたら全然大丈夫で、調子に乗って結構強い毒性の花の蜜とかも吸うようになったんですけど、ピンピンしてました。お父様に捕まって、そのことを説明したら、横にいたお母様がもっの凄い怒っちゃって……『そんな馬鹿なことしてたの!?そういうことは早くいいなさい!心配したでしょ!』って。まぁ、本当にその通りなんで素直に謝りました。でも、食卓に鈴なりの鈴蘭をもっさり飾ってる両親も両親だと思うんですけどねぇ」
なんて、しみじみ昔を思い出します。
「なんと言えばいいのか…凄いですね……」
「だから、これくらいの毒なら大丈夫なんですよ~」
「そ、そうですか。安心しました」
熊さんが納得した割りに心配そうな顔のまま、頷きます。
「それで、この花の露ってどうな効能があるんですか?」
「あ、やー……いや、あー……」
なにやら、熊さんが物凄い言い淀んでいます。
しばらく、覗き込むようにして熊さんを見ていると、決心したのか、キッと眉を上げて、でもぼそりと呟きます。
「催淫作用が……」
旦那さまは、
ド エ ロ で し た !
事情があったかどうかは、秘密。




